第27話 捜査会議

 前の席から順番に捜査状況を連絡していた。前方には真ん中に署長、両脇に副署長と馬場課長が並んでいる。向かって左側に中央署の刑事、右側が南署の刑事が並び、前列に第一班の刑事から並び、僕と篠山さんは最後列だった。どの班も進展がないことを伝えるのみ。馬場課長の機嫌がみるみる悪くなっているのがわかる。最後列の僕らに発言権がないことが、今日に至っては唯一の救いだった。


「バカヤロー、お前ら、それでよく寝てられるなあ!既に遺体が出てんだぞ!だから税金泥棒なんて言われんだ、わかってんのか!」


 馬場課長は立ち上がり、さっき僕の頭を叩いた週刊誌で目の前のデスクをバシバシ叩いた。


「野々村!ちゃんと説明しろ!」


「はい。第一被害者の山本伊織ちゃんの遺体が発見された谷津山のある静岡市街地東側付近から、捜査範囲を広げております」


 激昂している課長を他所に、野々村さんは淡々と答える。その態度が更に馬場課長の逆鱗に触れる。この人は、ただ大きい声を出すだけで、明確な施策も指令もない。


「バカヤロー!何を悠長なことやってんだ!」


 怒りの頂点に達した馬場課長は、持っていた週刊誌を野々村さんの方へ向かって投げた。狙いは外れて、隣に座っていた田所の肩に当たった。ざまあみろ。


「拾え!そこになんて書いてある!」


 田所は足元に落ちた週刊誌を拾い、雑に折り目をつけたページを開いた。田所はそのページを一瞥し、そっと野々村さんに渡した。


 後ろ手に組んだまま、足音を大きく立てて、馬場課長は野々村さんの前に立った。


「そこを、読んでみろ!」


 野々村さんの手に開かれている週刊誌を覗き込み、乱暴に指で差す。野々村さんは表情を変えずに、示された箇所を音読した。

 内容は、連続幼女誘拐殺人事件と関連を疑われる行方不明の小学生が、山梨県で4件、神奈川県で2件、静岡県で3件あり、今回初の第1件目と思われる被害者が静岡県静岡市の山中で遺体で発見された。静岡市街地ののんびりとした長閑のどかな風景の広がる里山で、緩やかなハイキングコースの中腹で少女の遺体を老夫婦が発見し、通報。2週間経つが静岡県警ではなんの進展もない。県民性なのか、捜査ものんびりと行われているに違いない。これでは被害者の山本伊織ちゃん(8歳)とその遺族も浮かばれない、云々うんぬん


「こんなこと書かれて、お前たちは平気なのか!こんなの警察官のはじだぞ、恥!なんとかしろ!」


 叫ぶだけ叫んで、馬場課長は会議室から出て行った。署長も副署長も、互いに顔を見合わせて、静かに立って、会議室から去っていった。確か、署長も副署長も静岡県出身だが、馬場課長は埼玉県出身だった気がする。馬場課長は週刊誌で罵られていることを、署長と副署長にも、ぶつけたに過ぎない。


 署長たち御三方が居なくなって暫くして、会議室の中は少しどよめきだった。そんなこと言われたって仕方ねえじゃねえか、文句を言っている者もいる。

 さっきの週刊誌が前から順々に渡されて、僕の手前のペアたちの手元に来ると、前にいた奴が、ああこれね、と合点がいった表情をした。


「この記事書いた奴がヤバイよ」


「誰?」


「柊木奈津子、最近朝の情報番組で辛口コメンテーターで出てるジャーナリストだよ。辛口が人気で、最近こいつが喋っただけで世論が傾いちまうからな」


「だから課長、あんな機嫌悪いわけね」


 パンパンッと手を叩く乾いた音が響いた。前方で野々村さんがこちらを向いて喋っていた。


「目に見えた成果が見えなく、現状辛いと思うが、私たちが諦めてはいけない。被害者の山本伊織ちゃんのためにも、またこれ以上の被害者が生まれないよう、私たちにできることをやっていこう。南署の皆さんにもご協力願いたい。ほんの小さな情報でもいい。とにかく聞き込みしかない。それでは、散会!」


 パイプ椅子を引く音が響き、それぞれが会議室から出て行った。


「じゃあ、俺たちは、俺たちがやれることをやろう」


 そう言って篠山さんは立ち上がり出入口に向かった。僕もあとに続く。これから僕たちは井口の家へ向かう。



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