第10話 真鍮の鶏

 ロビネッタは村長宅に運ばれており、治療師から治療を受けていた。

 村長の宅に行くと、村長のウマルが出てくる。ウマルは今年で六十になる背の高い男性で、白い長い髭を生やしている。服装は赤いクーフィーヤを被り、金色の刺繍がある赤いガラベーヤを着ていた。


 ウマルは感謝の籠もった顔で、ゼルダとチャンスに礼を述べる。

「ありがとう、ゼルダさん、チャンス。娘は助かりました」


 ゼルダが優しい顔で告げる。

「ロビネッタは友人です。助けて当然です。でも、何でロビネッタは狙われたのかしら?」


 ウマルの表情は芳しくない。

「理由はわかりません。ですが、おそらく、娘がのめり込んでいる錬金術のせいでしょう」


「発明品のどれかが狙われたんやな。ありそうな話やで」

 ウマルは困った顔で愚痴る。

「だから、私としてはそんな錬金術なんて止めて、早くに嫁に行けと、勧めているのです。でも娘はなかなか首を縦に振らなくて困っています」


「親御さんとしては、至極当然な考えやね。でも、こればかりは、本人の意志が絡むよって、簡単には、いかんな」


 ゼルダが困った顔で訊いてくる。

「さて、困ったわ。ロビネッタは回復するのに時間が掛かるようね。借りにきた発明品の鶏はどうしようかしら」


 ウマルは穏やかな顔で告げる。

「なにか必要な品があるなら、適当に持っていってください。娘には私が許可を出したと伝えておきます。娘とて、助けてもらって、拒否はしないでしょう」


(ウマルはんは貴重な品やと思うとらんようやな。錬金術に興味がないなら、たいていの品はガラクタ同然やからな)

「ほな、探して借りますわ」


 ロビネッタの家の鍵を借りて、家に入る。

 家の地下倉庫に撥条ぜんまい螺子ねじが付いた真鍮製の鶏があった。


 チャンスは鶏を確認するが、雄の確信が持てなかった。

「ゼルダはん、それらしいのはあったでー。けど、これ雄やろうか? 雌やろうか? 」


「貸して」とゼルダがやってきて鶏を逆さにして総排泄孔を確認する。

「これは雄ね。鶏の外観を作った職人は、よくわからないで作ったのね」


「それで、これが、どうやったら卵を産むの?」

 セルダが首を傾げて意見する。

「さあ? 餌を食べさせたら産むんでしょ」


「真鍮の鶏の餌って何? ミミズとかフスマでええの?」

「どうだろう? 機械の鳥だから鉄屑でいいのかしら?」


「鉄はあかんやろう、真鍮でできているなら、真鍮やろ」

 バザールで真鍮の板、金切り鋏、鉄のフライパンを調達してくる。


 真鍮の板を細かくミミズ状に切ったものを用意する。

「さて、どうやって、食わせるんやろう? やっぱりこの撥条螺子を廻すんやろうか?」


 ゼルダが神妙な顔で相槌を打つ。

「それしか、ないわね」

 細かく切った真鍮のミミズを鶏の前に置く。鶏の撥条螺子を巻く。


 鶏が動き出して、真鍮のミミズを食べる。

 しばらくすると、焦げ臭い嫌な匂いがする。

「ゼルダはん、大丈夫か? 何か、鳥から焦げ臭い匂いがするで」


 ゼルダは、さほど気にした様子もなく答える。

「大丈夫でしょう。だって他にやりようないもの」

(ほんまに大丈夫なんか? 前回、これで発明品が火を噴いたで)


