第30話 遊興の街の側面

 三十日後、街の議会では精糖業に必要な法案の整備が進められた。

 オアシス付近では大規模なナツメヤシ畑も整備され、小さいながらも製糖工場ができた。


 爆燃岩の採掘もできるようになる。育成が早いダンジョン産ナツメヤシだが、実がなるまでしばらく掛かる。なので、当面は、安い輸入したナツメヤシを黒糖に変換する事業がメインになった。


 チャンスには機械を作製するに当たっての特許使用料が入ってきた。チャンスの資産は図面を買った時の三倍になっていた。


 チャンスは資産が増えたのでしばらくは遊んで暮らせそうだった。

「平和やー、平和やなあ」


 チャンスが幸運の尻尾亭で平穏な日々を満喫していると、向かいにゼルダが座る。

 ゼルダとは戦いの後も普通に付き合っていた。ゼルダの顔は穏やかだった。


「精糖業の躍進が目覚ましいわね。精糖業は農場、工場、採掘現場で雇用を生んだと聞くわ」

「アウザーランドには申し訳ないが、今後、黒糖は自国産になるね」


「気にするな。黒糖は運び易い品だから、別の国に持っていけばいいわ。スターニアでしか売れない品でもないから、打撃は小さいわ」


 ゼルダが冒険者ギルドを見渡して残念そうに告げる。

「それにしても、冒険者が減った気がするわね」


「新人や下級冒険者は減ったかもしれんのう。農家も鉱夫も需要が高い。何の保証もない冒険者をやるより、ナツメヤシ農家になったり、鉱夫になったりするほうが、生活は安定する」


 ゼルダが寂しそうな顔をする。

「ユガーラが冒険者の街でなくなる状況は、残念でもあるわ」


「でも、なくなりは、せんやろう。ジョブ解放アイテムやら、希少武具やらがあるからのう。冒険者の街の一面の側面はなくならないやろう」


 ゼルダが帰った後に、悪神アンリがやって来た。

「チャンスよ。話がある。一応お前の耳にも入れておいたほうがいいと思ってな」

(えっ、何やろう? これは、また波乱の予感がするのう)


 悪神アンリに誘われて、密談スペースに行く

「ダンジョン側が新人冒険者を減らす精糖業を厄介だと思っている。精糖機の破壊計画を立てているぞ」


「何やて? 図面を売っておいて、機械を壊そうとするなんてひどいわー。もっとも、ダンジョンの外にある精糖機が壊せるとは思えんけど」


 悪神アンリも素っ気なく頷く。

「私も破壊は不可能だと思う。だが、ダンジョン側は精糖機を破壊せねばと思うほど、冒険者の入りが落ちている」


「冒険者が遠のいた状況に、ダンジョン側は危機感を抱いておるのか。でもなあ、精糖業は、大きな産業になる。これは、もう止められませんわ」


 悪神アンリは澄ました顔で当然のこととして語る。

「ダンジョンは人間とは敵対する存在。人間の都合などは考えない。機械を壊せないとなると、また別の作戦をもって妨害してくるだろうな」


「ダンジョン側の動きに歯止めをかけんといかんかー。これ、また、何か、よい案を考えますわ」


 悪神アンリは、にやりと笑う。

「そうしてくれ。それで、考えが決まったら教えてくれ。きっと、また何か楽しい話になるだろう」


(アンリのおやっさんを楽しませるために働いているわけやないんやけどなあ)

 チャンスは街を廻って考える。だが、いい案が出ない。


 めったに行かない色街に足を伸ばしてみた。

 チャンスが行った時は、まだ陽が高いので人通りは少なかった。


 ただ、改装工事をする建物が目立った。

(ほう、こっちも景気がええよやな。古い店が改装されておる)


 色街を歩いて気が付いたが、色街には同じような店が多かった。

(店の外観は違う。でも、サービスは大して変わらんやろうな。待てよ?)


