Live.12『信じる心は誰もが同じ ~MIRACLES RESIDE IN THE BELIEF~』

『……はい、その調子です。段々上手くなってきてますよ』

「良かった、これならなんとかいけるね」


 嵐馬と百音を送り出した後、再び飴噛大河の回復処置に専念するカタリたち。

 徐々に回復のコツを掴んでいき、バーグからお褒めの言葉を貰う。


 ほぼ全壊だったゼスタイガは五体満足の状態まで修復が完了し、アクターは意識こそ戻っていないものの、心肺停止の危機からは脱することが出来た。

 まだ安心出来るわけではないが、最悪の事態に陥ることだけは避けることが出来た。それだけで十分の成果である。


「それで、バーグさん。あのエターナルはどう戦えばいいの? 捕まったら大爆発、なんて触れないんじゃどうしようも出来ないよ」


 回復の合間に余裕を見て攻略法を相談する。

 今回のエターナルは繊維状の姿で、触れようとしても砂のように手から離れてしまうだけでなく、巨大な球体となった姿は爆弾そのものとなり、あたり一帯を吹き飛ばしてしまう。


 ノベライザーであっても直撃を食らえば中破以上の損傷は免れない。前回とはまた違ったベクトルで厄介な特性を持つ敵である。


『……ふーむ。一見するとあらゆる攻撃を無効化出来る身体のように見えますが、接触攻撃を受けた時とエネルギー系の攻撃を受けた時の挙動に差違がありますね。もしかすれば接触攻撃には結構弱いのかもしれません』

「接触攻撃に弱くてエネルギー攻撃に強い……それって“ヴォイド”と何か関係あったりするのかな?」


 この推測からカタリはあるワードを口にする。

 ヴォイドと読んだそれは、アウタードレスのエネルギー源のような物。そしてアーマード・ドレスにも深い関係性がある。


 基本的にドレスから放たれる技の多くはヴォイドがあって成り立つ物と考えても良い。ドレス自体もヴォイドの塊のような物でもあるからだ。

 最初の爆発時もミュウト級にしては異常なまでのエネルギー量があるとバーグは驚いていた。もしかすれば何かしら関係がある可能性が考えられる。


『……ビンゴです。先ほどの爆発攻撃を調べた結果、エターナル固有のエネルギーの他に未確認のエネルギー……カタリさんがおっしゃったヴォイドが確認されました。どうやら奴は未知の方法でヴォイドを確保し、それを自身のエネルギーに変換しているのだと考えられます』


 するとバーグ、あの爆発の記録を調査した結果、カタリの予想は的中。

 あのエターナルはヴォイドを使って爆発攻撃を引き起こしたという。

 となれば一つの仮説が立つ。何故攻撃系統によって挙動が変化するのかの理由だ。


『ここにあるドレスで最高威力を誇る技はゼスタイガの“裂キ誇ル黒薔薇ノ茨ルフトシュトロム・フェアヴェーエン”でしょう。拘束中、咄嗟に撃ったとはいえ鞠華さんを吹き飛ばすほどの威力を受け流した……いえ、吸収したと考えればエネルギー系攻撃の通りが悪いのも納得がいきます。ドレスから吸収したヴォイドを転用したと考えれば確保先の問題も解決出来ます。つまり──』

「ドレスには分が悪い相手ってことか……」


 ヴォイドをエネルギー源とするドレス。ヴォイドを吸収し、己の力にするエターナル。これでは有効打を与えられないのは当然と言える。これが二人の至った結論だ。

 上空で四機による戦闘が繰り広げられているが、残念なことに仮説が正しければ万に一つでも勝ち目はない。


 ヴォイドを使わずに決定打を与えられるのはやはりノベライザーのみ。一刻も早く戦線に戻らねば他のドレスたちが危険になるだけだ。


《~~ッッ、カタリくん、バーグちゃん! 大変だよ!》


『なっ、百音さん。どうかしましたか!?』


《どうもこうも、次の爆発が起きちゃいそうだよ! ゼスシオンがその餌食になりかけてる。マリカっちが救出に向かってるけど……駄目、間に合わなさそう!》


 ハッ、となって空を見上げる。エターナルを留めている空中には、黒とピンクの尾がお互いにデッドヒートを繰り広げられている光景が確認出来た。

 鞠華がゼスシオンの救助に向かったというが、確かに徐々に差を付けられてしまっている。


「バーグさん、みんなを助けに行かないと!」

『ですがまだ大河さんは完全に回復はしていません。下手に手を止めてしまうとまた心肺停止……いえ、それよりも酷い状況に戻ってしまいます。ここは鞠華さんを信じましょう』

