一回二錠、寝る前に
世界には多種多様な変態がいる。綺麗な瞳に目がない者、殺しでしか興奮できない者、そして、死に強く惹きつかれる者。今日、心に秘められたそれらを規制する法律はない。だが一度、世間の目に触れれば「性的倒錯者」だの「異常性癖」などと石を投げられる。どちらにせよ隠れる必要があった。
その方法は様々で、独自のコミュニティを形成したり強硬手段に出るなどして、非合法やグレーゾーンで欲求を満たすとアングラ的なものが多い。私はというと行政のお世話になりたいわけではないので、専ら自分の部屋に収まる程度で解消している。
頻度としては2ヶ月に一回ほど、つまりは今日がその日であった。
「薬...薬......あったあった」
手を伸ばさないと届かないくらいの戸棚から、ちっちゃな飾り箱を取り出す。私はそれを見ただけで心が飛び出そうになり、気分は深夜にこっそりおやつを取り出す子供のようだった。ガラス窓にもそれが映し出されており、大写しになり気持ち悪い笑みの自分を見て「ああ、こんなにも私は興奮しているんだ」と笑いそうになる。
しかし、私が手にしているのは砂糖たっぷりのチョコチップクッキーではない。目がチカチカするほどのオレンジと白のカプセル薬二錠であった。正式名称はサムサラ錠、人呼んで「輪廻転生錠」である。
現代社会は多くの問題を抱えているが、今特に問題視されているのは「自殺者の多発」だ。事実、電車が止まることは多くなったし、白の作業服や救急車を見かけることは増えたと感じる。
止まらない自殺者。肥大化する自殺願望者の数。そこで開発されたのがこの錠剤であった。
早速私もアルミを破いて取り出した。ぱき、ぱきと二回、心地よい破裂音が聞こえる。包装から取り出せば、透明のプラスチックごしではわからない、鮮やかなでどきつい橙が目に入る。それをぎゅっと水で流し込めば、いとも簡単に身体へ入っていった。身体に通った管にぬるい水が流れ、すとんと落ちる。火照った本能を冷ますくらいの温度が妙に生々しくて、ただの水なのに吐き出したくなってしまった。それはこの「オーバードーズ」という行為を理性が止めたがっているのか、それとも何か、確実にある後ろめたさが胃を掴んでいるからなのか。
でも鬱の主治医が言っていた。
「これを飲んでください。一回二錠、寝る前に」
その言葉どおりにしているだけだ、という屁理屈が吐き気を止める。そう、私は、従ってるだけ。と。
管の中につっかえていた何かが代わりに吐き出される。そうすれば早いもので、とっくに喉元を過ぎ、気がついたらごくりという擬音が聞こえた。
拍子抜けするほど、あっけない。それが何だか可笑しくて、口をついて出てきたのは一言しかなかった。
ああ、飲んじゃった!
罪悪感を越えた先には、極上の背徳感と高揚感、そして言い表せないほどの興奮が、確かにあった。
心臓がアップテンポに鐘を打ち、頭はサイダーのマシンガンで撃たれたみたいにぱちぱちとおぼつかなくなっていた。
震え上がるほどの快感を手で抱きしめて、私は波の揺れるような声で呟いた。
「これで、もう一回死ねるんだよねえ、そうだよね、そうだよね、ね」
にちゃり、と私の目が蕩ける。餌を前にした獣のように、よだれをだらだら流しながら。
自殺願望を持つ者を夢で死なせ、希死念慮をなくすための薬は、とうとう死愛好家の私によって欲望を満たすだけの薬になってしまったのだ。
この際、独白のためである日記に書いてしまおう。私は死ぬのが好きだ。あのリアルな悪夢で、斬られること、泡を吹くこと、窒息すること、潰れること、つまりは地獄に行くことが好きで好きで仕方ないのだ。
でも簡単に行くことはできない。できたとしても、輪廻転生という面倒な手続きを踏まないといけないから。
だから私は願っている。抗体が出来てしまった私を、だれか殺してほしいと。そんな希死念慮を、今日も抱いて眠るのだ。
「一回二錠、寝る前に」
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