初詣に行こう ~その後の四人~(後編)

~前回までのあらすじ~

 初詣に行くことになった、莉子と透、恵と健彦。

 案の定、強引に二人きりになった透は莉子をあっさりと捕獲した。莉子はコートの中に閉じ込められた、カンガルー状態に。

 そして神社の境内が暗いのをいいことに、何やらイチャイチャと……。


   * * *


 待て、何だそのナレーションは!

 違うの! 寒くて背中と腰が限界だっただけ!

 だから仕方なく、なんですよ! 防寒です、単に!


 ……まぁとにかく、何でかよくわからないけど拘束されました。暖かいし癒されますが、このままじゃイカンよね。

 この牢獄から解放されるには、何らかの鍵が必要です。

 ただ、新川透は『俺の希望を叶えてもらう』とか言ってたからなあ。とりあえずその辺から探ってみましょう。


「……希望ってコレ?」

「いや、コレはついで。すぐ逃げるからね、莉子は。それに寒そうだったし、いい案だと思って」

「あ、歩きにくいじゃん……」

「どうせ0時になるまではロクに進まないし問題ない。で、お願いなんだけど」


 さくっと自ターンを連続で進めやがった! 次は私のターンじゃないのか!

 誰もパスするなんて言ってないし!


「いつからタケを健彦さんって呼ぶようになった?」

「へ?」


 意外な質問に、少し面食らう。

 えーと、いつだろう……。新川家でお世話になるようになって……で、周り中『新川』な訳だから、どうしたものかな、と思ってさ。

 玲香さんが伊知郎さん、健彦くん、って呼ぶから……。で、健彦サンは一応年上だし。

 でも、いつからと聞かれても……。


「覚えてない……」

「ああ、そう。で、俺のことはいつになったら名前で呼ぶの?」

「えーと……ほら、今はセンセーだしさ」


 とは言え、確かにちょっと気になってはいた。いつか必ずクレームをつけてくるだろうとは思ってたんだよね。やっぱりか……。

 でもほら、タイミングがねぇ。

 なかなかハードルが高いのよ、呼び方を変えるって! 分かんないかなあ!

 何かさあ、距離感がグッと変わる感じがするじゃない!? 自分の意識も変わりそうで、かなり躊躇ってしまう。

 それに、とにかく恥ずかしいんだよね! こそばゆいというかさ!


「もうちょっと待ってよ。ほら、今は個別補習もあるしさ。うっかり恵たちの前で呼び間違えたら恥ずかしいし」

「呼び間違えるも何も、気にせず名前で呼んでくれって言ってるんだけど?」

「やだよー、恥ずかしいよー! お願いだから、もうちょっと待って! ね!」


 身体をよじって顔を後ろの上の方に向けると、不服そうな顔をした新川透と目が合う。

 頼みますよ、センセー! 切羽詰まってる受験生に意地悪しないでください!

 ね! あとちょっとだからさ!


 念じながらじっと見上げていると、新川透は、口の端を上げニヤリと笑い、

「じゃあ、二択ね」

と耳元に口を寄せてきた。


 ちょ、この逃げられない状況でいったい何を! しかも、何つー甘ったるい雰囲気を醸し出すのですか。ふぇ、フェロモンがあ!

 暗いとはいえ、ここはお外……って、いつの間にかホールディングされて身動きできなくなってるし!


「今すぐ口を開けて目を閉じるか、これから『透』または『透くん』って呼ぶか」

「ひっ……」


 恐怖のあまり、喉の奥が引き攣れる。

 

 また、とんでもない選択肢をぶち込みやがって!

 何じゃそりゃ! あり得ない!

 それはもう、呼び方を変えろってことじゃないか! しかも『透さん』の選択肢が無い! フィフティ・フィフティを使った覚えはないんだけど!


