06.海鳴り
海の音が聞こえる。漣はいくつも重なって、帰るべき場所と教えてくれるささやき声となる。
海は帰るべき場所と。そのことを。
海鳴りは何かの前触れだということを知ったのは、ある港町を訪れた時のことだった。
台風や大波がやってくる予兆だと、港で出会った漁師が網を修理しながら教えてくれたのだ。今度の嵐は大きそうだと彼は続け、だから船をすっかり引き上げてしまったのだという。言われてみれば沖合から吹く風には濃厚な潮の香りが含まれているように思えた。
不吉な海鳴りの話は、小さな町のそこここで聞かれたが、何故かそう恐ろしいものに思われないのが自分でも不思議だった。
夜半を過ぎて、やがて嵐はやってきた。
海は激しく、ドロドロと鳴っている。窓には叩きつけるような大粒の雨。風がひょうひょうと甲高く鳴いている。酷い、大きな、嵐だった。
ただ私にはそれは――何故か――とても美しい人魚の歌のように聞こえて。
魅入られたように外に出た。傘はすぐに飛ばされてしまった。けれど嵐の中を歩むにはかえってそれでよかった。外には誰もいない。街は人っ子一人歩いてはおらず、激しい雨と波飛沫が渾然一体となって辺りに渦巻いている。
港につきいっそう強い潮の香りを感じて、私は。
私は 。
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