第10章 カーニヴァルの夜

 ひょんな事からツインテールの忍者少女――橘キョウコが付いてくることになって、計六人となったSOS団。コンドルフォートの長から教えてもらった通り、海沿いに北へずっと歩いていくと、小高い丘の影から巨大な大砲が海に向かって突き出ているのが見えた。その大砲が据えられた物々しい鉄の塊みたいな街――あれがジュノン。神羅がウータイ戦争の時に、元々あった港町を大改造して築いた、西大陸へ向かうための拠点だ。あの大砲は『魔晄キャノン』と呼ばれており、その名の通り大量の魔晄エネルギーを消費して、全世界を砲撃出来るという代物で、あの戦争の時にも一度だけ使われたらしい。――どうした、橘? そんな睨むような目付きをして。


「……い、いえいえっ! な、なんでも、何でもないのです!――なんでも……」


 橘は首をブンブン振って否定したが、明らかに怪しい。でも、こいつにだって事情の一つや二つくらいあるのだろうし、別に興味もなかったのでそれ以上は突っ込まないことにして、俺たちはジュノンへと入って行った。






『HARUHI FANTASY Ⅶ -THE NIGHT PEOPLE-』


 第10章 カーニヴァルの夜






「何だ、ここは? やけに寂れているな……」


 ジュノンは、この大陸ではミッドガルに次ぐ規模を持つ都市のはずだ。なのに、立つ家はまばらでボロボロで、真昼なのだが異様に暗いせいか、全く活気もない。


「ねぇ、ここってジュノン、よね?」


 ハルヒは近くを歩いていたお婆さんを捕まえて尋ねてみる。すると、お婆さんは俺たちを訝しむように、「なんだね、あんたたち? 何処から来たんだい?」と尋ねてきたので、ミッドガルからと答えると、空を覆っている黒い巨大な鉄の塊を苦々しく見詰めて、大きく溜め息をついた。


「そうだよ。ここはジュノンさ。……もっとも、神羅が上の街を拵えてから、すっかり様変わりしちまったけどねぇ。空が覆い尽くされてお日様も全く当たらなくなったし、海が汚れて魚もサッパリ捕れないよ……昔は賑やかな港だったんだけどね」


「……ミッドガルのスラム街と似てますね」


 婆さんの話を聞きながら、古泉はふとそんな感想を漏らす。ああ、そうだな。旧ジュノン――婆さんの話では『アンダージュノン』という――の上を覆う無機質でゴツゴツした要塞都市は、まさしくミッドガルを覆うプレートそのまんまだ。差し詰め、ここはミッドガルの縮小版とでも言った所か。ひとしきりジュノンの『プレート』を見上げた後、俺はもう一つ気になったこと――すなわち、ここに来た理由――を尋ねてみた。


「黒いマントの女を見なかったか?」


 しかし、婆さんは、「さあ……そんな人、とんと見かけんねぇ」と首を捻るだけだった。


「……? どういう事、ですかね」

「……あの時のタークスが嘘を言っていたとは考えられない」

「もしかして、上の街に居る、とか……でしょうか」

「もう、船に乗って西の大陸へ行った後かもしれないわね」

「それなら、俺たちも船に乗らないといけなくなるな……」

「……あのう、その『黒マントの女』って何の事なのですか?」


 雁首揃えて無駄にヒソヒソと意見を交わす俺たち。――約一名、話についていけてない奴がいるが、それは放って置こう。すると、婆さんがいきなり横から口を挟んできた。


「あんたたち西の大陸に行きたいのかい? でも、神羅の船に乗るしか方法が無いよ」


 婆さんは奥の方にある、物々しい鋼鉄のゲートを見遣った。番犬を連れた神羅兵が銃を肩からぶら下げて、ギラリと辺りを見回している。


「……あそこから上の街へ昇って、そこの港から出る船に乗るんだけど、許可証がないとあそこのゲートすら通れないんだよ」






 婆さんに礼を言ってその場から離れた俺たちは、何となしに近くの入り江の方へ歩いていった。海の上には、巨大な要塞を支えるための鉄塔が幾重にもそびえ立っている。そこから垂れ流される廃水が海を泡立ていた。見ると、海の色もくすんだ色をしている。


「これじゃあ、確かに魚も捕れそうにないわね……」


 ハルヒは悲しげな顔をして海を見詰めている。俺を含めて他のみんなも黙って海を見ていた。神羅による星の破壊もこんな所まで進んでいることに嘆息するとともに、船に乗れない以上、これからどうするのか途方に暮れてもいた。すると、海の方から動物の鳴き声が聞こえてきた。魚も棲めないはずなのに?――俺たちは海岸へと走る。


「ねぇ、イルカさん。わたしの名前はね、ミヨコっていうの。ハイ、言ってみて」


 お下げ髪をした可愛らしい少女が、海岸に擦り寄ってきたイルカに向かって話しかけていた。生き物も棲めないと思っていたこの海にイルカがいるなんてな。生命の強さに、俺が「へぇ」と感嘆の言葉をふと漏らすと、その少女にも聞こえたらしく、彼女は俺たちに振り向いた。


「……あなたたちは誰なんですか? もしかして神羅の人間!?」


 見慣れぬ俺たちの姿に、少女は綺麗な顔に似合わぬ厳しい視線を向ける。――ちょっと待て。神羅と間違われるとはかなり心外だぞ。ハルヒもそう思ったらしく、


「何言ってんのよ、神羅はあたしたちの敵よっ! 安心していいわ!」


 ……という訳なんだが。しかし、『ミヨコ』と名乗った少女は、その表情から全く警戒を解こうとしない。か細くも鋭い声でこう言った。


「信用できません……ここから出て行って下さい!!」


 やれやれ、参ったな……。恐らく少女はこの村の住人なんだろう。村をこんな姿にした神羅に対して憎む気持ちは分かるだけにどうしようもなく、バツの悪さを誤魔化すために頭を掻いていると、突然、海がざわめき立ち、海中から、奇妙な色をした巨大な魚が空中に飛び出してきた。


 ボトムスウェルという魚をご存知であろうか。


 知らんという方にはぜひ目の前の光景を見せてあげたい。


「何だ、こいつは?」と俺。


「ボトムスウェルでしょう」と古泉。


「それは解ってる。そんなことはいい、これは何だ。どうして魚が宙に浮いている?」


「……恐らく宝条が創った実験体。ミッドガルで見たことがある」


 長門がいつもの平坦な無感情トーンで答えてくれた。納得は出来るが、納得できない――って何言ってるんだろうね、俺は。とにかく、エラ呼吸のくせに、どうやって空中で生きてるんだってツッコミは、恐らく無意味なんだろう。などと無意味な思考をしている間に、


「イルカさんが、危ない!」


 少女が叫ぶと同時に海に駆け寄る。が、ボトムスウェルの2、3メートルあるであろう大きな尻尾に吹っ飛ばされ、そのまま海中に沈み、動かない。気絶したのか?……このままじゃあの子の命が!!


