うわ、マジで俺の年収低すぎ……!?

葛城2号

プロローグ





 ――麗らかな昼下がり。



 剣やら盾やら鎧やらで武装した人たちでごった返すギルド(別名・仕事斡旋所)と呼ばれている建物の中は、その日も変わらず賑やか(職員曰く、である)であった。



 喧騒という程ではないが、穏やかではない。荒くれ共という程ではないが、仕事内容の関係から比較的荒事に慣れている者たちからすれば、そんな評価を下すであろう、賑わいの中。



 そこは、いわゆる『ファンタジーちっくな装い』が色濃い役所と、軽食を済ませることが出来る飲食店が合わさったかのような内装。



 言うなればそこは、飲食店がテナントとして入っている役所という感じであった。

 酒こそ提供していないものの、飲み物(有料)が提供されるカウンターがあって、サンドイッチと言った軽食が提供(有料)されている。


 壁際に設置された掲示板にて張り出されている大小様々な用紙には、ギルドに寄せられた『仕事』の詳細がズラリと書き込まれており、その前には、少しでも美味しい仕事に有りつきたい者たちが押し合い圧し合いしていた。



 その姿はまるで、血潮を求めるゾンビのようだ。



 いや、本人たちからすれば、その日を過ごす為に必要なことで、けして笑ってよいものではないのだが……我先にと手を伸ばしている光景は、まさしくゾンビのそれであった。


 そんな、春の日差しが降り注ぐ陽気に見合わない、汗と怒声と嫉妬が交差してぶつかり合うギルド内にて。


 掲示板前の喧騒とは打って変わって穏やか(とは言いつつも、騒がしいことには変わらないのだが)な、飲食スペースのテーブルに、頭を抱えている一人の女がいた。



 女の名は、『アヤカ・フォーファン・フォルン』と言った。他にも、『魂の名は、純一郎』と自称している。



 何故、そんな名を自称しているかはひとまず置いといて、巷では『アヤカ』で通している……色々な意味で、良くも悪くも有名な女であった。



 と、言うのも、まず見た目からしてアヤカは、ただ者ではない、と思うような風貌をしていた。



 身体のラインを見せびらかすのだと言わんばかりの、首から下を淡く締め付けるピッチリな衣服。


 遠目からでもその大きさを推察出来る膨らみはテーブルの縁にぶつかって卑猥に形を変え、すらりと伸びた手足は、男であっても羨望の眼差しを向けてしまう程の美しいライン。


 もはや、女の嫉妬と男の眼差しを買う為に生まれてきたと言っても過言ではないぐらいの、恵まれたスタイルだ。そのうえ、この女……腹立たしいことに、顔立ちもすこぶる良い。


 どれぐらいかと言えば、だ。


 彼女を知る男のほとんどが、『一日でいいからベッドを共にしたい』と口を揃え、女からは『一日だけでいいから、身体を交換してくれ』と口を揃えるのだから、その美貌が如何ほどのものか想像が出来よう。


 しかし、ただ美人というだけではそこまで有名にはならない。


 アヤカが有名なのは、その美貌だけではなく、彼女がこれまで口走ってしまった様々な『妄言』が原因であった。



 例えば……だ。


 自分には前世の記憶がある。前世では男で、今よりもずっと文明が発達している世界に居て、この場に居ながら世界の反対側に居る者と話すことが出来た、とか。



 例えば……だ。


 前世の世界では『飛行機』と呼ばれる物が存在し、何百人の人と大量の貨物を載せて海を渡ることが出来て、世界中の食べ物を食べることが出来た、とか。



 例えば……だ。


 前世の世界では、この世界よりもずっと医療が発達し、流行病はただの一過性であって、手足を失っても『魔法』を使わずに治療を行い、生き長らえることが出来た、とか。



 そんなことを、けっこうな頻度で口にするのである。この世界における常識の外をタップダンスするかの如く妄言、しかも、その時は真顔である。


 そりゃあ悪者ではないし、むしろ良いやつであると周囲も分かっていたが、アヤカへと向ける周囲の視線が普通とは違うのもまた、必然であった。



 ……まあ、その話は置いといて。



 その、アヤカは、今。神にでも愛されている(美貌的な意味で)のではないかとガッツリ羨ましがられたりしているアヤカは、今。テーブルに突っ伏すようにして、頭を抱えていた。


