第136話 令和元年9月19日(木)「14歳」高木すみれ
「可愛い子ばかりね。私も混じりたかったわ」
叔母の黎さんがあたしのPCの液晶モニターを食い入るように見ている。
そこに映し出されているのは、先日撮影したクラスメイトたちの正装姿だ。
撮影したデータの無断流出はもちろん御法度だが、画像の加工修正を手伝ってもらうという名目で見てもらっている。
高性能のデジカメを貸してもらったので、このくらいの役得は許されるだろう。
よだれを垂らさんばかりの顔付きをしている黎さんだが、これでも大手同人サークルの主催者でかなり名が知られている。
OLと同人作家の二足のわらじを履き、多忙を極めているが、自分の興味があることにはフットワークが軽い。
今日もわざわざ家まで来てくれた。
「あたしひとりだけコスプレ姿で浮いていたんですよ」
「ごめんごめん。まさかここまで凄いイベントだなんて想像もしていなかったよ。最近の中学生を正直舐めていたね」
土曜日に行われたクラスの女子全員が参加した食事会はなぜか正装が義務付けられた。
日々木さんが思い付きそうなことだ。
しかし、普通の中学生であるあたしには正装だなんて言われても困る。
ワンピースでも構わないという話だったが、子どもっぽいものしか持っていなかったので黎さんに相談した。
あたしが何かと頼ることの多い黎さんは、デジカメでの撮影の提案とともに、某ソシャゲのヒロインの衣装を貸してくれた。
エプロンドレスでそれっぽくは見えるんだけどね……。
「最近の中学生ってひとくくりにしちゃダメですよ。絶対に普通じゃないですから」
あたしは黎さんの言葉に力を込めて反論した。
日々木さんの思い付きを形にする日野さんの行動力や、滅茶苦茶豪華な夕食会を開く松田さんの贅沢さは日本中探したってそうあるとは思えない。
「そうよね。でも、いちばん良い時期にこんな体験ができるんだもの。すみれちゃんが羨ましいわ」
あたしも最近貴重な経験をたくさん積むことができて喜んでいる。
それでも、黎さんにここまで羨望の眼差しで見られるとは思っていなかった。
いままでは黎さんの体験談を一方的に羨ましがるだけだったのだから。
「そういうものですかね……」
あたしがいまいち納得できずにそう呟くと、「替われるものなら替わりたいわ。だけど、時間だけは巻き戻せないのよ……」と黎さんはもの思いにふけるように遠くを見つめた。
かと思うと、「だいたい、14歳ってオタクにとっては特別な年齢なのよ! 中二よ中二。フィクションの世界なら主人公よ! あなたはリアルでラノベのような体験ができているのよ!」と突然テンションがマックスになって熱く語った。
厨二病なんて言葉があるくらいだから特別なんだろう。
だけど、いままさにその年齢のあたしからすれば特別だって実感はない。
美術系の高校を目指しているあたしにとっては、早く高校生になりたいくらいだ。
「多感で、夢見るお年頃でしょ」と弾む声で言う黎さんの方が夢見る乙女のようだ。
「黎さんにもそんな時期があったんですよね?」
あまりにもあたしを煽るものだから、黎さんをからかうようにそう尋ねた。
「ないわよ」と突然冷めた声が部屋に響く。
「え? そんな訳は……」というあたしの言葉を遮り、「オタクにとっては真冬の時代だったからね」と黎さんは視線を逸らした。
「……真冬の、時代ですか?」
「過去の話よ。いまは良い時代になったわ」
いまだってオタクというだけで差別的に扱われることはある。
昔はもっとそれが厳しかったとは聞いていたが、振り返りたくない記憶なのだろうか。
黎さんの青春時代の話を聞きたかった。
真正面からは無理でも、これなら……。
「黎さんはいつから絵を描き始めたんですか?」
「そうね、すみれちゃんほどじゃないけど、あなたのお母さんから英才教育を受けたのよ」
話題が変わったことで、再び黎さんはあたしに向き直った。
あたしのお母さんは黎さんの実姉で、昔はお母さん自身も同人活動をしていたそうだ。
