第4話*未だ落ち着かず

「キュー!」

「キュー!」

 ベリルは泣き止まない二匹の頭を撫でてやり、駆けつけた親に引き渡した。そうして、ざわついている周囲を見回し、自分の荷物があることを確認する。

「……良かった」

 リュートと同様、ベリルも優しい人なのだとティリスは笑顔を取り戻した。

「きゃああ!?」

 気を抜いて視線を外し、飛び込んできたものに思わず叫びを上げる。

「食料とするのだろう」

 ベリルは突然の悲鳴に目を丸くしながらも応えた。

「ああ……。そうよね。うん」

 手に手に包丁を持って血まみれで獣を切り裂いている光景に思わず声が出てしまった。

 リュートは、普段あれだけ魔物を倒しているくせにと呆れつつ、額の汗を拭うティリスの脇にそっと立ち、険しい瞳をベリルに向ける。

 あの巨体を一撃で倒すとは──あれには、どれほどの破壊力があるのか。やはり、あいつから目を離してはならない。

「べりるー」

「べりるー」

 何故だか子どもたちの人気者となったベリルは、困惑しながらも腰を落とした。

「ぽよ」

「ん?」

 ぽよ?

 すぐ左に気配を感じて目線を下げると、笑顔で見上げてくるピンク色をした半透明の物体に眉を寄せた。

「スライム?」

 ピンク色をしているが、おそらくはスライムだ。しかし、スライムといえばモンスターではなかったか。

 あまり強いとは思えない。しかし油断は禁物だ。見た目の質感から衝撃にはある程度、耐えられそうではある。

 そのスライムから好意的な視線を向けられているという不可解さに、ベリルの思考は混乱していた。

「ぽよ~」

 仔犬の如くすり寄られ、ますます困惑する。

「なにこれー」

「なにこれえ」

「ぷにぷにー」

「ポヨちゃん!?」

 ティリスは驚いて自分のかばんを漁り、すぐさまスライムに駆け寄った。

「お前の連れか」

「うん。ごめんなさい!」

 いつの間に外に出たの? 優しく問いかけて抱きかかえる。

「あたしのかばんの中で寝ていたのに、さっきの音で目が覚めたのね」

「起こしてしまったか。すまない事をした」

「ううん。気にしないで」

「それはなんだ」

「希少種のスライムなの」

 ああ、やはりスライムなのか。

「名前は」

「ポヨちゃんです」

「そのままか」

 そういえば先ほど、そう呼んでいたなと思い起こす。

 ピンクのスライムはティリスの腕の中で弾力ある体を揺らしている。けれどもベリルと目が合った途端、少女の腕から抜け出すと勢いよく彼の胸に飛び込んだ。

「ポヨちゃんに気に入られたみたいね」

「そうか」

 よく解らない生物に気に入られる経験は初めてだ。

 しかし顔しかない。頭らしき部分を撫でる事くらいしか出来ないぞと、ひとまずは腕の中に収めた。

 その姿に、ティリスは複雑な表情を浮かべる。

 ベリルを初めて見たとき、凄く綺麗な人だなと思った。笑いかけてくれたけど、どういう人かは解らなくて──

 優しい人だと知って、今はこうしてポヨちゃんを抱いてくれている。

 でも、言いたいことはそこじゃない。なんて言うんだろう。綺麗な人が可愛いものを持っているこの、意外性というのかな。

 リュートも綺麗なんだけど、彼はポヨちゃんを切り刻むだけだから。

「あ!」

 ティリスはそこでハッとした。これがリュートだったら? ティリスはベリルを眺め脳内でリュートに置き換えた。

「……?」

 何故、彼女は私をじっと見ている。もしやスライムの扱いを間違えているのか。

 微動だにしないティリスに凝視されているベリルは当惑した。間違えているなら教えて貰えないだろうかと、問いかけようとしたところで動きを止める。

 笑っている。いや、にやけている。一体、何を妄想しているのかはわからんがこれは気まずい。

 リュートの視線が途方もなく私に刺さってくる。それは何の感情だ。

「あの」

 ふいに声を掛けたレキナのおかげか、辺りに漂っていた奇妙な空気はかき消された。

「苦手なものとかはありませんか。夕食の準備をします」

「俺はない」

「あたしも」

 この世界の食べ物がどのようなものかは解らないが、変なものが出てきたら、何かしらの理由をつけてそれを食べないようにしようと二人は心の中で決めていた。