 それは、少しばかり不思議な光景であった。


 いくら……そう、いくら生暖かい視線を向けられるとはいえ、彼女はけして嫌われているわけでもないし、避けられているわけでもない。


 最悪、男たちぐらいから声を掛けられてもおかしくないのに……誰も、彼女に声を掛けようとしないのだ。



 ちなみに、視線はこれでもかと集まっている。



 一見するばかりでは分かり難いが、掲示板前に集まっている者や、受付を行っている者を除いた幾人かの老若男女が、アヤカを見ている。時計の針を眺めるかのように、静かに、視線が向けられている。



 ――けれども、だ。



 素行が良いとは言い難い者たちが集まっている、このギルド内なのに。これだけ人が集まって、ちょいと辺りを見回せば、自然と彼女の姿が目に留まるはずなのに。誰も、彼女に声を掛けようとはしなかった。



 いったい、何故?



 ある意味、不思議な光景である。けれども、誰もそれを不思議には思わないし、疑問にも思わない。彼女に声を掛けることすらなく、誰も彼もが視線を素通りさせていた……と。



「……おい」



 ここにきて唯一、話し掛ける髭面の男がいた。


 男の名は、『ダブディ』。厳つい体格に見合う、厳つい顔立ち。子供が見れば失禁してしまいそうな仏頂面が基本の彼は、この飲食店のオーナーにして、調理を中心とした作業全てを一人で担っている男であった。


 そんな彼は普段、用が無い限り客(しっかり注文して、しっかり食べて、しっかり金を払う者に限る)と会話はしない。



 曰く、『飯を食っている時ぐらいは黙っていろ』という彼なりの信条から来るものらしい。



 何でそれで飲食店なんてやっているのか……それもギルド内に店を構えるのか疑問が生まれるが、まあ、今は置いておく。


 とにかく彼の無口さ、その徹底ぶりは凄まじく、食事中に限るが、彼は客が食事を終えるその時まで、例え話し掛けられても絶対に返事をしないのである。


 その偏屈ぶりは有名で、時折苦情の声がギルドに届けられるぐらいだから、もう筋金入りである。だが、今の所、この店を止めろという話は出ていない。


 何故かといえば、それは飯が上手いからだ。


 彼の作る料理は、ギルドはおろか町でも有名であり、彼の料理だけを目当てにわざわざギルドにやってくる者もいるのだから、その料理の味が想像出来よう。



「……おい」



 そして、話は戻る。


 女相手だろうと容赦なく仏頂面なダブディの視線が、頭を抱えたままのアヤカへ向けられる。そのテーブルに乗っているのは……手付かずのコーヒーが、一つ。


 例え、コーヒー(飲み物)であろうと食事中と見なすダブディにしては、不思議なことであった。だが、その場に居る誰もが、そのことには触れなかった。


 アヤカを知る者からすれば、それは致し方ないことであるからだ。


 もちろん、アヤカとの付き合いもそこそこなダブディも例外ではなく、「……返事をしないならコーヒーを下げるぞ」仏頂面に似合わない優しい手付きでカップのソーサーを抓んだ……と。



「――まだ、飲んでいるのだ」



 ダブディが持つソーサーの、反対側。今の今まで頭を抱えていたその女は、むくりと身体を起こし、そこを抓んでいた。ダブディと全く同じ力でソーサーを引っ張って、下げられるのを押さえていた。


 全く、同じ力であった。


 ソーサーが空中で静止したまま、ピクリとも動かない。互いに引き合う力が寸分の狂いもなく均衡を保っているからこそ、起こる。何とも器用……を通り越して神業染みた光景であった。



「……だったら熱いうちに呑め。もう、冷めているだろうが」

「ああ、そうだな。淹れ直してくれ」

「ぶっ飛ばすぞ、お前」

「お前ではない、俺の名はアヤカだ。あるいは、魂の名を『純一郎』だ」

「聞いてねえよ、そんなこと! いいから飲むなら飲め!」



 客に向かって、何とも物騒な物言い。まあ、言われても仕方ない事を言っているからなのだが、アヤカは気にしたことなく、「なあ、聞いてくれ、ダブディ」怒り心頭の赤ら顔を見上げた。