「酷い!」

「何にも酷くないね。何だったら『透ちゃん』にする?」

「それだけは絶対に嫌ぁ!」

「あ、そう。はい、選んで選んで」

「選べるか――!」



   * * *


 深夜0時が近くなり、少しでも早く参拝しようと待ち望む人々の間隔が詰まってきている。

 そうしていつの間にか莉子と透が並んでいる列のすぐ隣、二人よりやや前方にいた恵と健彦は。

 右斜め後方の二人の様子をチラ見したあと、思わず顔を見合わせた。


「……何してんだ、あれは……」

「捕まってるねえ、文字通り」

「あんな透兄の顔、見た事無いぞ、俺は……」

「莉子がねぇ、『あの顔で迫られるとー!』ってよくジタバタしてるんだけどね」

「なるほど。仁神谷アイツにしか見せない顔なんだな」

「うわ、貴重……必殺技か」


 二人はもう一度右斜め後ろを見た。何やら口論になっているらしい。

 実は列が詰まるにつれ拝殿の近くになり、二人のその姿も確認できる程度には照らされているのだが、気づいてはいない。――莉子だけは。

 恐らく透は、全部わかった上でやっている。


「『なんだこの生き物、めちゃくちゃ可愛い!』」

「は?」

「『このまま家で飼いたい! ヤバすぎる!』」

「……何だ、それ?」

「いや、新川センセーの心の声をアテレコしてみたんだけど」

「ぶはっ……中西、おまっ……」


 こちらはこちらで、二人をダシにだいぶん距離が縮まったようである。


「莉子もねえ、素直に二人だけで初詣に行ってれば公開処刑されてないんじゃないかな」

「まったくだ」

「とりあえず、私たちは見なかったことにしてあげようよ」

「そうだな。……俺たちにできることは、それぐらいだよな」


 さすがに莉子が可哀想、と思った二人は、笑いを堪えながら前に向き直った。

 しかし気にしないというのは到底無理で、どうしても斜め後ろに意識が集中してしまうのだが。



   * * *


「……あ」


 押し問答をしていると、新川透の腕時計がピッと小さく音を立てた。

 ――年が明けた合図だ。

 周りも「明けましておめでとう」の声が飛び交い、ざわざわとしている。神聖な神社の境内だというのに、遠くでは歓喜の叫びも上がっていた。

 列が、ゆっくりと前に進み始める。しかし新川透は私に前を向くことを許さず、ホールドされたまま後ろ向きに歩かされる羽目になった。


「明けましておめでとう、莉子」


 頭上から声が降ってくる。

 新年の挨拶はやっぱりちゃんと目を見ないと駄目だよねぇ、と思い、恐る恐る顔を上げる。


「あ……明けましておめでとうございます……」

「……」


 何ですかー、その無言の圧力は!

 ここで、このタイミングで名前を呼べと! そういうことか!

 はぐー。


 ……でも、魔王スマイルでもニヤニヤ笑いでもないんだよな。

 静かに微笑んでいる。だけど瞳だけは、少年のようにキラキラさせて。

 本当に呼んでほしいんだなあ……。そうか……。


「と、と……と……」

「……ん?」


 期待の籠った目でじっと見つめられる。ますます顔の温度が上がる。

 頑張れ、莉子! とりあえずこの場をしのぐってことで!

 だってこれが、この牢獄の鍵になってるんだから! ステージクリアには必要なのよ!


「と、と……透……ん……」


 ぐはっ、トチった! だけどもう1回とか無理だ!

 ぐはーっ! ば、爆発する! 穴があったら入りたい!

 ……というか、逃げさせて、お願いだから! 早く鍵をちょうだい!


 コートの中という小さな牢獄では、全く身動きが取れない。

 囚人である私にできることと言えば、真っ赤になっておかしな風に歪んでしまった自分の顔を下げ、ひたすら隠すことだけだった。


 しかし、新川透はと言うと。


「ふむ、『とおるん』か。そう来るとは思わなかった」


となぜか感慨深げに頷いている。足がつんのめって、ズッコケそうになった。


 アホかーい! んな訳ないだろ!

 わざと!? わざとだよね、絶対!


「ち、違っ……! 喉が詰まっただけ!」

「うんうん、オリジナリティがあっていいと思うよ。気に入った」

「気に入らないで! ちゃんと普通に呼ぶから!」

「新年一発目でもう登録されちゃったしね」

「何そのシステム! 変更! 変更を要求します!」

「じゃあ、また来年ね」

「だから何なの、そのシステムは! ちょっと!」


 うおー、何でこんなことになった! そんな妙ちきりんな愛称で呼ぶぐらいなら、ちゃんと『透くん』って呼んだ方がマシだよ!

 何なの、この辱め!


 ふと、左隣の列のやや前方にいた恵と健彦サンの姿が目に入る。

 いつの間にそんなところに……と思ってよく見てみると、二人は俯いて肩をブルブル震わせていた。


 あ、あんた達! さてはずっと聞いてたなー!

 わーん! 最悪だ――!



 何かいろいろ間違えた、と思ったけど後の祭り。

 このあとコートの牢獄から解放されて恵たちと合流したけど、恵はずっとニヤニヤしているし、健彦サンですらいつもの仏頂面はどこへやら、私と目が合った瞬間に「ぶふっ」と吹き出した。

 四人並んで一緒にお参りをしたけど、私の頭は沸騰していてちゃんと正しく参拝できていたかどうかはわかりません。


 こ……こんなの、合格祈願になってない! 私の受験、本当に大丈夫!?


 『新川透トリセツ』に「危険な二択は事前に阻止」を追加しなきゃ、と強く心に決めた元旦でした。

 がふー……。

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