第6話 い、意外ですわね。ザンカルさん。
ザンカルの精悍な顔が、徐々に私の顔に迫ってくる。私は恐怖の余り声が出なかった。わ、私はこのまま魔族の慰み物になるの?
「······お前もか」
ザンカルが小さく呟き、急に私から離れた。ど
、どうしたのこの人?
「······お前も俺が怖いか。涙を出す程」
ザンカルに言われて、私は初めて泣いている事に気づいた。そ、そりゃ泣くでしょ! うら若き乙女が無骨な男にいきなり押し倒されたのよ!
「······その。無いんだ。俺は」
え? 何が無いって? 私は着衣の乱れを直しながら、ベットの端で俯いているザンカルを用心しながら伺う。
「無いんだよ。俺は女を抱いた事が」
え? そ、そうなの? こんな「俺は女に不自由してないぜ」的な雰囲気を出している人が? い、意外ですわね。ザンカルさん。って、そんな事を私に告白してどうする?
「どいつもこいつも。今のお前みたいに泣き出す。そんな女をどうこう出来んだろう」
な、泣き出す? ひょっとして、この人手当たりしだい押し倒していたの? そ、そりゃ泣くでしょう普通!
「お前の講義を聞き、お前なら大丈夫かと思ったが、そう上手くいかんな」
わ、私の講義は聞く者に大きな誤解を与えでいたの? いやちょっと待て。私なら大丈夫かと思ったってどう言う意味よ!?
「······悪かったな。村娘」
ザンカルはゆっくりと立ち上がり、ドアに向かって歩いて行く。彼は分かりやすく落ち込んでいる様子だった。
「ま、待って。ザンカル」
思わず私は呼び止めてしまった。や、野獣を引き止めてどうする私!? で、でもこの人は唯一私に親切にしてくれたわ。
「······ザンカル。いきなり押し倒すのは良くないわ。もっと少しずつ相手に近づかないと。そうすれば相手もあなたの事を理解して、怖がる事は無くなると思うの」
そうよ。この人は目ためは厳つくて一見近寄り難い感じだけど、中身は優しそうだもの。
「······そうか村娘! お前が講義で言っていたな。まずは挨拶。そして食事に誘い、人気の無い場所に連れ込む。押し倒すのはそれからか!?」
いや、だからその押し倒すって考えから先ず離れなさい。あなたは。
「だから、押し倒すのは互いをもっとよく理解し合ってからよ!」
「よし分かったぞ村娘! 明日の講義はその理解し合う方法を教えてくれ!」
そう言い残し、ザンカルは生気を取り戻し去って行った。わ、私は何の約束をさせられたのだろう?
ザンカルが退去した後、ドアのノックが鳴った。
「リリーカいる? ちょっと付き合ってくれないかしら?」
声の主は、紫長髪美人のシースンだった。
シースンに連れて行かれた一室は、高級酒場のような所だった。部屋の内装、ソファーにテーブルも高そうな造りだった。
私とシースンはカウンターに並んで座った。彼女はもしかし、私をお茶に誘ってくれたのだろうか?
「いつもの頂戴」
シースンがカウンター内の給仕に注文する。すぐ様シースンの前にグラスが置かれた。も、物凄く強いアルコール臭がこのグラスからするんですけど?
「リリーカ。貴方も同じ物でいいかしら?」
私は大慌てで顔を横に振り、林檎の果実水を頼んだ。私は果実水のグラスを手にした時、シースンは自分のグラスを一気に飲み干した。
ひ、一飲みでこの濃そうな蒸留酒を? シースンは空のグラスを給仕の前に差し出し、お替りを要求する。な、なんなんだこの人?
「······リリーカ。さっきの講義だけど、私はやっぱり少しはお酒があったほうがいいと思うの」
ま、またさっきの講義の話ですか!?
「だって、お酒無しで男と甘い話なんて出来ないでしょう? リリーカもそう思わない?」
いえ全く思いません。私は目を細め果実水を黙って飲む。その間に、シースンは蒸留酒を三回お替りをしていた。
「······その。無いのよ。私」
ん? この台詞。どこかで聞いたような? そうだ。ここ最近に聞き覚えがある言葉だわ。どこで聞いたかしら?
「······無いのよ。男に押し倒された事が」
ま、またその話ですか!? え、こんなシースンみたいに美人な人が? そ、そうなんですねシースンさん。
「私を誘う男は、揃いも揃って皆酔い潰れていくの。全く失礼しちゃうわ。男共は何を考えているの?」
いえ。貴方を誘った男性はきっと普通です。貴方の酒量が普通じゃないだけです。はい。
「ねえリリーカ。どうすれば私、男に押し倒されるのかしら?」
今すぐ断酒して下さい。それしかありません。はい。取り敢えず私は、酒抜きで男性と会う事を勧めた。
「そんな駄目よ! しらふで一体何を話せるって言うの?」
じゃあ押し倒されるのは諦めて下さい。無理です。はい。
シースンは空のグラスを乱暴に置く。すかさず給仕がお替りを差し出す。一体何杯目だ。それ。
「······じゃあリリーカ。明日の講義で男に押し倒される方法を教えてね」
わ、私の明日の講義は、更に困難な物になった。私は隙を見て離席する機会を伺ったが、シースンの絡み酒に小一時間拘束された。
シースンの両目が怪しい光を伴ってきた。
「······ねえリリーカ。私、無いのよ。男に押し倒されるた事が」
ま、また同じ話ですかお姉さん!? 席を立とうとする私の左手首をシースンが掴んだ。
······私はこの時、世界の何処かにいる勇者様がこの城に立ち寄る事を心から願っていた。
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