「俺は今、心の底から悩んでいるんだ」

「その前に俺の話を聞け――あ、悩みだと?」



 俺、と。その見た目からは想像すら付かない粗暴な口調。


 大抵は違和感を覚えるものだが、不思議なことに、この女の場合は違和感がない……のだが、ダブディの目じりがピクリと動いた。


 それは、アヤカの口調に思うところがあった……わけではない。というか、この女の『男のような口調』は今に始まったことではない。


 『美女の皮を被っても阿呆が滲み出る女』だと評されることもある『この女』の、瑞々しい唇から飛び出る……『阿呆の極みが如き戯言』を聞くのが嫌だったからであった。


 当然のように、それはこの店を利用する常連客の間では知られていた。様子を伺っていた周囲の者たちは、自分たちに降りかからないことを察した途端、ごく自然な動きで……盗み聞きモードに入った。


 阿呆と接するのは疲れるが、外から見る分には娯楽である。


 根が悪人であれば厄介極まりないが、根が阿呆なら話は別だ。阿呆であるからこそ、とんでもない阿呆なことを阿呆が仕出かすことを、周囲の者たちは知っている。

 だから、アヤカに関することは傍観者として楽しむのが一番なのである。


 当然、それはダブディとて知っていた。出来ることならダブディも傍観者として外から阿呆が阿呆なことをして阿呆な結果になるのを眺めていたいところだが、客として来ている以上は、ダブディの矜持が許さない。


 故に、周囲の客を横目で見やりながら、だ。



「……聞いてはやるが、聞いたら飲めよ」



 ダブディはソーサーから手を離す。「淹れ直してはくれないのか?」図々しいことを言い出すアヤカを睨みつければ、アヤカは慌てて冷めたコーヒーを一気飲みし……カップを、置いた。



 ――さあ、話せ。



 それが、合図であった。


 言葉に出したわけではないが、常連客も、ダブディも、アヤカも……何となく分かった。「……よく、聞いてくれ」だから、アヤカはダブディを見上げて、「最近、気付いたことがあるんだ……!」何かを堪えるかのように、また頭を抱えると。



「俺……年収が低すぎる気がするんだ……!!」

「本当に一度ぶっ飛ばしてやろうか、アヤカぁ!!」



 絞り出すように、悩みを打ち明けた。当然ではあるが、ギルド内にダブディの怒声が響き渡った。


 だが、「また、あいつか……」誰も彼もがアヤカの名を聞いた瞬間、苦笑するばかりで怒り出すようなものはいなかった。


 だって、アヤカがこうして『アホの極みが如き戯言』をほざくのは、特に珍しいことではないし、知っている者からすればある意味見慣れた光景であるからだ。


 なにせ、数日から十数日に一度の割合でフラリとやってきては、コーヒーを一杯だけ頼んでこうして延々と頭を抱え続けるのである。



 しかも、ちょうど人が掃けて暇になり始めた時間帯を見越して、だ。


 いくら客とはいえ、店主からしたら鬱陶しいことこの上ないだろう。



 そのうえ、一度でも無視すると翌日、翌々日と連続して来るようになるのだから、もう本当に鬱陶しいという言葉で収まらないぐらいに鬱陶しい。



 そんなわけだから、誰も二人の会話を聞いて驚くようなものはいない。



 今日も今日とてアヤカを店から叩き出すことに失敗した店主の哀れな姿と、それを見物する馴染み客たち……という、奇妙な構図が繰り広げられようとしているのであった。


 ――けれども、そんなことなど知る由もないアヤカには関係のないことであった。



「何をそんなに怒っているかは分からないが、ひとまず聞いてほしい」

「ああ、そうだな。分かったよ、聞いてやるよ!」



 そう続けられたアヤカの言葉に、ダブディは鼻息荒く腰を下ろした。何処かって、それはテーブルを挟んだアヤカの前の席である。



 ……はた目から見れば、美女と同伴している男として映り、さぞ羨ましがられる光景だろう。



 ただし、実際に当事者のダブディは全く喜んでいなかった。付け加えるなら、周囲の傍観者は誰一人羨ましがってはいなかった。


 それどころか、当のダブディの顔は、何で俺はここに座ってしまったのだと言わんばかりに苦々しく歪み、傍目から見ても不機嫌なのが丸わかりであった。



「……で?」

「年収が……」

「それは分かってんだよ! 本題を話せってんだよ!」



 その不機嫌さを隠そうともせず、ダブディはアヤカを睨んだ。子供どころか大の男すら震え上がらせる眼光であったが、「ふむ、つまり、だな」アヤカには全く通じていなかった。



