第22話 温泉街の危機再び
チャンスが銭湯に入っていると、温泉のお湯が
気になったので、番台のおじさんに訊く。
「気のせいかな? 温泉が少し温うなっとらんか?」
おじさんは軽い調子で告げる。
「もう、夏だろう。気温が高くなってきたから、相対的にお湯が温く感じるのさ」
「そうかー」と答えて、その場は納得した。
数日が経つ。
冴えない顔で噂する女性冒険者の声が聞こえてきた。
「ねえ、最近。温泉のお湯が温くなってきたわよね」
「そうよね、前はもう少し熱かった気がするわ。何か少し物足りないわ」
(やはり、お湯が温くなっているんか。何やろう? 火龍石が関係しておらんと、いいんやけど)
更に数日が経過する。すると、温泉のお湯の熱さが元に戻った。
(お湯の温度が元に戻った。何や、一過性のもんか。心配して損したわ)
チャンスが安堵したその晩に、幸運の尻尾亭にいると、マチルダがやって来た。
マチルダがチャンスを密談用の個室に呼ぶ。
チャンスが席に着くと、マチルダは表情を曇らせて語る。
「ユガーラの温泉街に危機が訪れているわ。温泉の温度が下がっているのよ」
「そうか? 行きつけの銭湯に今日も入ってきたけど、お湯は元に戻っていたで」
「それは、錬金術師に温熱石を作らせて、お湯に溶かし込むことで温度を上げたのよ」
温熱石は知っていた。水やお湯に溶けて熱だけを発生させる石だ。
「何や。温泉組合では、温泉の加温に走ったんか」
「そうよ。でも、温熱石は、安いものじゃない。このまま加熱し続ければ、資金力がない組合員の温泉から順に温くなっていって、客離れを起こすわ」
「元から資金力がないところに、客離れが起きたら、一気に廃業まで進む危険性があるわなあ。温泉街はユガーラの宝や。廃業は避けたいな」
マチルダは
「そこで、チャンスにお願いがあるのよ。温泉は火山の影響を受けているわ。炎のプロとして、火山を調査してほしいの」
(助けては、やりたいが、調査なら他の冒険者でもできるやろう)
「せっかくやけど、わいは引退したんや。他の冒険者を当ってくれませんか。何なら、仕事のできそうな奴を推薦しますわ」
「残念だわ。私はチャンスにやってほしかったんだけど」
チャンスは有名どころの冒険者パーティを三つほど挙げて、マチルダと別れた。
一週間ほどすると、険しい顔をしたヘンドリックがやって来る。
「チャンス。ちょっと、秘密の話がある」
「ええよ、面白い話か?」
密談部屋に行くと、ヘンドリックがおもむろに語り出した。
「俺は火山調査パーティに、ガイドとして入った。火山で異変が起きていた。火山の熔岩溜まりに、見慣れない大きな岩が三つあった」
「何や。わいが推薦したパーティに
ヘンドリックは真剣な態度で教えてくれた。
「この大岩が熔岩の流を変えたせいで、温泉のお湯が温くなった可能性がある」
(火山で異変を起こすなんて大それた仕業、アンリのおやっさんが絡んでいるんやろうな)
チャンスは不安を胸に仕舞って、意見を口にする。
「そうか。なら、その熔岩溜まりの中にある大岩を破壊せんといかんな」
「ところが話はそう簡単じゃない。どうも大岩は火龍石の産出に関わっているんだ」
「つまり、大岩を破壊すれば、火龍石の産出が止まるわけか。しゃあないわ、元からなかった岩や。破壊したらええやん」
「大岩は魔法で守られていて、簡単には壊せない。それに、火龍石がなくなると、俺たち冒険者も困る」
「せやかて、依頼人は温泉組合やろう。なら、温泉組合の側に立たなきゃならんて」
ヘンドリックは苛々した顔で、内情をぶちまけた。
「チャンスはわかっていない。魔銃製造は大きなビジネスになる。その利権を見越してこの国の上層部は動いている。もう、魔銃ビジネスは水面下で進んでいるんだ」
「何や、大きな話になっとるなあ。でも、そんな話はわいにされても困る」
ヘンドリックは切なる態度で告げる。
「でも、熔岩溜まりの大岩を破壊できる人物はチャンスだけなんだ」
チャンスはヘンドリックの態度に大いに違和感を覚えた。
「ちょっと、待て。さっきから重要情報をぺらぺらと。何でそんな情報を知っとる? お前、さてはヘンドリックやないな」
チャンスが立ち上がり構えると、ヘンドリックから煙が立ち上る。
ヘンドリックは悪神アンリに姿を変えた。悪神アンリに悪びれた様子はない。
「ばれてしまったのなら、仕方ない」
チャンスは喰って懸かった。
「おやっさん。さっきの話はどういう状況でっか」
悪神アンリはさらりと発言する。
「どうもうこうもない。ヘンドリックに化けていたが、教えた内容は本当だ」
「大岩を破壊できないと、温泉街は救えない。魔銃ビジネスは動き出しとる。大岩を破壊できるんは、わいだけって話がでっか?」
悪神アンリは素っ気ない態度で同調する。
「そう教えたつもりだが」
チャンスは頭を抱ええた。
「もう、なして、そんな意地悪するんでっか」
チャンスの苦しみに悪神アンリは共感を示さなかった。ただ、淡々と話す。
「これは、人間としたゲームだ。だが、二人でやるには味気ないと感じた。それにゲーム・バランスも悪い。なので、チャンスも遊びに入れてやろうと思った。それに、温泉街側の勢力が小さいと面白くない」
「おやっさんは、温泉街を救えと
アンリは簡単に言ってのける。
「別に魔銃の製造に一枚噛んで大儲けしても、いいぞ。それは自由だ。大金持ちになるくらいの役得は、あってもいいだろう」
(ほんと、アンリのおやっさんには
悪神アンリは含み笑いも漏らして告げる
「助かるのは、どちらか一つ。温泉街か、魔銃製造事業か、好きなほうを選べ」
悪神アンリは煙が消えるようにして消えた。
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