第7話 JKはお好き?
――恵ちゃんの高校の小林梨花ってどんな子?
新川透が、そう恵に聞いたという。私には内緒で。
何だろう。モヤッとしたものを感じる。
その拍子に「それってさあ……」とプクッとふくれっ面をしながら湧き出てきたプチ莉子ズを「黙らっしゃい!」と殴り飛ばしつつ、私はちょっと呼吸を整えた。
ダメダメ、プチ莉子ズの世迷言を真に受けてはいけない。
これは、あれだ。「内緒」というのが気に食わなかったんだよ。私には真っすぐ言うよ、と……つまり嘘はつかないって言ってたのに。
でも……まぁ、嘘をつかれた訳じゃないよね。恵に口止めしただけで。
口止め。口止めかあ。ほう。
「ちょっと待って、恵ちゃん」
さっきまで楽しそうに笑っていたはずの玲香さんが、ピリッとした声を出した。思わず顔を上げると、かなり真面目な顔をしてじっと恵を見つめている。
「急にそう聞かれたの?」
「え、いや……」
「じゃあ、そこだけ切り取るのは駄目よ。前後の話でニュアンスはだいぶん変わるんだから」
「あ……」
「はい、莉子ちゃんも。眉間に皺を寄せるのは止めて」
「えっ……」
言われて、慌てて右手の人差し指と中指を眉間にやる。ぴっぴっと皺を伸ばしてみた。
そんな変な顔をしてたのかな。最悪。
「情報は正しくね。ね、どういう状況だったの?」
さすが新聞記者。まるでサッと手帳を出してメモらんばかりの勢いだ。
恵も言葉足らずを反省したらしく、「えーと……」と目を天井の方に向けた。なるべく正確に伝えようと、必死に思い出そうとしているようだ。
「そうだ、この間の日曜日だ。記述模試はいつあったか聞かれて」
「記述模試?」
「そう。それで先週の日曜でしたよ、って言って」
「ふうん……」
「そこで、聞かれたんだ。小林梨花ってどんな子って。唐突過ぎて、びっくりしたけど」
「……ああ! そういうことか!」
ようやく合点がいって、私は思わず声を上げた。
そうだ、例の『記述模試流出問題』。やっぱり新川透は何か掴んでたんだ。
どうやってかは知らないけど、とにかくあの事件の重要参考人として小林梨花が浮かび上がったのか。
特に何も、とか言ってたくせに……。
その後も何回か聞いたけど、
「もうこれっきりだろうから莉子は気にしなくていいよ」
と言われてしまったんだよね。
さすがにコレに関しては関わらせるわけにはいかない、と思ったのかな。一応、私は受験者の一人だから。
恵に口止めしたのは、そのせいなのかな。そうだと思いたいけど。
でも、予備校と同じ日曜日に受けてるなら関係ないんじゃ……。
「恵の知ってる子なの?」
「同じクラスだしね。そんなに親しい訳じゃないけどさ。……ちょっと莉子、思い当たることがあるならちゃんと教えてよ」
一方的に喋らされた恵が不満そうに口を尖らせた。
まぁもう終わった話だし、恵の口の堅さは信用している。
私は予備校で起こった『記述模試流出問題』のことを説明した。ただ、玲香さんは『トイレのミネルヴァ』のことは知らないはずだし、その辺を説明するのは面倒だったから端折ったけど。
「莉子……ソレ、ちょっとマズいかもしれないわ」
一通り話を聞き終えた恵がしぶーい顔をしている。
マズいって何だ?と思い、素直に「どうして?」と恵に聞いてみた。
「小林さん、日曜日に模試受けてないもん」
「え?」
「小林さんの友人たちがさ、『用事があるからって前倒しで受けたらしいよ』『ズルいよねー』『問題教えてくれなかったし』みたいな会話してた。内容が内容だからギョッとしちゃって」
「え……」
あれ? つまり、どういうことだ?
小林梨花は事前に模試を受けていて。で、その問題のコピーを木曜日にトイレに置いたんだとして。
それはいったい何のために? 友達に脅されたとか?
「その子たちは、光野予備校に通ってるの?」
ぐるぐる考えていると、玲香さんが落ち着いた声で恵に聞いた。
「あ、はい。確か、小林さんともう一人ぐらいは通ってるんじゃなかったかな。ただ推薦組なんでガツガツ勉強している感じではないですけど」
「ふうん……」
新川透は、「気にしなくていい」とは言ったものの、「解決した」とは言わなかった。
ひょっとしてまだ何か続いていて……問題が起きてるんじゃ?