「レキナ。少し、頼めるか」

 ベリルは立ち上がり、スライムをティリスに渡してレキナと共に遠ざかる。



 ──夕刻、太陽は傾き夕闇の訪れを迎えるべく、集落に篝火かがりびが灯される。

 一人、広場にいたリュートのもとにベリルが戻ってきた。

「着替えたのか」

「ひとまずだがね」

 急ごしらえなのか、縫い目は少し粗く感じた。ベリルは、服を作ってくれるようレキナに頼んでいたのだ。

 それが完成するまでのものらしい。

「ナイフでは心許こころもとない。弾薬カートリッジに限りがある以上、ハンドガンには頼れない」

 腰にげた剣を見たリュートに応える。

「カートリッジ? ハンドガン?」

 聞き慣れない言葉に眉を寄せた。

 ベリルは右太もものレッグホルスターに収められている黒い塊を抜き出し、グリップから弾倉マガジンを外して中に入っている真鍮しんちゅうの細長い金属を一つ、手に取る。

「カートリッジ。もしくはアモと言う。これだけでは効果を持たない」

 言って弾薬を指で弾いてリュートに投げる。

「それがなければ、この武器は力を発揮する事は出来ない」

 重量があるので鈍器としては使えるが、いかんせんリーチがない。

 ガシャンと弾倉を銃のグリップに収めホルスターに仕舞う。次にさやから剣を抜き、顔の前に据える。

「彼らの長剣らしい」

 六十センチほどの剣は磨かれ、篝火の炎を映し出していた。コルコル族には長剣であるけれど、人間からすればグラディウス並のサイズでしかない。

「私にはこれくらいが丁度良い」

 元々が素早い動きを実現するため、軽装を心がけているベリルには見合った長さなのだろう。

 リュートの持つ剣は片手半剣と言われるもので、優に百三十センチはある大剣だ。彼はそれを腰にげている。

 彼らの世界ではリュートは自由戦士と呼ばれ、聞いた内容から現代の傭兵に似た仕事だと思われる。

 戦士であるにもかかわらず、彼は一切の鎧を身に付けていない。それだけの強さを持っているという事なのだろうか。

「あ。着替えたんだ」

 沐浴もくよくを済ませたティリスが戻ってきた。

 彼女は神官戦士と呼ばれる職業で怪我の治癒を得意とする。他にも数種の魔法を使いこなすらしい。

 彼女が軽い鎧も装着していないのは、魔法で常に防御力を高めているのだとか。

「呼ばれたとき、何をしていたの?」

「装備の確認をしていた」

「あたしたちは森の中で休んでる時だったね」

 リュートは同意を求められる視線に無言で頷く。

「入浴中でなかった事は幸いだ」

「え……」

 ティリスはそれに、裸で立っている自分の姿を想像した。

 確かにそうだわ。あんな所に裸で、しかもリュートがいて、リュートも裸!? そんなのダメよ!

 ベリルは少女の様子に何も答えず薄く笑う。何を想像しているのかは聞かなくても彼女のリアクションでよく解る。

 そんなティリスの胸元をリュートは上から見つめていた。それに気が付いたベリルは、なるほどと感心する。彼も立派な男らしい。

 確かに、彼女の胸はよく育っている。私には興味はないが。

 ティリスはふと、何かを感じてリュートを見上げた。すると彼は、ついと目を逸らし、微妙な空気が辺りに漂う。

 二人の日常的な展開なのだろうか。このあとは険悪なムードにもならず、夜の音を楽しんでいた。



 ──しばらくして、沢山の料理が運ばれてくる中に肉料理を見つけたティリスは黙り込む。

 これって、あの獣よね?

 そのときの光景を思い起こし、皿に分けられた肉を睨みつけていたらベリルと目が合った。

 食べろと言われるかと思いきや、微笑んでウインクをされた。

 リュートも普通に食べているし、大丈夫なのかな。ティリスは意を決し、小さく切って口に運んだ。

「美味しい」

 臭みもなく、香草の爽やかな香りが鼻に抜けて、ややパンチのきいた香辛料がいいアクセントになっている。

 かけられているソースも、絶妙に肉の味を引き立たせていた。

 少し固いかなと思ってけれど、そんなことはなく。兎肉にも劣らないほど柔らかく美味しかった。

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