第18話*空の大陸

要石かなめいし?」

 ベリルはいぶかしげに聞き返した。

「ウェサシスカの浮遊を支える要石にヒビが入って、それを直すには強力な力を持つ者が必要らしい」

 マノサクスはコルコル族からもらったジュースを飲み干し、二人を連れ去った理由を説明した。

 改めてベリルを見れば整った容姿に目が釘付けになるも、その表情は無く未だ怒っていることに身がすくむ。

 オレは止めに来た側なのに、なんか理不尽だ。そりゃまあ、それなら本気で止めろと言われたら何も言えないんだけどと半べそになる。

 さすがにベリルもそこまでは言わないものの、普段から無表情であると知らないマノサクスが怒っていると勘違いしても仕方がない。

「リュート様とティリス様が必要だと、魔導師が言ったんですか?」

 レキナは驚いて問いかけた。

 魔導師とは、シャグレナ大陸に住んでいる魔法に長けた種族で、外見はエルフや人間に似ているが背は低い。占術にも優れており、千里眼も備えている。

 リャシュカ族は魔導師たちの中から特に力の強い者を選び、ウェサシスカに上がるようにと要望する。

 その見返りとして、ウェサシスカは彼らに手厚い援助をしている。

 北の大陸に住む事を決断した彼らは、やせ細った大地で古来から暮らしてきたためその血、自体が弱っている。

 そのせいで様々な変化にもろく、元の種族に比べると短命だ。

「ふむ」

 なるほど、そこから二人の事が漏れたのかとベリルは一定の理解を示した。

 ウェサシスカは常に中立を保ち、下界の争いにも不介入を通してきた。あらゆる知識と書物を保管している、この世界の叡智を集めた場所である。

 時には、大陸に住む優秀な者を招き入れ。時には、複雑で判断し難い事象についての裁判を行う。

 ウェサシスカの実権を握っているのは「評議会」と呼ばれる十数人からなる年長のリャシュカ族たちだ。

 彼らの決定なくしては、リャシュカ族たちは自由に動く事は出来ない。

「面倒な」

 あのとき、剣ではなくハンドガンを抜いていれば阻止出来たものをと悔しさを滲ませる。

 なるべくならば、この世界の住人には見せたくないという感情が先に立った。私の持つ武器は、今のこの世界には過ぎたものだ。

「コルコル族が異世界から勇者を召喚したことは、オレたちの間でも噂されてたんだ」

「え、知ってたんですか?」

「魔導師たちの仕事は、世界の変化を調べて評議会に報告することだぞ。知らない訳がないじゃないか」

 でも、まさか破損した要石の修復に彼らが選ばれるなんて思ってもみなかった。それを伝えるためにマノサクスは昼夜を問わず飛び続け、翼はボロボロだ。

「基本的に、下の大陸のことは静観するのがウェサシスカの方針だから」

 勇者の召喚には無関心だった。

「ベリル様は選ばれなかったんですね」

「そうだろうね」

 そんなレキナとベリルの会話にマノサクスは首をかしげる。

「マノサクス」

「はい」

 ベリルに呼ばれて思わずかしこまる。

「回復はいつだ」

「え?」

 そんなこと聞いてどうするんだ。出来ればゆっくりしたいんだけど。

「私を運べるようになるのはいつだと聞いている」

「は? あんたを運ぶだって?」

「飛べるのはお前だけだ」

 すぐにでも飛んでもらいたいが、無理なら飛べるようになるまである程度は待つ。

「うそだろ」

 マノサクスは信じられないと目を丸くした。

 小柄だけど人間、一人を運ぶとなると大変なんだぞ。ていうかなんだって──あ!

