第9章 ささくれ
「……もうっ! キョン、疲れたわ!! だだっ広すぎるわよ、この草原!!」
カームを出た時には意気揚々と先頭を切って歩いていたハルヒが、もうこんな調子でブーブー文句を垂れている。途中、ミッドガルエリアの東端にある峡谷で野営し、――知ってるか? 今時のテントは何だか分からん技術で携帯化でき、十や二十でも持てるんだぜ。敵ではあるが神羅の技術力はさすがだ――俺たちはそれから半日以上何も無い草っ原を彷徨い続けている。『グラスランドエリア』とはよく言ったものだぜ。
――見渡す限り草、草、草……所々三本の爪の跡があるぐらいだ。建物ばかりのミッドガルとはえらい違いだね。古泉も朝比奈さんも口にこそ出さないが、少々辟易しているようだった。長門は……いつもながらの無表情なのでよく分からなかったが、こいつも同じだと信じたい。だって、俺も、なんだからな。
「ねえ、ホントにセフィロス、こんなとこ歩いてるの?」
知るか。カームで仕入れた情報の通りに来てるだけだからな。それに、あいつはお前ほど飽きっぽい性格ではなかった筈だぜ。
「何よ、キョン。――えらくあいつの肩持つじゃない」
だから、何でそうなる。あいつは敵だぞ――俺たちの故郷を滅ぼした。俺が朝倉の肩を持つ理由なんて、何一つも無いじゃないか。
「だって……」
ハルヒは口をアヒルみたいに尖らせて、なおも何か言おうとしたが、その時、
「あ、あれ、何ですかぁ?」
朝比奈さんが指差した先の方を見てみると、石造りのサイロが立っているのが見える。あれは牧場かな。
「ちょっと寄らせてもらいましょう。足ももうパンパンだし、行くわよ!」
そう言って、牧場のほうに駆け出すハルヒ。まあ、陽も落ちかけてきたし丁度良いが――まだ元気じゃないか、おい。
『HARUHI FANTASY Ⅶ -THE NIGHT PEOPLE-』
第9章 ささくれ
「クエっ!」
「クエェ~」
俺たちが牧場に入ると、黄色い体毛に覆われた大きな鳥が数羽、柵の傍まで鳴き声を出しながら走り寄ってくる。
「わぁ~。かわいいチョコボさんですねー」
「結構愛嬌あるわね」
そう言いながらやけに人懐っこいチョコボと戯れている朝比奈さんとハルヒ。
「…………」
……長門も無言でチョコボの頭を撫でている。結構楽しそうだな。――さて、新生SOS団三人娘がチョコボと暫し遊んでいる間に、一つ解説しておこうか。そう言えばチョコボについてまだ何も説明してなかったからな。
チョコボというのは、体長が2メートルくらいある比較的大きな鳥なのだが、空を飛ぶことが出来ず、代わりに2本の脚が異様なまでに発達し、物凄いスピードで大地を駆ける事が出来る。だから車を曳いたり、乗って走らせたり、人の生活に役立つ動物として、この世界ではメジャーな存在になっている。神羅が自動車を市販するようになった現在でも、移動手段としてまだまだ色んな所で使われているようだ。あと、これはまだ伝説の域を出ないが、急峻な山を軽々と越えたり、海を走り渡るチョコボもいるというのだが、実際いたら是非お目に掛かりたいものだな。――さて、解説が長くなってる内に、牧場の主が出て来たようだ。
「お~い、君たちは旅の者かい?」
「こんにちわ。すみません、勝手にお邪魔して」
そう言いながらハルヒが牧場主に頭を下げる。普段は常識の欠片も無いような振る舞いをするくせに、こういう時には常識的な側面を見せる……よく分からん奴だな、ホントに。
「いや、いいんだよ。まあ、こんな所で立ち話もなんだし、中に入って休んでいきなさい。もうすぐ日も暮れて寒くなるしね」
主のありがたい申し出に甘えて、俺たちは牧場の納屋へとお邪魔することになった。知ってるか? 今は12月。真冬なんだぜ。年中魔晄エネルギーでポッカポカのミッドガルではそうは思わなかったが、今となっては暖かい暖炉が恋しくなってしまうのさ。
5人は食堂に通され、主の勧めに従って席に着く。
「これでも飲んで身体を暖めなさい」
眼鏡を掛けた物腰柔らかそうな外見をしている主――大森エイジロウ氏が温まったばかりの紅茶を差し出してくれた。「いただきます」と一礼してから早速喉に流す。程よい温さが心地よく染み渡る。
「すごく美味しいです。これ、何の茶葉を使ってるんですか?」
「ああ、これはね……」
朝比奈さんは大森氏とお茶に関するよく分からんトークを始める。――お茶、好きなんですか、朝比奈さん?
「はい! 昔からお茶を淹れるのが趣味って言うか、色々研究してたので」
本当に好きなんだろう。いつも以上に笑顔を輝かせながら朝比奈さんは言う。でも、そうなんですか。朝比奈さんのお茶、飲んでみたいな。きっと物凄く美味しいに違いない。
「ふふ、機会があったら必ず。楽しみにしててくださいね」
朝比奈さんにお茶を振舞われる光景を想像して幸せな気分に浸ってると、突然右足を横から誰か踏んづけられる。痛ぇな、ハルヒ!
