第112話 令和元年8月26日(月)「始業式」須賀彩花

 今日から二学期。

 暑かったのは夏休みの間だけという感じで、ずいぶんと過ごしやすくなった。

 でも、学生にとって長期休暇が終わるのは切ない。

 なかでも夏休みの終わりは憂鬱になりがちだ。


 講堂での始業式では、今年の文化祭は改革が行われ生徒にとって充実したものになるように期待しているという校長先生からのお言葉があった。

 二学期といえば、運動会と文化祭というふたつの大きなイベントがある。

 特に文化祭はこれまで合唱一辺倒だったクラスの出し物が、バラエティ豊かなものへと変更された。

 文化祭はまだまだ先だというのに夏休み前から準備を始めたクラスも少なくなかった。

 特に、うちのクラスの企画であるファッションショーは既に注目を集めている。

 わたしもとても楽しみな気持ちと少しの不安を抱いていた。


 講堂から教室に戻る時に日野さんから呼び止められた。

 美咲たちから離れて、日野さんのもとへ行く。

 筋トレやダイエットについて相談したり、アドバイスしてもらったりと何かと日野さんにはお世話になっている。

 わたしは軽い気持ちで近寄ったが、日野さんは真剣な眼差しで「お願いがあるの」と言った。


 不穏な空気を感じて棒立ちになったわたしに、「須賀さんに運動会の実行委員をやって欲しいの」と日野さんが切り出した。

 まったく予期せぬ言葉に飛び上がるほど驚いた。

 勉強も運動も平均がやっとで、クラスの中でも影が薄いわたしはこれまで大事な役職はやったことがない。


「無理だよ!」とほとんど条件反射で言ってしまう。


 しかし、わたしのそんな反応を日野さんは予想していたのだろう。

 歩きながら話すように促し、優しい口調でわたしに話し掛けた。


「この学校の運動会の実行委員って連絡役がメインの仕事なのよ。文化祭の実行委員も似たようなものだったんだけど、今年はいろいろあって大変になっちゃったわね」


 大変にした張本人である日野さんが他人事のように言う。

 文化祭の実行委員は美咲なので、その仕事振りは身近に目にしている。

 例年なら運動会が終わってから活動が始まるのに、今年は極端に前倒しになった。

 会議の回数も増え、やるべき仕事の難易度も上がったと聞いている。


「運動会はいつも通りだから大丈夫よ」と日野さんは微笑んだ後、「私は冬に転校してきたから去年の運動会は知らないけど、学年ごとの創作ダンスが運動会の華なんだってね」と言った。


 わたしは頷いてから、「1年はまだ下手だったけど、2年3年の創作ダンスは凄かったよ」と昨年の運動会を思い出しながらそう答えた。

 運動会の実行委員ならあの創作ダンスを指導する側になるはずだ。

 とてもわたしにはできそうにない。


「その創作ダンスは実行委員だけでなく、各クラスから有志が集まって考えたり、他の生徒に教えたりするみたいなのよ。うちのクラスからは笠井さんと渡瀬さんに出てもらいたいなと思ってるんだけどね」


 日野さんの言葉を聞いて、ふたりが適任だとわたしも思った。

 優奈はああいうことが得意そうだ。

 身体を動かすことが好きだし、目立つことも好んでいる。

 ひかりも音感に優れ、運動能力が高い。

 きっとふたりともダンスは上手いだろう。


「だったら、ふたりの中から実行委員を……」と言いかけて、そうしない理由に思い至る。


「クラスをまとめるのは私も手伝えるけど、連絡などの雑用が多いからね、実行委員は。あのふたりは向いてないでしょ?」


 男子の実行委員もいるけど、ひとりだけに負担を押しつけるのは忍びないと日野さんは言った。

 ふたりには創作ダンスに集中してもらって、連絡などは実行委員が担当するのが無難だろう。

 そして、ふたりと意思疎通する上で、うちのグループの中から実行委員を出したいという日野さんの意図は理解できた。


「松田さんは文化祭の実行委員だから、須賀さんか田辺さんにやって欲しいのよ」と日野さんはわたしの考えを読んだかのように説明した。


 綾乃は頭は良いものの、体力は心もとない。

 運動会の実行委員は連絡などの雑用だけでなく、設営の準備などもするはずだ。

 それに綾乃とひかりの関係は変わっていないように見えるし、綾乃の精神的な不安定さは続いているように感じる。

 夏休み中、綾乃とひかりが直接話すのを一度も見なかったし……。


「わたしがやります」と声に出した。


 わたしにできるかどうか不安もあるけど、声に出すとなんとなく大丈夫な気がしてくる。

 わたしってこんなに楽観的だったっけ?


