第9話 ぶ、舞踏会? 何ですかそれは?

 結局私の講義は途中で中止になった。私が酔ってしまい、講義どころではなくなったからだ。


 私は自室のベットの上に寝転がりながら、酔った頭でタイラントの事を考えていた。恋も遊びも知らず、ただひたすら国王としての務めを果たす。


 公人としては立派な行為かもしれない。女遊びや散財が激しい国王など、民衆にとっては迷惑なだけだ。


 でも。私人として。一個人としての楽しみや幸せが皆無なのは、果たして本人にとって幸せな事だろうか。


 私はふとタイラントの子供の頃を想像した。同い年の子供達が外で楽しそうに遊んでいる時、少年タイラントは大人達に囲まれ、冷たい大理石の部屋で帝王学を叩き込まれている。


 私の中では、その時の少年タイラントは無表情だった。私はそんな事を考えながら、いつの間にか眠りに落ちた。


 翌朝。私はタイラントの執務室に呼ばれた。部屋に入ると、タイラントの机の前に多くの魔族達が列をなして続いていた。


 タイラントは手元の書類に目を通し、列の先頭に並んだ魔族に一言二言、言葉を交わし次の順番の者を呼ぶ。


 そうして次々と魔族の行列をさばいていく。これは政務の処理だろうか。タイラントの机には朝食が置かれてた。


 なんとタイラントは朝食を食べながら政務を行っていた。


「リリーカ殿。もう少しで列が途切れますのでお待ち下さい」


 白髪眼鏡のリケイが書類の山を抱えながら私に声をかけた。リケイの言う通り、ほどなく魔族の行列は無くなった。 


「待たせたな娘。お前の講義の続きの件だが、今日は難しいので明日にしよう。異存はないか?」


 いえ異存どころか。永遠に先延ばしして頂いて結構です。はい。それにしても、仕事をしながら食事をして味わえるのかしら?


「味だと? 私は食事にそんな物を求めていない。栄養を補給出来れば充分だ」


 そんな。食事にも興味がないの? 一体この寝癖金髪魔族、何が楽しみで生きているの?


「それよりも娘。この城での生活に不便は無いか?」


 タイラントが私に質問する。不便とな? 押し倒されそうになったり、お酒で絡まれたり、毒殺すると脅されたりした位です。はい。


「リリーカ殿の存在を城中に知らしめるいい方法があると良いのですが。皆がリリーカ殿を知れば、城での生活がしやすくなるのでは」


 リケイが腕を組みながら思案する。いえ、それは止めて下さい。そっとしといて下さい。永遠に秘密にして下さい。お願い。


「舞踏会なんて如何ですか?」


 私の背後でカラミィの声がした。彼女はいつの間にか入室し、優雅な手つきで紅茶を淹れていた。


「······舞踏会。うむ。いい案だカラミィ。皆の者に娘の存在を知らす機会にしよう」


 タイラントは即決し、早速今夜舞踏会を開く事なった。ぶ、舞踏会? なんですかそれは? 庶民の私には全く免疫がない行事なんですが!?


 私は振り返りカラミィを見た。彼女はいつものように穏やかに微笑む。だが、その微笑の中に私は違和感を感じた。


 彼女は何か企んでいるのだろうか? 私を陥れる為に? でも、何の確証も無い私に何が出来る筈も無かった。


 ······夜が訪れ、私は化粧室にいた。大きな鏡の前に、珍しくお化粧をした私の顔が映っている。


「リリーカ様。とってもお似合いですわ」


 私の横で、カラミィの妹であるハクランが陽気な声を出す。両肩が出た赤いドレスを、ハクランは私に着付けしてくれた。


「あ、ありがとうハクラン。お化粧までしてくれて」


 ド、ドレスなんて初めて着る上になんて派手な色なんだろ。ハクランが言うには普通らしい。魔族は皆派手好きなのだろうか?


 舞踏会の会場はとても広かった。艷やかな木張りの床。壁には高価そうな絵画や色とりどりの花が至る所に添えられている。


 ロウソクが灯ったいくつものシャンデリアが広い会場を明るくしていた。演奏隊が優雅な旋律を流し、正装した多くの男女が談笑を交わしていた。


 そして私は天井に釘付けになった。天井の面積の半分がガラス張りになっていて、城の中に居ながら空を見る事が出来た。


「リリーカ様。会場の中央へどうぞ」


 突然背後に現れたカラミィに、私は会場のど真ん中に連れて行かれた。そして気づくと、カラミィは姿を消していた。


 私はただ一人、会場の中央にぽつんと立っていた。ど、どうすればいいの私? 舞踏会って新入りがここで自己紹介とかする物なの?


「······見て。あれが例のタイラント様客人らしいわよ」


「本当に人間だぞ。タイラント様は何をお考えで人間を城に?」


「それにしても貧相な娘ね。着ているドレスが泣いているわ」


 私は多くの好奇の視線を感じた。そして耳には嘲笑が聴こえてくる。私は改めて気づいた。


 私は敵中に孤立しているんだ。ここは魔族の城で、私はただ一人の人間。私は心細さから俯いてしまった。

 

 視線の先には、足元の高級そうな赤い革の靴が見えた。


「リリーカ様。髪を下ろしましょう。せっかくお綺麗な赤毛をしているのですから」


 背後からカラミィの声がした。こ、この娘、いつもなんで突然後ろに現れるの? 振り返る前に、カラミィは私の三つ編みに結んだリボンを二つ解いた。


 その行為は、私が絶対に人前で避けていた行為だった。


 

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