「……ニヤケ面」
俺が抗議すると、ハルヒは不機嫌な顔してそれだけ言うとそっぽを向く。って言うか、何怒ってるんだ。俺、何かしたか? そして、古泉。そのニヤニヤしながら『やれやれ』ってポーズしてるのを止めてくれ。
――そんなこんなで、お茶の次に振舞われた手料理に舌鼓を打ちながら、楽しく(?)食卓を囲む俺たち。
「美味しいわね、これ。ご主人が作ったの?」
「いえいえ。これはこっちの孫が作ってくれたものなんですよ」
ハルヒの言葉に、大森氏は横にちょこんと座っている、眼鏡を掛けた小さな少年を紹介する。年の頃はマリンと丁度同じくらいだろう。その少年は俺たちに向かって礼儀正しく一礼する。見れば見るほど利発そうな顔つきをしている。自己紹介のついでに二言三言言葉を交わしたが、凄くしっかりしている少年だ。マリンにも見習わせてやりたいくらいだぜ――そう言えば、マリン、ちゃんと安全な所まで逃げたかな。などと成り行きでミッドガルに置いてしまったマリンの事を考えていると、大森氏が改まって俺たちに話を切り出す。
「ところで、君たちは何処に行くつもりなんだい?」
流石に朝倉のことを話す訳にもいかなかったので、適当に話を端折りつつ、黒いマントを被った妙な女を追っていると告げると、
「それなら見ましたよ」
「「「「「!!!?」」」」」
至極あっさりと大森氏が重要な情報を告げた。俺たちは一様に驚いて互いに目を見合わせる。
「本当なの!? それは何時? それで何処行ったの!!?」
ハルヒがドンと机を叩き、大森氏に捲くし立てるように聞いてくる。彼は少々面食らったようだが、
「ええ、今日の昼ぐらいでしたか。いつものようにチョコボの世話をしていると、ふらりと現れて南西の湿地帯のほうへと歩いて行ったんですよ。こちらが話しかけても何も喋らない、不気味な方だったねぇ」
南西の湿地帯――確かそこを抜けると『ミスリルマイン』という、かつて貴重な金属・ミスリルが大量に採掘されていたが、モンスターの大量発生で泣く泣く廃坑となった鉱山に辿り着くはずだ。なるほど、ミスリルマインか。目的地が決まったな。
「……ちょっと待って。君たち、この先の湿地帯を越えるつもりかい?」
「ええ、そうよ。何か問題でもあるの?」
ハルヒの疑問に大森氏は、急に声を深刻そうなトーンに落とす。
「――あそこには出るんですよ」
出るって、幽霊か何かの類かよ。そんなオカルト話、魔晄科学全盛の時代に信じられるわけ無いだろう。だが、大森氏の答えは少々違っていた。
「…………ミドガルズオルムが」
「ミドガルズオルム?」
聞きなれない単語に首を傾げるハルヒ。大丈夫だ、俺も知らん。どうやら他の三人も分かって無いらしい。すると、大森氏はまるで怪談を語るかのように話を続ける。
「ミドガルズオルムとは……身の丈十メートルにならんとする蛇の化け物!! 湿地帯を進むズボズボ音を聞きつけ……ウギャーッと襲い掛かる!!!――あのマントの女性も、きっとミドガルズオルムにやられてしまったんでしょうな」
大森氏の迫力に、暫し圧倒され呆然とする俺たち。すると、大森氏はニヤリと口元を歪める。
「そうならないためにも! 大森牧場のチョコボをお買い上げください。チョコボで湿地帯を一気に駆け抜けるわけです。これがミドガルズオルムに襲われない方法!!」
――ちょっと待て。これって商売だったのかよ。人の良さそうな顔してなんとまあ、したたかなオッサンだぜ。すると、これまで黙っていた眼鏡の少年が口を開く。
「……おじいちゃん。チョコボは全部売り切れたよ。外にいるのは全部預かり物」
それを聞いた大森氏はがっくり肩を落とす。せっかく大口の客がネギ背負ってやってきたのに、そのチャンスをみすみす逃すとは――と言いたげな顔だ。しかし、別の何かを思いついたらしく、急に俯いていた顔を上げると、
「そうだ! チョコボなら野生のを捕まえればいいんですよ。牧場の近くで三本の爪のあとを見たでしょ? アレがある所には野生のチョコボが必ずいます。ただし『チョコボよせ』がないとチョコボが現れないんだ。もともと用心深い生き物だしね。『チョコボよせ』はチョコボをおびき出すマテリア。これを装備しておくと野性のチョコボに会える。逆に言うとこれを装備して無いとチョコボに会うことが出来ないわけです。今なら『チョコボよせ』を2000ギルで売りますよ」
……転んでもただでは起きないとは、まさにこの事を言うんだろうな。
「ねぇ、キョン。どうするの?」
呆れた目をしながらハルヒが尋ねてくる。しかし、俺の答えはもう決まっていた。
「――断らせてもらう」
「……そうですか。襲われても知りませんよ」
大森氏はさも残念そうに呟いたが、そんなの知ったこっちゃ無い。2000ギルなんて高すぎるし、第一、チョコボを捕まえる時間が勿体無い。そんな事してる間にも、朝倉が――
「――キョン君、どうしたんですか? ちょっと顔が怖いです……」
朝比奈さんの声にふと我に帰る。いけない。つい奴の事に頭が行き過ぎてた。俺は朝比奈さんを心配させないように「大丈夫ですよ」と笑って見せる。
「なら良いんですけど……」
朝比奈さんは更に何か言いたげだったが、大森氏が口を挟んでくる。
「でも、もう夜も遅いし、こちらに泊まったらどうですか?――そうですね、お茶や食事代含めて100ギルで手を打ちましょう」
それも金取るのかよ……。最早言い返す言葉も無く、俺たちはしぶしぶ大森氏に100ギル支払うと、導かれるまま、客用と思われる寝室に入っていった。ただ、カームのように二部屋以上もある訳なく、男女5人同室だ。俺たちはハルヒの厳命により、ベッドを男性用と女性用に分けて出来る限り離す作業をしていると、大森氏の孫の眼鏡少年が申し訳なさそうな顔をして入ってくる。
「すみません。祖父が大変失礼なことを申しまして」
いやいや、君が悪いんじゃない。それに、別に大森氏も悪人という訳でもない。ただ、多少――いや、かなり――金にがめついだけだろう。
「そう言って頂けると助かります。……祖父もかつてはあんな風ではなかったんです。ただ、ミスリルマイン周辺で大量発生したモンスターに……父と母を殺され、家族が祖父と僕、二人っきりになってしまってから、残された僕を必死に育てようとずっとあんな調子に。――だからあまり祖父のこと悪く思わないで下さい」
そう言ってペコリと頭を下げる少年。悪く思うどころか俺は彼の態度に感心していた。家族思いで非常にしっかりしている。やはりマリンにその十分の一でも見習わせてやりたい。それに、宝条の被害者はこんな所にまでいるんだ、と改めて思った。すると、少年は部屋を出掛けに「ただ――」と俺達に向き直って、
「――ミドガルズオルムは確かに祖父の言う通り危険な生物です。そのままで湿地帯に入ることはあまりお奨め出来ません」
と言い残してドアを閉めた。俺たちは少しの間無言でドアの方を見ていたが、取り敢えず寝ようという事になり、5人揃って布団を被り、寝息を立て始めた。――ミドガルズオルムが何だって言うんだ。ただの蛇じゃないか。それよりも朝倉だ。早くあいつに追いつかないと――
――そう思いながら眠りについた俺が間違っていたことに、翌日全員気付く羽目になる。
「ウギャー!!」
湿地帯に足を踏み入れた途端、巨大な蛇が地の下を猛スピードで這って迫り、俺たちの前に姿を現した。これがミドガルズオルムか――しかし、
「で、でけぇ……」
十メートルどころでは無いだろ、あれ。俺たちが呆然としてる間に、ミドガルズオルムはその緑色の巨大な鎌首をもたげて長門の頭上を襲う!