あたしが物心ついてすぐに絵を描くようになったのはお母さんの影響だ。
絵を描くと褒められたし、絵の描き方についていろんなことを教えてくれた。
かなり早いうちにマンガの描き方の手ほどきも受けた。
いまにして思えば、英才教育という言葉は冗談とは言えない。
なぜかそれを受けたのはあたしだけで、弟はオタクとは無縁の育ち方をしているけど。
「姉さんは……中学生の時にやおいにハマってね、当時は話し合える相手がいないから、無理矢理私を引きずり込んだの。まだ小学生だったのに……」
ちょっとヤバすぎる話なんですが……。
やおいとはいまのBL、ボーイズラブのことだ。
当然、そのほとんどが18禁である。
まあ、あたしだって中学生で18禁マンガの作画をしていたりする……。
しかも、母公認で。
「学生時代その手の世界にどっぷり漬かって、まともな恋愛なんてできないんじゃないかって心配していたのよ。それなのに、あっさり結婚して、子どもまで産んで、足も洗っちゃったしね。でも、過去の自分を否定するんじゃなくて、いまもBLやオタクのことをちゃんと認めてくれているからホッとするわ。離れて行くだけならいいけど、アンチになる人をたくさん見てきたからね……」
少し暗い空気になったのを切り替えようと、「黎さんはどうだったんですか?」と明るく尋ねた。
「私は趣味を隠して学生時代を過ごしたわ。恋愛もしたし、それなりに友だちも多かった。その反動なのか、大学生や社会人になってからは趣味にすべてを捧げる生活になっちゃったのよ。恋愛って自分のリソースをかなりつぎ込む必要があるのだけど、お金はまだしも時間を相手のために使うのがもったいないって思って……」
いまのあたしも、男子と付き合う時間があるなら絵を描いていたい。
付き合う経験が絵やマンガに活かせるかもと思うので、一度くらいはしてもいいかな。
黎さんは未来のあたしのようにも見えてくる。
「……後悔はありますか?」
「まったくのゼロじゃないわよ。だけど、ほとんどないわね。良い仲間と出会えたし、仕事も趣味もこれ以上ないくらいに充実している。もう死ぬまで続ける覚悟も決めたわ」
突き抜けたような明るい笑顔がそこにあった。
人を惹きつける彼女らしい笑顔だった。
「子どもは欲しいと思ったこともあるけど、こうして姪や甥がいて、子育ての美味しいところだけつまみ食いさせてもらっているしね。姉さんには本当に感謝しているわ」
あたしにとって黎さんはただの親戚ではない。
離れたところに住む、歳の離れた姉くらいの感覚だ。
とても頼りがいがあってスーパーマンみたいな人。
あたしの絵やマンガの師匠であり、スポンサーでもある。
それに、黎さんは格好いい。
一緒に暮らす家族と同じくらい大切な存在だ。
あたしがそんな想いを伝える言葉を探していると、あたしを温かく見守っていた黎さんが「すみれちゃんの運動会に行けないのが残念だなあ」とわざとらしい感じで嘆いた。
土曜日は予定があるらしい。
「あたしよりも、可愛いクラスメイトたちを愛でたいだけですよね?」とあたしが軽口を叩くと、「すみれちゃんも含めて、可愛い子みんなを愛でるんだよ」と黎さんが訂正する。
「文化祭には来てくださいね」
「どんなイベントがあっても駆けつけるよ」
黎さんにとっての最大級に期待する言葉に、あたしは胸が熱くなるのを感じた。
††††† 登場人物紹介 †††††
高木すみれ・・・中学2年生。自称コミュ力のあるオタク。コミュ力の部分も最近怪しいと感じているが、実はオタクの部分も怪しいと思っている。アニメやマンガは必要だから見ているだけで、ひたすら絵を描いている方が楽しいかなと思い始めている。
黎・・・ペンネーム。BLだけでなく男性向けや全年齢向けなど幅広く活動している。本名で呼ばれることが死ぬほど嫌い。
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