「助けに行くつもりなのか」

「他にどんな理由がある」

 当然のように言い放つベリルに驚いて身を乗り出す。

「解ってるのか!? ウェサシスカだぞ? 人間なんかにどうにか出来ないことくらい解ってるだ──」

「解らん」

 いや、解らんって言い切られても困るんだけど。こっちの言葉をぶった切っての発言に唖然とした。

「そういう場所なのかね」

「まあ。リャシュカ族のテリトリーですからねえ」

 平然と答えるステムにマノサクスは、もっとしっかり説明しろよと呆れて首を振る。

「あんた。魔法は使えないんだろ? だったら、なおさら無理だ」

 ウェサシスカを舐めているとしか思えない。

「ベリル様ならいけますよね。勇者なんだし」

 レキナはベリルを見上げてしれっと発した。

 勇者というくくりで「いけますよ」と言った訳ではない事はマノサクスを除く、ここにいる誰もが理解している。

「どうにかなるだろう」

 ここにいても解決する事はないのだから、行動するしかない。強引なやり口で行われたものは大抵、穏便な結末とはいかない。

「勇者?」

 顔をしかめるマノサクスに、レキナはまだ気がついていないんだと肩をすくめた。

「僕らが召喚した勇者は、リュート様とティリス様とベリル様の三人です」

「ええええ!?」

 魔導師たちはひと言もそんなこと言ってなかったよ? 要石の修復に必要なかったから言わなかったの?

 いやいや、それでもおかしくない? だって、コルコル族が召喚した人間は二人って報告してたよ。

 え、三人? なんで一人抜いたの? 二人で充分だったから?

