第1話
廃墟ビルが建ち並ぶ昔は栄えていたのであろう大通りを、1人の少女が何処か誇らしげに足音を鳴らして歩いていた。
時の止まった遊園地。50年前まではシンボルであったはずの観覧車のゴンドラは今にも落ちそうだ。
遊園地だけではない、周りの景色は残酷なほど荒れ果てている。
子どもの声、足音が耳の遠くに聞こえる、壊れかけた公園。滑り台は階段が崩れていて、ジャングルジムはもう形を残していない。
地面には周りのビルから崩れ落ちてきたのであろう瓦礫が散乱していた。虫も人間も息のある者は誰1人居ないようだった。少女の足音も、足下に積もっていた木の葉の音も、静寂の中に掻き消されていった。
「気味の悪い街になってしまってるわ」
少女の声は何処か気味の悪い大人びた、何処か寂しそうな孤独を感じさせる声色であった。ロボットがプログラムどおり話してるみたいに、声に感情がこもっていない。
この殺風景な街の地下には、賑やかで慌ただしい日常生活が広がっている。地下で生まれ暮らした者が地下から出ると、酷い差別が待ち受けている。
少女の名は、ヤヨイ。今まで地上に出た回数は五本の指にしか入らない。
雪のように真っ白な肌。横髪が膝まで長く、後ろ髪は顎ラインで短く切ってある、漆黒の髪。赤と金のぱっちりとした目。長い睫毛、潤った桃色の唇と頬。美少女と言っても過言ではない。
「夜逃げかしら?」
いつの間にか地上で暮らす人間たちは、何処かへと移住していたようだ。地上の音は地下には聞こえず、地下の音も地上には聞こえない。地下の人間が地上に足を踏み入れるためには、【死】を覚悟せねばならない。地下には居ないモノが生息し、地下の人間たちを食い殺そうとする。そのモノたちは地下の者を駆逐するために地上の人間たちが作り出した。
「なんなの?これは。何故誰もいないの?」
一軒の家の中にヤヨイは足を踏み入れた。そこには家具が綺麗に並べられていて、子どもの玩具も生活用品もそのまま置いてあった。しかし奥の部屋の物はなにもなくがらりとしていた。
「これは何処からどう見ても、夜逃げじゃない」
箪笥の中に服はあるのかと、覗くがなにも入っていない。靴もない。リビングに出て果物を手に持っていた袋に詰め込み、大通りに出た。
「この家、だけではなさそうね」
いつも賑やかな商店が全て閉まっている。それに全ての家にカーテンが閉ざされている。一番不自然なのは、あの人食い怪物が一匹残らず居なくなっていることだ。ヤヨイは薄汚れた煉瓦道の一部分をコツコツ、と軽く小突いた。
「ヤヨイよ。開けてちょうだい」
大通りにぽっかりと人が1人は入れるくらいの穴が開いた。螺旋階段を下りると、下には煤まみれの可愛らしい少年が満面の笑みで立っていた。
少年の名は、エイジ。一度も地上に出たことの無い体の弱い少年だ。
ヤヨイと同じ、雪のように真っ白な肌。青色のくりくりとした目。ツンデレで色々と面倒くさい。毎日毎時間、ヤヨイに甘えてくることがあると、すぐにツンツンし出す。幼馴染みでもある。
「収穫、あった?」
「食べ物で言えば、果物だけ。調味料類は商店に残っていたのを貰ってきたわ」
意味ありげな答え方をして、袋をエイジに投げ渡した。
「え、どう言う意味?」
「地上の人間が誰一人居なかったのよ」
「は?それ、どういうこと?」
二人の家に向かいながら、その途中にある猛獣を1匹1匹入れてある檻の鍵を開けて猛獣たちを放つ。ヤヨイはじゃれてくる猛獣たちを撫でながら、目を細めた。
「家具や玩具は全て、家に置いてあったの。でもね、不思議なことに食料や調味料類も全て置かれてて。おかしいと思うでしょう?」
銀狼の子どもを抱えて撫でながら、家の鍵を開けた。エイジは頭を傾げている。猛獣たちは我先にと押し入ってくる。大蛇がソファに座ったヤヨイの体に優しく巻き付いた。
「ひんやりしてて気持ちいいわね、これ」
そう呟いてしまった。猛獣たちがわらわらと、「私も」「俺も」「僕も」と言いたげに押し寄せてきた。
「いちごムースを作りたいの。手伝ってくれる?」
材料はこれだ( 5 個分を表示している)。
