月 第七話

 ペタは呼吸を整えると、感情を抑えた声で報告した。

 「スキャンし記録保存していた脳波のデータを、バイテクニューロコンピュータに組み込んだところ、意外なことが分かりました」

 「それはなんだ?」

 ターシャが促すと、ペタはいつもの調子で喋り出した。

 「BWの六名のうち、五名は同じ脳波でした」

 「五名は同一人物だということか?」

 「はい。そうです」

 「その五名の中にリキヤは入っているのか?」

 「入っています」

 「だったら、五名は全て、ミカのバイテク立体ホログラムだな」

 「はい。その通りです」

 ターシャは驚かなかった。それよりもミカの行動に呆れていた。

 「BWはミカともう一名の、たった二人だけだったということだな。で、残りの一名……」

 ペタに聞こうとしたターシャだが、ペタの様子から悟った。

 「ナオキと言いたいのか?」

 「はい。その通りです」

 ペタとターシャはナオキを見た。

 ナオキは背を向けたままだが、動揺しているようにはなく、いつもと変わらず、黙々と葉状バイテクモニターに向かって作業をしている。

 「ナオキの脳波と合致したというのだな?」

 「いいえ。個々の脳波のデータはありませんので、照合はできません」

 「だったらなぜ、はいと言った?」

 怒鳴ったターシャがペタを睨んだ。だが、ペタは落ち着き払って言葉を継ぐように言った。

 「ルーム1以外のルームバイテクコンピュータの記録保存データから、奇怪だと思われる行動をピックアップしようとしたところ、至る所のデータが虫食いのように削除されていて、行動把握ができない者が数多いました」

 ペタがナオキを見た。だが、ナオキは依然、黙々と葉状バイテクモニターに向かっている。

 「そのことをナオキに相談したところ、バイテク放電と言われ、私もその時は納得しましたが、後で気になってその虫食いのデータを調べてみました。案の定、故意的に削除されたものでした。でも、あまりにも急いでその行為をしたらしく、簡単に復元することができました。といっても、復元困難なものもありましたが……」

 ペタの視線がナオキからターシャに移った。

 「ミカが警察隊月本部に到着したであろう時刻に、ミカからナオキに音声通信が入っていました」

 ターシャはナオキを見た。後姿のナオキを洞察するように……

 「その音声通信は聞いたか?」

 「復元が出来なかった為、聞くことはできませんでした」

 ナオキを見つめるターシャの横顔を見ながら、答えたペタが言葉を継いだ。

 「ですが、ナオキの過去の通信履歴を調べたところ、思った通り、ミカとは頻繁に遣り取りをしていました」

 「だが、それら全ての通信内容が分らない限り、ナオキがBWの残りの一名だという証拠はないし、ナオキがミカを招いた証拠もない」

 そう言ったターシャだが、嫌疑はあると思った。

 「新種のバイテク立体ホログラム装置を設置した人物は特定できたか?」

 「できていません」

 ペタの返答を聞きながら、依然ナオキの後姿を窺うターシャは、現象という単語を思い出していた。と突如、ナオキが喋った。

 「バイテク雷と新種のバイテク立体ホログラム装置は、私が作りました」

 自白にも関わらず、ナオキの声は抑揚のない声だった。

 ゆっくりと振り向いたナオキの目と目が合ったターシャは、あまりにも呆気ない展開に、拍子抜けするような仰天するような複雑な面持ちになっていた。だが、当のナオキの表情は平然としている。

 「新種のバイテク立体ホログラム装置は私が設置しました。ですが、私はミカを殺していません。新種のバイテク立体ホログラム装置から、新種のバイテク立体ホログラム装置が作られて設置されることも、想像もしていませんでした」

 自白を続けるナオキを、ターシャは静かに見守った。

 「私がBWのメンバーになったのは一年前です。リキヤにバイテク武器を作り上げることが条件だと言われ、それを了承してBWのメンバーになりました。リキヤがミカだということ、私以外にメンバーはいないということを知ったのは、最近のことです。新種のバイテク立体ホログラム装置も、新規のバイテク製品として作り上げ、ミカに披露する為、設置しました。披露に趣向を凝らしましたが、まさかあんな事態になるとは思ってもいませんでした。ミカもナポもバイテク雷に殺されました」

