きっと君は後悔するよ

五十鈴スミレ

第1話 私、結婚するの

  * * * *



 小学生以来の親友の、左手の薬指。

 そこにきれいなきれいな指輪がはまっていたら、誰だって理由を聞きたくなるだろう。


「私、結婚するの」


 だからって、そんな爆弾発言をされるとは、思ってもいなかったんだけれど。


「え、え……えええーーーっ!!?」

「へへへー」


 大学内のカフェテラスという場所も忘れて、思わず私は驚愕の声を上げる。

 はにかみ笑いを浮かべながら頭を掻く親友は、冗談を言っているようには見えなかった。


「多恵ちゃん、わ、私たち、まだ学生だよ……!?」

「まあそうなんだけど。ほら、一応成人はしてるし。親の許可なくても結婚できる年だよ」

「……おばさんたち、反対してるの?」


 多恵ちゃんの言葉に不穏なものを感じて、私はおそるおそる尋ねる。

 私の不安を吹き飛ばすように、多恵ちゃんはカラカラと明るく笑ってみせた。


「んーん、うちの彼氏、外面だけはいいから。むしろ、実の娘以上に信用されてるもの」

「幸太さん、好青年だもんねぇ」


 よかった、とほっと息をつく。

 多恵ちゃんの彼氏さんは、元は多恵ちゃんのバイト先の先輩だ。

 何度もバイト先に遊びに行ったから面識があるし、多恵ちゃんのおまけでご飯をおごってもらったことだってある。

 キビキビとした多恵ちゃんと、穏やかな幸太さんは、まるで磁石のS極とN極みたい。正反対なのに妙に相性がよくて、気づいたらぴったりくっついてた。

 だから、付き合い始めたって聞いたときも少しも驚かなかった。むしろようやくかぁ、なんて思ったものだ。


「もちろんすぐにってわけじゃないよ。少なくとも大学は卒業してからだよね。でも、こうやって約束を形にしてくれたのが、うれしいの」


 へへ、と多恵ちゃんはしあわせそうに笑う。

 三歳年上の幸太さんは、今は社会人二年生として毎日忙しくしているらしい。多恵ちゃんが学生だからというだけじゃなくて、幸太さんのほうもしばらくは余裕がないのかもしれない。

 でも、きっと、だからこそ。

 多恵ちゃんも、幸太さんも、かたちに残るつながりが欲しかったんだろう。

 学生と社会人という立場の違いからすれ違ってしまっても、ちゃんと元のかたちを思い出せるように。


「そっか……すてきだねぇ……」


 愛されてるってすてきなことだ。想い合ってるって奇跡みたいなことだ。

 親友の指にはまった指輪を改めて見て、私はほっこりとした気持ちになる。

 すると、多恵ちゃんは何を思ったのか、急にニンマリといたずらっ子のような笑みを浮かべた。


「うらやましい?」

「べ、別に、そんな!」


 思わぬカウンターを受けて、私はぶんぶんと両手を振る。

 一気に顔に熱が上っていくのを感じる。私はすぐに顔に出るらしいから、きっと真っ赤になっているだろう。

 これでは、私にそのつもりがなくても認めたようにしか見えないじゃないか。


「おねだりしちゃえば? 誕生日……はまだ先だけど。ちゃんとしたのじゃなくてもさ、男避けにもなるじゃん、指輪」

「そんな図々しいこと言えない……」


 顔を手で隠しながら、消え入りそうな声でつぶやく。

 そもそも、男避けなんて、多恵ちゃんならともかく私には必要ない。

 誕生日プレゼントにすら恐縮する私がいきなりおねだりなんてしたら、すごくびっくりさせてしまうだろう。


「もう付き合って三年目になるのに、相変わらずなんだから。初々しいなー」

「多恵ちゃんにだけは言われたくないですー」

「えー、私たちは初々しいんじゃなくてラブラブなだけよ」

「自分で言う? まあ、その通りだけど……」

「でしょ?」


 軽口を叩き合いながら、くすくすと二人して笑う。

 多恵ちゃんはよく人をからかうけど、私が恥ずかしさを引きずらないよう、ちょうどいい具合にさらりと流してくれる。

 人の感情や場の空気を読むのが上手なんだと思う。きっと、多恵ちゃんも無意識でやっていることだ。

 あまり人付き合いが得意じゃない私が、ずっと多恵ちゃんと仲良くいられるのは、そういった部分もあるんだろう。


「まあ、みぃはあんまアクセサリーとかつけないし、興味ないかもしれないけどね。そのバレッタだって、高校入学祝いにおばさんからもらったものでしょ? 物持ちいいよねぇ」

「かわいいから壊したくなくて、たまにしかつけないから……」

「そういうとこ、みぃらしくて好きだけどね」


 私も、多恵ちゃんのそういうところが好きだと思う。

 自分と全然違う考え方を当たり前に受け入れてくれるところ。そのままの私を好きだって言ってくれるところ。

 多恵ちゃんは私の自慢の親友だ。


「でも、ほんとに。みぃに甘い木内くんならプレゼントしてくれると思うよ」


 多恵ちゃんの声も笑顔も、一転して優しいものに変わった。

 今度はからかっているわけじゃない、とわかるくらいには長い付き合いだ。


「……そうかな」


 私の親友は、子どもの頃から明るくて、頼りになって、いつも私を引っ張ってくれた。

 同い年なのに、たまにお姉ちゃんみたいな多恵ちゃん。

 別に欲しいなんて思っていなかったはずなのに、彼女に言われると、ちょっといいかもって簡単に影響されてしまう。



 ……だからって、おねだりはさすがに難易度が高すぎるんだけれども。


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