「おい、助けるぞ!」


 慌てて少女を助けようと駆け出した俺たちの前に、ボトムスウェルが遮るように攻撃を仕掛けてきた。


「――っこのォ! そこを退きなさいよっ!!」


 ハルヒは自慢の鉄拳を繰り出すが、宙に浮かぶ相手には悲しいが届かない。逆に、ボトムスウェルが吐き出した水球に包まれてしまう。


「っ……息、でき――な……い…………?」


 空気を塞がれ苦しげに呻くハルヒ。アホの谷口のピラミッドよりタチ悪いぞ。俺は剣を構え、谷口の時と同じように水球に目掛け振り下ろそうとするが、長門がそれを制した。


「この水球は物理的攻撃を受け付けない……魔法での攻撃が効果的」


 そう言って、水球に『サンダー』を放つと、ハルヒを覆っていたそれはあっさりと消滅し、解放されたハルヒは、新鮮な空気を求めて荒く息を吐いた。


「――フゥ、ありがと、ユキ。それにしても、何でいつもあたしばっかこんな目に遭うのよっ!!」


 それはお前の日頃の行いがわる――「何か言った、キョン?」――冗談だ、冗談だからそんな怖い眼をして俺を睨むのはやめてくれ。それはさて置き、あのボトムスウェルだ。俺やハルヒのような近接攻撃が効かんということは――


「古泉イツキと橘キョウコによる遠距離攻撃や、魔法攻撃が有効と思われる」


「――そういう事でしたら、任せてください!――ふんもっふ!!」

「こっちも負けないのですっ! 『疾風迅雷』!!」


 古泉のお馴染み『ヘビーショット』がボトムスウェルに命中すると同時に、目一杯助走して高く飛び上がった橘が、手にした巨大な手裏剣を大きく振りかぶって切り裂くと、瞬時に後ろに跳び跳ねて距離を取り、手裏剣を投げつける。まさに疾風の如き技だ。中々やるな、こいつも。


「えへへ、そうでしょ。もっともっと褒めるのです」


 得意げになる橘は無視して、残った俺やハルヒ、長門、朝比奈さんの近接戦闘組は、残った精神力を根こそぎ動員して『サンダー』や『ファイア』を浴びせまくる。そして――


「さっきはよくもやってくれたわねっ! 怒りの一撃、喰らいなさい!! 『サンダラ』!!!」


 いつの間にかハルヒのマテリアのレベルが上がっていたのか、雷の中級魔法『サンダラ』による当社比3倍(嘘)の電撃が、ボトムスウェルを貫く。巨大魚はプスンと煙を立てると、海中へと落下して沈黙した。俺たちは喜ぶ暇もなく、海中に倒れている少女を急いで引き上げるが……見たところ全く息をしていなかった。


「まいったな……もしかして死んでしまったのか?」


 すると、村に続く石段の方から、白髪の爺さんが「ミヨキチ! ミヨキチ!!」と叫びながら駆け下りてくる。この子の家族だろうか。その爺さんは、俺たちを押しのけ、少女口元に耳を近づけると、力なく首を振った。


「ミヨキチ!!――ダメだわい……呼吸しとらん……オッ、あれじゃ! 若いの、人工呼吸じゃ!!」


 などと突然俺に向かって言ってきた。――ちょっと待て。人工呼吸って!? あれだろ。口と口をくっ付ける、マウス・トゥ・マウス……って外語風に言い換えても全く変わらん。「キョン、どうするの?」――ハルヒが恐らく本人でもよく分かって無い複雑そうな顔で俺を見てくる。でもなあ、相手は小さくても女の子だし……「キョン君、早くっ!」……朝比奈さんも、爺さんも、長門も橘もまるで促すように俺を見ている。古泉に至ってはいつもより三割増のニヤニヤスマイルだ。……こいつは後でブッ飛ばす。


「……仕方ない」


 覚悟を決めた俺は、昔、神羅の新人研修で習った人工呼吸法を必死に思い出しながら、肺に新鮮な空気を吸い込み、思い切って口付けをして少女に吹き込む。その行為を何度か繰り返すと――


「う、う~ん」


 少女は水をゴボっと吐き出して、呻きながらも呼吸を再開した。


「ほほっ! 大丈夫か、ミヨキチ?」


 息を吹き返した少女を確認すると、爺さんはホッとしたように抱えると家のほうへと運んでいった。俺たちも気になって後を追うが、家に着くと、少女を寝かせたらしい爺さんが申し訳なさそうにで出てきて、「まだ目を覚ましてないので、少しの間だけそっとして欲しい」と言われたので、俺たちはすることも無くなって、再び村の道端に突っ立ってたが、暫くすると、さっきの婆さんが俺たちに近づいて手招きしてきた。


 手招きに従って辿り着いたのは、村の入り口付近にあるレンガ造りの一軒家だった。


「ちょっとお入り」


 婆さんの勧めに従って、俺たち6人はその家にお邪魔する。


「話は聞いたよ。ミヨキチが世話になったね。あんたたちも疲れただろ? 休むんならここを使っておくれ」


 そう言って家を出て行く婆さん。出掛けに「ゆっくりして行っておくれ」と言い残して。


「キョン、休んでく?」


 ……まあ、断る理由もないしな。ご好意に甘えよう、ということになり、ベッドは女性陣で分け合い、俺と古泉は少し離れた床に寝転がることにした。……やはり、疲れていたのだろう。明かりを消すと、瞬く間に睡魔が襲ってきて、俺の意識は途切れていく――






 ――……そう言えば――


「また、あんたか?」


「……あんた誰だ?」


 ――……そのうち分かるさ。……それより5年前――


「5年前……ニブルヘイム?」


 ――あの時……ニブル山へ行った時、ハルヒがガイドだったよな――


「ああ……驚いたな」


 ――でも、それ以外、ハルヒは何処にいたんだろう?――


「……さあな」


 ――せっかく久し振りに会えるチャンスだったのに――


「……そうだな」


 ――どうして二人きりで会えなかったんだろう?――


「……分からない。はっきり覚えて無いから……」


 ――なあ、ハルヒに聞いてみろよ――


「……ああ」






 ――さあ、起きろ!――






「ねえ、起きて。起きてったら、キョン!」


 何かに揺り動かされる感覚と、女のキンキン声で俺はようやく目を覚ます。そこには呆れ顔のハルヒがいた。


「いつまでグースカ寝てんのよ、アホキョン。みんなとっくに起きたわよ」


 見渡してみると、確かに家の中には俺とハルヒしか居ない。しかも、何処からかファンファーレのような、このうらびれた漁村とは場違いな鼓笛隊のミュージックが漏れ聞こえている。それよりも……だ。俺は寝惚けた頭を必死で揺り起こしながら、夢の中で辿り着いた疑問をハルヒにぶつけてみた。