「…………」
長門は唐突な奇襲に対応できず、まともに攻撃を喰らいその場に昏倒する。これまでの敵やモンスターとは桁違いの衝撃だ。
「……これは、まずいですね」
次に繰り出される攻撃を辛うじてかわしながら、古泉が言う。確かにな。だが、こいつを何とかしないと朝倉に追いつけない――!!
「朝比奈さん! 長門を頼みます!!」
「は、ハイ!!――長門さん、しっかりして! 『ケアル』!!」
朝比奈さんの回復魔法で長門が再び立ち上がったのを見届けると、俺はカームで買った新武器『ミスリルセイバー』を振りかざす。ちなみに、バスターソードは未だに背中にぶら下げている。何故か売る気がしなかったんだよな。こんな安物の剣に、どんな思い入れがあったのかも忘れてしまっているのに――いや、それよりも、あいつだ。
「くたばれ、『ブレイバー』!!」
だが、俺の渾身の剣撃は、ミドガルズオルムの硬い鱗にはじき返される。そして、
「行きますよ、『ヘビーショット』! ふんーーーもっっっふ!!!」
古泉も光球を放つが、大蛇は全くダメージを受けて無いかのように平然としている。当然ハルヒも自慢の拳で殴り続けているが、結果は同じだった。
「全く歯が立たないわ!!――こうなったら、あれしかないわね。『マトラマジック』!!」
ハルヒから放たれた無数のミサイルがミドガルズオルムに次々と命中し、爆炎と土煙でミドガルズオルムの姿が掻き消える。やったか――
――いや、ミドガルズオルムは更に鎌首を高く上げ、尾を勢いよく振り回す。
「ふぇぇぇーー!!!」
「うわっ!!」
「……!!」
それをまともに受けて朝比奈さん、古泉、長門が何処かへと吹っ飛ばされていく。そして、振り子が揺り戻るように、その尾っぽは俺のほうにも――
「うぉっっっ!!!」
成す術も無く俺もその場から飛ばされて意識を失った……。
グゥゥンンンンドドドドーーーーーンンッッッッッ
どの位気絶していたのか――猛烈な爆音と衝撃波が襲い、俺は目を覚ました。さっきまでミドガルズオルムと戦っていた場所から爆炎とキノコ雲が立ち昇るのが見える。何が起こったんだ!?――そう言えば、あそこにはまだハルヒが!!――俺は痛む身体に鞭打って元居た場所へと駆けて行く。
「キョン君!! 無事だったんですね。ふぇ……よかったぁ……」
爆心地らしき所に辿り着くと、朝比奈さんが俺の姿を見つけて泣きながら駆け寄ってくる。見ると古泉や長門も一緒だ。何とか無事のようだな。
「ええ、あなたも。それより、涼宮さんです。姿が見えないようですが、もしかして今の爆発に……」
そうだった。ハルヒは何処に。もしや――爆心地の方を見渡してみると、俺の悪い予感は見事に的中していた。
ハルヒは身体中に大火傷を負った状態でその場に倒れていた。
「ハルヒ!! ハルヒ!!」
ミドガルズオルムは既に姿を消しており、俺たちはハルヒの元に急ぐ。俺はハルヒの変わり果てた身体を抱き起こし、何度か揺さぶる。しかし、全く反応が無い。顔を口元に近づける。……息はしてる。でも果てしなく弱い。
「――畜生、ハルヒ、ハルヒっ!!」
今にも死にそうなハルヒを起こそうと何度も、何度もその身体を揺さぶる俺。何やってんだハルヒ! 起きろ、起きてくれ!! お前が、こんな所でくたばるなんて冗談じゃないだろ!!!――俺は柄にも無く取り乱していた。それに気付いたのは朝比奈さんがハルヒを揺らす俺の腕を掴んだときだった。
「キョン君、落ち着いて! まだ何とかなるかも。任せて!!――『ケアル』!!」
朝比奈さんが魔法を使うと、ハルヒに刻まれた火傷が少しずつ癒えていく。だが、ハルヒの息は弱くなる一方だ。
「『ケアル』! 『ケアル』!! 『ケアル』!!!……」
朝比奈さんは何度も魔法を放ち、その表情は疲労の度を深めていく。それでも朝比奈さんは魔法を掛けるのを止めない。これでは朝比奈さんも……何だ、長門。この非常時に。俺は袖を引っ張る長門に振り返る。
「…………これ」
そう言って俺に紅い色をした鳥の羽を手渡す。これって――
「カームで買った『フェニックスの尾』ですね。これを使えば、もしかすると」
くそっ、気が動転してて気付かなかったぜ。サンキュー、長門。俺は早速フェニックスの尾に願いを込めてハルヒにかざす。すると、それは神々しい光を放ち、ハルヒの身体を包み消滅する――そして、
「う……うう……んっ――」
ハルヒの呼吸が次第に力強くなり、やがて意識を取り戻した。
「――あれ、キョン、ミクルちゃん……どうしたの? それに、あの蛇は?」
その時の俺はどうかしてたんだろうな、きっと――気がつくと俺は、ハルヒを力一杯抱き締めてたんだ。
「ちょ、ちょっと、キョン!! 何してんのよ、く、苦しいよぉ……!」
「よかった……ハルヒ……生きてて、ホントに……」
「ハイ、……本当によかった、です……」
「ミクルちゃんまで、何泣いてるのよ……まったく」
横で古泉がハルヒの無事を喜びながらも生暖かい視線を送ってきやがるが、そんなの知った事か。……俺は自分が落ち着くまでハルヒを抱き締めていた。ちょっと涙を流してたかもしれん――今考えると、こっ恥ずかしくて死にたくなるがな。
聞けば、ハルヒは俺たちが吹っ飛ばされた後、ミドガルズオルムの口から発せられた強烈な炎攻撃の直撃を受け、そのまま意識をなくしたという。
