4.11 白竜騎士団の朝
動いた影に、顔を上げる。
夜が明ける直前の僅かな光に揺れる大きな影に、トールは一瞬身構え、しかしすぐに警戒を解いた。そうだ、昨日から、ルジェクではなくエゴンが、同室になったんだった。
藁束を積み上げて敷布を掛けただけのベッドで眠るサシャに毛布を掛けてから部屋を出るエゴンに、サシャの行李の上に乗ったまま頭を下げる。おそらくエゴンは、
ヴィリバルトの命で
「サシャ」
そのトールの耳に、落ち着いた低い声が響く。バジャルドの声だ。トールがそう、判別する前に、サシャはベッドの上で伸びをし、そして毛布を蹴って起き上がった。
「もう朝だぞ」
「あ、はい」
眠そうに首を横に振ったサシャが、バジャルドに頷く。
「あ、……学校」
そのまま辺りを見回してようやく朝であることに気付いたのだろう、いつにない焦りの響きが、サシャの喉から出た。昨日は『自分のために使う日』だったから、サシャが生まれた時から従っているらしい修道院の日課から考えると、今日は『神のために修行をする日』、すなわち『神のために学問に専念する日』になる。
「先に白竜騎士団に慣れろって、団長が」
粗末なベッドから下り、急いで昨日の上着を頭から被るサシャに、バジャルドが笑う。
「え……?」
そのバジャルドの笑いに服を着る動作が途中で止まってしまったサシャの、顔の見えないお化けのようになってしまった姿に、トールも思わず吹き出した。
「狭いな、やっぱり」
サシャの上着がサシャの身体の普段の位置に落ち着く前に、サシャの部屋に入ってきたバジャルドがエゴンのベッドに腰をかける。
「自分も、弟と一緒に部屋を使っているけど、やっぱり狭い」
神帝を守護するのが主な職務で、時に神帝に助言を与えることもある『守人』は、文武両道である必要がある。『守人』の候補も、学問あるいは武術に見込みのある者が選ばれ、奨学金と一人に一部屋を与えられて学問と武術に邁進する。北都で読んだ本に書かれていた、白竜騎士団の『守人』についての説明を思い出す。だから普通は、『守人』候補であるバジャルドと、同じく『守人』候補に選ばれたバジャルドの弟は違う部屋を使うことができるのだが、弟が心配なバジャルドは二人で一部屋を使わせて欲しいと、白竜騎士団長イジドールに頼んだらしい。過保護、なのかな。それが、バジャルドの話を聞いたトールの、正直な感想。
「兄上」
トールが首を傾げる前に、幼さの残る声が、トールの耳を打つ。
「弟のブラスだ」
サシャより頭半分だけ背の高い、兄に似ないほっそりとした影を、バジャルドはサシャに紹介した。
「私は、神帝猊下の護衛をしなくてはならないから」
ブラスにサシャを紹介したバジャルドが、ブラスに微笑む。
「サシャに、ここの決まりや白竜騎士団の館のことを案内してくれないか、ブラス」
「はい、兄上!」
弟も、兄のことが大好きらしい。頼み事をして頭を下げたバジャルドに大きく笑ったブラスに、トールは心が温かくなるのを感じた。
「じゃ、早速、食堂から紹介するね」
バジャルドがサシャの部屋から出るや否や、エプロンを頭から被るサシャの服の裾を、ブラスが引っ張る。
トールをエプロンのポケットに仕舞う間も無く、サシャはブラスに引っ張られる形で、白竜騎士団の塀の中にある施設を一通り見て回ることになった。まずは食堂。次に騎士団員や『守人』候補達が武術に励む大きめの中庭。小さな図書室と大きめのがらんとした自習室も見せてもらう。帝都の南東側にある黒竜騎士団の館には、図書室はなかった。細長く武骨な黒竜騎士団の館に比べ、白竜騎士団の館は、大きくて余裕が有り、そしてどことなく緩やかな雰囲気をまとっていた。
「サシャ、歴史、好き?」
不意に、ブラスが、囁くようにサシャに耳打ちする。
白竜騎士団の館を案内しながらのブラスの話を総合すると、ブラスは、既に自由七科の資格を取り、『守人』候補として必須である武術訓練に並行して、神学部に所属する歴史教授の講義を受けているという。
「北側の郊外にさ、教授と調査している古代人の遺跡があるんだ」
続いて響いた、ブラスの言葉に、心がピンと緊張する。遺跡は、……サシャに何が起こるか分からないので、正直避けて通りたい。だが。思案顔になったサシャの白い頬に、トールは首を横に振った。今のところ、帝都の南側の郊外には、サシャが探している『紙』の原料となる植物は見つかっていない。丘が続く北側の郊外には、探している植物があるかもしれない。トールと同時にブラスに頷いたサシャに、トールの腹は大きく揺れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。