「ハルヒ……俺と朝倉がニブルヘイムに行った時、ハルヒは何処にいた?」


「……会ったでしょ?」


 ハルヒは「何言ってんの」と訝るように俺を見たが、俺が言いたいのはそうではない。


「それ以外の時間だ」


 しかし、ハルヒは怪訝そうに首を捻るだけだった。


「う~ん……5年前よ。覚えて無いわ。ね、それより外の様子が変なのよ。早く来て、キョン」


 ハルヒが話しながらも、一瞬俺から目を逸らしていたのが少々気になったが、強引に手を引かれて外に連れ出されると、それも霧散してしまった。






 上の要塞都市から、さっきのファンファーレがやたらと大きな音で響いてきたからだ。






「ねっ、何だか様子が変でしょ? 急に騒がしくなって」


 ハルヒに連れられてあの少女の家の前に着くと、既に他のSOS団員が待っていた。


「キョン君! 女の子が目を覚ましたらしいの。よかったです」

「何だか上の方が騒がしいですね」

「…………」

「なんなの、この音楽?うるさくて頭にくるのです~!」


 全員好き勝手に口走っていた(約一名除く)が、何とまあ纏まりの無い集団だこと。そうこうすると、あの家からすっかり元気を取り戻したお下げ髪の少女が出てきた。


「もう、大丈夫なのか?」


 そう問いかけると、少女はぺこりと折り目正しくお辞儀しながら、蚊の鳴くような上品な声で、


「あの……助けてくれて、ありがとうございました」


 礼を言うと、少女は『吉村ミヨコ』という自分の名前を名乗った。恐らく『ミヨキチ』というニックネームはそれをもじったものなのだろう。家族までそう呼ぶのはどうかとも思ったが、俺は何となくその方が通りがいい様な気がしたので、以降彼女を『ミヨキチ』と呼ぶことにする。


 ミヨキチは、申し訳なさそうに俺を見ながら話を始める。


「神羅の人たちと間違えてごめんなさい……ここは、祖父や祖母が子供の頃にはとても綺麗な海岸だったんです。でも、神羅が上の街を造ってから陽も当たらなくなったし、海も汚れちゃって……そんな話を聞いて育ったから、わたし、神羅が憎らしくてしょうがないんです……」


 それは全然構わないよ。分かってくれた、それだけで十分だ。そう言うと、ミヨキチはその上品な顔を、何を照れているのか少し紅く染めつつ微笑むと、


「あ、あの。お兄さんに渡したい物があるんです……。海のお守り。きっとあなたを守ってくれる筈ですから……大事にして下さいね」


 そう言って、おずおずと紅く光るマテリアを手渡してくれた。その時指が軽く触れると、ミヨキチはビクンと身体を少し震わせ、慌てて手を引っ込める。――何か、悪いことでもしたのかな?


「い、いいえ……何でも無いんです。ごめんなさい……」


 さっきよりも頬を紅くして俯きながら、さらに消え入りそうな声でミヨキチは答えた。そうか、気分を害して無いんなら、別にいいんだけど。それより、ありがとうな、これ。大事にするよ。


「はい……その……愛しの……お兄さんには無事で居て欲しいですから……」


 ……今何と? 途中の言葉が余りにか細過ぎて聞こえなかった。しかし、ミヨキチは「言っちゃった…」と可愛らしく口を押さえつつ、朝比奈さんにも勝てそうな可憐な笑顔を浮かべていただけだった。年の頃はマリンと同じくらいだが、えらく大人びてるよな。その美しさに不覚にも俺は一瞬見とれていた――だからこの時まで気がつかなかった。






 場の空気が何故か凍り付いてることに。






「……へぇ~。あんた、そーゆー趣味だったんだ」


 妙な気配を感じて後ろを振り返ると、ハルヒが張り付けたような笑みを浮かべて俺を見ている。だが、目が完全に笑って無いし、こめかみの辺りが何故かピクピクしてたりする。それに、何だ。その全身から放出されてるどす黒いオーラは。


「あんたがロリコンだったとはね。我がSOS団にそんな性癖を持つ人間がいたなんて激しく遺憾を覚えるわっ! この瞬間30通りの罰ゲームを考えちゃったわよ。手始めにバニースーツを着て逆立ちで村を一周しながら入り江にダイブして、あそこのイルカさんとテレパシーで会話しながらコサックダンスを踊らせるからっ!!」


 なんちゅう無茶苦茶な……それにまだ持ってたのかよ、あのバニー。俺は助けを求めるように朝比奈さんを見たが、


「……そんなキョン君なんて知りません」


 と仰ると、プイっとそっぽを向かれてしまった。何故だ。いや、まだ長門が居るさ。


「…………」


 しかし頼みの長門も長門で絶対零度の視線を送ってきたので、俺の心臓は瞬く間に凍りつく。もう、訳が分からん。しょうがないから古泉と橘に援軍を求めるが、前者はやや引きつり気味の苦笑いを浮かべながらいつもの『やれやれ』のポーズをするだけだったし、後者に至っては、どことなく軽蔑するような――ええい、そんな目で俺を見るな!!


 とにかく、俺だけ針の筵のようなヤバイこの空気を変えようと、違った話題を敢えて振ってみることにした。


「この音楽は何なんだ? 随分賑やかだけど」


 するとミヨキチが少し苦々しげに答える。


「これは……神羅の新しい社長の歓迎式のリハーサルだと思います」


 新社長って――会長か。こんな所に来てたのかよ。前回つけられなかった決着、ここで決めておいてもいいかもな。そして話の流れも会長――もといルーファウスに向いたみたいで、朝比奈さんも多少機嫌を取り戻したらしく、


「ルーファウスもここから海を越えるつもりなのでしょうか?……あれっ? それじゃ、朝倉さんはもう、海を渡っちゃったって事ですか?」


 となると、どうしても上の街にいく必要があるな。入り江の柱でもよじ登るか? しかし、ミヨキチは自分のせいではないのに、申し訳なさそうに俯く。


「それが……ダメなんです。柱の下は高圧電流が流れてて、無闇に近づけないんです。でも……イルカさんの力を借りれば何とかなるかも。ちょっと来てください」


 そう言って、入り江のほうに駆け出すミヨキチ。何なんだ? 俺たちも後を追わないと。――みんなどうした??