「――あの時、『てきのわざ』のマテリアが光って、あの『ベータ』って技、覚えた筈なのに、マテリアからそのデータ消えちゃってるのよね。ああ、もうっ!! せっかくいい技覚えかけたのにっ!!」
ジタバタしながら悔しがるハルヒだが、そんな事言ってる場合じゃないだろ。生きてるだけでも御の字だ。とにかくミスリルマインに――と思った瞬間、
ゴゴゴゴゴゴゴゴ
地を這う不気味な轟音が前方から響いてくる。また来た――! 俺たちはそれ以上どうしようもなく、その場からもと来た道を命からがら逃げ出すことしか出来なかった……。
俺たちは仕方なく、大森牧場へと引き返していた。ハルヒは流石に完全に回復したわけではなかったので、俺が負ぶって運んでおり、スヤスヤ眠っている――こうなるまでにはちょっとした一悶着があったが、それについては省略しよう。ただ、ハルヒがトマトみたいに顔を真っ赤にする珍しいシーンが見られたことだけは付け加えておく――すると、横から朝比奈さんがおずおずとした調子で、俺に話しかけてくる。
「あのぅ、キョン君……」
「何ですか、朝比奈さん」
朝比奈さんは俺の顔をじっと見詰めている。少し、不安げに。
「――キョン君、焦ってます」
「な、何に、ですか?」
俺は僅かに走った心の動揺を出来るだけ悟られないように、答える。
「色々と、です。セフィロス――朝倉さんの話をしてから、キョン君、時々怖い顔してるもの……イライラしてるの、分かるの」
俺はハルヒを背負って歩きながらも、図星を突かれて呆然としていた。――ああ、そうだ。確かに俺は苛立っていた。朝倉のことを思い出してから、俺の心がちくりと痛むような焦燥感と恐怖感みたいなものに苛まれていた。――早く朝倉に追いつかなきゃ、でも、追いついた時、俺はどうにかなってしまうのでは――まるで小指に出来たささくれのように、そんな矛盾した思いが、痛みが、じわじわと俺を責め立てていたんだ。
俺はどうにもならなくなって立ち止まり、朝比奈さんを見詰める。すると、朝比奈さんは――
「――もっと、落ち着こう、ね。きっと、だいじょぶだから」
あの誰もが恋に落ちる天使のような微笑を、そっと俺に向けてくれたんだ。俺は、西陽に照らされて輝くその笑顔を見るうちに、自分の中にあった、ささくれ立った思いが少しずつ消えていくような気がしていた……。
「どうしたんですか、早くしないと陽が落ちますよ」
前方を歩く古泉の声に「ああ、今行く」と返事しながら、俺は左手でハルヒを支えながら、右手で朝比奈さんの手を取った。
「行きましょう」
「――ハイ!」
俺たちは、ちょっと駆け足で古泉たちに追いついて行った。俺も、朝比奈さんも笑顔で。ついでに、何の幸せな夢を見てるか知らないが、ハルヒも寝顔で笑みを浮かべていた。
「ほら、私の言った通りだったでしょう」
ボロボロになって帰ってきた俺たちを大森氏がやや勝ち誇ったように出迎えたのは少々癪に障ったが、孫と二人で、ハルヒはもとより、少なからず傷ついた俺たちの手当てをしてくれたのは有り難かった……後できっちり代金を請求されるんだろうがな。
ハルヒも火傷の跡もすっかり無くなっていつもの元気を取り戻したところで、早速商談に入る。なけなしの金だが仕方ない。もう一度アレと戦う勇気は流石に俺も持ってはいなかった。
「はい、毎度あり」
おとなしく2000ギルを払うと、『チョコボよせ』のマテリアを手渡す大森氏。すると、「あ、それから」とついでみたいに以下のような言葉を吐いた。
「野生のチョコボは他のモンスターと一緒に出て来るんだ。けど、そのままじゃ他のモンスターが邪魔でチョコボを捕まえることが出来ない。だからまず、チョコボの周りにいるモンスターを倒す必要がある。それに、野生のチョコボは用心深い。ちょっとしたことで、逃げてしまう。けど、『野菜』を使うと食べるのに夢中になって逃げにくくなるんだよ。ちなみに、うちではその野菜も取り扱ってるんだけど、どうだい?」
……分かりましたよ。買えばいいんでしょ。俺たちは比較的安そうな野菜を選んで購入を済ませ、大森牧場を後にした。やけに嬉しそうに手を振って見送る大森氏と、申し訳なさそうな顔して見送る孫の姿が何故か印象的だった。
――確かに大森氏の言う通り、『チョコボよせ』のマテリアを装着するとそれまでとんとお目に掛かれなかった野生のチョコボが姿を見せる。しかし余計なモンスターも一緒についてくるので、大森氏のアドバイス通りにチョコボに野菜を投げて注意を向けるうちに、他のモンスターを俺と古泉とハルヒと長門でタコ殴りにし、その間に朝比奈さんがチョコボを捕まえる。――この手を使って何とか2羽のチョコボを手に入れ、それに俺とハルヒ・長門の組と、古泉と朝比奈さんの組に分かれて分乗する事になった。……ちょっと待て。何故古泉が朝比奈さんと二人乗りなんだ。
「――くじで決まったんだから仕方ないじゃない。それとも、あたしやユキと一緒はイヤってこと?!」
そう言ってハルヒが俺を睨んでくるので、助けを求めて長門の方を見るが、長門も長門で何処と無く不機嫌なオーラを放出している。何でだ?――だが、結局抗うことも出来ず、俺は前に長門、後ろにハルヒという、曲芸もビックリな三人乗りでミスリルマインに向かうことになった。――何か、前にもあったよな、こういう事。こんな事するの初めてのはずなのに。――と、また妙な感覚に捉われているうちに、あっという間に湿地帯に入る。すると、
ゴゴゴゴゴゴゴゴ
あの地を這うような轟音が再び後方から響いて来た!
