第5話 パンツの話……何でだ

「莉ー子ー」

「はい……」


 こちら、新川透邸。私、仁神谷莉子はリビングのカーペットの上で正座させられています。

 そして新川透はというと、私の向かいで胡坐をかきつつ腕組み……ガンコ親父スタイルです。

 でもって、真のマジギレ状態です。このまま髪の毛が逆立って金髪になるんじゃないかな、と思うぐらいです。スカウターの数値、きっと1億超えてますね……。

 人は怒ると「青筋を立てて」とか言いますが、本当に立つんだな、ということを今日初めて知りました。


 でも、何でそんなに怒るの? 危険なこともなかったし、それに、犯人は無事に見つかったんでしょ?

 いや、言うこと聞かなかったからだよね、きっと……。


 とにかく何をどうしたのか全部話せ、と言われたので、私は仕方なく一連の行動を全部話しました。

 だってさ、どこをどう削ったら怒られなくて済むかわかんないし。嘘はつきたくないし。

 正直に言うしかなかったんだもん。


 私の話を聞いているうちに、新川透の眉間の皺が2本、3本、4本……と増えていきました。

 それと共に凄まじいお怒りオーラが立ち昇って、あ、あ、ヤバい、スーパーな新川透になっちゃう? リミットブレイク?

 ふえーん、めっちゃ怖いー。


「……莉子」

「はい……」


 ううう、怖くて顔が上げられません。必然的に、土下座状態に。

 そんな私の頭上から、ふううぅという大きな溜息が聞こえてきました。


「盗撮魔にパンツ撮らせるって、どういうこと?」

「……へ?」


 開口一番が、ソレ?

 思わず顔を上げる。バチッと目が合う。

 すんごい真面目な顔だ。だけど、その真剣な顔と全く結びつかない、予想もつかない質問だ。

 何だか大きな誤解があるような。そうだ、きっと私の説明が悪かったんだ。

 作戦の過程をちゃんとお伝えできていなかったのでしょう。うん、そうだそうだ。


「いや、撮らせたんじゃなくて、撮られてもいいように三重構え作戦を……」

「何重構えだろうが! 得体の知れない男にパンツ見せるとか! おかしいだろ、普通!?」


 うーん、何かがおかしい。叱られポイントがよくわからない。よくわからないと反省のしようがないぞ。

 パンツ? パンツの話? パンツ見せたことを怒ってる?

 だから見せたんじゃないんだけどなあ。どうもズレて伝わっている気がするなあ。


「いや、だから、見せた訳じゃ……」

「実際、撮られただろう?」

「……写ってたの?」

「いや……」

「じゃあ、セーフ……」

「そういう問題じゃない」


 じゃあ、どういう問題なんすかー。

 わかんないんだよ、叱られポイントが!!


 むう、と口をひん曲げると、新川透の青筋がさらに広がった。

 ドン! とガラステーブルを拳で叩く。


 そんなんでビビるかー。かかってこいや、オラー。

 ……なんて言えません。リミット技なんて持ってない、ただのモブなんで、私。


「要するに! 今回はたまたま写ってなかっただけで、撮らせてもいい、と思った訳だろ!?」

「そういう訳じゃ……だって、その直後に私がスマホを押さえたんだから、結局誰も見てな……」

「もし押さえられなかったら?」

「えーと、その場合は、ほら、見られても大丈夫なように……と……」


 だから三重構えだって言ってるのに~~。

 お願いだから、もう少し噛み砕いて丁寧に叱ってください。

 パンツしか頭に入ってこないんだけど!!


「……ほう」


 私の台詞に、新川透が低ーい声を出した。

 何か妙な雰囲気が漂ってきた気がして、ちろりんと顔を盗み見る。

 かつて見たことのないほど意地悪そうな顔で微笑んでいる。

 

 ……こ、こえーっ!! 青筋より怖いです!

 何なの、笑顔の方が怖いって!!

 何で言うかな、インテリヤクザが借金漬けの女に「お嬢さんが払えるものは1つしかないだろう?」とか言っている時の顔なんだよ!


 恐怖でぷるぷるしていると、新川透はその意地悪そうな笑顔のまま、恐ろしいことを口走った。


「――じゃあ、俺にパンツ見せて」


 …………。

 えーと、何だろうな、空耳かなー。

 その端正な顔をより際立たせる素敵ぃな唇から、『光野予備校人気ナンバー1講師』という肩書きと最もかけ離れた言葉が発せられたような。

 だぁってねぇ、ピチピチの17歳の少女に向かって、「パンツ見せて」なんてねぇー。

 あらやだ、まさかねぇって――ほわぁぁぁぁ!?


「もう1回言うぞ。パンツ見せて」


 最後の「ほわぁぁぁぁ!?」はしっかり私の口から出てた。

 新川透はその叫びを聞いても全く動じず、眉一つ動かさず、「この公式は大事だぞ」ぐらいのテンションで繰り返す。


「え、あ……はあっ!?」

「だ、か、ら。見られて大丈夫なんでしょ? 見せてよ」

「え、あの、それはどういう……」

「莉ー子。盗撮魔には見せるのに、俺には見せられない、と」

「えーと、その……」


 んー? 何なの、やっぱりどう聞いてもパンツのことしか言ってない!

 とにかく、作戦のためにパンツを見せ(ようとし)たことを怒ってるのか!!

 そこ!? そこなの!?

 

「ほら、今は、三重構えじゃな……」

「じゃあその状態にしてきて。……で、同じアングルでよろしくね」

「……同じ、アングル……?」


 えーと? つまりなんですか?

 三重構えにして……えー、下から覗かれてる状態でズロースを下ろせ、と?