「高圧電流の柱ねぇ……こういうことは『愛しのお兄さん』が格好良くやってくれるのよね」

「そうですね、あの子のことは『愛しのお兄さん』に任せましょう」

「…………」


 ハルヒも朝比奈さんも長門もジト眼で俺を睨むと、あさっての方向へ行って「いやよね」「そうですよね」などと聞こえよがしにヒソヒソ話をしてやがる。


「……これはこれで宿命と思って諦めてください」

「……モテる男はツライのです」


 そして、古泉も橘もそんな俺を置いて何処かへと歩いて行く。


「お、おい! ちょっと、待てよ!」


 そんな俺の叫びも空しく、何でか分からんが独りぼっちにされてしまった。俺は「やれやれ」といつもの溜め息を一つ吐き、ミヨキチの後を追って一人入り江のほうへと向かう羽目になった。何故なんだ。――誰か分かる奴がいたら教えてくれ、頼む。






 入り江に着くと、ミヨキチが落ち着いた佇まいで俺を待っててくれていた。


「お兄さん、ちょっと見ていて下さい」


 ミヨキチが手にしていたホイッスルを可愛らしくピッと吹くと、海中からさっきのイルカが現れ、華麗に十数メートルの高さまで飛び上がった。俺がその光景に驚嘆していると、パチパチパチと左手と右腕の銃で器用に拍手しながら(どうやってるんだ?)古泉が悠然と階段を下りてきた。


「見せてもらいましたよ、イルカのジャンプ、すごいものですね」


 古泉の賞賛の言葉に、ミヨキチは少し照れくさそうに笑うも、何故かその笑顔は俺のほうに向いていた。


「……このホイッスルを吹くと、イルカさんがジャンプしてくれるんです。それで……ホイッスルをお兄さんにプレゼントします」


 いきなりホイッスルを俺に手渡してきた。しかし、プレゼントって……どうしろって言うんだ?


「海に入ってホイッスルを吹くと、イルカさんが柱の上までジャンプさせてくれます」


 柱の上までジャンプ!?――何とまあ突拍子も無いことになってきたぜ。


「柱の上の方に、ボウが突き出てます。位置を合わせてジャンプすれば、ボウに乗って、上の街まで上れるはずです」


 俺は柱のはるか上を覆う要塞の底部を見遣る。結構高いな。さっきのイルカジャンプを見る限り確かに可能性はあるかもしれんが、失敗したら即、御陀仏だ。……ところで古泉。お前今更何しに来た? まさか手伝ってくれるとか。――だが、奴はにこやかに首を振って、


「いえいえ。涼宮さんが決めたSOS団の今後の方針をお伝えしようかと思いまして」


 今後の方針って、何か嫌な予感しかしないのは気のせいではあるまい。


「……聞きたくも無いが言ってみろ」


「つまりですね、あなたが上手く要塞都市に潜入できたら、我々も後から続くということになったんですよ。頑張ってくださいね。期待してます」


 形だけのスマイル(少なくとも俺はそう見える)を浮かべながら一方的に言うだけだけ言って、古泉は階段を優雅に登って去っていく。――すまん、本気で殺意が湧いたぞ。しかし、ハルヒは元より朝比奈さんや長門まで俺を見捨てるとは。俺が何をしたっていうんだ。……そして入り江には俺とミヨキチの二人きり。ミヨキチは今のやり取りを前にして、どうしていいのか分からずオドオドしているようだ。






 ――わかったよ。やればいいんだろ、やれば。






 俺は海の中にジャブジャブと入って、さっきのイルカのジャンプを思い描きながら、上手くボウに乗れるような位置を頭の中で計算してそこまで泳いでいく。――少しでも間違えたら高圧電流で黒焦げだ。ミヨキチは本気で心配そうに泳ぐ俺を見詰めている。ミスしたら俺はもとよりこのいたいけな少女まで心労で死にかねんな。俺は慎重に飛ぶ場所を選ぶ。……よし、この辺りだ。


 首からぶら下げていたホイッスルを口に当て、そっと鋭く一息。ホイッスルによって変換された甲高い笛の音を合図に、俺の真下からイルカが急速浮上し、俺を背に乗せて大きく飛び上がる。そして、最高点まで来たところで俺はその背中から脚に力を込めさらに高く跳ぶ。


 ―― 一瞬の間を置いて要塞から突き出たボウの上に俺は無事着地する。ずっと下では、擦り寄るイルカの傍らでハラハラしながら俺を見ていたミヨキチ。無事な姿を見て幾分ホッとしているようで、俺は手を振って笑いかけ、そのままボウまで降りてきたタラップをよじ登って、ジュノン要塞へと侵入した。






 最初に目にしたのはだだっ広いアスファルトの平原、神羅空軍の輸送艇『ゲルニカ』そして、全長200メートル以上にも及ぶ神羅自慢の高速飛空挺『ハイウインド』――すなわち空港だった。会長の歓迎式典で人手が割かれているのか見張りの兵士すらいない殺風景な滑走路を駆け抜け、航空機用の巨大なエレベータに乗って空港の通路に入ると、


「新社長、歓迎、歓迎!」

「エッホ、エッホ」

「いそげいそげ」


 何人もの神羅兵が忙しなく通路を行き来していた。侵入者の俺を見咎める暇も無いくらいに。ここの軍隊にとって、会長――もといルーファウス新社長の出迎えは一大イベントらしいな。俺が暫くその光景を眺めていると、赤い軍服を着た男が俺の手を掴む――しまった!?


「こらっ! ま~だ、そんな格好しているのか! こっちゃ来い!ほれ、部屋に入らんか!」


 そう言うや否や、俺の腕を引っ張って兵士の控え室みたいな場所に連れ込まれた。


「今日は新社長ルーファウス様をお迎えする大切な日だってのに! ほらっ、着替えろ! 制服はロッカーに入っている。早く着替えろ!!」


 ……どうやらこの隊長格の男、俺のこと神羅兵と勘違いしてるらしい。少なくとも怪しまれてはいないので好都合だが、一応元ソルジャーの身の上としては少々複雑な気分だな。俺は適当にロッカーを開けると、そこには青い神羅兵の制服一式とマシンガンが入っていた。俺はそのあまり肌触りが良いとは言えない制服を手に取る。


「懐かしいな……」


 訳も無く湧き上がる感情に暫しぼうっとしてると、


「無駄口叩くな! はよせいっ!」


 俺は隊長の怒鳴り声に急かされる様に青い服に袖を通す。――神羅の制服か……初めて袖を通したとき誇らしく思ったっけ。いつからだったか…こいつを着るのが堪らなく嫌になったのは……。とにかく着替えは完了。俺の服は背中の背嚢に入れて隊長の方に向き直った。