イチゴ300g
グラニュー糖60g
レモン汁4g
板ゼラチン4g
生クリーム(35%)90ml
<デコレーション>
イチゴ5~6個
ミントの葉5~6枚
作り方はこうだ。
1
板ゼラチンを分量外の氷水に入れ、もどす。
2
イチゴはヘタを取って水洗いし、水気を拭いてミキサーにかける。なめらかになったらこし器でこしてボウルに入れ、200gを計量する。
3
鍋に(2)の半量とグラニュー糖、レモン汁を入れ、弱火にかける。グラニュー糖が溶けたら火から外し、(1)の水気をきったゼラチンを加え、混ぜる。
4
(3)を残っている(2)のボウルに加えて混ぜ、氷水に当てて冷やし、トロミをつける。
5
生クリームを氷水にあて、7分立てに泡立てる。(4)に2回に分けて加え、その都度混ぜる。
6
器に流し入れ、2時間ほど冷蔵庫で冷やしかためる。かたまったら、<デコレーション>のイチゴ、ミントの葉を飾る。
以上。
簡単に作れるのがいちごムースの良いところだ。猛獣たちは手伝ってくれるが、エイジは疲れたのかソファの上で寝てしまった。
しかしこの作り方は、人間の手によって滅亡させられる前の作り方だ。今では魔法で一瞬で冷やす、計量することが出来る。かき混ぜるのは猛獣たちにやらせている。
「エイジ」
ヤヨイはいちごムースの入ったひんやりとしたカップをエイジの頬に押し付けた。ゆっくりを体を起こしたエイジは、スプーンを受け取り一口食べた。
「んっまあ!」
「それは良かったわ」
ヤヨイも一口食べると、美味しそうな可愛らしい、だが大人びた笑みを浮かべた。
「・・・・・・エイジ、相談があるのだけれど」
「地上に出てなにか調べるつもり?」
「流石はエイジ。何故人食い怪物たちも居ないのか、昨夜の間に何があったのかを知りたいの。構わないかしら?」
昨日の昼に地上に上がったが騒がしく人間たちが歩いていた。商店も開いていたし、移住するような様子は見受けられなかった。つまり昨夜の間に夜逃げしたと言うことだ。
「言うと思った。良いよ、行っても。その代わり、僕もついてく」
パクパクといちごムースに食らいつくと、エイジは勢い良くソファを立った。
「どうかした?」
「明日地上に出るんだよね?なら、用意しておかないと」
エイジは皮膚の表面がチリチリと粟立つように意欲が湧いてきたのが分かった。顔を赤らめて荷造りをするエイジを見て、ヤヨイは眉間に皺を寄せた。エイジの気持ちとは裏腹にヤヨイの心の中は不安と恐怖と疑問で渦巻いていた。
第1疑問は数時間にして街の全市民が移住できるのか。しかも人食い怪物たちまで。今の時期は森の中に入ると魔獣に食われる可能性がある。
第2疑問は何故逃げるように移住したのか。地上よりも地下の方が危険だが、黒い事件は地下よりも地上の方が多い。ヤヨイはそれかと睨んでいる。
第3疑問はそれぞれの家に白いチョークかなにかで、アルファベットが書かれてあった。それは家々によって違った。ABCDEFGと増えていっていたのだ。これがなにを示すのか、今回のことと関係があるのかは分からない。
「明日朝早くに出るから、早く寝なさいよ」
ヤヨイはそう呟くだけで、奥の自室に消えていった。薄暗い部屋で時計の針だけが緑色に光っている。
扉は開かれたままで、猛獣たちが好きなように出入りできるようにだ。冬になればもふもふの毛並みを持つ猛獣たちは、ヤヨイの部屋へ招かれる。夏になればひんやりと気持ちの良い大蛇たちが招かれる。
「・・・・・・ラズベリー、来て」
部屋の中からヤヨイが、銀狼一族の長、薄い桃色の毛並みを持つラズベリーを小さな声で呼んだ。
この辺りの銀狼一族を束ねる長は、薄い桃色のキラキラとしたもふもふな毛並みを持つ。足が異常なほど速く、目が赤く光ると厄災が起きると言われている。
『今、行く』
銀狼一族の長は言葉を発する。ラズベリーは奥の部屋に姿を消した。エイジは隣の部屋に入っていった。他の猛獣たちはヤヨイの部屋の前で蹲って眠りについた。
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