4.9 サシャの異動

「サシャ」


 不意に響いた、フェリクスの声に、思考が中断する。


「ここにいましたか」


 小さな部屋に入ってきたフェリクスの、いつになく蒼白い顔に、トールの背に緊張が走った。


「何か、御用ですか? フェリクス様」


 同時に顔を上げたサシャとルジェクに、フェリクスが頷く。


「バルトからの伝言です。サシャを、今すぐ白竜はくりゅう騎士団に移すようにと」


 続いて、フェリクスの口が紡いだ言葉に、トールの幻の口がぽかんと開いた。


「えっ?」


 サシャより先に、ルジェクが声を上げる?


「なんで、サシャが、白竜騎士団なんかに?」


「バルトに聞いてください」


 非難を含んだルジェクの問いに、フェリクスは久しぶりに聞く人物の名を挙げた。


 このところ、黒竜こくりゅう騎士団の団長であるはずのヴィリバルトの顔を、サシャもトールも見ていない。西海さいかいから出ている現在の神帝じんていの体調が思わしくないので、次の神帝であるヴィリバルトが代わりに政務をみていると聞いている。一度決まった各国からの神帝候補は、死亡や、他の人と契りを結んだ等、『不都合』が無い限り変更ができない。これは確か、北都ほくとで読んだ法学の本に書かれていた。サシャと同じ名前の北向きたむく出身の神帝猊下が長生きだったため、その次に立った春陽はるひ出身の神帝猊下も、南苑なんえん出身の神帝猊下も、老衰のためにすぐに亡くなってしまった。現在の神帝猊下も、既に年老いている。近いうちにヴィリバルトが神帝の地位に就くだろうというのが、帝都に漂う予想。


「むぅ」


 トールとサシャの代わりに、ルジェクが唸る。


 あのヴィリバルトのことだから、考えていない振りをして何か深い考えがあるのだろう。俯くサシャの蒼白くなった頬を見、思考を巡らせる。白竜騎士団は、この帝都と神帝を守護する任を負う騎士団。おそらくヴィリバルトは、将来サシャを宰相にしたいと言っていた北向の神帝候補リュカのために、自身の権限を使って、サシャを、神帝を守護する騎士団に移動させたのだろう。それならば。無言のまま立ち上がったサシャに、トールは大きく頷いていた。

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