第122.5話 令和元年9月5日(木)「ご褒美デートという爆弾」日野可恋

 5時間目のあとの休み時間を利用して何人かのクラスメイトと話し、班分けを決めた。

 ホームルームが始まるとすぐにそれを発表し、私が班長を指名した。

 班長は一ヶ月を目処に交代すること、席替えの案を明日知らせることを告げてホームルームを終える。

 ものの5分程度で終わったことに藤原先生は唖然としていたが、いまは時間が惜しい。


 女子は体操服に着替えて体育館に向かう。

 今日の放課後、体育館の一角を使用する許可を取っていた。

 創作ダンスのAチームの練習目的だったが、話し合いもあるので女子全員に参加してもらう。


「ご褒美デートの話は反対意見がなかったので行うことにします」と私が切り出した。


 他のクラスはホームルーム中なので、体育館は貸し切り状態だ。

 その中で大きな歓声が上がった。

 意外なほど、この提案に乗り気な生徒が多い。


 昨日の放課後、Aチームの練習が終わるまで待っていたひぃなたちから提案があった。

 運動会の創作ダンスの練習を頑張った生徒にご褒美として好きな生徒とふたりでデートができるというアイディアだ。

 すぐにAチームからも参加を望む声が上がり、女子全員を対象とすることになった。

 参加する以上、指名されれば断らないと全員が承諾した。

 場の雰囲気が反対とは言いづらそうだったので、翌日の放課後までに反対する者がいなければ認めると私は告げた。


「ご褒美デートについて具体的に説明するのでよく聞いてください」


 歓声を打ち消すように私が大声で言うと、すぐに静かになる。

 いつもこれくらい聞き分けがよいと楽なのにとつい思ってしまう。


「ご褒美の達成条件ですが、運動会までの練習を真面目に取り組むこと、クラスの活動に協力することの二点です」


 キョトンとしている顔が多い。

 私はより詳しく説明する。


「例えば、本番のダンスでミスをしてもご褒美がなくなったりはしません。もちろん、結果を残すために頑張って欲しいと思いますが、評価はそれぞれの人の『意欲』に対して行います」


「ひたすら頑張ればいいってこと?」と笠井さんが訊いた。


「姿勢としてはそうなんですが、一方で、無理をしすぎないことも大切です。笠井さんは徹夜をして振り付けを考えましたが、こうした行為は減点対象です」


 私の言葉に笠井さんが「えー」って顔をした。


「評価はいまからなので、今後は気を付けてください。無理をして、ケガをしたり、体調を崩したりすることのないように。当然、学生ですから勉強をサボったりもしないように」


 不満そうな表情もちらほら見えるが私は話を続けた。


「やる気の示し方は人それぞれです。ダンスが上手いからご褒美がもらえるというものではありません。自分のできることを頑張ってください。そして、周りの人を助けることも大切な評価ポイントです。女子全員がご褒美をもらえるように協力し合うことが理想だと思っています」


 私は無理をしすぎないこととサポートし合うことを何度も強調した。

 せっかくやる気になってくれるのなら、それを空回りさせたくない。

 オーバーペースは本人だけでは自覚しにくいこともあるので、周りとの協力が必要だ。


「ところで、ご褒美をもらえるかどうかは誰が決めるの?」とひぃなが質問した。


「本当はみんなで決めたいところだけど、なかなか難しいので私に一任して欲しいと思ってます」


 仕方ないかという顔が並ぶ。

 私はいちばん反対しそうな笠井さんに「私でいい?」とあえて尋ねた。


「ご褒美がもらえないって言われた後に反対意見があれば聞いてくれる?」と笠井さんが考えながらそう尋ねた。


「もちろん。納得してもらえるまで話し合うよ」と答えると、「それなら任せるわ」と笠井さんは頷いた。


「ご褒美のデートについて何人かに話を聞いたのだけど、直接本人に頼むより第三者を通して言って欲しいって意見が多かったです。その役に日々木さんを挙げる意見が出ていたので、その方向で調整しようと思います。意見がある人は直接でも間接でも、リアルでもLINEやメールでもなんでもいいので言ってください」


 私の言葉に続いて、ひぃなが「ファッションショー用にデートのためのコーディネートを考えるので、ご褒美デートの時にアドバイスが欲しい人は言ってね」と呼びかけた。


「その辺は急いで決める必要がないので、1週間くらい様子を見ます」と私が言って、この提案に対する連絡事項は終わりにした。


 せっかく体育館を使えるのだからしっかり練習しようと言って、それぞれの練習をスタートさせる。

 全員がキビキビ動いているので、ひぃなのこの思い付きは想像以上の効果があったと言える。

 私が真っ先にこの話を聞いていたら即座に却下していただろう。


 やる気のない生徒に本当に効果があるのか。

 誰が評価し、どういう基準を示すのか。

 やる気のある生徒が無理をしたりしないか。

 ご褒美の部分だけでもこれだけの問題があった。


 更にデートについても少なくない課題が考えられた。

 誰が誰を指名するのかはある程度推測できる。

 指名が集中するであろうひぃなの護衛問題。

 誰からも指名されなくて落ち込む生徒はいないか。

 そして、相互に指名し合うのは多分私とひぃなだけで、他は一方通行になりそうだという懸念。

 感情の絡む問題は予測が難しく、どう展開するか読めない面がある。


 ご褒美デートは一種の「爆弾」で、その後の人間関係に多大な影響を与えかねない。

 そんな嫌な予感が漂う以上、阻止できるのなら阻止したかった。

 しかし、賽は投げられた。

 私は爆発しないように祈りながら、粛々と自分にできることをするだけだ。




††††† 登場人物紹介 †††††


日野可恋・・・2年1組学級委員。ひぃなが喜んでいるので、忙しいけど頑張るしかない。


日々木陽稲・・・2年1組。可恋とのラブラブデートの行き先を思案中。


笠井優奈・・・2年1組。創作ダンスのクラスパートのリーダー。ご褒美デートには複雑な思いを抱いている。

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