「べりる~。お菓子! はやくはやく」

 呆然としているマノサクスなど目もくれず、子供たちはベリルの手を引っ張り何やら催促している。

「少し待て」

 急かす子供たちをなだめつつ、遠ざかるベリルの後ろ姿を見送った。

「お菓子?」

「ベリル様は料理とお菓子作りがお得意なんです」

「お料理上手な勇者かよ」

 レキナの言葉に頭を抱えた。だから、魔導師たちはあいつを除外したのか? いやでも、とにかく逐一報告することは義務づけられているはずだよな。

 ささいなことかどうかを決めるのは、評議会なんだから。



 ──ほどなく、マノサクスは目の前に置かれたロールケーキを呆けた顔で眺めた。

「食べると良い」

 先ほどの険しい表情とは違い、少し和らいだベリルの面持ちにほっとして、勧められたものに改めて視線を降ろす。

「糖分は疲労した体に良い」

 酒を傾けてマノサクスに促した。

 初めて見る食べ物に戸惑いつつも、甘い香りにごくりと喉が鳴る。確かにお腹は減っているけど、なんだこれ。

 周囲を見れば、子供たちが美味しそうにそれを頬ばっている。マノサクスは怖々と小さく切り分けた欠片を口にした。

「え。なにこれ。美味い」

 ふわふわの生地と甘いクリームが見事に口の中で合わさって絶妙な味わいと食感! これは最高に美味い。

 マノサクスは厚めに切られたロールケーキをぺろり平らげた。

「まだあるか」

「ありますよ」

「食べる! 欲しい!」

 ベリルの問いに答えたレキナに即、次を要求する。まだあると知って嬉しいのか、マノサクスはフォークを握ったまま目を輝かせている。

「持ってきます」

 レキナは立ち上がりロールケーキを取りに向かった。

「気に入ってもらえたようで何よりだ」

「うん。美味いよこれ」

 料理上手の勇者──ありかもしれない。凄く綺麗だし。

「翼はどうか」

「え?」

「怪我はないか」

「うーん」

 白にブラウンの斑点がある、まるで鷹を思わせる翼を動かしてみる。

「多分、大丈夫だと思う」

 思っていたより傷ついてはいないようだ。

「そうか」

 ベリルは聞いて酒を飲み干し、どこかへ行ってしまった。



 ──次の朝

「それはなんだ?」

 マノサクスは、細い金属の棒のようなものをいくつも作っているベリルに尋ねた。

「工具だよ」

 完成した金属の棒を輪に通し、音が鳴らないように工夫してその輪を腰につなぐ。先端は折れ曲がったり尖ったりと様々な形をしている。それぞれの長さは十センチほどか。

「ぽよ!」

 唐突にピンクのスライムがベリルの顔にぶつかってきた。痛みというより、顔が埋まって息苦しい。

「お前がいた事を忘れていた」

 顔から引きはがしてスライムを見やると、なんとも物憂げな瞳がベリルを見上げている。

「何それ!?」

「ティリスが連れていたスライムだ」

 え、スライムってそんなのだっけ? マノサクスは自分の知るスライムとはかけ離れている風貌に頭が混乱した。

「ポヨと言うらしい」

 彼らの世界のスライムであるから、お前の認識とは異なるのだろう。私の認識とも少々、違ってはいる。

「希少種だと言っていた」

「へ、へえぇ~」

「ティリスがいなくて寂しいのか」

「ぽよ! ぽよ~!」

 ベリルの胸にすがりつく。

 これはおそらく泣いているのか、私には判別し難い。ティリスたちがいない事に気付いているのだろうか。

 それにしても、スライムとは基本的にイヴィル属性ではなかっただろうかと思い起こす。

 酸性の体液を持ち、武器や防具を腐食させるイメージだったのだが。やはり希少種という事が理由なのだろうか。

 とはいえ、私の世界ではそもそも架空の生物だ。

 古来から語り継がれてきたモンスターとは異なり、スライムの登場は比較的、新しく現在ではその変化が著しい。

「お前はここで待て」

 連れていく訳にはいかない。

「必ず、連れ帰る」

「ぽよ……」

 理解してくれたのかさっぱり解らないが、彼らに預けておけば問題はないだろう。



 ──ベリルは作成した工具をまとめると、次は剣やナイフの手入れを始めた。今回、ハンドガンなどは携帯せず、一つを除いてこの世界の武器のみで対応する。

 リャシュカ族の文化水準から鑑みて、目に触れさせること自体、危険だと判断した。

「魔法は使えるか」

「え? オレは戦士だから無理だよ」

「ステムに頼むか」

 小さく溜息を吐き、メイジたちが集まる集会場に向かう。

「これに魔法を?」

 ステムにナイフを数本、示すと難しそうな顔をした。

「出来るか」

「断言は出来ませんが、やれるかもしれません」

 小さく唸り、慎重に答えた。

 タリスマンなどの作成とは異なり、攻撃を目的とした魔法を武器に付与するなんて事は今まで考えたこともなく、渡されたナイフを一本一本、じっくりと眺める。

「頼む」

 ベリルは追加で腰の剣を抜いて手渡した。

 ティリスには剣にも魔法を付与してもらっていたが、魔法の武器として製作されたものではないため固定は出来ず、付与されていた魔法は消えかかっていた。

「付与が可能なものは」

「ボクは冷気属性らしいので、冷気なら付与出来るかもしれません」

「よろしく頼む」

「はい。やってみます」

「料理が上手いだけじゃないのか?」

 マノサクスは手際よく準備を進めていくベリルにいぶかる。

「こう言っちゃあ、あれですけど」

「うわ。いつの間に」

 隣に立っていたレキナに偶さか驚いて翼を広げる。それにしても、相変わらずちっさいなあとレキナの脳天を見下ろした。

