第74.5話 令和元年7月19日(金)「終業式」高木すみれ(おまけ)
7月になって週末は同人誌の作画作業で大忙しだ。
叔母の黎さんが主催する大手同人サークルが繁忙期を迎えているから仕方がない。
同人活動はノリとパッションよ! が口癖の黎さんだから、予定はあってないようなものだ。
あたしは作画のみなので、ネームの遅れが修羅場へと直結する。
これからしばらくはデスマーチが鳴り響くことになるかもしれない。
それでも夏休みの到来は心を弾ませるものだ。
作画以外はほとんどの時間をデッサンに当てていた。
描くのは日々木さんと日野さん。
モデルになってくれた日のことを思い出したり、学校での何気ないやり取りを目に焼き付けたりして紙の上に再現する。
ふたりを思い浮かべるだけで数々のインスピレーションが湧いてくる。
ふたりを描いたスケッチブックは何冊にもなった。
美術部として発表する絵もファッションショーのポスターもふたりをモデルにするつもりだ。
特に悩んでいたポスターは、日々木さんが女の子同士のデートというアイディアを出してくれたので、描きやすくなった。
実際にファッションショーで着る衣装で身を包んだふたりを、モデルとして頼むことができればいいなと思っている。
「千草さん、三島さんのフォローは任せていいかな?」
終業式の後も文化祭のことで残って話し合いだ。
日野さんは今日も颯爽と指示を出す。
「泊里、元気ないよね……やってはみるけど……」
それに対して千草さんは歯切れが悪い。
「わたしが一度話してみるよ」と日々木さんが話に加わった。
「ひぃなが?」
「千草さんと家まで行ってみる」
絵やマンガに生かすため、クラスメイトの観察を密かな趣味にしているあたしは2年生になって以降、日々木さんと日野さんのふたりに視線を注いできた。
初対面のふたりが徐々に仲良くなっていく課程はいまもよく覚えている。
4月は互いに手探りな感じで、すれ違いもあったけど、ゴールデンウィークが明けると急速に仲が深まった。
あたしもその頃からふたりと話す機会が増え、急接近を間近で見ることができた。
モデルをやってもらったり、キャンプで事件が起きたり、いろいろなことがあった。
日々木さんは1年に入学した当初から全校生徒に知られるほど注目を集める存在だ。
一方、日野さんは転校してきた当初は休みがちで、隠れキャラとまで言われていた。
日々木さんの隣りに立つということは多くの人の嫉妬を浴びることになりかねない。
それを日野さんは自分の実力を知らしめることでねじ伏せてきた。
キャンプの頃にはクラスの中では日野さんの方が存在感が高くなってきていた。
日野さんが凜々しく采配を振るうのを横でニコニコと眺めている日々木さんという構図を描くようになったのはこの頃からだ。
その雰囲気がまた少し変わったように思う。
これまで横に見えていたのが実は斜め後ろで、そこから一歩前へ踏み出したように感じる。
とても仲良く親密なふたりが、かたや互いに競い合っているとしたら素敵な関係だと羨ましくなる。
「あたしで良ければ、一緒に行きましょうか」
考えあぐねていた日野さんにあたしは声を掛ける。
役に立てるかどうかは分からないけど、あたしも立ち止まってはいられない。
「お願い。この件は三人に任せる」と日野さんが言うと、「ありがとう、高木さん」と日々木さんに感謝された。
千草さんからも「高木さんなら助かる」と言ってもらい、過大評価されているようにも感じる。
でも、ここでいつものように卑下してもね。
これだけ凄い人たちからこう言ってもらえるんだ。
頑張ろう。
あたしは気合いを込めて席を立った。
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