「コケコケコケ」と真鍮の鶏が鳴き出す。煙も出る。熱も持っていた。

「ゼルダはん、これ、ほんまに大丈夫なんか? 熱くなってるで」


「もう少し様子を見ましょう」

 チャンスが心配していると、チンと真鍮の鶏から音がする。


 真鍮の鶏は総排泄孔から小さな真鍮の卵を産んだ。

「卵を産んだのう。よし、さっそく殻を割って、目玉焼きを作ろうか」


 チャンスは卵を掴む。人間なら火傷を負いそうに熱い。

 だが、炎の魔精霊であるチャンスにとっては何でもない。そのまま、卵の殻の部分にのみ熱を掛ける。


 卵の殻が垂れるように熔けたので、さっと身だけをフライパンに載せる。

 次に白身の部分に熱を掛けてから熔かして、ゆっくり冷ます。黄身の部分が残り、目玉焼きができた。


「雄鶏が産んだ卵で作った目玉焼きの完成や。これを幽霊船に持っていって、悪神アンリに供えれば、幽霊船は解放されるで」

「よし、さっそく今晩にでも、行きましょう」


 ゼルダが村の厩舎に行って依頼する。

「日が暮れるまでに、駱駝を二十頭と人足を二十人、用意してちょうだい」


 厩舎の親方が渋い顔をする。

「まだ、日が高いから、用意できますが。どこから、どこまで荷物を運ぶんですか」

「幽霊船からユガーラの街にあるアウザーランド大使館までよ」


 親方がビックリした。

「幽霊船の荷物を運ぶんですかい。それは、運賃は倍増しで貰わないと合いませんぜ」


 セルダは、さほど気にした様子もなく、言ってのける。

「わかった。倍増しで出すわ」


 親方は冴えない顔でお願いする。

「出していただけるなら、用意しますが、前金でいただけますか」


 親方はソロバンを弾いて、額を見せる。

 ゼルダは財布を開けた後で、チャンスを見る。


「すまないけど、持ち合わせが足りないわ。どう? チャンスも幽霊船の積荷の引き上げ事業に出資する気は、ない? 幽霊船の積荷の一割あげるわよ」


(積荷は王家御用達ごようたしの酒やったな。砂漠なんて過酷な環境を彷徨さまよっていれば、ほとんど残ってない。でも、ここで、万一にも残っていたら、王族が飲むヴィンテージものの酒が手に入るんか。よし、宝籤くじを買う気で、投資したろう)


 チャンスは、お金に固執する気は、さらさらなかった。チャンスはその気になれば魔力で、金の延べ板の一枚や二枚なら作り出せる。


 だが、金が作りだせるとわかると、よからぬ考えを持つ人間が現れるので、秘密にしていた。それに、働かないで得た金に嫌悪感もあったので常に必要な分は労働で稼いでいた。


「ええで。面白そうやから、足りない分は出すで」

 チャンスは財布から足りない分を負担した。

 日が暮れる前に、ニチラ村を出て幽霊船を探す。


 空から探すと、すぐに幽霊船が見つかった。幽霊船前まで駱駝を牽いていく。

 停止する幽霊船にゼルダが声を掛ける。


「パイロン、雄鶏が産んだ卵で作った目玉焼きを、持ってきたわよ。悪神アンリに捧げてみて。呪いが解けるはずよ」


 悪神アンリの名が出ると動揺する人足が出るが、ゼルダは気にしない。

 チャンスが飛び上がって、船の甲板に下り立つ。


 皿に載せた真鍮製の目玉焼きを差し出した。

 パイロンが緊張した顔で皿を受け取り、天に翳して叫ぶ。

「アンリよ。偉大なるアンリよ。ここに貴方が望んだ雄鶏から生まれた卵で作った目玉焼きを捧げます。お納めください」


 天空から赤い光が降ってきて、幽霊船を包んだ。

 天空からおごそかに若い男の声がする。

「いいだろう。暇つぶしにはなった。冥府神サヴァロンの元に行くがよい」


 幽霊船の船員たちが歓声を上げる。パイロンが涙して礼を述べる。

「ありがとう、旅の者よ。感謝しても、感謝しきれない」

「よかったのう、冥府へ旅立てて」


 パイロンがキャプテン・ハットを脱ぎ、畏まって頼む。

「ここまでしてもらったのに厚かましいが、一つ頼みがある。船長室にある宝箱に船員が家族に宛てて手紙が入っている。手紙を国許へ届けてくれないだろうか」


「そんなことか。気にしなさんな。ゼルダは大使館の人間や。それくらい、やってくれるやろう」


「ありがとう」と安堵した顔でパイロンは告げると、白い光と共に消えていった。

 船長室に行くと、古びた宝箱があったので、ゼルダに見せる。


「パイロンはんたちの手紙が詰まった箱や。大使館経由で、遺族に届けてくれるか」

「わかった。手配するわ」


 ゼルダが砂漠に残った難破船を前に指示を出す。

「よし、積荷を降ろすわよ。手伝って。船はボロボロだから、怪我しないよう気をつけてね」


 積荷は、やはり酒だった。だが、ほとんど状態が悪く、飲めない状態だった。それでも、三十樽のハーフ・バレル樽には魔法で封がしてあったので、使えそうだった。

蒸留酒の三十樽を駱駝十五頭に積む。残りの駱駝には遺骨を積んだ。


 駱駝を牽いて、月の砂漠をユガーラに向かう。先頭を進むゼルダに訊く。

「ハーフ・バレル樽が三十か。どれくらいの儲けになるんやろうな?」


 ゼルダが機嫌よく教えてくれた。

「樽に全て魔法の封が掛かっていたわ。これは高級酒の証よ。船が行方不明になったのが十五年前で、樽に詰まっている酒は、九十年前の酒。つまり、酒は百五年前のものになるわね」


(古けりゃいいってもんでもないんやけどな)

「百五年前か。そこまでいくと、美味いといえるかどうか、わからんな」


「味は開けてみないと何とも答えられないわ。でも、アウザーランドの貴族や豪商は古い酒を有り難がる風潮があるのよ」

「ありそうな話やで」


 ゼルダが笑顔で尋ねる。

「高値を出してでも買いたい奴は、いっぱいいるわ。売りたいなら、買い手を紹介するわよ」


「不要や。何かのおめでたい機会にでも開けるわ」

「それも自由ね。何たって三樽は、チャンスのものだもの」

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