おまけ ~後日談の後日談~

秘密の箱

「……だいぶん片付いたね」


 新川透のマンションのリビング。本棚の中の本は一つも残されておらず、すぐそばに段ボール箱が5段ぐらい積まれている。テレビ台の下に仕舞われていたDVDも1つも見当たらない。

 台所はというと、食器も殆ど無くなっていて、マグカップとコップが2組ずつ残されているだけ。どうやら残りの3日間は外食で凌ぐつもりらしい。

 寝室をひょいと除くと、こちらも隅っこに段ボールが積み上げられていた。床には片付け途中と思われる蓋の開いた段ボール箱が1つだけある。

 開けっ放しになっていたクローゼットもガラガラで、収納ボックスに何枚か着替えが入っているだけのようだ。


「全部一人でやったの?」

「そりゃそうだよ。何で?」

「いや……」


 元々そんなに物は多くないし、いつもきれいに整頓してあるな、とは思ってたけど。

 片付けスキルもあるのか。これじゃ、元掃除婦・仁神谷莉子の出番はありませんなー。

 まぁ、私は尽くすタイプではないので、別にいいんだけど。


「引っ越しの手伝いならするよって言ったのに」

「会社を辞めたあと暇だったし」

「ふうん」

「それにどうせ莉子と二人でいるんなら違うことを……がふっ!」


 伸びてきた両腕を躱して懐に入り込み、鳩尾にエルボを食らわす。新川透は胸を押さえてその場に崩れ落ちた。


「ぐっ……莉子、容赦なさすぎ……」

「真昼間からおかしなことを言わないで!」

「別に夜するものと決まっている訳では……えーと、わかった、わかった」


 蹲っているところを蹴り上げようとした私の右足を押さえながら、ちょっと焦ったようにコクコクと頷いている。

 あのねー、ちょっとは控えてちょうだいよ。その余りある体力は別のところで使ってください。


 それにしても、だ。

 こうして物が無くなっている部屋を見ると、ちょっと淋しくなるよね。この部屋にも色んな思い出があるからさ。


「あ、でも、荷物を出した後は掃除しないといけないし、そのときは莉子にも手伝ってほしい。恐ろしいスピードで家を磨き上げてくれたって兄さんが感心してた」

「そうなんだ」


 伊知郎さん、そんな風に思ってくれてたのか。ちょっと照れるなあ。へへっ。


「お母さん直伝?」

「そう。何しろ十年以上のキャリアのあるベテランだったから、掃除にはうるさかったんだー」

「ふうん」

「あと、山田さんにもちょっと聞いたの。色々とコツがあるんだよ。そのとき教えてあげるね!」


 自分がコツコツとやってきたことを褒められるのは嬉しい。気分が良くなってニコニコしていると、急にガバッと抱きつかれた。


「な、何だ!?」

「莉子、やっぱり……」

「やっぱりって何だ! ……ちょっ、寝室に連れ込もうとするな!」


 ドーンと両腕を突きだして新川透を跳ねのける。

 抱えあげられそうになったので、両手両足をジタバタと盛大に動かしてどうにか阻止した。距離を取って右足で蹴りをかます姿勢で牽制しながら、両手は拳を握ってファイティングポーズ。


 何でこう、『隙あらば』みたいな感じなの? やっぱりこの人、ちょっとバカになってない?


「だから! すぐそっちの回線繋ぐの、やめてくれる!?」

「んー」

「んー、じゃない! だいたい今日はDVDを見に来たんだから! 英語のおベンキョーの!」

「まぁそれは口実ということで」

「違う! 私は真面目に勉強しに来たの!」


 新川透を睨みつつ隙を見せないようにしながらテレビの前まで歩いてきて、ふと気づいた。

 テレビ台の棚はスッカラカン。何も入ってない。


「ねぇ、DVDは? 全部無いよ?」

「え……」

「……ちょっとまさか、いいDVDがあるって話、嘘だったんじゃないでしょうね」

「違う、違う、それは本当。確か除けておいたんだよ。えーと……」


 急に慌てて蓋をまだ閉じていない段ボールを漁り始める。 

 そういえば寝室にも蓋を閉じてない段ボールがあったな、と思い出して覗いてみた。

 ベッドの脇、電気スタンドの傍にポツンと置かれている。


「ひょっとしてこの中に……」

「ストーップ!!」


 背後から風が吹いた、と思ったら、新川透が凄まじい勢いで私の横を擦り抜けた。目の前の段ボール箱をひょいと抱え

「これは違う」

と言って持っていこうとする。


「え、ちょっと待ってよ。それ、何?」

「封をするのを忘れてた段ボール」

「そうじゃなくて。何が入ってるの?」

「まぁ、いろいろ」

「だから待ってってば。何でそんな慌ててるの?」

「慌ててはいない。えーと、ガムテ……」

「!」


 リビングのテーブルの上に置いてあったガムテープを新川透より先に掴んで奪い取る。

 ハーッ、ハッハッハッ! これが無ければ封はできまい!