「キョン、早く! 大蛇が来ちゃうわよ!!」
「くっ、分かってる!――急げ、古泉!!」
「了解しました!」
俺と古泉はそれぞれ手綱を握り締め、チョコボの腹を軽く蹴る。すると、チョコボはスピードを更に上げて湿地帯を南下していった。だが、ミドガルズオルムもしぶとく追いすがる。
「キョン、追いつかれちゃう!」
「…………」
半ば興奮気味に叫ぶハルヒと無言を貫く長門との差に苦笑しながら、俺はチョコボの手綱を必死に握りミスリルマインへと急がせる――そして、後もう一寸で追いつかれる寸前、どうにか湿地帯を抜けることに成功した。
獲物を逃がして残念そうに引き返すミドガルズオルムの姿を見遣りながら、俺たちは心から安堵してチョコボから降りる。すると、2匹のチョコボは「クエっ!」「クエェ~」と鳴きながら何処かへ走り去っていった。ありがとよ、お陰で助かったぜ。さて、いよいよ鉱山へ向かいますか。「キョン、ちょっと見てよ!!」――って何だよ、ハルヒ。俺はこいつが指す方向に何の気なしに目を向けると…………そこには、驚愕の光景が広がっていた。
「あれ、ミドガルズオルム、ですよね」
正解だ、古泉。――正確には『だったもの』だけどな。――そう、ミドガルズオルムが枯れ木に串刺しにされた無残な姿を俺たちに晒していた。……おあつらえ向きに、いつの間にか空には雷雲が立ち込めていたりする。明らかにこれは人為的なものだ。誰がこれを……いや、こんなことが出来るのは――
「――朝倉が……やったのか……」
「すごい……」
「こんなことやっちゃう人が、あたしたちの相手……」
ハルヒも朝比奈さんも悪夢としか思えない現実の前に立ちすくんでいる。あれ程俺たちを苦しめたミドガルズオルムをここまで料理してしまうのが、俺たちの敵、朝倉リョウコ――英雄セフィロスなんだ。果たして、俺たちに敵うのか……? だが、長門は意に介そうともせずスタスタと先へ歩いて行く。
「……セフィロスがここに来たことははっきりした。早く鉱山に行くべき」
長門の一言に、古泉が苦笑いする。
「……これは一本取られましたねえ。行きましょう、取り敢えず。考えるのはその後です」
そうだな。考えても始まらない。敵うかどうかは問題じゃない。星を守るためには、何としても奴を止めないといけないのだから。……俺たちも長門に続き、ミスリルマインに入っていった。
暗い鉱山の中に入ると、早速巣食っていたモンスターが襲い掛かってきた。蟹みたいな奴に、ミドガルズオルムより遥かに小さい蛇、それから空飛ぶドラゴンの縮小版.etc。一つ一つは大した事無いが、これだけを相手にするのは骨が折れるな。
「キョン君。ちょっとこれ、使ってみたいんですけど」
朝比奈さんが自分のロッドに付けたマテリアを見せてくれた。何ですか、それ?
「牧場でチョコボさんと遊んでいた時に、チョコボさんがくれたの。何でも召喚魔法みたいです――ちょっと見てて下さい。『チョコボ&モーグリ、必殺技』!!」
朝比奈さんが可愛らしい声で叫ぶと、何処からともなくモーグリを乗せたチョコボが砂煙を上げながら猛スピードで駆けて来て、一直線にモンスターの集団に体当たりする! モンスターはあまりの衝撃に堪らず消滅し、残っていたのはチョコボから落ちて頭上でクルクル星を回しているモーグリ。チョコボはそれをくちばしに咥えてそのまま走り去っていった。
「――ミクルちゃん、凄いじゃない!」
「ふわっ!」
喜ぶハルヒに抱きつかれて、ちょっと困った顔している朝比奈さん。それにしても、朝比奈さんの印象そのままに可愛らしい攻撃なのに、結構破壊力あるな。ハルヒの『マトラマジック』と併用すればこの辺りの雑魚敵は一掃出来るかもな。――モンスターの正体が宝条によって生み出された元・人間ということを思い出して少し罪悪感を感じたが。
その後、順調に鉱山を突破していく俺たちだったが、もう少しで出口だという所で、
「ちょっと待った!」
――漆黒のスーツを着た巨漢が俺たちの前に立ち塞がった。
「あなた、もしかして?」
朝比奈さんの声に俺たちは一斉に身構える。
「俺が誰だか分かるか?」
…………誰だっけ?(ボソッ)
「『誰だっけ』じゃねえよ、てめぇ!!…………ゴホン、タークスの中河だ。覚えておいてくれ」
今のはただのコール&レスポンス的なジョークだ、気にするな。で、俺たちに何の用だ。まだ朝比奈さんを狙ってるのか。
「……俺たちタークスの仕事を説明するのは難しい……」
「人攫いだろ?」
「悪意に満ちた言い方をするとそうなる…………しかし、今はそれだけでは――」
俺の皮肉にそう答えかけた中河だが、次の瞬間、まるで特大の雷に打たれたかのようにその場に立ち尽くしていた。驚愕に染まった表情をしつつ、両の瞳は恍惚とキラキラ輝いている何とも言えない顔だった。
「…………」
固まっている奴の視線を延ばしてみると、その先には無表情で突っ立ている長門がいたが、長門に何かあったんだろうか。――だが、ここで油を売ってる暇など無い。そろそろ話を進めようとした時、崖を越えた向こうの高みから、同じく漆黒のスーツを着た小柄の女性が現れる。
「中河君! 何があったのか知らないけど、無理しないでなのね」
「……阪中、頼む」
中河はそう言うのがやっとらしく、まだ呆然と長門を見詰めている。だから、何なんだ、一体?