「ほ~う! 似合っとるじゃないか! お前、お迎えの仕方は覚えてるだろうな!」


 当然、そんなの知る筈も無い。すると、隊長は呆れた顔をして大げさに溜め息を吐く。


「……忘れたって顔だな。しょうがない!教えちゃる!……自分と同じようにやるんだぞ」


 隊長は妙に張り切って俺の前に立つと、何をするつもりなのか仰々しく構えて深呼吸をしている。すると、勢い良く控え室のドアが開き、二人の神羅兵が駆け込んできた。


「隊長!! 自分らが手伝うであります!!」


 二人の神羅兵は隊長の傍まで駆け寄ると、そのままポジション(?)について、


「見本であります!」

「歌うであります!」


「おうっ! 見せてやれぃ!!」


 隊長の許可を貰って二人のテンションは更に上がる。


「まずは行進!! 歓迎パレードであります!」

「ではっ! 自分の歌声に合わせるであります!」


 俺から見て右側の兵士がマシンガンを頭上に掲げる。


「静粛に~!! ア~ッ~!ア~ッ~! こりゃこりゃ!さんはいっ」


 神羅兵のカウントに続き、隊長が号令を掛ける。


「行進始めッ!!」


 すると、左側の兵士がその場できびきびと行進を開始し、右側の兵士が朗々とした声で以下の歌詞を唄い出した。






 ♪ル~ファウス~ ル~ファウス神羅~

  わ~れらが~ 神羅カンパニ~ あ~たらしい社長~

  おっ~ おっ~ 神羅~ おっ~ おおっ~ 神羅カンパニ~

  ニュ~エイジ~ 時代をきずく~ ル~ファウス新社長~

  おっ~ おっ~ 神羅~ おっ~ おおっ~ 神羅カンパニ~

  ニュ~エイジ~ 時代をつくる~

  これからも、神羅がいちばん~






 ……なんつーアホな歌だ。作詞者の神経をマジで疑うぜ。何が『ニューエイジ』だ。ふざけるのも大概にして欲しい。と言うか、こんな恥ずかしい歌に合わせて行進するのか、俺。しかし、左側の兵士はそんな俺の心境を知ってか知らずか、行進をしながら俺に解説してくる。


「隣の兵士と歩調を合わせて、厳かに勇ましく歩くであります!みんなの歩調が合ったら銃を掲げるであります!」


 隊長もギロリと見てくるし、仕方ない。俺もその兵士に合わせて行進してみせる。……数分後、その様子を見て隊長は満足そうに一度頷くと、


「わかったか!」


 と言って来たので、いい加減に飽きた俺は「完璧です!」と答えておくと、


「よろしい! 本番でも頑張るんだぞ!」


 隊長は更に上機嫌になって俺の肩をポンポン叩く。無駄に痛いのだが。すると、また控え室のドアが豪快に開かれ、別の神羅兵が敬礼して入ってきた。


「ルーファウス様、到着です! 準備完了です!」


 それを聞いた兵士たちは、それきたという風に駆け足で部屋を出て行く。そして隊長も、


「さあ、本番だ! 失礼の無いようにな」


 などと張り切った声で、その後を追って勢い良く出て行った。俺はいつものように「やれやれ」と溜め息を吐いて、ゆっくりとした足取りで隊長に続いたのさ。






 空港の通路を出ると、ビルが立ち並ぶでっかい大通り。いつの間にか夜になっていたらしく、ミッドガルのウォールマーケットとは違う上品なネオンサインや街灯が燦然と輝く。これがジュノンか。ビル群のあちこちにルーファウスを讃える赤い垂れ幕が掛けられている。報道ヘリも飛び、まさに歓迎ムード一色だ。……しかし、気になるのはこの通りに人っ子一人全く見当たらないことだな。隊長はその光景を見て慌て出す。


「いか~ん!! 誰もおら~ん! 遅刻した~!? こらっ!新入り!! お前がモタモタすっから!!」


 俺にあたり出す隊長を諌めるように、俺に模範行進を示してくれた神羅兵が進言する。


「隊長!! 近道するであります!」


「うむ! それはいい作戦だ。こっちゃ来い!!」


 隊長の号令一下、俺と神羅兵のご一行はアルジュノン――海から見て神羅ジュノン支社の右(Right)に位置することからそう呼ばれる――のビルとビルの間の小路に入っていった。すると、さっきまでの大通りとはまさに正反対に、無意味にすました面をした会長――もとい、社長を乗せたオープンカーを先頭に、整然と並んだ大勢の神羅兵のパレードが続き、沿道はそれを見送る民衆で埋め尽くされて、さながらお祭り騒ぎの様相を呈していた。


 俺と神羅兵たちはビルの陰に隠れて機会を伺っている。


「いいか! このパレードは全世界の神羅TVで生中継されておる! 無様な格好を晒せばジュノン軍隊全体の恥とな~る。そこんとこ、肝に銘じて行動せい! んだば!! 自分が合図したら列に忍びこ~め! さりげな~く、後ろから! 列を乱すな! 前から行こうとしてもダ~メだぞ! よしっ!! 駆け足準備!!」


 隊長の密やかな号令で、俺たちは駆け足を始め、


「よしっ! 先行けっ!」


 の声で、他の二人の兵士が順々にパレードに紛れ込んでいく。


「よしっ! 最後はお前だ!」


 再び隊長に肩を強く叩かれる俺。だから痛いんだって、それ。……とにかく、ヘマして目立ってしまうと色んな意味で厄介だな。俺はタイミングを見計らって、パレードの空いている列目掛けて駆け出して行った――






「はぁい、レモンティー三つお待ちどうさまです~」


 ウエイトレスの格好をしたミクルちゃんがあたしやユキ、それからキョウコが座ってるテーブルに今しがた注文した温かい紅茶を運んで来る。


「ありがとう。……それにしても似合ってるわね、その格好」


「すごく可愛いのです。憧れちゃいます」


 あたしの言葉にキョウコも同意する。ホント、持ち帰りたいくらいカワイイ。この店に来ている人――デレデレしている男共は元より、女の子もみんなミクルちゃんに見惚れてる。心なしか、お客さんの数もどんどん増えてる気がする。ミクルちゃん効果ね、きっと。――キョンもやっぱりこういう女の子がいいのかな……って、何考えてるのよ、あたし!


