月 第二話
「バイテクバブルモーター」
開いたドアからターシャは中に入った。追い掛けたサンも、飛び込むようにして中に入った。
「ルーム9へ」
バイテクバブルモーターに指示を出したターシャは手首を上げた。携帯バイテクコンピュータから出ている子葉を確認する。
ドアが開き、ターシャに続いて出たサンは、差し込む明るい日差しに驚いた。枝のないルーム9は、幹部分の輪状空間のみで展望室となっている為、幹部分の外縁になるバイテク壁が三百六十度、窓になっているのだ。
ターシャは窓側に置かれている長方形のバイテク机を、取り囲んで置かれているコの字型のバイクソファに深く腰掛けた。サンはターシャの斜め向かいに座った。
「バイテクコンピュータ。ソファを二段階柔らかくし、私の最適な高さで机面を私に近付けろ」
ルーム9バイテクコンピュータに指示を出したターシャが、サンを見た。冷徹なターシャの目だが、その奥にある慈愛に満ちた瞳が、サンは大好きだ。
「おまえも指示を出して調節したらいい」
言葉遣いは荒いが、このような気遣いが出来るターシャも、サンは大好きだ。
バイテク机の一部分が細胞分裂をし、ターシャの腹辺りまで迫り出した。そこに片方の肘を突いたターシャは、体を捻ってドアの方を見遣った。ペタが来ていた。
「座れ」
バイテク机を挟んだ向かいになるサンの隣を指したターシャは、そこにペタが座るや否や聞いた。
「BWが活動していたというバイテク立体ホログラム系ネットワークの種類はなんだ?」
「ゲームです」
「そのゲームの参加人数は?」
「一億人です」
ペタの返事に、ターシャは興醒めしたように鼻で笑った。
「クリアできたものは六名です」
「たったの六名?」
一瞬にしてターシャの顔付きが変わった。秘密があると感付くのと同時に、それだからペタが探っていたのだと気付く。
「六名しかクリアすることができないようになっていました。その六名がBWのメンバーです。クリアするとBWの商談の場が現れます」
ペタはからくりを明かした。
「商談? 毎回同じ六名で商談か?」
「招かれた商談相手はクリアすることなく、ラストステージの途中で、BWの商談の場に行ける裏口があります」
「それで?」
ターシャはペタを見据えた。
「商談がある日時を特定した私は、無理やり裏口を抉じ開けました」
ペタは得意げな表情は一切見せることなく答えた。ターシャが微かに口元を綻ばせた。
「どのようにして抉じ開けたのか聞きたいところだが、六名のバイテク立体ホログラムは確認できたか?」
「はい。危ういところでしたが、ゲーム操作を利用し、スキャンし記録保存しました」
「リキヤはいたか?」
即座に聞いたターシャに、サンは驚いた。と共に、INPがリキヤはBWのメンバーだと推測していたことを知った。
「はい。リキヤがいました」
ペタの返事に、ターシャは満足気に頷いた。
「その他五名は誰だった?」
「他五名のバイテク立体ホログラムは架空でした」
「バイテク立体ホログラムは自分のニューロンによって生まれる。それなのに、架空のバイテク立体ホログラムが作れるのか? 作れたとしても、それは違法行為だ」
ターシャは憤慨した。相槌を打つように頷いたペタは、話しの路線を戻して続けた。
「バイテク立体ホログラムは架空でしたが、個々のニューロンと繋がっている為、六名の使用したバイテクニューロコンピュータの場所は特定しました」
「仕事が早いな」
ターシャが珍しく褒めた。
「地球プラットホームから月プラットホームに着く間で処理しました。それで、六名のうち三名は地球で、三名は月でした。月での使用場所は全て、大手バイテク立体ホログラムセンターでした」
「リキヤは月か?」
「はい。位置的時間的に考えて、三名は地球を脱出できていません。そのため、リキヤを含む三名だけの追跡となります。大手バイテク立体ホログラムセンターから情報を得、解析を進めています。リキヤ以外の二名が誰なのか、すぐに判明します。もう地球にも宇宙にも逃げることができない状況の上に、行動範囲が狭くなる月にいる三名を捕らえられるのはすぐです」
