第16話 七つの子

娘が九州の大学に進学して早半年、リモート授業の中、中々友人もできずに苦労していた。初めてのことばかりで試行錯誤の中、課題をこなすのに必死になっていた。実技の授業も行えず、毎日パソコンに向かい自宅で過ごしていた。

実家に帰ろうにも大学でコロナ患者が出たため県外への移動も制限された為、帰省も出来なかった。家族とはビデオ通話で話す日々、中々楽しみも見つけられないようにも思えたが、自分なりに一人暮らしの楽しみ方を見つけて過ごしていた。

大学の前期授業を選択する中で、あと一つ、どうしようかと思っていた所で、相談の電話がかかってきた。

「小学英語と数学、小学声楽とどれがいいと思う?」娘はそう聞いてきた。

「あんたさんは、どれがいいの?」と聞き返すと、「英語と数学は違う分野でもう選択してるからなぁ」と答える。「ならば、消去法で小学声楽しか残ってないんじゃないかい?」と答えてやる。小学校の時から高校卒業まで合唱を続けてきた娘には声楽がまだ有利なんじゃないかと私は思っていた。その旨を娘に伝えると、「やっぱりそうだよね。そうするわ」と小学声楽の選択を選んだ。

後日、教科書を購入した後、電話がきた。

「声楽の教科書をね、ひと通り見たんだけど、知らん童謡ばっかり載ってるんよ。聞いたことない歌ばっかり。小学校でも習わんだった歌ばっかりだわ。歌えらんわぁ。」と少し気落ちした感じでぼそぼそとしゃべっていた。

「でもね、お母さん、少し知っとる歌があったに。でも歌詞が違っとってね。七つの子って歌だけど、どこ探しても“カラスの勝手でしょ”って歌詞がない!

カラスなぜ鳴くの、カラスの勝手でしょ。じゃないの?」と、真面目な声で聞いてきた。

娘よ、それは志村けん氏の替え歌であって、本当の歌詞は教科書の載っている歌詞です!しかもその替え歌はあなたが生まれる随分前のことで、母が小学校の頃に大流行した歌なのだよ。と、言い聞かせた。でも、うちの子はドリフが大好きで、暇さえあれば昔のテレビ番組を見まくってたよね。歌って踊って転げまわって笑ってたよね。娘とそんな昔ばなしをしながらふと思う。

志村氏は偉大なのだとつくづく実感する。私たち世代を夢中にさせたのに、その子の世代までも夢中にさせ、原曲を忘れさせるほどに替え歌を浸透させる。氏の偉大さに他ならない。娘が真顔で言った時には面食らったが、娘と同じ感覚でいる子供たちはまだまだたくさんいるのだろう。この時改めて氏の早すぎる死に何とも言えない無力感を感じた。残念でしかたない。だが、向こうでも万人を笑わせていてくれるであろうと祈るほかない。

そういえば、ドリフが大好きだった娘は、一般的に子供が好きなものにはあまり興味を示さなかった。周りの子供が夢中になるアンパンマンに対して。

「だって、アンパンマンはパンでしょ?」と。クールだ。

だが、娘よ、お前さんの好きなトーマスは、ただの機関車だ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る