「ダブディ、あんたも知っている通り、俺は『冒険者』だ」

「……今更何だ?」



 ――『冒険者』。


 馴染みの薄いこの言葉だが、要は『何でも屋』のことである。


 名目上は『モンスター(この世界における、凶暴性の高い猛獣を差す)や害獣の駆除及び、素材の採取』を本業とし、その副業として様々な仕事に就いている者を差す。


 これは、アヤカが住んでいる『トロカナ王国領土』内の『ローランド(町)』ではもちろんのこと、隣国でも意味が通じる。


 いわば世界常識の一つであり、当然のことながら、ダブディもそれをよく理解していた。


 というか、知らない者はよほどの田舎者か世間知らずなので、知っていないと可笑しいレベルであったりする。



 ……ちなみに、この『冒険者』という職業、実は通称である。



 元々はモンスターの討伐業務の傍ら傭兵も務める者が多く、一つの所に留まり続ける者は多くなかった。


 その関係から、いつしか皮肉と羨望の意味が込められて、『冒険者』と呼ばれるようになったのである。


 実際の名称は『怪物及び猛獣討伐兼薬草採取業』という何とも長ったらしいものなのだが、今の所、それを知っている者はそう多くはない。


 こっちは知っていなくても可笑しいレベルではなく、時々公的な書類に使用される程度なのだが……さて、話を戻そう。



 ――何故、俺はこうも金を持っていないんだ?



 そう続けたアヤカの言葉に、ダブディは「……ちょっと待て」少ししてから首を傾げた。


 次いで……何かを思い出すかのように腕を組んだ唸った後、「いや、だってそれはお前……」、とアヤカの言葉に苦笑した。


 と、言うのも、だ。



「低いのは単純にお前が怠けているからだろ?」



 ダブディの返答は、それであった。「俺が何時、怠けたと――」当然、アヤカの口から反論が飛び出したが、「だってお前……」その前にダブディは……グサリと、アヤカの触れてはならない急所へ言葉を突き刺した。