「あたし、タークスの新人の阪中ヨシミ。谷口君があなたたちにやられてタークスは人手不足なのね。……おかげであたし、タークスになれたんだけどね……ま、それはともかくあたしたちの任務はセフィロスの行方を突き止めること。それからあなたたちの邪魔をすることなのね。あ、逆だったか。あたしたちの邪魔してるのは、あんたたちだものね」
とまあ、聞いてもいない所まで得意げにペラペラと喋ってくれた。すると、中河の後ろから、常に微笑を湛えた小柄な男――国木田が、今回は苦笑交じりで出てきた。
「……阪中さん。喋りすぎ」
「国木田君!?」
「僕たちの任務を、彼らに教えてやる必要は無いよ」
「ごめんなさいなのね……国木田君」
途端に顔を赤らめてシュンとなる阪中。さっきの勢いはどうした。
「君たちには、別の任務を与えてあったはずだよ。早く行って。定時連絡を欠かさないで」
「あっ!そうでした!それでは、あたしと中河君はジュノンの港へ向かったセフィロスを追いかるのね!」
「――なるほど、セフィロスはジュノンに向かったのですね」
古泉の言葉に、場が一瞬凍りつく。奴の居場所まで見事にバラしてくれた。貴重な情報、どうもありがとうな、阪中。
「……阪中さん。僕の言葉の意味が分からなかったのかい?」
「あっ! す、すいません…なのね……」
ようやくその意味に気付いた阪中は恐縮して縮こまる。アップダウンの激しい奴だ。国木田は一つ軽く溜め息を吐くと、
「……早く。セフィロスを逃がすなよ」
「「はっ!」」
その言葉と共に、中河と阪中はその場からそれぞれ走り去る。が、中河ははちょっと立ち止まって俺たちに振り返る。
「……谷口が言ってた。君たちに負わされた怪我が治ったら挨拶したいと。親愛なる君たちに新しい武器を見せたいそうだ」
武器なんかどうでもいいし、ぶっちゃけ二度と顔も見たく無いんだがな、あんなアホ。すると、中河はやや寂しそうな顔をして「伝える」とだけ言い残して去っていった。そして、国木田は朝比奈さんの方を向いて、優しげな笑みを浮かべた。
「さて……朝比奈さん……久し振りだね。しばらくの間、君は神羅からは自由の身だよ。セフィロスが現れたからね」
「……何が、言いたいんですか? セフィロスに感謝しろ、とでも?」
「いや……あまり会えなくなるけど、元気でね」
その時の国木田の目は、何故か今まで見せていたものより暖かく感じた。何故だろう、胃の辺りがムカムカする。
「……あなたに、そんなこと言われるなんて、不思議です」
朝比奈さんがそういうと、国木田は苦笑いを浮かべ、
「では、諸君。出来れば神羅の邪魔はしないでもらいたいものだね」
そう言って洞窟から出て行った。まあ、あいつの事はいい。戦わずに済んでよかったのか悪かったのか……取り敢えず次の目的地は決まったな。
「……ジュノン、ねぇ。船で隣の大陸まで行く気なのかしら」
さあな。奴の目的地は分からんが、ジュノンに行けばハッキリするだろう。とにかく、ここを抜ければジュノンエリアだ。俺たちも急ぎ洞窟を出た――のだが――
――三日後。
「――ああああっ!もうっ!! ジュノンって一体何処なのよーーー!!!」
俺たちは完全に迷っていた。間の抜けたことに、誰も地図やコンパスを持っていなかった事実に今更気付いたのだが、もう遅い。ジュノンどころか、今、何処を歩いているのかも皆目分からん。カームで補充した携帯食もそろそろ尽きそうだし、ここでウロウロしてる間に朝倉が海を渡ってしまったら元も子もない――どうした、長門。
「…………あれ」
長門が指差した先には、砂漠のど真ん中に古びた鉄の塔が聳え立ち、その頂上にとてつもなくデカイ鳥がとまっているのが見えた。
「何でしょうか、あれ……」
「見た感じ、魔晄炉のようですが」
「何でもいいわ、誰か住んでるかもしれないし、行ってみるわよ!」
ハルヒはそう言うとその魔晄炉らしき建物へとさっさと歩いていってしまった。おいおい、よく確かめもせずに行ったらどんな危険があるか分からんだろうが。それでも、ここで延々と迷うよりはマシかも知れんがな……。
その魔晄炉は岩山の上に立っていて、山肌には明らかに人工のものと思われる穴が開いていた。俺たちはおっかなびっくり中にあった梯子を上っていく。
「ほう、珍しいな。こんなところまで登って来るとはな」
その先では、頭に鉢巻を締めた、工事現場にでもいそうな格好をした爺さんが眼を丸くして、俺たちを迎えてくれた。爺さんは俺の瞳を覗き込み、
「……変わった目をしているな。まあ、関係ないか。ここはもうすぐ神羅との戦場になる。巻き添えにならないうちに、降りなさい」
と言ってきたが、今、非常に聞きなれた単語が――
「――神羅ですって?」
「どういうことですか? 戦場って……」
ハルヒや朝比奈さんをはじめ、一様に驚く俺たち。すると爺さんは、
「あなた方も、神羅とは何かあるらしいな。せっかく、ここまで登って来たんだ。ちょっとだけ話を聞いて行かないか?」
朝倉のことが少し気になったが、どっちにしろジュノンに辿り着く目処が立たない現状では、どちらにしろ同じことだ。それに、神羅とあっては黙ってもいられないだろう。分かった、話を聞こう。すると爺さんはゆっくりとした調子で話し始めた。
「この山の上に何が乗っているか分かるかな?」
「おっきな、鳥さんです」
朝比奈さん……間違いじゃないんですけど、他に言い様が無かったんでしょうか?
「…………魔晄炉と、コンドル」
代わって長門が答えると、爺さんは満足そうに頷いた。
「確かに、山の上にあるのはコンドルと魔晄炉だ。神羅は魔晄炉の上にコンドルがいることが気に食わないらしい」
「魔晄炉の上にコンドルがいちゃダメならかしら?」
ハルヒが当然な疑問を口にすると、俺たちもウンウンと頷く。確かに魔晄炉に鳥が巣食うと色々と面倒はあるだろうが、神羅が攻めて来るほど大袈裟な事なのだろうか。
「どうやら、この上の魔晄炉には何やら、特別なマテリアがあるらしい。そこへコンドルが来たので、神羅は慌てて軍を送ってきた。軍の目的は、コンドルとこの山に住む私たちの排除だ。今、コンドルは、数年に一度しか産まない卵を温めている。私たちは、神羅の手からコンドルの営みを守ってやりたい」
……なるほど、新しい命、ね。人によっては、何でそんな物の為に命まで張る、と言う輩もいるだろうが、一応星を救おうと旅をしている俺たちにとっては、生命を守るその行為が自然のことのように思えた。
「ただ……残念ながら、私たちには、直接、神羅と戦うだけの能力は無い。兵を雇って一緒に戦ってもらっている。スポンサーとして、ギルの援助でもいい。一緒に戦ってくれるのでもいい……どうだろう、力を貸してもらえないか?」
――だってさ。どうする?
「そんなの考えるまでも無いわっ!あのコンドルの赤ちゃんを守るために神羅の奴らと戦おうっていうんでしょ? 断る理由なんか無いじゃない」
他の3人を見回すと、皆一様に一度だけ頷く。――聞くまでもなかったな。俺が協力する旨を申し伝えると、爺さんは「ありがとう」と頭を深々と下げた。その時、爺さんと同じ鉢巻を締めたガタイのいい男性が奥の梯子から降りてきた。
「親父!! 神羅だ! 神羅の奴らが攻めて来た!!」
「……くっ、ついに来たか……お前さん方、急で済まないが、よろしく頼む。詳しいことはこの息子に聞いてくれ」
「親父、この人たちは?」
爺さんは息子と紹介した男にこれまでの話を掻い摘んで伝える。すると男はニッコリと笑って俺に右手を差し伸べた。
「そうか、一緒に戦ってくれるとはありがたい。よろしくな」
息子とガッチリ握手を交わした俺たちは、彼の案内で奥の梯子を上り、岩山の頂上に立つ見張り小屋へと入った。そこから見えるコンドルが卵を温めている姿は壮観なものがある。そして、山の下からは、モンスターの団体が昇って来るのが見える。――神羅軍ってモンスターなのか?
「その通りだ。このコンドルフォートには神羅が何度か攻めて来ているが、全て奴らが飼い慣らしたモンスターだ。昔いたアバランチやSOS団のようなテロリスト集団ほど、我々は重要視されて無いらしいな」
――俺たちがそのSOS団なんですけど……というのは話がややこしくなるので黙っておいた。
「まあ、そのお陰で今まで持ち堪えているというのもあるけど……とにかく、敵は、この山の魔晄炉を目指して登って来る。それに対して、罠を置き、兵を雇って守るんだ。まあ、これだけなのだが……この村はお金が無い。戦おうにも、お金が無くて何も出来ない。なにせ兵を雇うと400ギルも必要になる。20部隊雇うと、8000ギルにもなってしまう。つまり、君たちにお願いするのは、君たちのお金で兵を雇い、罠を買って配置し、指示して貰いたいんだ」
なるほど。俺たちがそのまま斬り込んで行ってもいいのだが、あの数を見ると少し骨が折れそうだ。ただ、そんなにお金持ってたっけ、俺たち?――現時点で財布を握っている古泉に目を遣ると苦笑いしている。
「……物凄く勝手なことを言っているのは十分承知している。我々も、母親たちと子供たちは別の村へ移し、とうに覚悟は出来ている。――取り敢えず、今回は時間が無い。私たちが雇った兵の指揮を手伝って欲しい」
話を聞いている内に、敵軍は山の中腹まで登って来やがった。息子は傭兵軍団を呼び、俺たち含む仲間の指揮官にそれぞれ割り振る。傭兵なので士気の面では少々頼りないが、
「では、法螺貝が鳴ったら、一気に突撃します」
息子がそう言うや否や、ブウォォォォォーーーと何処からともなく法螺貝の音が鳴り響く、
「ようし、総員突撃っ!! 猪口才な神羅のモンスター軍団なんかギッタギタのメッタメタにやっちゃいなさいっ!!」
ハルヒはそう一喝すると、配下の兵と共に怒涛の如く山を駆け下りていった――いつもの事だがノリノリだな、お前。さあ、俺も行くとするか。兵を指揮するのは神羅でソルジャーやってた以来だな――あれ、その時はどうしてたっけ……まあ、いい。俺の軍は左手の山道から登ってくる奴らを潰す。者ども、続けっ!!
……………………
――結果から言うと、俺たちは神羅軍を追い返すことに成功した。ただ、雇った傭兵はほぼ全滅。あらかじめ仕掛けていた落石器のお陰で敵の侵入をすんでで阻止し、俺たちも何とか見張り小屋に戻ることが出来た有様だった。敵に囲まれた朝比奈さんを助け出すときは、流石に俺も肝を冷やしたぜ。俺たちも、コンドルフォートの住民たちも、見張り小屋の中でほうほうの体で一息ついていた。
暫くすると、さっきの爺さん――コンドルフォートの長らしい――の息子が俺たちの方に近づいて労いの言葉をかけてくれた。
「いやあ、ありがとう。上手くいったな。……しかし、神羅は必ずまたやって来るだろう」
……それは分かっている。だが、俺たちもいつまでもここに居るわけにはいかない。朝倉を追ってジュノンへ行かなければならないんだ。
「君たちの事情も理解してる。ずっと一緒に戦ってくれとは言わないよ。その代わりといってはなんだが、資金援助をお願いしたい。資金援助してもらえれば、その資金で兵を雇い、神羅の攻撃を防げる」
それしか無いみたいだな。俺たちは、なけなしの財布から当座の生活費を残して援助金を息子に手渡した。息子は涙を流す勢いで喜んでいる。
「ありがとう、ありがとう! これからもよろしく頼むよ。それから、君たちの目指すジュノンの街は、ここを海沿いに北へ、ずっと行った所だ。地図とコンパスもあるから持って行くといい」
「――ありがとう!これで迷わずに済むわね、キョン!!」
思いがけない所に幸運が舞い込んだ形だ。やはりいい事すると自分にも返ってくるんだな。情けは人の為ならずとは、昔の人もよく言ったもんだぜ。
「次はいつ攻めて来るか分からないから、時々見てきてくれよ」
俺たちは住民のみんなに見送られてコンドルフォートを後にした。後は地図とコンパス通りに歩いてジュノンに辿り着いた……というところで次回に続く筈だったのだが、ここでちょっとした出来事があったので、長い話が更に長くなって申し訳ないが、もう少しだけお付き合い願いたい。
――それはコンドルフォートとジュノンのちょうど中間辺りの森の中でのことだった。時々出現するモンスターを軽くあしらいながら歩いていくと、突然目の前から四方に刃の付いた巨大な手裏剣が俺たちを襲った!!
「――危ない!!」
とっさに気付いた俺の声で、何とかそれを避ける五人。畜生、こんなもん投げやがって、後一寸遅かったら誰かの頭にグサリと刺さるところだったぞ。一体誰だ、神羅の刺客――ひょっとして新しい武器を見せるって言ってたアホの谷口か? すると、目標を見失ったその手裏剣はブーメランのように草叢に隠れていたらしき持ち主の元へ帰っていく。
「誰だ!! 出て来い!!」
俺の怒声に、草叢から出て来たのは予想と違って、明るめの茶色い髪をツインテールに纏めた小柄な少女だった。
「……あたしの攻撃を避けるとはさすがなのです。でも、まだ負けたわけではありません! いざ、尋常に勝負なのです!!」
そう叫ぶや否や、少女は何も無い所からいきなり炎を呼び出して俺たちにぶつけてきた。――いきなり何しやがる! 熱いだろうが!!
「ふふふ……どうですか!? ウータイ名産品の巻物『火遁』の威力は!」
忍者のような格好をした少女は得意げに叫んでいる。よく分からんが、敵……なんだろうな。
「……そのようですね。ここは戦うしか無いでしょう。――女性に手を上げるのは僕の主義に反しますが」
ミッドガルでハルヒにビンタしたお前がそんな事言えた義理か、と突っ込みを入れようとしたが、時間の無駄なので止めて、俺たちは、武器を取ってその少女に反撃を開始した。
――楽に片が付くと高をくくっていた俺たちだったが、この少女、意外と身軽ですばしっこく、なかなか攻撃が当たらない。そして、的確に手裏剣と火炎を投げてくるので、少しずつだがダメージが蓄積していく一方だ。今も、長門の必殺技『スレッドファング』もすんでのところでかわしやがった。
「……わたしの情報改変能力はまだ完全じゃない。……長い期間幽閉された影響」
長門、そんなに済まなそうな顔しなくていい。お前の足りない分は俺たちがカバーしてやる。仲間だろ。
「その通りよ、ユキ!――こうなったらみんなの攻撃を畳み掛けるわよ!!」
ハルヒの号令一下、俺たちは全神経を集中して技を叩き込む。
「『破晄撃』!!」
「『ヘビーショット』、ふんもっふ!!」
「おねがい、チョコボさん、モーグリさん!『必殺技』っ!!」
俺の剣から放たれた、巨大なかまいたちの様な衝撃波、古泉の右腕の熱光球、そして朝比奈さんが召喚したチョコボとモーグリが一気に少女を襲う!これでは避け切れまい。そして、止めに――
「いくわよっ!! 『掌打ラッシュ』!!」
ハルヒの両の拳から繰り出される三連撃が命中し、
「『サマーソルト』!」
流れるようにバック宙から少女の顎を蹴り上げ、
「そんで、『水面蹴り』っ!!」
地を這うような鋭い回転蹴りを足元を払われ、少女はその場に倒れて動かなくなった……。
やばい、死んだか? いきなり襲って来たとはいえ、まだ俺たちと同じくらいの女の子だ。さすがに心配になって近づいてみた。すると――
「んん…! もうっ!……このあたしが負けるなんて……」
倒れたまま少女は悔しげに脚をジタバタさせていた。取り敢えず心配の必要は無いようだな。
「くっ、只今は不覚にも負けてしまいましたが、もう1回、もう1回勝負なのです!」
まだやる気か? だが、今はお前なんかに構ってる暇は無いんだよ。
「ム、逃げる気ですね? ちゃんと勝負するのです! するったらするのです!」
放って置いて先に進もうとする俺たちに、少女はシュッシュッとシャドウボクシングのポーズをする。やる気満々という所をアピールしたいらしい。しかし、何の反応も無い(と言うかわざとしてない)のを見て、
「……ひょっとして、あたしの強さにビビッてるのですね」
凄い論理の飛躍だな、と思ったが、これ以上相手にしたく無いので「……まあな」と軽くあしらうつもりで言ったのだが、少女は途端に気を良くしてエヘンと胸を張る。
「へへ、や~っぱりそうですか。ま、あたしの実力から言えばそれも当然なのです。あなたたちも頑張ってね。また気が向いたら相手してやるのです、それではっ!」
そう言って走り去るツインテールの少女。
「何なの、あの子、キョン知ってる?」
俺が知るわけねえだろが。しかし、そいつは走り去ったと思ったら、まだそこに居て俺たちの方をチラチラ見ている。
「――ホントに行っちゃいますよ! ホントのホントなのですよ!」
……呼び止めて欲しいんだな。やれやれだぜ。仕方なく「ちょっと待った」と呼び止めてやると、少女はしょうがないな、と言いたげに振り返ったが、その目は期待に満ちたようにキラキラ光っていたのは隠しようが無かった。
「あたしにまだなんか用ですか?……ハハーン。さてはアレかな? あたしがあんまり強いんで、是非助けて欲しいと! このあたしに一緒に来てくれと! そういうことなのですか?」
……「そういうこと」、と言って欲しいんだよな、きっと。お望みどおりにそう言ってやると、ツインテールの忍者少女は、口元をニヤニヤさせながら悩むフリをする。
「へへへ、やっぱりねえ。いや、参りましたよぉ。ウーン、どうしようかなあ、でも、そこまで言われちゃこのあたしも断れないし……よし、分かったのです!あなたたちについてってあげるのです!」
「……先を急ごう」
俺たちは取り敢えず、この事は無かった事にして、ジュノンに向かって歩き出した。
「あれ、ちょ、ちょっと……ちょっと!あたしまだ名前言ってないのです……んん…!もうっ!」
「――あたしは橘キョウコといいます。ひとつヨロシクなのです!――へへへ……うまくいったのです。あとはアレをナニして……ふふふ……オ~イ、待って!待って下さい~!!」
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