第9話 家政婦は知っている

 夜が明けると、朝一番でロビネッタの家をゼルダと一緒に訪ねる。

 ゼルダがロビネッタの家のドアをノックして声を上げる

「ロビネッタ。ロビネッタ、いる? ちょっと、相談があるの」


 だが、ロビネッタは出てこなかった。

「変ねえ。まだ、寝ているのかしら?」


 窓の外から中を窺うが、カーテンは全て閉まっていた。

 チャンスは竈の煙突を見て、少し不思議に思う。


(煙突が仄かに熱を持っている。これは少し前にパンを焼いたか、煮炊きした証や。ロビネッタはんはもう起きておる)


 ゼルダがチャンスの横に寄ってきて、そっと教える。

「カーテンが少し揺れたわ。中に人がいるのかもしれない」

「わいも煙突に熱を感じた。誰か中におるのは、確かなようやな」


 もう一度、ロビネッタの家のドアをゼルダが叩く。

 紫のワンピースにエプロンをした、家政婦と思える四十くらいの人物が出てきた。


 家政婦は人のよさそうな顔をしていた。だが、チャンスには家政婦の笑顔に滲む敵意のようなものを感じた。


(典型的な人の良さそうな顔を装っておるな。雰囲気でわかるちゅうねん。これ、下手したら、ロビネッタはんに危機が迫るっているのかもしれんな)


 ゼルダが礼儀正しい態度で女性に尋ねる。

「ロビネッタの友人のゼルダです。発明品を借りたくてきました。借りる品は予(あらかじ)め知らせておいたんですけど、準備はできていますか」


 家政婦は申し訳なさそうな顔で詫びる。

「すいません。私は留守を預かる家政婦なもので、発明品はよくわからないんですよ」


 ゼルダが家の中を窺うようにチラリと見る。

「では、探して持っていって、いいでしょうか?」


 家政婦は自然な態度で拒絶する。

「家に入れてあげたいのですが、ロビネッタ様から、帰るまでは誰も入れるなと命じられています。勝手に人をあげると怒られてしまいます」


「ロビネッタはどこに行ったんですか?」

「狂気の谷に昨日から一週間の予定で行っています」


 ゼルダは表情を曇らせた。

「そうですか。それは残念です」


 ゼルダは家から離れ、空飛ぶ絨毯に乗る。

 チャンスも一緒に乗ると、空飛ぶ絨毯はロビネッタの家の上空で停まった。


 ゼルダが厳しい顔で断言する。

「あの家政婦、嘘をいているわね」

「わいもそう思う。ロビネッタはんに危機が迫っとる」


「でも、敵の人数がわからないのに、下手に乗り込むとロビネッタが危ういわ」


 チャンスは自信があった。

「なら、任せとき。わいが煙になって忍び込む。そうしてロビネッタを確保して、敵を外にあぶり出す。あとは捕まえるなり、倒すなり、してくれ」


 ゼルダはチャンスの作戦を了承した。

「わかったわ。気をつけてね。ロビネッタの安全が第一よ」


 チャンスは体を薄い煙に変えると、煙突から家の中に侵入した。

 煙の状態で煙突から、そっと顔を覗かせる。ロビネッタはいない。そのまま天井に張り付くように、慎重に家を捜索する。


 家政婦はまだゼルダが帰っていないと思っているのか、リビングから外を見張っていた。


(なんや、やっぱり気にしておるな。かといって騒ぐわけにはいかんから、歯痒いんやろうな)


 リビングを避け、薄い煙状態になったチャンスは階段を上がる。

 柱の陰に沿って天井に昇っていく。


 階段を上がった場所にあるフロアーで、カードに興じる三人組の男を発見した。男 たちは壁に曲刀を掛けて、暇そうにゲームをしていた。

(悪漢が三人か。倒せない人数やないけど、無理は禁物やな)


 チャンスは煙のまま柱の裏を伝わって天井裏を通り、隣の客間に侵入する。

 呆然となった状態でベッドに座っているロビネッタを見つけた。


 ロビネッタは薬で意識を奪われている状態だった。

(ロビネッタはん、発見や)


 チャンスはそっと、二階の客間のカーテンを開けて窓を開放する。

 ゆっくりと空飛ぶ絨毯が降りてくる。チャンスはロビネッタを空飛ぶ絨毯に乗せる。

(よし、これで人質は救出や。さて、悪い奴らも捕まえておくか)


 チャンスは小声で話す。

「敵は家政婦が一人に、悪漢が三人や。わいがロビネッタはんに化けて、ここに留まる。せやから、ゼルダはんは応援を引き連れて、この家を囲んでくれ。悪い奴らを一網打尽にしよう」


 ゼルダは真剣な顔で命じた。

「わかったわ。無理はしないでね」


 空飛ぶ絨毯が飛び上る。

 チャンスは窓を閉めてカーテンをする。

 姿をロビネッタそっくりに化けて、ベッドに座る。


 扉が開いて、悪漢の一人がチャンスの顔を覗きこむ。

 チャンスが焦点の合わない目をしていると、「ふん」と鼻を鳴らして悪漢は出て行った。


 一時間ほどすると、室内が慌ただしくなってきた。

「ばれたぞ」「囲まれた」「前にも後ろにいやがる」と悪漢たちの慌てる声がする。


 家政婦の叱咤する声が聞える。

「慌てるな、こっちには人質がいる。人質を盾にして逃げるんだよ」

(家の中に残っている中でリーダー格は、家政婦やったんか)


 悪漢が乱暴に扉を開けて入ってきてチャンスの手首を掴む。

 チャンスは意識がないふりをして従う。


 悪漢三人と家政婦が家の外に固まって出る。

 外では兵士や冒険者の三十人が待っていた。


 家政婦が怖い顔して叫ぶ。

「この女を殺されたくなければ、馬を用意しろ」


 家政婦のセリフが終わると同時に、チャンスは体を煙に変えた。

 そのまま四人を捕縛するようにロープに変身する。


 家政婦だけが機敏にチャンスの煙から逃げた。家政婦が走っていく先には、ゼルダがいた。


 家政婦が隠し持っていたナイフを抜く。ナイフに毒が塗ってあるのか紫色に光っていた。


「ゼルダはん、危ない」

 ゼルダは毒のナイフに怖れることなく構える。ナイフの間合いに入ると、軽々とかわす。


 正拳突きを家政婦の腹にお見舞いする。

 カランとナイフが地面に転がり、家政婦は痙攣した。


 倒れた家政婦は、すぐに兵士の手によって取り押さえられた。

 逃げられないと知り、ロープに変身したチャンスに縛られた悪漢の三人も観念した。

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