第29話 賭け試合


 五日後、ルールの概要が届いた。

 勝敗は審判が決定打を認める、ギブ・アップする、または、どちらかが戦闘不能になる。


 武器は刃引きした武器を使用。

 チャンスに課せられる制限は二つ。人型で戦い、炎の使用は禁止。


 ゼルダに課せられる制限は一つ、バーサークの使用を禁止。

(純粋に人型で、武器を使っての戦いか。ゼルダはんが有利やな。でも、バーサークされて殺し合いになるよりは、ずっとましや)


 チャンスは武器屋を巡り、戦いで使用する剣を探す。

(刃引きされているとはいえ、剣は剣。当れば怪我は避けられんか)


 武器に変身できるチャンスには、武器の発する声が聞こえた。

 武器の声といっても、人間のように話す武器は稀である。


 普通の武器は、ささやきのように話す。

 チャンスは無数に聞こえる武器の囁きの中で、寡黙な一振りの剣を手に取る。


 武器はすでに刃引きされていた。

 武器屋の店員が冴えない顔で忠告する。


「お客さん。そいつは丈夫ですが、切れませんよ。名人が打った儀礼用の剣ですよ」

「ええんや。殺し合いに使うんやないからな」


 チャンスがそっと剣を触ると、剣から安堵した空気を感じた。

 指定された刻限に宿屋を出て、迎えの二頭立て黒い馬車に乗る。チャンスの格好は厚手の服に鉄の胸当てをしてハーフ・パンツの鎖鎧を着ていた。


 馬車の向かった先は直径三十六mの、円形の野外劇場だった。

 野外劇場には、直径十二mの石造りの舞台がある。舞台の上が戦いの場だった。


 劇場には観客が三十人ほどいた。舞台の上にはゼルダが既に待っていた。

 ゼルダはいつもの全身を覆う金属鎧を着用していなかった。動き易いシャツとズボンの上から鎖鎧を着ていた。


 ヘルメットも顔まですっぽり覆うものではなく、頭部のみをガードした軽いものだった。

 だが、一番の変更点は、武器だった。ゼルダは戦斧せんぷつちを好んで使う。今回はベルトを使い、短剣二本を腰から下げていた。


(ゼルダはんが短剣を使って戦うところを見た記憶がない)

 ゼルダが真剣な顔で、両方の手に短剣を握る。


「いい試合をしよう、などと生温なまぬるいセリフは言わない。これは、国の利益が懸かった大勝負。勝ちに行くわよ」

(短剣二刀流のスタイルか。冒険者ではあまり見ない戦い方や)


 チャンスはしっかりとゼルダを見据えて宣言する。

「ええよ。こっちも大勢の人間を巻き込んでおるから、後には引けんのや」


 審判が入場してくる。審判は悪神アンリだった。

 悪神アンリの機嫌はすこぶる良かった。アンリに促されて、舞台上には悪神アンリ、ゼルダ、チャンスだけになる。


「初め」の合図が懸る。

 チャンスから積極的に仕掛けた。踏み込んで次々と斬撃を放つ。


 ゼルダはチャンスの攻撃を的確に受け流した。

 チャンスの一撃は軽くない。だが、ゼルダはバランスを崩さない。


 十合の打ち合いのあと攻守が逆転する。今度はゼルダが間合いを詰める。

 ゼルダの攻撃は素早い。気を抜くと、急所に一撃をもらいそうになる。

(普段から重い武器を振り回しているだけあって、軽い武器やと、速度が半端ない

で)


 チャンスは防戦に廻っていた。セルダの攻撃は速い。だが、正確無比ではなかった。

(使い慣れとらん武器やから、隙が生まれやすい)


 攻撃時に隙ができた。隙を突いて一撃を入れようとする。

 途端にゼルダは距離をとる。


 チャンスの攻撃を不発に終わらせ、逆に仕留めようとする。

 ゼルダの意図が読めるので、攻撃を中止する。すると、また、雨のような猛攻が来る。


(これ、まずいで、本当に隙なのか、誘っているのか、わからん。かといって防戦一方やと、直に鋭い一撃を貰う。せやけど、無理な体勢で反撃すれば、それこそ思うつぼや)


 チャンスはゼルダの戦法に攻めあぐねた。スタミナ切れを待とうかとも、一瞬ちらっと考えた。


 だが、狂戦士がスタミナ切れを起こした場面を見た経験はなかった。

ゼルダにしても戦いを楽しんでいるのか、笑っていた。苦痛の色は微塵みじんもなかった。


(あかん、重い武器に重い鎧なら、スタミナ切れもある。せやけど、あんな軽そうな鎧に武器なら、まだ、二十分は動ける)


 そこまで、時間が掛かったら、チャンスが危ない。

(しゃあない。多少、卑怯なようやけど、こうするしかないか)


 チャンスはゼルダの持つ武器の声に耳を傾ける。

 ゼルダには余裕があった。されど、ゼルダの持つ短剣は苦しみの声を上げていた。

(やはりや。わいの重い剣とぶつかり続けた短剣は限界が近いようやな)


 チャンスはゼルダの短剣の限界が来るのを待った。

 ぱきんと音がして、ゼルダの短剣の片方が折れた。武器が壊れて、ゼルダに一瞬の隙ができる。


 チャンスはそこで、もう片方の短剣を握る手を叩いた。ゼルダの残ったほうの短剣が、飛んだ。


 ゼルダは丸腰になったが「それまで」の止めの合図はない。ゼルダは武器がなくなると半身に構え、拳を握る。


(アウザーランドの格闘技の、クラウデイオンか。クラウデイオンは戦場で武器を失った時に生き残るための技。ゼルダはんが使えても、不思議やない)


 ゼルダのクラウデイオンの腕前は、どれほどか知らない。だが、一流のクラウデイオン使いが相手なら、剣があっても安心はできない。


 だからといって、チャンスは防御に回ったりはしなかった。

 まっすぐにゼルダを見据えて、上段に剣を構える。

(これは、ゼルダはんを殺すかもしれないなあ)


 チャンスには予感があった。

 だが、手を抜いてはいけない相手であり、抜ける相手でもなかった。


「参った。私の負けだ」

 ゼルダが厳しい顔で敗北を宣言した。


「勝者、チャンス」と悪神アンリより勝ちが宣言される。

 勝利宣言を聞いて緊張が解ける。疲労感が頭の天辺から降りてきた。


(久しぶりに神経が磨り減るような戦いをしたで)

 エイミルが笑顔で寄ってくるが、どうでもよかった。

 ゼルダ共に生き残り、精糖事業が救われた成り行きにほっとした。

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