「どうかしたんですか、涼宮さん? 顔、真っ赤ですよ?」


「……な、なんでもないわよっ! それより、ミクルちゃん、向こうでお客さん呼んでるわよ」


 丁度注文を頼もうとしているカップルの姿を見つけたあたしは、ミクルちゃんの注意をそちらに向ける。するとミクルちゃん、「ふわっ、只今参りますぅ~!」と慌てて向おうとするけど、案の定と言うか、その場に躓いてずて~んと転んでしまう。ちょっと涙目のミクルちゃん……ホント可愛いわ。周りから笑いがこぼれるけど、失笑と言うのではなく、どことなく微笑ましいって雰囲気が流れるのは人徳、よね、きっと。


 さて、今あたしたちがいるのはアルジュノンのメインストリートに面したちょっと洒落た喫茶店。え? どうやって上の街に侵入できたかって?――それを言うとキョンが怒りそうだから、今は言うのを止めておくわ。とにかく、キョンとは別ルートで、あのバカ会長――もとい社長が乗る船に密航することになって、変装用の衣装を古泉君が手配しに行っいる間、あたしたちはここで待っているっていう訳。


 ホントはあたしたちも行くつもりだったんだけど、古泉君が、


『あまり大勢で行動すると怪しまれます。ここは僕に任せてジュノンの夜景でも楽しんでいてください』


 って言うから、その言葉に甘えさせてもらい、女の子四人でジュノンの街を歩いてみる事にした。センスのいいブティックや小物屋なんかがたくさんあったけど、あんまりお金なかったし、そのなけなしのお金も、武器や道具を買うのに使っちゃったから、何も買えなかった。でも、ウインドウショッピングは十分に楽しんだわ。服なんか買いもしないのに色々試着してたから、店員さん、ちょっと困り顔だった。


 でもねでもね。ミクルちゃんだけじゃなくて、ユキもキョウコも何着せても似合っちゃうのには驚いたわ。ユキって普段無愛想だけど、フリルの付いたスカートを穿かせるとすごくカワイイの! いつもは活動的なショートパンツ姿のキョウコも、まるでお姫様みたいだった。これだけカワイイ女の子に囲まれて旅できるんだから、キョンも大いにありがたがりなさいよね。それを……何よ、あんな小さな女の子にデレデレしちゃって!! 情けないったら無いわっ!……ああっ、もう!思い出しただけでも腹が立つ!!


「――隣、失礼しますね」


 あたしが心の中で怒り狂っていると、ミクルちゃんがウエイトレス姿のまま隣に座ってきた。実は、この喫茶店に入ったとき、店長が『お客がたくさんで手が回らない~。お願いだから誰か手伝って!! 給料払うから~』と泣きそうな顔で言ってきたので、ミクルちゃんが臨時のウエイトレスになってたって訳。でも、逆にお客さんが増えて更に大変になったのはあたしの気のせいかしら。ちなみに、これ以上給料が払えないと言う理由で、あたしたちは手伝わせてもらえず、こうして喫茶店の片隅に座って、ミクルちゃんのお仕事を眺めてたんだけどね。


「ミクルちゃん、お仕事、もういいの?」


「はい。お客さんの数も大分落ち着いたし、少し休んできていいって」


「そうなの。お疲れ様。ミクルちゃんの分のお茶、頼もうか?」


「あっ、ありがとうございます」


 ミクルちゃんはちょこんと頭を下げて礼を言う。イチイチ可愛い。やっぱりキョンも(以下略)って、またあたし(以下略)!!


「……どうしたんですか? 涼宮さん。さっきから怒った顔したり、頬を真っ赤にしたり……ひょっとしてキョン君のこと考えてます?」


 !!?――ミクルちゃんの言葉に、あんまりにもビックリしたから、口に含んでた紅茶を少し噴いちゃった。ちょっとキョウコにかかったみたいで、「涼宮さん、ひどいです~」とちょっとだけ恨みがましい視線を向けてくる……ホントごめん。だけど――


「ななな、何であいつの話がここで出てくるのよ!!」


 ……何言ってるんだろう、あたし。これじゃまるで動揺してるみたいじゃない。するとミクルちゃんは、全て見透かしてたようにニッコリ微笑む。


「違うんですか? ミヨキチさんのことでまだ怒ってるのかな、と思っただけなんですけど」


 そ、そうよね。ロリコンに走ってるキョンが情けないって思ってるだけなんだから。それしかないんだから。何、変に意識してるの、あたし……。


「それとも、ヤキモチ、なんですか……?」


 一瞬、ミクルちゃんの目が真剣になったのをあたしは見逃さなかった。それにあたしはすごくドギマギしてしまう。だから、周りの事も考えずに椅子から立ち上がって叫んでしまう。


「ちっ、違うわよ! 何であいつにヤキモチ焼く理由があるのよ。前も言ったけど、あいつはただの幼馴染っ! 絶対のぜ~ったいそういうんじゃないんだからねっ!!」






「……だったら、あたしにもまだチャンス、あるかな」






 ……えっ、いま何て――? あたしはミクルちゃんに今の言葉をもう一度聞こうとした。すると、タイミングいいのか悪いのか、キョウコが不意に立ち上がって叫ぶ。


「あ、あれ――キョンさん!?」


 噂をすれば影って、本当にあるのね。敢えて無視していたバカ社長のパレード。その神羅兵の列の中で一般兵の格好をしてウロチョロしてるキョンの姿を見つけた。


「何してるんでしょうか……」

「……神羅軍のパレードに紛れ込もうとしてる」

「長門さん……そりゃ、場面だけ見ればそうでしょうけど……あっ、キョンさん、いまコケました!……何かカッコ悪いのです」


 あはっ……何やってんのよ、あいつ――でも、何をしていいのか分からず、見様見真似で周りの兵士に合わせて一生懸命行進するフリをしているあいつを見てると、さっきまでの怒りが少しずつ消えていくような気がした。――ちょっと、可哀相な事、したかな。見ると、ミクルちゃんもキョウコも笑みを必死に堪えつつも漏らしてる。そして、ユキも――ほんの一瞬だけど――クスッと微笑んでいたように思えた。


「……さて、キョンも無事に上に登れたみたいだし、古泉君が合流したら出発するわよ」


「分かりました。じゃあ、店長さんにこの服、返してきますね」


 そう言って席を立つミクルちゃんをあたしは呼び止める。


「ミクルちゃん、その衣装、とっても似合ってて可愛かったわよ」


 改めてそう言うと、ミクルちゃんは全ての男を恋に落とせそうな微笑を浮かべた。


「ふふ。ありがとうございます……涼宮さん。今夜はとっても楽しかったです。またいつか、ここで、みんなで買い物したり、お茶飲んだりしてみたいですね」


「当たり前じゃない。全てにケリつけたら、またみんなで遊びに来ましょう」


「――はい! 楽しみにしてます」


 ミクルちゃんはそのまま店長のもとへ走って行く。それと入れ替わるように古泉君が店の中に入ってきた。


「いやあ、探しましたよ。皆さんお楽しみだったようですね、よかった。……例の物が用意できましたので、そろそろ行きましょうか」


 あたしたちは、ミクルちゃんが店長にウエイトレスの衣装を返して――今思うと貰っておけばよかったわ――給料を頂くのを待って、密航作戦を開始するために店を出て行った。その時、喫茶店の側に陣取ってパレードの模様を中継していたテレビ局のプロデューサーとADがモニターの前で何やら言い合っていたけど、……関係無いからいいか。






