わたしの魔法使い
楸 茉夕
序章
「ありがとうございました! お気を付けてお帰りください!」
最後の客を送り出すと、店の中から声が投げられる。
「エイリル、看板しまってくれる?」
「はーい!」
エイリルと呼ばれた少女は、赤と緑の木の葉と共に「
出入り口近くのテーブルを拭いていると、扉が細く開いた。入ってきたのが店員ではなかったので、声をかける。
「すみません、もう閉店で……」
「こんばんは。ごめんなさいね、遅くに」
「あ、ラストさん。こんばんは」
顔を出したのは
「女将さーん! ラストさんがいらっしゃいました!」
「ああ、今日はリルちゃんに用があってきたのよ」
「え、わたしに?」
布巾を片手に首をかしげたところで、前掛けで手を拭きながら女将が出て来た。
「おや、ラスト。どうしたんだいこんな時間に。残り物でいいかい?」
「こんばんは、ヒルダ。閉店を待っていたのよ、お店がやっている間にきたら迷惑かと思って」
「ってことは、客としてきたんじゃないと」
「話が早くて助かるわ。リルちゃんを借りてもいいかしら」
「仕方ないね、特別だよ? リルちゃん、上がりのとこ悪いけどラストの相手してやっておくれね」
「は……はい」
エイリルは戸惑いながらも頷いた。ラストが手近なテーブルに着くのを見て、向かいの椅子を引く。
「ありがとう、時間をくれて」
にっこりと笑いかけられ、エイリルは一瞬ラストに
ラストと知り合って一年になるが、未だにその美しさに目を奪われる。足繁く通う彼女の存在が、この店の隠れた名物になっているのも頷けると、しみじみ思う。
(ずっと見ていられるわ……)
ラストの彫刻めいた顔は、整いすぎているがゆえに冷たげな印象を与える。しかし、ほんの少し笑むだけで驚くほど柔らかくなるのだ。無造作に
「リルちゃん?」
不思議そうにされて、エイリルは我に返った。慌ててかぶりを振る。
「あ、は、はい、時間は大丈夫です。ええと、お話というのは?」
頷き、ラストは話し始めた。
「リルちゃん、
「はい。王様や、ご家族を守る人たちのことですよね」
「そうよ。近衛兵が集まって近衛隊。軍に所属はしているけれど、どの命令系統からも独立していて、陛下とご家族をお守りするのを最優先にしている部隊ね」
「はあ……」
何故ラストが近衛隊の話をするのかわからず、エイリルは曖昧に頷いた。ラストは柔らかな笑みを崩さずに告げる。
「単刀直入に言うわね。リルちゃん、近衛兵になってみない?」
「……は?」
* * *
「なんだって?」
思わず聞き返せば、机を挟んで正面に立つ青年は眉一つ動かさずに繰り返した。
「西方辺境領ヴェストリ領主、ヴィグリード・ゲンドゥル・ヴェストリ様が行方不明である可能性が極めて高いとのこと」
「行方不明って……どういうことだ」
「行方がわからないことです」
「いや、うん。それはわかってる。キルツくん、俺のことバカだと思ってない?」
「否定します。ロヴァル副長は聡明でいらっしゃる」
「そりゃどうも」
あまり褒められた気はしないが、適当に礼を言ってロヴァルは額に手を当てた。
「行方不明……行方不明か……情報の出所は諜報部だっけ」
「肯定です」
「ということは、誤報じゃないな……なんてこった」
三年に一度、国を挙げて行われる「
「このことは、イーグルには?」
「陛下はご存知ありません。カルトラ様のご意向だそうです」
「なるほど、ハル
ハルマ・カルトラは先々代から国王に仕える老宰相である。現国王とは、過保護な祖父と孫のようだと城内では有名だ。
「諜報部によると、この話は近衛隊以外には、まだどこにも出していないそうです」
「……つまり、ハル爺を筆頭に諜報部は、ヴェストリ公ヴィグリードを警戒していると」
国王には知らせず、近衛隊にだけ情報を回してくるのはそういうことだろう。
ヴィグリードは、現国王イーグレーンの
半年前に先代ヴェストリ領主が
「隊長は?」
「先程お知らせしました。考えがあると仰って外出なさいました」
「へえ……いや待て。今日あの人夜勤だろ? トールくん非番だろ? 俺ももう終わりなんだけど」
心得顔でキルツは続ける。
「その件に関して、ロヴァル副長に隊長より言伝があります」
「やだ。聞きたくない」
「副長の
「だよね! 知ってた!」
予想通りの伝言を聞いて、ロヴァルは机に突っ伏した。そこへ書類が差し出される。
「詳細はこちらに。一部しかありませんが、複製はしないでほしいとのこと」
「了解」
ロヴァルが受け取ると、役目は終えたとばかりにキルツは一礼して退出して行った。一つ息をついて起き上がり、書類に目を落とす。
(当分忙しくなりそうだな……)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます