最終話

 カーテンの隙間からの薄明かりが、私のまつげをくすぐる。


 ゆっくりと目が開き、ほんの少しずつ心が朝を認識していく。

 自分の顔の横にマグカップがあって、濃い色をしたしなしなのティーバッグが入っている。ああ、昨日、あのまま寝ちゃったんだ。腰が痛い。指で軽く揉んでみる。


 正面にはパソコンのモニタ。Twitterのタイムラインはスクロールの途中で、音楽、紙、写真、ブログ、小説、たくさんの雑多な情報が溢れている。夜のうちに、みんなそれぞれ思いや感情をぶつけていた。私は一つずつに寄り添うように眺める。


 健全な明かりの下で見ると、暗闇に紛らせたはずの本音は、ひどく愛おしい。



 右上に、弊社のキャラクタのアイコンが出ている。それを押して、画面を切り替える。


 こっちでは本音なんて出してはいけない。私の仮面。

 ただひたすらに、キャラ付けした自分で、自社の商品を宣伝するアカウント。


 楽しい。それは当然だ。適正をかわれて広報でもなかったのにわざわざ運営を任されているくらいだから。私はゆるふわ可愛いキャラクタが好きで、寝具とも相性がいい。


 だけど、時々しんどくなることがある。

 私だって生身の人間で、平凡な社会人だ。普段のアカウントから考えれば分不相応な数のリツイートやコメントに恐怖を覚えることもあるし、疲れている日の自分は「このアカウントでのかわいい私」と乖離することがある。


 だから、昨日は本音を滲ませてみた。

 好きな音楽を聴いて手に入れた少女の気持ちと、長時間勤務で疲れ果てた心の叫び。誰かのことを思うようで、特定の誰かを意識せず、あえて言うなら自分へ向けた労りのメッセージ。


 たくさんのいいねとリツイートとコメントが付いている。

「心が軽くなりました」「そちらもゆっくり休んでくださいね」「あなたに添い寝してほしいなあ(チラッ」やれやれ。


 夜のみんなは寂しくて、揃ってどこかに出口を探している。時間にしか解決できない孤独を、眠りでごまかすこともできずに持て余す。


「自分は寂しかったんだなって気付きました。ちょっと泣いてます。心から感謝です」


 そう、足りないのは安心感。


 私は、寝具の会社の社員で、そのTwitter広報。誰かの安らぎを生む仕事。



 カーテンを勢いよく開く。今日も朝日が私を包み込む。


 眠れない夜を、乗り越えようとしなくていい。心を封じ込めたりしなくていい。その代わり、誰かに手を差し伸べる。もしそれが巡り巡っていけば、とても素敵だと思う。



 1人1人の夜を、1つずつ抱き締めていこう。

 そして朝が来たら、また世界に挨拶しようよ。



「おはよう、私の世界!」



(了)

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眠れないよるたちのうた 倉海葉音 @hano888_yaw444

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