ハッピーバースデー(4)

「はぁ、何やってんだろう私…。」

家への帰り道、細い路地を進み先程までの自分の行動をふりかえり如何にユリに対して酷な事をしたかを冷静に分析していた。あれはほぼ、いや完全に私が悪い。少し考えればゆりが私に何をしようとしていたか分かるはずなのにと、頭を抑え自身に喝をいれる。

「木村さんに連絡……する気分じゃないな。

それよりユリに謝らないと……。」

スマホに手を回し、電話番号を打ち込む。

軽く話す内容を模索し、頭の中で整理をつける。そしてある程度話す内容が纏まるとスマホ画面の受話器マークに指を乗せた。

コールする音が甲高く鳴り響き耳を通過する。だが、いつまで経ってもその音が途切れる事はなかった。

「出ない…か。そりゃそうか、あんな急に怒鳴りつけて出て行く人からの電話なんて出たくないよな……。」

あの時のユリ、凄く怯えたな。それでも必死に肩を震わせながら私に何か言おうとしてたのにそれすら私は振り払って。

「誕生日会は、中止かな……。」

私の好きなチーズケーキ頼んだって言ってたよなぁ。あれ結構人気で予約待ちも結構長い筈だろうしな。

自然と涙が出てきた。ユリもこんな気持ちだったのだろうか。もし怒らずにいつも通り仲良く帰ってたら今頃……。などとありもしない空想を浮かべ、歩いていた。

「もう、消えたい……。全てなくなっちゃいたい。」

無意識にそんな言葉を口にしていた。それほどまでに私は私を恥じていた。

それから15分程歩くと路地が終わり、大通りに出る。今日はやたらに人も車通りも少ない。涙で視界がぼやける中、目に映るのは

木製のベンチとゴミ袋を啄むカラス達。

枯渇気味の涙を拭き、静かにベンチにもたれかかる。ユリにメールを入れておこうと思った。読んでもらえなくても、反応しなくたとしても構わない。自分の罪悪感を薄れさせるのに精一杯だった。

「………………………………。」

メール画面をただ静かに眺める。キーボードを表示させ、文字を打とうとする所で手が止まる。何を打てばいいのか分からなかった。取り敢えず頭に浮かぶ言葉を何とか繋ぎ合わせて文章をつくる。

『宛先 ユリ

件名 図書館の件について

さっきは怒鳴りつけてごめん。何故か頭に血が上ってたんだ。今どこにいるの?迎えに行くよ。本当にごめんね。』

打ち終わった文章に目を通す。が、気に入らない。メールをゴミ箱に入れ、削除する。

「もう一回作り直そう。」

自分にそう言い聞かせ、再度文字を組み立てていく。

『宛先 ユリ

件名 図書館の事

明日改まって謝ろうと思うけど、メールでも言わせて。ごめん。本当にどうかしてた。許して欲しい。』

何故かは分からない。ただ思ったことは私らしくないということ。もう一度削除する。

「…おかしいな文章作るの苦手だったっけ。」

本当は分かっていた。私が苦手なのは文章を作ることじゃない。謝る事が苦手なんだ。

中身のない言い訳を並べて、それっぽく取り繕っているだけ。

これを機に克服しよう。そう思い真剣な眼差しをスマホ、もといユリに対して目を背けずに言葉を打つ。私の伝えたい言葉、ゆりに対する思いを記していく。

「できた…………!!」

私の顔には、いつも通りの表情が戻っている。少し違うとしたら下瞼が少し赤くなってるくらいだ。

早速送信ボタンに手を伸ばす。その時視界良好の2つの目には、先程とは違う光景が見えていた。道路の真ん中を歩く子犬。産まれて間もないだろう小さな生命の危機だった。トラックが子犬に向かって走っているのである。放ってはおけなかった。手に持っているスマホを離し、子犬一直線に迅速に地を蹴る。子犬を抱え、トラックは間一髪の所で

ハンドルをきり私を避ける。

「良かった……!間に合った………!」

息を切らしながら抱えている犬を観察する。

首輪は付けておらず全体的に小汚い。犬種はシベリアンハスキーといった所だろう。

取り敢えず家で軽く洗って里親を探そう。

これからやる事が増えてきて何だか少し楽しくなってくる。

「20歳になると世界が変わるってこういうことなのかも。」

子犬に満面の笑みを見せ、ユリの言っていた事の意味を推測、理解した気分になる。

……だがそれは間違っていた。

現在立っている場所は歩道ではなく、対向車線である。ユリはこんな事も言っていた。

「最近反応悪くない?」と。

これからのことを考えていて気付かなかった。

ーー目の前に迫ってきているトラックに。

気付いた時にはとても鈍い音と共に身体が宙に舞っていた。地面に打ち付けられ身体中が悲鳴を上げ、血が私の服を真っ赤に染める。

薄れていく意識。その最中で彼女は走馬灯を見た。そこに写っていたのは男手ひとつで育ててくれた父親でも、4年前に失踪した姉でも私の親友のユリでもなく。ただ静かに佇みこちらに拍手を贈る女性の姿だった。その女性は私に一言語りかけていた。

「ハッピーバースデー、優希。」

現時刻 20 : 30

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