「ベリル様を残したこと。失敗だと思います」

「へ?」

 ひと言だけを残して去って行くレキナの背中を黙って見つめた。

 出発は余裕を見て明日となり、マノサクスは少しほっとした。飛べはするけれど、ウェサシスカまで人間を抱えてとなると不安があった。

 もちろん、それだけじゃない。

 二人を救出するために向かうベリルに協力する自分は、仲間から裏切り者と言われても仕方ない。

 でも、やっぱりこれは間違っている気がする。そんな思いがありつつも、ウェサシスカに戻る事に躊躇していた。

 まだ少し、オレには心を決める時間が必要なんだ。

 一刻も早く救出に向かいたいが、マノサクスの説明から早急に二人をどうにかする事はないだろうとベリルは判断した。



 ──明くる日の夕刻

「なにこれ?」

 ベリルから幅広のベルトを手渡されマノサクスは首をかしげる。

「体を固定するものだ」

 抱きかかえて飛ぶのは疲れるだろうとベリルは自分とマノサクスをつなぐベルトを作っていた。

「へえ」

 これなら両手も自由になって飛びやすい。五段階くらい調節が出来るようにもなってるし、凄いの作ったな。

「僕も一緒に行きたいところです」

「さすがにこいつだけで精一杯だよ」

 残念がるレキナにベリルを指差して答えた。

「その要石だが。修復出来なければどうなる」

「決まってるだろ。ウェサシスカが落ちる」

「そうか」

 応えて、

「ならば落としてやるのも良い」

「え」

 つぶやいた言葉にぎくりとしてベリルを凝視した。合わせた視線に感情が見受けられない。

「冗談、だよな?」

「さあどうだろう」

 無表情な面持ちにマノサクスはひやりとしたが、そんな力がある訳ないと自分に言い聞かせ渡されたベルトを装着した。



 ──ウェサシスカに向かう準備が整い、コルコル族たちが見送りに集まる。

「お気を付けて」

 飛び上がるマノサクスとベリルにレキナは手を振って無事を祈った。

 やがて小さくなった影に振っていた手を下げ、これがベリル様が召喚された理由なんだろうかとぼんやり考えた。

 ベリル様を残そうが、一緒に捕まえていようが、彼らにとっては災難にしかならないと思うんだよね。

 どんなに強いかなんて、僕には解らないけど。ベリル様の強さって、そういう所だけじゃないような気がする。


 ──晴れた空にぽつりぽつりと雲が流れ、高度が上がるにつれて風が強さを増していく。こんな状況でなければ、空の旅を楽しみたいものだとベリルは足元に広がる草原を眺める。

 ふと空に小さな黒い影を捉え、それはみるみると大きくなっていった。

「でかいな」

 菱形のそれは細く渦巻く雲をまとい、荘厳な姿を見せつける。

 予想以上の大きさだ。簡単に目測するとオーストラリアの三分の一ほどだろうか。これほど巨大なものが空に浮かんでいる事に驚愕する。

 木々や雑木林などが点在し、人の住むであろう建物の集まりが三カ所ほど窺えた。中央には、巨木に包まれた城が威厳をたずさえてどっしりと構えている。

「城のすぐ側にあるのが、俺たちの住むウェサシアだ」

 評議会がある城の周囲には街があり、リャシュカ族だけでなく四つの大陸から招かれた人々が住んでいる。

 四方には、高い塔とモノリスがそれぞれ設置され、要石とモノリスが共鳴する事により大陸が浮遊している。

「あっちこっちに監視塔があるから、気をつけて飛ばないと」

「二カ所見える」

「え、どこ?」

「左右に一つずつ」

「あ、ホントだ。よく見えるな」

 見えるには見えるけど、木が何本か近くにあって見逃すくらい上手く紛れてる。

「何故、把握していない」

「あれを気にする生活なんて送ってないよ」

 オレは今まで何も悪いことしてない。

「ならば堂々と入ってみるかね」

「……。やめとく」

 ごめんなさいと監視塔を気にしつつ大陸に近づいた。

 ようやく足の下に大地が見えてベリルは十メートルの高さを確認し、マノサクスと接続されていたバックルを外す。

 背後でマノサクスの叫びを耳にしながら降下した。

「いきなり外すなよ! バランス崩して危ないだろ。見つからないようにしないといけないんだから、そんな派手に降りるなよな」

「ここはウェサシアの東南か」

 前にかけていたリュックを背中にかけ直しマノサクスに確かめる。

「よく解ったな。そうだよ」

 あれだけの説明で位置を掴んだベリルに感心する。

 大陸はときに回転し、方位の変化が起こる事がある。そのため、ウェサシスカ内の位置を把握する目的で固定された方位が存在する。

 城の背後にあるモノリスを北とし、大陸内の方位が定められている。

 そのため、この大陸では世界方位とウェサシスカ方位という二つの呼び方、方位が使われているという訳だ。

「二人はどこに捕らわれている」

「多分、地下牢だと思う」

 地下牢はウェサシアの西にある。

 四方にある塔の、西塔に続く道の中間から少し離れた場所に地下牢への入り口が設けられている。

 改めて中心に目を向けると、中世の城を思わせる優美で巨大な建造物が視界を占めた。その全てが使われている訳ではなく、過去にあった大戦で両側は破壊されたままらしい。

 ウェサシスカの象徴でもある城は評議会が開かれるだけでなく、招かれた人々がそれらを学ぶため常に誰かが本を読みあさっている。

 それからベリルは周囲を見渡し、公園らしい一帯を見やる。そこは芝生と木々が立ち並び、石畳の道が続いていた。

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