「ねえ、恵。小林梨花ってどういう子?」
「あ、新川センセーに何て答えたかってこと?」
「あ……うん」
実際にはそうでなく、純粋にどんな子か気になったんだけど、それは黙っておこう。
「えっと、すごく可愛い子だよ。男子には人気がある。元気な目立つグループに入ってるけど、本人は隅っこにいる感じだよね」
「おとなしいの?」
「おとなしいというか……」
恵は困ったように天井を見上げた。
「そうするのがいいと思ってやっている、って感じかな」
「へ?」
何じゃそりゃ。よくわかんないな。
首を傾げる私に対し、玲香さんは「うんうん」と妙に力強く頷いた。
「なるほど。無意識に計算するタイプね」
「あ、そういう感じです!」
「はあ? 何それ?」
意味が分からずに声を上げると、玲香さんがクッキーとチョコを両手に持った。
「天然とか計算とか言うでしょ? その間のタイプのことね。すべてが計算づくではないけれど『こういうときはこうした方がいい』というのを肌で感じて、無意識に自分を作るタイプ」
「はぁ……」
「天然だと手に負えない。計算づくだと鼻につく。モテるのは無意識に計算するタイプよ、やっぱり」
玲香さんはそう言うと、両手のクッキーとチョコを同時に頬張った。「ん、美味しい美味しい」と何かを1人で納得している。
「ふうん……」
「気になるの、莉子ちゃん?」
「はい。模試流出問題のこと、まだ終わってないみたいだから……」
「あ、莉子の気になるってそっち?」
「うん。え、そっちってどっち?」
「いや……何でもない。それより、気になるなら見に来る?」
「へ?」
恵に意外なことを言われて、思わず変な声を上げた。
高校をやめて以降、私には過去の友人関係が一つも残っていないことを恵は当然知っている。今こんな貧相な眼鏡姿でいるのも、昔の同級生たちに見つけられたくないからだ。
なのに……。
「見に来るって、恵の高校に?」
念のため確認すると、恵は「うん」と何でもないことのように頷いた。
「やだよ! だって中学のときの同級生もいるもん。会いたくない。だいたい、どうやって……」
「来週の日曜日、ウチの高校の文化祭だからさ。外部の人間もいっぱい来るし、莉子1人ぐらい……。気になるなら変装すればいいし」
「変装!?」
今度は玲香さんが反応した。キラキラした目をして身を乗り出している。
「楽しそう! 私も行きたーい! ねぇ莉子ちゃん、変装って何をするの!?」
「いや、メイクをするぐらいですよ」
「莉子、異常なぐらいメイクが上手いんですよ。別人になるんで」
「あら、そう!」
「いや、待ってよ。恵の高校となると話は変わるよ。眼鏡をしていない私の顔を知っている人なんていっぱいいるし、そんな人相を変えるほどのメイクは……」
「ガングロコギャルになってみるとか?」
「何でよ!」
「やだ、すっごく面白そう! 恵ちゃん、その文化祭って私でも行ける?」
「それはもう。日曜日は自由参加なので」
「ねぇ、莉子ちゃん、行ってみようよ! 私も莉子ちゃんの変装、見てみたい!」
な、な、何を言い出すんですか、この人達は……。
何でそんな別人になってまで小林梨花を見に行かなきゃなんないの。別に興味ないし!
……とは言え、全くの別人になりすます、というのは悪くない。
それに恵の高校の文化祭は地元では結構有名で、ライブなどの出し物や出店も豊富だし、クラスの企画とかも本格的で人気あるんだよね。
「うーん……」
「変装に必要なものがあったら協力するからね!」
「玲香さん、何でそんなに乗り気なんですか?」
そのあと玲香さんはスマホを取り出し、『ギャルと言えばこんな感じかな』と恵に見せると、『いや莉子ならこっち系じゃないですかね』と恵も身を乗り出し、私そっちのけで盛り上がっていた。
いや私、行くって言ってないし……。
「恵、何でそんな乗り気なのよ?」
「莉子が外に出る機会は逃したくないからさ」
「恵と一緒にいたらすぐに私だってバレちゃうよ」
「だから玲香さんも一緒ならバレないんじゃない。東京の親戚が来た、とでも言うからさ」
「東京のJKね、なるほど。それなら……こんな感じ?」
「あ、これいいよ!」
おーい、私を置いていくなー。
……って、あ、結構可愛い。メイク次第でなれるかな?
結局そのあと、JKの話で大いに盛り上がり、なぜか事細かに『恵の高校の文化祭潜入作戦』が練られたのであった……。
おかしいな、何でこうなった?
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