「薬草採取とか、そういう低賃金のやつばかりしか仕事を受けねえからだろ」



 ――ピタリと、アヤカの唇が止まった。



 けれども、それでも、「似たようなこと、前にもお前から相談された覚えがあるけどよ」ダブディは構わず……正論を投げつけた。



「『冒険者』なんだから、多少なりとも危険を取らねえと儲からないに決まっているだろ」

「…………」

「月15万っていったら、ランター・ウルフを2~30頭も仕留めればそんなもんだろ? むしろ、何で未だに討伐に行かねえんだ?」

「…………」

「そんなんだから、『草むしりのアヤカ』とか『草取りアヤカ』なんてあだ名が付けられるんだ。お前も冒険者を語るなら、討伐の一つや二つをこなせ」

「…………」



 ぐうの音も出ないとは、このことを言うのだろう。


 ダブディの言葉に、アヤカは何も言わなかった。


 そして、黙ったことを察したダブディも、それ以上は言わなかった。



 ……アヤカ自身も、分かっていたのだ。嫌に思うぐらいに、自覚していたことなのだ。



 だからこそ、アヤカはダブディの正論に何一つ反論することが出来ず、黙って正論を受け止める他なかった。


 ……そう、結局はそれである。


 ここでアヤカが悩む羽目になった、そもそもの原因は……アヤカが、『冒険者の本分』を果たさないからなのである。



『薬草採取』とは、その名の通り薬草を採取する仕事である。



 これ自体は何かの資格がいるわけではなく、自己責任ではあるが誰でも出来る(ただし、誰でも続けられるわけではない)ことで、何ら珍しいものではない。


 実際、アヤカだけではない。アヤカ以外の『冒険者』たちも、『薬草採取』で日銭を稼ぐことは多く、言う程馬鹿にされるような仕事ではない。


 だがそれは……それは、だ。あくまでそれは、本業の合間にという大前提が付いた上での話である。


 駆け出しや冒険者を引退した者、または一般の者ならともかくとして、現役の冒険者が『薬草採取』を『本業』にしている者なんて、まずいない。


 資格が必要なわけでもなく、それこそ体力さえあれば子供でも出来る(許可は下りないが)だけあって、一人あたりの単価が少ないから、である。


 ……厳しいことを言うが、全部が全部そうではないけど、基本的に『冒険者』とは出来高制だ。


 実力がないものにとっては辛く苦しく厳しい仕事だし、その仕事内容から命を落とす者も珍しくはない。


 だが、本人の実力によっては、やったらやった分だけ、頑張ったら頑張った分だけ儲かるのが、『冒険者』だ。


 当然ながら、高額な懸賞金が掛かった仕事をこなせばの話だが、それが出来れば下手な金持ちよりもよっぽど優雅に暮らせる。


 それが出来なくとも、大概の者は人並みの暮らしが出来ている。けして安定した職業でないのは確かだろうが、それが、『冒険者』という職業なのである。


 そして、仕事柄数多くの『冒険者』たちを見てきたダブディの目から見ても、アヤカの冒険者としての実力は……かなり、高いように思えた。


 実際にその実力を見たことはないから断言は出来ないが、立ち振る舞いや身のこなし。そして、人伝から聞く彼女の人となりを考えれば、只者ではないのは推測出来た。



「お前、一月に幾ら稼いでいるんだ?」



 ここ『トロカナ王国』の領土内にある、『ローランド(町)』での暦の数え方や概念は、アヤカの前世とほぼ同じである。


 つまり、一日は24時間、1時間は60分に、1分は60秒。朝昼夜という概念があって、30日をひと月として数え、それが12回繰り返せば一年というふうになっている。



「経費を除けば、だいたい15万ブルと言ったところだ」



 その金額に、周囲で盗み聞きしていた者たちは一斉に目を瞬かせた。何故なら、『ローランド』においての平均月収の手取りは、おおよそ20万ブルだからだ。


 そこから考えれば、低すぎるというわけではないが……まあ、平均よりは低い。



「15万……か。薬草採取だけでそんだけ稼げている点を考えれば凄いことなんだがな……」



 改めて……というか、初めて知るアヤカの月収に、ダブディは目を細める。まあ、わざわざ聞くことでもないし、それで生活出来ているのなら立派だからだ。



「低いだろう? 年収に直せば、180万ブルだ」

「何で言い直すんだよ……まあ、そうだな」



 言う程ではないが、そうだ。1人暮らしをするだけなら十分だろうが、それで伴侶を持って、子供を育てていこうと考えたら……中々に心もとない金額である。


 先述した通り、危険は大きいが実入りも大きいのが『冒険者』である。それを踏まえれば、アヤカはもっと良い暮らしをしてもおかしくないはずである……のだが。



「とりあえず、俺から言えるのは『本業』もやれってことだな。薬草採取も悪い仕事じゃねえけど、それだけだと実入りは小さい。改めて言わなくても、それはお前も分かっていることだろ」



 何時もなら、こういえば阿呆の如き戯言をほざき始めるのだが……この時ばかりは、違った。



「分かっているんだ。このままでは、駄目だってことぐらいはな」

「……何だよ、今日はずいぶんと物わかりがいいじゃねえか」



 素直な反応に、おや、とダブディは目を瞬かせた。喜ばしいことなのだが、何時もからは想像もつかないしおらしい姿に、ダブディは少しばかり身を引く。


 美女を前に、何だか失礼な態度である。けれども、アヤカはやはり気にした様子も無く、「結局のところは、だ」淡々と事実を吐き出し始めた。



「俺が、怖がりで腰抜けなのが悪いんだ。いくら頑張ったところで、薬草採取で得られる金なんてたかが知れている」

「お、おう、そうだな」

「何時かは、こうなるのは分かっていた。そして、何時かはあんたにそう言われることも、薄々予感していた」

「……おう」



 顔をあげたアヤカの、純真な眼差し。それを見て、思わずダブディは言葉を詰まらせる。中身は阿呆だし立ち振る舞いも阿呆だが、外見は超一級の美貌である。


 矜持があるとはいえ、そんな美女の眼差しを受けて、ダブディが目を逸らすのもある意味仕方がないことで、「――よし、俺は決めたぞ!」がたりと椅子を蹴って立ち上がったアヤカに、思わずダブディはのけ反った。



「俺、やるよ! 覚悟を決めた!」

「そ、そうか。よく分からんが頑張るのはいいことだ。前祝いに、今回は俺の奢りにしてやるよ」

「ああ、ありがとう。ところで、急なことで申し訳ないが、ちょっと紹介して貰いたいやつがいるんだ」

「あ、俺にか? まあ、俺に出来ることなら手を貸すが、紹介なら俺よりもそこの受付に行って斡旋して貰った方が――」

「脱ぎたてのパンツを高く買い取ってくれる人を、紹介してくれ」

「――前言撤回だ、てめえにはコーヒー一杯とて奢ってやらねえからな!?」



 アヤカの口から飛び出した戯言に、ダブディの配慮も台無しであった。




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