「引き受けてくれてありがとう。私も全力でサポートするわ。何かあったら言ってね」と日野さんは嬉しそうに笑うと、わたしの背中をポンと叩いた。


「明日の終わりのホームルームで発表するね」と日野さんが言ったので、「優奈たちには先に伝えていいの?」とわたしは確認する。


「もちろんよ」と日野さんは頷き、一枚のメモを差し出した。


 そこには今後の予定が書かれていた。


 教室に入るとすぐにホームルームが始まった。

 教壇には副担任の藤原先生が立っている。

 二学期のホームルームは基本的に藤原先生が行うそうだ。

 明日から授業が始まるが、今週は教育相談があって、短縮授業になる。

 それらについての連絡事項を藤原先生が長々と述べている。

 運動会の実行委員の最初の集会は来週だけど、メモによると2年の創作ダンスの担当の顔合わせを今週のうちに行うそうだ。


 ホームルームが終わると、生徒たちが帰り始める。

 わたしは鞄を抱えて美咲のところへ行く。

 他のメンバーが集まったところで、わたしは運動会の実行委員を引き受けたことを伝えた。


「日野に弱みでも握られてるの?」と優奈が呆れたといった顔で真っ先に反応した。


「彩花のことを認めてくれているからですよ」と美咲は優奈をたしなめ、わたしに対しては「応援するので頑張ってください」と微笑みかけてくれる。


 綾乃はわたしの手を取り、「頑張って。私も手伝うよ」と彼女には珍しく強い口調で言ってくれた。

 わたしは仲間の心強い言葉に「ありがとう。よろしくね」と感謝する。


「それでね、創作ダンスの担当を優奈とひかりにやって欲しいって日野さんが。忙しいと思うけど、ふたりに手伝って欲しいってわたしも願ってる」


 優奈は最初は渋い顔をしたが、わたしがお願いすると「日野の頼みなら断るけど、彩花の頼みじゃ断れないよね」と笑って引き受けてくれた。


 ひかりには「創作ダンスの振り付けを考えたり、みんなに教えたりして欲しいの」と面と向かって頼むと、「ダンス? 好きだよ。任せて!」と答えてくれた。

 ふたりは合唱の練習もあるからスケジュールの調整も必要だろう。

 その辺りはわたしが頑張ろうと思う。


「それにしても、彩花は頼もしくなりましたね」と美咲がわたしを見て言った。


「ホントだよなあ……、春頃はアタシの顔見てビクビクしてたのにな」と優奈がおかしそうに笑う。


 わたしはカーッと頭に血が上るのを感じる。

 きっと赤面しているだろう。

 優奈はニヤニヤ笑っているし、美咲も口元をほころばせている。

 わたしは「もう、からかわないでよ!」と俯かずに笑って言葉を返す。

 わたしの居場所がここにあるという実感と幸せを感じながら。




††††† 登場人物紹介 †††††


須賀彩花・・・2年1組。学業や運動だけでなく、容姿やセンス、親の経済力などあらゆることが平均点だと思っている。そんな中で友だちだけは大いに自慢できる。


日野可恋・・・2年1組。さりげなく声を掛けてくれる人。筋トレを通じてよく話すようになった。(彩花談)


松田美咲・・・2年1組。お嬢様。小学校時代はよく家に遊びに行った。中学でクラスが離れて疎遠になりかけたけど2年になってまた同じクラスになった。昔からあまり変わっていない。(彩花談)


笠井優奈・・・2年1組。最初は怖い感じがしたけど、友だち思いと分かって親しみが持てるようになった。綾乃にツッコまれた時は嬉しそう。(彩花談)


田辺綾乃・・・2年1組。何を考えているか分からない不思議少女。夏休み中はずっと一緒にいた。お互い暇なんだよね。(彩花談)


渡瀬ひかり・・・2年1組。考えていることはよく分かるけど、ツッコみどころの多い不思議少女。歌は抜群に上手いし、好きなことに向ける情熱は凄い。(彩花談)

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