「何だったんだ、あの兵士は?」


「さあ?」


「数字は上がったのか?」


「ズタボロです! ボク……クビですかねえ?」


「なぬ!! お前はクビ~!! あの兵士には爆弾でも送っとけ~!!」






「うっし!間に合った」


 ここはジュノンの街から神羅ジュノン支社へと昇るリフトの発着場だ。……何とか本隊に追いついた俺は、そ知らぬ顔で隊列に並んでいる。だが、さっきのアレはかなり恥ずかしかったな……。まさか何万の観衆の目の前でコケてしまうとは。各所から失笑が漏れてたしな。さすがに死にたくなったぜ。不幸中の幸いは、ハルヒたちに見られていない事だな。もし見られてたら……と想像するだけでゾッとする。


「おっおっ! ルーファウス様! ほれ、静かにならんどれ! 一歩たりとも動くなよ!」


 隊長の緊張がかった叫び声を聞いて、前を見ると、会長、じゃない社長が治安維持部門統括の多丸ユタカを従えて悠然と歩いてくるのが見えた。


「ご苦労――飛空挺はどうしたんだ?」


 か――もういいや、会長で――の言葉に、多丸は言葉を一瞬詰まらせ、取り繕うように笑う。


「……大陸移動可能な飛空挺はまだ準備中なんですよ。もう3日待っていただければ」


「空軍のゲルニカもか?」


「…………すみません、会長」


 言った瞬間、多丸はハッと口をつぐむ。会長はそれを聞き逃さず、切れ長の眼鏡の奥の瞳をギロリと光らせる。


「『会長』と呼ぶのは止めろ――叔父とはいえ、もう親父の時の様にはいかないからな」


「はっ……」


 ……神羅ビルで戦ったとき、『恐怖で支配する』とか言ってたが、着々とその通り実行しているみたいだな。親戚でも容赦ない。多丸の身体は若干震え気味だ。


「船の準備はいいのか?」


「それはすぐに、はい」


 その言葉に特に反応を示さず、会長はリフトに乗り込む。それを見届けた後、取り繕うように笑う多丸。あわせて笑う神羅兵。しかし、笑わなかった俺を鋭く見咎め、何も言わず急に近づくと、両の頬に容赦ない平手打ちを浴びせやがった。……野郎。瞬時に湧いた殺意を必死に押し込める。ここで暴れたら全てが無駄になる。


 多丸はそれで気が済んだのか、会長を追いかけるように自分もリフトに乗り、リフトはジュノン支社に向かって上昇していった。すると、周りにいた神羅兵たちが俺に声を掛けてくれた。


「災難だったな」

「多丸はイライラしてるからな」

「黒マントの女が街をうろついているのに発見できないんだ」


 ――黒マントの女? やはり、朝倉はここに来てたんだ。で、そいつは?


「2、3日前に現れたんだ。そいつに兵士たちが何人か殺されてなぁ」

「その後、行方不明さ。あの英雄セフィロスだって噂だぜ」


 更に話を聞こうとしたが、後ろから隊長の怒鳴り声が飛んできて、


「こら~っ! 速やかに解散せ~っ!」


 兵士たちは蜘蛛の子を散らすように散開してしまった。チッ、折角の情報が手に入りそうだったのに……。だが隊長は、そんな俺の内心の愚痴に構う事無く詰め寄って来る。


「おいっ!お前っ!軍隊をなめとるんか?」


 ……なめるとか以前に、全く興味ないんだがな。それが表情に出ていたんだろうな。隊長は真っ赤な顔を更に赤くして、


「たるんどる!!お前は休み時間な~し!!こっちゃこ~い!」


 俺の腕を強引に引っ張って何処かへと連れて行った。






「軍隊をなめちょるな!! 本日!! 次の指令は、港でルーファウス様のお見送りだっ! 時間まで、みっ~ちり指導しちゃる!」


 再び空港近くの兵士控え室。すっかりやる気全開になって俺に説教を続ける隊長。すると、さっきの神羅兵二人が勢い良く入ってくる。


「手伝うであります!」

「同じくであります!」


「よ~っし!! 自分の号令に合わせてお見送りのキメポーズをするのだ! 本日の号令はフォーメーション名になっちょる! よっ~く、覚えとけっ!」


 隊長はそう言うと、ポジションについた神羅兵たちに号令を掛けた。


「それでは行くぞっ! ジュノン軍隊式お見送り始め!」


 「サークル」「クロス」「トライアングル」「スクウェア」「レフトターン」「ライトターン」……目まぐるしく変わるサインに神羅兵の二人は流れるようにポーズを変える。……何か、これだけを一生懸命やってきたかのようだな。他にもやることあるだろうに。あの戦争以降平和になった証拠なのか、それとも平和ボケって言うのか。


「おっす!!」


 一通りポーズを実演して見せると、隊長は今度は俺のほうを向く。


「うっし!お前もやってみそ!」


 隊長の掛け声と共に、俺もたどたどしいながらも、さっきのポーズをこなしてみせる。


「どうだ!わかったか?」


「完璧であります!」


 ……と、奴らに合わせて言ってみる。


「よ~し! 本番でもがんばんだぞっ!」


 また俺の肩を強く叩く隊長。だから、痛いんだって、それ。すると、俺から見て左側にいた神羅兵がスクッと右手を挙げる。


「隊長!! 本日のスペシャルポーズは?」


「んっ?……決めてない――よしっ、新入り!! 特別にお前に決めさせてやる! 得意のキメポーズ、やってみろ!」


 ――キメポーズ、ねえ。そうだな……。俺の得意なのは――俺は敵と戦ったときについ癖でする、剣を高く掲げて振り回し、背中に収める行為を見せてみる。


「おおっ~!」

「かっこいいであります!」


 二人の神羅兵は感動したかのように俺を見ている。そんなに良かったか、これ? 見ると、隊長も満足そうに頷いている。


「よしっ!! 本日のスペシャルはこれに決まり! よ~くっ!練習しとけっ!」


「はっ!!」

「はっ!!」


「では! 港に集合!! 遅れるな~!! すわっ!解散っ!!」


 その言葉と共に、隊長も神羅兵たちもそのまま控え室から駆け去って行く。……自由行動か。丁度いい。朝倉がまだこの街にいるかもしれん。探してみるか。






 アルジュノンからエルジュノン――左(Left)のジュノンという意味だ――にかけて立ち並ぶビルに入って朝倉を捜し求める俺。だが、一向にその姿の欠片さえも見つからなかった。