 

 一瞬、目の前から現実の景色が消えた。

 三重構えのパンツを履いて、わずかに両足を開く。

 その私の両足の間に、この超絶イケメンの顔が――。


 いや、いやいや、いやいやいや!

 何じゃそりゃ、どういうシチュエーションだよ!


「で、できるか――!!」

「やっただろ、盗撮魔相手に」

「それとこれとは違うよ、変態――!!」

「そういう変態行為をしたのは莉子だからね」

「その再現を要求する所が変態なんだよぉっ!!」

「まぁ、この際どっちでもいいから」

「全然よくな――い!!」


 マジで、マジで勘弁してください。誓いを破って本気で泣きそうです。

 えー、どうしたらいいの!?


「ごめんなさい! ほんっとーに、ごめんなさい!」

「今さら謝っても駄目」

「それだけは勘弁して! 死んじゃう!」

「死なない、死なない、大丈夫」

「無理ぃ――! お願い、他の事なら何でもするから――!!」

「……何でも?」

「うんっ!」


 もうこうなったら必死です。

 両手を組み合わせて、じいっと新川透の顔を見つめます。

 ううう、お願ーい~~。これこそ本当に、一生のお願い~~!!


「……じゃあ、今日はお泊りね」

「へっ」


 再び、カキンと固まる。 

 お泊り、とな? ここで? この流れで?

 絶対「俺はソファで寝るから莉子はベッドを使いな」じゃないよね!

 一緒に寝る気マンマンだよね!


「いっ、淫行じゃん!!」

「その単語やめて、凹むから。せめてHって言ってくれる? まぁ、しないけど」

「嘘っ!」

「しない、しない。それだけは約束する」

「それって何!?」

「……何だろうねぇ」

「わーん、嫌だー! 嫌だよー!!」


 思いっきり叫ぶと、新川透がものすごーく傷ついたような顔をした。

 いやマジで、「泣いちゃうの?」ってぐらい。

 何でそっちがそんな顔するのさぁ。泣きたいのはこっちなんだけど!


 新川透はふううぅぅーっと、それはそれは深い溜息をついた。


「盗撮魔にパンツは見せるのに、俺には見せられない」

「いや、えっと……」

「一緒に寝ようって言ってるだけなのに、泣きそうになるほど毛嫌いする」

「ちがっ……」


 一緒に寝るだけって言ってないじゃんかあ、とは思ったけど、何となく怒った――傷ついた理由は、ちょっとだけ分かる気がした。


「一緒に寝るだけ? やらしーこと、しない?」

「しない、しない。ハグだけね」

「……本当?」

「ほんと、ほんと」


 私が少し片寄っているのを感じてちょっと機嫌が直ったのだろうか、さきほどまで放っていた禍々しいオーラはいつの間にか消えていた。

 顔には牧師さんのようなかすかに優し気な笑みさえ浮かべている。


 うーん、この辺が妥協ラインなんだろうか。きっとそうなんだろうな。諦めるしかないか……。

 多分、私を無理矢理どうこうするようなことはしないはずだ。そこだけは、なぜか信用できた。

 仕方なく、私はこくりと頷いた。


「……なら、一緒に寝る」

「よし!」


 新川透はポンと両手で自分の両膝を打つと、すっくと立ち上がった。

 え、と思っていると両脇の下に手を入れられ、ガバッと持ち上げられる。そしてそのまま左腕の上にすとんと乗せられてしまった。

 た、高いー! バランスがー!!

 咄嗟に頭と背中にしがみつく。

 あぐう、これ、何スタイル? お子様スタイル?


「えっ? 何? えっ? えっ?」

「もうすぐ10時だからね。莉子は寝る時間でしょ?」

「そ、そうだけど……。え、このまま?」

「あ、部屋着か。パジャマ貸そうか? 当然、上着だけだけど」

「嫌だよ! 何、そのエロ親父的発想は!」

「……ほーう」

「あっ、うっ、嘘です。えーと、ちょっと私にはハードルが高すぎてですね……えー……」

「はいはい」


 新川透はわずかに開いていたドアの隙間に足を突っ込むと、えいやっとばかりに乱暴に寝室への扉を開けた。

 そして左腕に私を抱えたまま、右手でタオルケットをめくり、そこにボスン、とやや乱暴に私を投げ捨てる。

 半身を起こしたまま「えーと、えーと……」とキョドっていると、新川透はリモコンを操作してエアコンを入れ、枕元のライトをつけてリビングの電気を消して――と、異常に手早く一連の動作を行い、私の右隣に寝転んだ。


「えー、あの……」

「はい、寝るよー」


 ぐいっと腕を引っ張られ、寝っ転がらされる。そこにはすでに左腕があって……。

 ぐはあっ! こ、これは腕枕というやつでわ!!


「そこに頭を置かれると左腕が死ぬ。もうちょい上」

「あ、うん……」


 言われた通りにモゾモゾと上に上がると、左腕と右腕が回ってきてぎゅうぅっと完全に包囲された。


「わっ……」

「莉子は、軽いし小っちゃいね……」

「まぁ……」

「こうやって捕まえておけば、どこにも行かないのにね……」

「……?」


 まぁ、完全に拘束されちゃってるので、逃げれないけどさ……。

 でも暗いし横になってるからだろうか、普段のハグより自分の心臓も落ち着いているような気がする。

 ……そっか、もう眠いからかも……。


「なのにまぁ、本当にひょいひょいと……」


 何を言いたいのかよくわかりません……と思いながら、あっという間に睡魔に襲われてしまった。

 寝つきはもともといいけど、ヨソの家でこんなに早く寝たのは――初めてかも知れない。

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