 「そんなバイテク雷をおまえが作ったんだろ。バイテク雷はバイテク武器なんだろ」

 ターシャがぴしゃりと跳ね付けた。

 「今存在するバイテク雷は、私は作っていません」

 平然と否定したナオキに、ターシャは開いた口が塞がらなくなった。

 「新種のバイテク立体ホログラム装置と同じように、バイテク雷もミカに披露する為に作動させました。ですが……」

 「新種のバイテク立体ホログラム装置と同じように、想像もしていない、とんでもない事態になったのか?」

 ナオキの言葉を遮って、ターシャが呆れたように言った。

 「はい。バイテク雷は制御が効かなくなり、青色の雷に変異し、まるで意思を持ったかのように、自ら勝手に動き始めました」

 「現象か?」

 ターシャは皮肉った。

 「現象かもしれませんし……記憶の置き換えによって……いや、現象も記憶の置き換えも一緒に……」

 「記憶の置き換え?」

 ナオキが言った聞き捨てならない単語に、ターシャは鋭く反応した。

 「ナポの手の平に刻まれていた二つの数式のうちの一つは、私が宇宙の置き換え理論で表わした数式のうちの一つでした。それは、宇宙の置き換えで生じる時空の歪みによって起こるもう一つのことで、私達の記憶が置き換えられていることを表した数式でした」

 現象よりも酷な事態に、ターシャは絶句した。現象でさえ事件解決にとって混乱させる要因だというのに、記憶が置き換えられているとなると、事件解決なんか出来やしないと思ったからだ。また、このことは、優先させていた事件解決よりも、宇宙の置き換えの解決の方が重要だと考えさせた。

 「もう一つの数式は、私が宇宙の置き換え理論で表した数式ではありませんが、宇宙の置き換え理論に関係する数式でした。それは、別宇宙がこの宇宙を完全に置き換えてしまうタイムリミットと、私達の記憶が完全に置き換わってしまうタイムリミットでした。先のタイムリミットは七日後、後のタイムリミットは四日後です」

 あまりにも早いタイムリミットに、ターシャは愕然とした。どうしたものかと考えていて、ふと思い出した。

 「なぜナポの手の平に、数式や古代文字が刻まれていたんだ? ナポ自らが刻んだもので、以前からあったものか?」

 ターシャはペタに視線を向けた。

 「いいえ。生前のナポの手の平には何も刻まれていませんでした。それに、ナポは刺青をするような性格ではありません」

 ペタの答えに続いて、ナオキが淡々と言った。

 「落雷によるものかもしれません」

 「落雷で刺青?」

 それはありえないだろうと半信半疑なターシャに、サンが割って入った。

 「バイテク雷と宇宙の置き換えは、切り離して考えてはいけません」

 確信のあるサンの声で、ナオキはやはりサンは何かを知っているという思いを強くした。

 「バイテク雷がナポの手の平に刺青を刻んだと言いたいのか?」

 ターシャに聞かれてサンは力強く頷いて返した。

 「サンの言う通りならば、バイテク雷を始末すれば、宇宙の置き換えは阻止できるかもしれないな。私達の記憶が完全に置き換わってしまうタイムリミットまでにバイテク雷を倒せば……」

 一縷の望みに賭けるように言ったターシャが、はたと思い当たり、ナオキを睨んだ。

 「バイテク雷はおまえが作った。いくら変異し、進化したと言っても、作ったおまえが仕留められないわけないだろ?」

 「バイテク雷にはトラップを仕込んでいます。バイテク雷を破壊する、バイテク破壊酵素を組み込んでいます」

 淡々と答えたナオキを、睨んでいたターシャの目が笑ったように見えた。こんな状況になってもいつもと変わらないナオキの態度と、一縷の望みが叶えられそうな事態に、希望が湧いたからだ。

 「ですが、バイテク破壊酵素を作動させる為には、バイテク雷にバイテク誘導物質を投与する必要があります」

 ナオキの言葉に、素早く反応したターシャが、背後を見遣った。

 「ペタ。一緒に来い」

 続いてサンにも指示を出す。

 「サン。おまえはナオキの手伝いをしろ。私とペタはルーム6で、バイテク雷の位置を特定する」

 ターシャはドアに向おうとしたがナオキを見た。

 「ナオキ。バイテク雷を拿捕することはできないぞ」

 「大丈夫です。確実な位置把握ができれば……」

 ナオキの返事に、ターシャは駆けて行った。

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