 チャンスは温泉街にも顔を出す。

 子供の遊び場はある。だが、大人が遊べるような場所は少なかった。


 酒場でヘンドリックを捕まえて訊く。

「なあ、ヘンドリックはん。遊び好きの冒険者ってどこで遊んでいるの?」


 ヘンドリックは当然の態度で答える。

「メリンダの店だな」

「風俗関係の遊び以外をしたい時は、どうしとる?」


「酒場でカードをやるか、街の遊興場に出掛けるかだ。だが、どちらも、流行はやっていないな」


(これ、冒険者が遊べる遊興場なり、カジノなりをダンジョン側に作ったら、どうやろう? 人間がお客さんになれば、あまり無茶もできんと違うか)


 さっそく、その晩に悪神アンリに相談した。

 悪神アンリは乗り気だった。


「いいぞ、ダンジョンには土地が余っているから、カジノを作る場所もある。建設資金は私が出してもいい。遊び場なら、私も歓迎だ。私がダンジョン側に話を持って入ってやろう」


(あれ、何か、調子がええで。こんなにすんなり話を通されると、逆に気味が悪い)

 悪神アンリは三日後に再び幸運の尻尾亭に姿を現した。


「ダンジョン側は人間を遊ばせるカジノの建設に前向きだ」

「なら、造りますか、カジノ」


 悪神アンリは景気よく告げる。

「造ろう。ダンジョン側のカジノは、私が監修するビッグ・プロジェクトだ」

(アンリのおやっさんが盛大に絡むと、失敗した時が怖いなあ)


 それから、四週間が平穏に過ぎる。

 幸運の尻尾亭では冒険者たちが噂する。冒険者たちは困惑していた。


「なあ、聞いたか? ダンジョンの手前にカジノができるって話」

「噂は本当だったのか。でも、あんな場所に作るなんて、運営主体は誰なんだ?」

(噂になっとるのう。このまま上手くいけばいいんやけど)


 チャンスがドキドキしていると、メリンダが幸運の尻尾亭にやって来た。

 メリンダはむすっとした顔で、チャンスの前に来る。


「話があるの、カジノの件よ。いいかしら」

「あまり、よくないけど。話したいんやろう? ええよ」


 メリンダを伴なって密談スペースに行く。メリンダから切り出した。

「ダンジョン前にカジノができるって話は知っているわよね?」

「それは、まあ、もう、大きな噂になっているからね」


 メリンダは、きっとチャンスを睨んで言い放つ。

「カジノ建設は、止めてちょうだい」


「わいが建設しているわけじゃないから、止められんよ。でも、なして、止めようと思ったんや? 訳を聞かせてや」


 メリンダは身を乗り出して抗議する。

「私は街の遊興場組合の役員でもあるのよ。ユガーラの街の遊興場はどこも小さいのよ。あんな大きなカジノが建ったら、街の遊興場が軒並み潰れるわ」

「大きな遊興場や、大人の社交場みたいな場所はありませんでしたからな」


 メリンダは深刻な顔をして意見する。

「そうよ。なのに、あんな大きなカジノができて、空飛ぶ絨毯で送迎なんてされたら、どこも潰れるわ。そしたら、客の流れが変わるでしょう」


(なるほど、客の流れが変われば色街にも影響するか。これは、メリンダの利益も大きく絡んでいるのう)

「ユガーラの街は大きくなる。そうなれば、遊ぶ場所は必要やで」


 メリンダは頑としてカジノに否定的だった。

「遊ぶ場所が不足している状況は認めるわ。でも、だからって、大きなカジノを造られると困るのよ」


「わかりました。なら、営業時間を分けて、遊べる種目を街の遊技場とカジノで変える案はどうですか? 上手くいけば、いつ起きていても、どこかしらで遊べます」

「なら、こっちは夜間帯の時間が欲しいわ」


「それはカジノかてほしいやろう。だから、完全に切り分けやなく、重なる時間帯も、出ます」


 メリンダは目に力を入れて睨みつける。

「こっちの言い分を飲む気は、ないのね?」


「飲むも何も、わいはカジノの人間やない。間に入って交渉するのが精々や。交渉に行くのに落としどころがない、では、話にならんやろう?」


「わかったわ。なら、できる限り、いい条件を引き出して。街の遊興場を救うのよ」

 メリンダはつんとして顔で命令すると去っていった。


(もう、何で、やっかいな話が、わいに来るかな。でも、ここで断っても、アンリのおやっさんとメリンダでは、交渉すると決裂する未来は目に見えとるしな。それに、カジノをやるのなら、色街の顔役のメリンダとは揉めんほうがいい気がする)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る