 そう言えば、兵舎らしき所に入った時のこと。


「ひどいんですよっ! 先輩たち起こしてくれないんだもん! ロッカーに入れといた制服も見当たらないし、どこかに忘れてきたのかなぁ……」


 両半身下着姿の男が、泣きべそ掻きながらウロウロしている。その制服って、今俺が着ている奴……だろうな。恐らく、その格好のまんまジュノンの街を駆けっていたんだろう。……スマン。だが、そのまま知らん顔して兵舎を出たけどな。






 それから、神羅の会員制BARに入ると、見たくも無かった顔を見る羽目になった。――タークスの国木田に阪中、それからアホの谷口だ。……もう復帰してやがったのかよ。


「俺たちが来たからには社長の警備は万全、と」


 そう言いつつ、ワインを湛えたグラスを口に含んで傾ける谷口に、阪中は呆れたような視線を向ける。


「谷口君、つまらない仕事だとすぐサボるのね」


「阪中、それはあんまりな言い草だぜ、と。……ところで国木田。中河の奴は何処消えたんだ?」


「さあ……『煩悶する胸の高鳴りを……』とか何とかブツクサ言ってどっかへ消えて以来みてないなあ。何か、ミスリルマインでキョンたちに会ってから、変だよね、彼」


 すると、谷口は口元をイヤらしく歪める妙な笑い顔を見せた。


「……恋だな、ありゃ。間違いないぜ、と」


「恋だって? 年中盛ってる君とは違うんだよ」

「そうなのね。あの質実剛健な中河君が、谷口君みたいなお猿さんになる筈が無いのね」


 言いたい放題言われて、谷口は落ち込みながらも一気にグラスをあおる。


「……お前らな。――まあ、いい。中河に負けてられるか、と。ナンパしようぜナンパ。今日はカーニヴァルの夜だ。女子連中もみんな開放的になってるぜ。私服着ている女が狙い目だ。3人ぐらいで固まり歩いている連中に声を掛けたら意外にホイホイついて来る。俺の経験によって知りえた法則だぞ、と」


「……あの、谷口君。あたしが女の子な事、忘れてない?」


「まず谷口、今日はカーニバルじゃなくて新社長のパレードだよ。それに君の限りなくゼロに近い経験則なんて役に立つ筈無いじゃないか――まあ、いいか。谷口はこれから一人で頑張ってくるみたいだし、阪中さん。これから別の所で飲み直さない?」


「え?……いいの? いえ、いいんですか?」


「谷口が迷惑かけたからね。僕が奢るし」


 国木田はそう言うと、「う、嬉しいのね」と顔を輝かせる阪中の手を取って店を出て行く――俺の姿には気付かなかったようだな。


「おい、ちょっと待て、と。いつの間にそんな関係になってんだ、お前ら~!!」


 一人ぼっちにされた谷口だが、同情の念はこれっぽっちも持たないね。俺は正体がばれないうちにそのBARを離れることにした。ちなみにその後、夜の街に消えた国木田と阪中がどうなったかって俺の知ったこっちゃ無い。






 結局、朝倉を発見する事無く、定刻になったので、会長の乗る船が停泊している桟橋に向かうことにした。辿り着くと丁度、奴がやってくる刻限だったらしく、隊長がガッチガチに緊張しながら「よーし、時間だっ!」と叫んでいると、


「ルーファウス……様、到着よ」


 ……えっ? 今の声って朝比奈さん……だよな? どうして神羅兵の中から――しかし、それを確かめようとする間も無く、隊長の掛け声が掛かる。


「整列っ~! いざっ本番!! ジュノン軍隊式お見送り~! 軍人らし~く 元気よ~く さんはいっ!」


 ……仕方ない。俺はさっき教えられたとおり、お見送り用のポーズを周りの兵士と共に演じてみせる。


「すわっ! 最後は決めるぞ! スペシャルポーズ!!」


 最後に、俺オリジナル、銃を高く掲げてクルクル回すあのポーズを、タイミング合わせて決める。会長は上機嫌な笑みを浮かべている。


「上出来だ。今後も我が神羅カンパニーのため、全力を尽くしてもらいたい」


 会長は俺たちにねぎらいの言葉をかけると、船に乗り込もうとするが、その直前、何かを思い出したか、ふと立ち止まる。


「セフィロスがここに来たという噂が広まれば、キョンたちも現れるはずだ」


「見つけ次第捻り潰します!」


 さっきと同じく、金魚のフンみたく付いて来ていた多丸ユタカが自信満々に応える。すると、会長は含み笑いを浮かべ、


「邪魔をされてはかなわんからな」


「お任せ下さい! 会長! ハハハハハ!」


「『会長』は止めろと言ったはずだが……」


 今の今までとは打って変わった憮然とした表情で船に乗り込む会長。……そんなに嫌なのか、『会長』と呼ばれるの。


「ハハ……」


 高笑いを凍りつかせていた多丸は、また俺の姿を見咎めて殴りかかろうとしたが、発船ベルが鳴り、慌てて船に乗り込んだ。


「よーしっ!解散!」


 隊長の合図を聞くと、また周りの神羅兵が俺に声を掛けてきた。


「危なかったな」

「多丸はイライラしてるからな」

「なんでも本社の宝条が会社を辞めると言い残して行方不明になったらしいんだ」

「多丸はその捜索も任されたらしいからな」


「こらーっ!解散だと言っとろうが~!」


 隊長の怒声でヒソヒソ話をしていた兵士たちは一斉に散開する――だが、一人どさくさに紛れて船に飛び乗る神羅兵が……あれ、朝比奈さんの声っぽかった兵士だったよな。


「あと片づけが残っちょる!はよせいよ!」


 その後姿を眺めていた俺にそう声を掛けて、隊長も走り去る。――何なんだ、一体? 訳も分からずその場に立ち尽くしていた俺に、まだ開いている運搬船の中から、神羅兵が呼びかける。


「急いで。あとはあなただけ」


 ……長門かよ! お前、どうやってここまで来たんだ? それになんだ、そう格好? 他のみんなは?


「イルカに乗せてもらって港から侵入した。あなたが柱を登った後、あの少女がが思いついた。……彼女は『申し訳ない』とあなたに謝っていた。……悪く思わないで」


 イルカで港からって……確かにそうすりゃ簡単にジュノンに侵入できたじゃねえか。俺だけわざわざイルカでジャンプして、柱登って、神羅兵とパレードしたり、見送りポーズなんかしなくても――という事は、






 ……今までの俺の苦労は、一体。






 俺は盛大に溜め息を吐きたい気分だったが、発船のベルがうるさく鳴り響く。とにかく、このことについて奴らに問い詰めるのは後にするしかないようだな。俺が船に飛び乗ると同時に、運搬船の頑丈な扉が閉まり、桟橋をゆっくりと離れていった。






 俺たちは新たな大陸に向け、海を渡る。神羅の軍服に包まれながら――


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