「……何?」


 新川透が眉間に皺を寄せ、溜息をついている。しかし段ボールを両腕でしっかりと抱え込んだままだ。


 珍しいな、こんなに困った顔をするのは。

 これは私の方が有利なんじゃ? こんなことってそうそうないんじゃない?


「それが何か教えてくれないと、このガムテープは渡さないよ」


 楽しくなってきてニヤリと笑い、ガムテープを後ろ手に持つ。ふんふーんと鼻歌まで飛び出した。


 本当に困っているらしく、新川透は

「うーん」

と大きな声で唸った。


「……本当に知りたいの?」

「知りたい。中身はなあに?」


 もう一度聞いてみる。下から見上げて、小首を傾げる。

 そんな私をちらっと見ると、どうやら抵抗を諦めたらしく、新川透はガクッと肩を落とした。

 左手で段ボール箱を抱え、右手で蓋を開けて中身を探っている。


「えーとね。軽いところだと『蒼い夏、ミカの選択』」

「……へ?」

「それと、『四六時中(※自主規制)欲しくて』。あとは、『密室でじっとり(※自主規制)24時間』かな。それと……」

「……っ……」

「変わったところでは『マジックミラーで(※自主規制)する妻』とか」

「ぎゃ――! やめてやめて! 喋らないで――!」


 その端正な顔で1ミリも表情を変えず、何てこと言うのよ!

 DVDはDVDでも……えっ、エロDVDやないかーい!


「涼しい顔でそんなタイトルしらっと読み上げないでよ!」

「知りたいっていうから」

「だからって……あ!」


 真っ赤になってパニクっている間に距離を詰められ、あっという間にガムテープを奪い返されてしまった。


 いやだって、まだ18の私にそのタイトルは、刺激が……。まるで私の方が辱めを受けたような気分だ。

 だいたい、何でそんなニヤニヤしてるの! 私を恥ずかしがらせて何がそんなに楽しいのよ!?

 わっ……わからん……っ!!


「ちなみに、全く見てないからね」

「……言い訳?」

「違う、違う。学生時代の悪友にね、半ば嫌がらせのようにこのDVDセットをプレゼントされてね」

「ふーん」

「……あ、疑ってる? ほら、封は開けてな……」

「ギャーッ、取り出さないで、私に見せないで!」


 思わず顔を背けて叫び、両手を振り回すと、新川透は「はっはっはっ」と珍しく声を上げて笑っていた。


 やっぱり私の反応を見て楽しんでるだけでしょ、絶対!

 何かあったら私で遊ぶの、止めて! 本当に!


 歯軋りしながら睨みつけている私を、新川透は面白そうに横目で見ながら、まだクスクスと笑ってやがる。

 そしてさっさと段ボールの蓋をガムテープで閉じてしまった。


「しかしどうするかな、コレ。……そうだ、タケにでもやるか」

「え……」

「こっち方面の教育までは行き届かなかったし。まぁ副教材として……」

「そんな兄弟事情は聞きたくなかった……」


 しかし、男の人の部屋にはやっぱり何かしらの物があるんだね。

 健彦サンがアレらを見るのか……。


 ところで新川透はDVDは見てないという話だけど、じゃあ何なら見たんだろうなあ。

 だけどこれを聞くとどうもヤブヘビになりそうなので、今後一切この手の質問はしないでおこう、と心に決めました。

 はぁ、何かドッと疲れた……。


   * * *


 その日、莉子が帰ったあと。

 しかし危なかった、とホッと息をつきながら、透は一度莉子の目の前で封をした段ボールのガムテープを剥がした。


 開けると、そこには……5冊のアルバムと、DVDが1枚。そのうちの1つを取り出し、透はかすかに微笑む。


 何のタイトルもつけられていないが、これは言うなれば「莉子コレクション」だった。

 小学5年生、莉子10歳から高校を辞めるまで、莉子16歳の成長の記録。

 パソコンに保存しておくだけでは満足できず、わざわざプリントアウトしたりDVDに焼いたりして、いつでも見れるようにしておいたのだ。

 

(写真や動画を撮ってたことぐらいは想像がついてるだろうけど、さすがにこれを見たらドン引きしそうだしなー)


 引っ越しの荷造りのために、一度はひとまとめにしておいたアルバムとDVD。しかし他の荷物と同じように扱うには忍びなく、封をするのを躊躇っていた段ボール箱。


(でも、莉子のアルバムは火事で全部焼けたというし、いつかは役に立つとは思うんだけど)


 しかし、コレの存在を明らかにするにはまだ時期尚早。

 そう判断して、透は独りうんうんと頷いた。


(とりあえず最後に一通り見てから封をしよう……)


 コーヒーでも飲みながら見ようかな、とリビングのカーペットから立ち上がる。

 どうやら透の夜は、今日も長そうだった。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 深夜テンション(笑)。

 お粗末様でした。m(_ _)m

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