第10話

 今日もまた、何の腹の足しにもならない小説を書いてしまった。


 壁の軋む音が微かに鳴り続けている。狭くて薄汚れた畳の部屋で、僕はノートパソコンに向き合っている。公募用の作品が進まなくて、早めに寝ようとして、でもどうしても小説のことが頭をよぎって、結局短編を一気に書いてTwitterに投稿してしまった。


 今日もあのブロガーの方が、いいねと、リツイートまでしてくれている。ああ、香港在住の方だから、共感かな。この人はいつも読んでくれているようで、非常にありがたい。

 だけど様々な方から送られたハートの数だけ、僕は、自分が無駄にしてきた時間を思う。


 もうすぐ、あと数ヶ月で、30歳になってしまう。10年前の自分が決めたタイムリミット。


 小学生の頃から本の虫だった。毎日図書館に通いつめ、素晴らしいストーリーに息を呑み、美しい文章に心を照らされ、やがて書くことに興味を持つのは当然の流れだった。


 投稿を始めたのが大学生の頃。卒業後は就職し、小説のために辞めて、二年が経つ。


 結果が出ない。


 気晴らしのために、Twitterに短い話を投稿するようになった。短い文章なら意外と読んでもらえるみたいで、反応もそれなりある。嬉しくて、楽しくて、あまりに無様だ。


 でも、どうすれば良いのか分からない。夢を延長すべきか、すっぱり捨てて就職すべきか、働きながら趣味で続けるか。誰も答えを持っていないし、誰も未来は見通せない。


 Twitterでの投稿を始めてから、色々な小説家を見てきた。文章力抜群な高校生、子育ての合間に投稿する主婦、40歳にして執筆の世界に戻ってきた男性。モチベーションは様々だろうけど、みんな和気藹々としていて、書くことを楽しんでいる。


 ああ、僕だって。


 ただ、小説を書くのが、好きなだけなのに。



「眠れないあなたへ。安らぎが大事なのです!肩をほぐして、温かいものを飲んで、柔らかいお布団でねむねむしましょう。だいじょうぶ、わたしがいっしょですよっ!( ˘ω˘)スヤァ」


 

 ずるいなあ、こういうの。


 寝付けない夜に、こんな優しい言葉に触れてしまうと、僕は泣いてしまうしかない。


 いつも緩く宣伝をしている、寝具の会社の公式アカウント。他の企業アカウントとの絡みが面白くて、なんとなく昔からフォローしていた。


 きっと、これを書いた人も、何か辛い思いを抱えているのだろう。

 だから僕はせめて自分にできることとして、万感の思いを込めながら、ハートマークをクリックする。


 だって、夜というのは、誰もが共犯者になる時間なのだから。



 よしっ。肩のストレッチをしよう。貰い物のハーブティーを飲もう。布団の柔らかさに身を委ねよう。

 そして、なんとかこの夜とさよならして、明日の光の中で目を覚まそう。




 ……。この眠れない夜の気持ちを、いつか、文字に起こしてみよう。


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