第2話 狂気の遊び釣り
チャンスはその日は暇だった。冒険者ギルドに顔を出して依頼掲示板のチェックをする。
依頼掲示板を見ると、街と周辺で何が起きているかわかる。今日は変わった依頼として黄金魚の納品の依頼があった。
黄金魚は砂漠のオアシスで稀に獲れる、全長八十㎝の黄色い魚。卵白と塩を混ぜたもので全体を覆い焼く塩釜焼きにすると
(黄金魚の納品依頼があるのう。どこぞの金持ちが、金に飽かせて、美味いものを喰いに来ているのかもしれんなあ。まあ、わいには関係ない仕事やな)
張り出された日付を確認すると二週間も前だった。
(あれま、二週間も掛かって、誰も獲れんのか。そこまで難しい依頼やないで。何や報酬が安いんかな?)
報酬を確認する。成功時は金貨二十枚と、通常時の三倍近い報酬だった。
(何や? 成功報酬も高いで。何で、成功しないんやろう?)
不思議に思っていると、ゼルダが冒険者ギルドにやって来た。
ゼルダは上に冒険者が好んで着るような厚手の服を着て、金属製の胸当てを付けている。下は厚手のズボンを穿いていた。腰からは長剣を下げている。
ゼルダは真面目な顔をして、セビジと何やら話す。ゼルダはセビジが渡した書類を確認すると、書類を返却する。
ゼルダは、その足でチャンスのところに来て、気さくな態度で声を掛ける。
「チャンスは今日と明日、時間が空いているか?」
「空いているけど、どうしたん?」
ゼルダが竿を振る仕草をして、にこにこした顔で誘う。
「黄金魚を釣りに行かないか?」
「何? ゼルダはんが黄金魚の釣りをやるの?」
「釣るのはチャンスよ。私は見ているだけよ。もちろん、釣れたら黄金魚はチャンスのもの。ギルドに納めてもいいし、市場に持ち込むのも自由」
(何か、奇妙な誘いやな)
「それって、ゼルダはんにメリットがあるの?」
ゼルダは明るい顔で告げる。
「もちろん、ある。チャンスの活躍が見られるわ」
(怪しい気配がするのう)
「それ、ほんまに釣るだけの仕事なん?」
「仕事と思わないでほしい、私は遊びに誘っている。これは、レジャーよ」
「ゼルダはんほどの美人から誘ってもらえるのなら嬉しい。せやけど、どうも引っ掛かるで」
ゼルダが
「グダグダと悩んでないで、結論を聞かせてよ」
「まあ、ええわ。こんな寂しいおっさんを遊びに誘ってもらえるだけ、嬉しいと思うとこうか。断るのも何やから、釣りに行くわ」
「そうと決まったら、すぐに行こう。必要な物は全てもう用意してあるわ」
ゼルダは足取りも軽く外に向かう。
「何や、やけに、準備がええな」
ゼルダに連れられて外に出る。外には黄色の空飛ぶ絨毯(じゅうたん)が待っていた。
空飛ぶ絨毯は四畳ほど広さがあり、上空四mに浮いている。
ゼルダが口笛で合図すると、五十㎝の高さまで下りてきた。
絨毯には、縦一m、横六十㎝、高さが四十㎝の行李と箱が載っていた。
箱を開けると、ひんやりとしていた。
「こっちは、魚を入れる鮮魚保管用の保管箱やね」
行李を開けると、釣りに必要な道具一式と水や食料が入っていた。
「こっちは今回の釣りで使うもの一式か。ほんまに揃っとるな」
チャンスとゼルダが絨毯に乗ると、絨毯は三mの高さまで浮かぶ。
絨毯は滑るようにトラトリアの空に飛んでゆく。
ユガーラの街を出て、絨毯はすいすいと住んでいく。
チャンスは気になったので注意する。
「ゼルダはん。方角を間違とるで。そっちに行ったら、オアシスはないで」
絨毯を操縦しているゼルダは、晴れやかな顔で告げる。
「間違ってないわよ。穴場で釣るのよ」
「穴場って、そっちに大きな水場はないよ。水のないところに黄金魚はおらんやろう」
「そう、思うでしょう。でも、釣れるのよ。水のない谷でもね」
ゼルダの言葉と方角から、チャンスは、ゼルダがどこに向かっているのか、気が付いた。
「えっ、もしかして、狂気の谷に穴場はあるの?」
ゼルダが気負うことなく軽い態度で発現する。
「あ、わかった。さすがはチャンスね」
チャンスはゼルダの答えに慌てた。
「いやいやいや、そんな狂気の谷なんて行ったら、あかんって。いくら狂戦士のゼルダはんかて、谷から出る怪音波を聞いたら、気が狂ってまうで」
ゼルダの顔に怖れはなかった。
「私の心配は私がするわ。チャンスは釣りを楽しむことだけ考えてくれればいいわ」
「狂気の谷で釣りって、それこそ、まともやないで。娯楽の域を超えとる」
「でも、チャンスなら気が狂わないでしょう」
「わいは人間やないから、狂気の谷の底から出る怪音波にも耐性がある。深くまでいかなければ、問題ない」
「なら、釣ってよ、黄金魚。街の冒険者のためにも、黄金魚が必要なのよ」
(もう、これ金持ちの道楽とかやったら、絶対に断りたいわあ。でも、ゼルダはんがここまで頼むのなら、何か事情があるのかもしれん)
「軽い気持ちで遊びに来たんやけどなあ。何か、とんでもない釣りになりそうやわあ」
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