ペタがここで初めて得意げな目付きになった。それに応えるように、ターシャは微かに口元を緩めて頷いた。
すくと立ったペタは一礼すると、ドアに向かって行った。
INPがBWの捜査を加速させているのは、BWはバイテク武器であるバイテク雷の情報や、バイテク雷を作った人物を把握していると推測しているからだ。
「バイテク追尾髪の作動」
ターシャの指先は、携帯バイテクコンピュータに付く小さな葉に触れていた。指示を出した後、携帯バイテクコンピュータから出る子葉を摘み取り、それを眼前のバイテク机に乗せた。すぐさま子葉はバイテク机に根付き、茎が伸びて一枚の葉が付く。その葉は細胞分裂をし、十五インチの葉状画面に分化した。
「サン。見える所に来い」
ターシャの指示で、サンは葉状画面がよく見えるターシャの横に並んだ。
葉状画面に、宇宙に浮かぶ丸い月が映し出され、徐々にズームインされ、月の表側にある十六のバイテクドーム都市が映し出された。再びズームインされ、ティコバイテクドームが映った。
「この都市にいるのか」
ターシャが食い入るような目付きになった。葉状画面に映るティコバイテクドームの中心部がズームインされ、バイテク建築樹木が映った。
「このバイテク建築樹木は、警察隊月本部だ。ここだ!」
大声を上げたターシャは非常に驚いていた。
葉状画面に映るバイテク建築樹木、警察隊月本部の中が映し出され、ズームインされた。
「ルーム1だ! ミカがルーム1にいる!」
声を張り上げたターシャは、葉状画面に向かって声を上げた。
「バイテク追尾髪の終了」
指示を受け、葉状画面や茎がアポトーシスし、見る間に子葉に戻った。それをバイテク机から摘み取ったターシャは、携帯バイテクコンピュータに子葉を乗せて根付かせ、機敏に立った。ソファを踏み付け、背凭れを乗り越え、ドアに向かって駆けていく。同じように、サンも背凭れを乗り越え、ターシャの後を追い掛けた。
「バイテクバブルモーター」
大声を上げたターシャが、開いたドアから中に入った。サンも滑り込む。
「ルーム1へ」
ルーム1は、ナオキの意向で、月裏遺跡から出土した遺物の保管所となっている。
ターシャがバイテクバブルモーターに指示を出してから数秒後、ドアは開いた。
開いたドアから出ようとしたターシャの前に、サンは躍り出た。両手を水平に伸ばし、ターシャの楯になる。
閃光。
ソニックブーム!
辺りは青色の光に染まり、衝撃波がサン達を襲った。
サンの額から一センチ。ぎりぎりの所で、サンは鋭利な金属の破片を掴み取っていた。
「おまえ。なかなかやるな」
ターシャがサンを覗き込んだ。サンは思わずはにかんだ。
ルーム1は枝部分と幹部分からなるとても広い空間で、バイテク天井は枝部分も幹部分も外界と同期する明かりに設定されている。今は真昼の明るさだ。
ターシャはさっき青色の光が差し込んできた前方へと向かった。衝撃波によって損壊した遺物が、至る所に飛散している中を進んでいく。
つと、ターシャが急停止した。後を追っていたサンは足を止めた。
「ナポMB992に音声通信」
ターシャが携帯バイテクコンピュータに付く小さな葉に触れて指示を出した。
「ナポ。ルーム1に来い」
携帯バイテクコンピュータから伸びる蔓先の葉に向かって声を上げたと同時に、ナポの返事を聞くこともなく、伸びる蔓を引きちぎって通信を終了させた。
視線を落としたターシャは、バイテク床に焼印のように張り付いている二人の遺体を見つめた。
一人は両手を上げた恰好で、もう一人は直立の恰好をしている。
不気味ともいえる光景に、ターシャもサンもただ見つめていた。
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