「そんな……!」


 応援に向かおうと意気込むカタリであったが、相方の回答はそれに反するものであった。

 鞠華を信じる──聞こえこそ仲間を想うように聞こえるものの、仮説の件はまだ解決していない以上は意味としては見放すにも等しい。


 いくら信用出来る人物からのアドバイスとはいえ、本当にそれが正解の道なのか。カタリは疑問に思ってしまう。

 数秒の沈黙を経て、カタリは決意を固めた。


「……バーグさん。大河を信じよう」

『信じるって……正気ですか? いくらなんでも意識すら戻ってないのに無茶ですよ』

「確かにこれは僕のわがままかもしれない。でも、大河だって死にたいだなんて思ってないはずだよ。せめてゼスシオンをエターナルから解放するまででいい。戦線に戻らせてほしい。お願い」


 深刻な表情を浮かべるバーグに、カタリは真剣な顔つきで願う。

 確かに大河の回復は無視出来ない問題だ。しかし、危険に晒されている味方を無視することも出来ないのもまた事実。


 カタリにとって、どちらも同じくらいに大事なこと。故にどちらにも一切の手は抜かない。ゼスシオンを解放次第にすぐに回復措置へ戻ることを約束する。

 それに対しバーグの表情は固い。だが、同じようにものの数秒の間をおいてから回答を口にする。


『……分かりました。そんなカタリさんを私は信じましょう。ですが覚えておいてください。ノベライザーでも死人は蘇らせません。一秒のロスが大河さんの命に直結すると思ってください』

「……うん。分かった」


 その熱意に折れたのか、バーグは応援へ行く許可を降ろす。早々にノベライザーはゼスタイガの下から離れ、空へ上昇する。

 僅かな時間までもが無駄に出来ない。速攻でゼスシオンの解放をしなければ今度は大河が危なくなる。その危機感を背に救助へ向かう。


 すると、向かう途中でエターナルの挙動に変化が。宙へ放り出したゼスシオンを中心に球体へと変化していったのだ。

 爆発までもう時間はない。このまま覚悟で行く。


「トリさん、あの頁移行スイッチ──ッ!!」


 この指示にノベライザーは即座に応えてくれる。たちまち姿を消したノベライザー、そして──


 大爆発が起きる。一度目よりも高い位置で発生したそれは、周囲のアーマード・ドレスたちを吹き飛ばした。


《紫苑────ッッ!!》


 鞠華の悲鳴が虚空に鳴り響く。何も出来ずに爆破を許してしまったこと、そして何より紫苑を救えなかったこと──絶望に染まる絶叫は虚に轟いた。


 ──そう、にだ。




「……っ、ふぃー。危ないところだった」


 真っ黒な空間にノベライザーは膝を突く。その傍らには白いアーマード・ドレスがいた。

 それは、先ほどまでエターナルに拘束されていたゼスシオンである。カタリの咄嗟の判断は、ぎりぎりのところで功を奏する結果となった。


『まったくヒヤヒヤさせますね。まさかエターナルの内部に頁移行スイッチをして機体を裏世界に運ぶだなんて。ま、信じてましたけど』

「大丈夫だったからセーフセーフ」


 敵の中に侵入するという行動は、一歩間違えれば爆発に巻き込まれる大惨事となる可能性があった。それを省みずに救出に成功したのは奇跡的とも言える。


『あまりこのような危険を省みないやり方は控えてください。いいですね?』

「うん。二度目は無いように気をつけるよ」


 注意をしっかり受けつつ同じことを繰り返さない約束をするカタリ。そんな時にゼスシオンからの通信が入った。


《……助けてくれたの?》


『はい。あなたも大河さんと同じようにやられてしまっては、こちらも手が追い付きませんので。すぐに元の世界に送り届けますのでもうしばしお待ちを』


《ありがとう。タイガはもう大丈夫?》


『最悪なケースの回避は出来ました。ただ、今はこの事態なので治療を止めています。送り届け次第すぐに戻りますので』


 取りあえずはと現在の状況を伝えておく。この報告に紫苑も安心した様子。

 再度は頁移行スイッチを行使し、地上に帰還する。鞠華らにとっては爆発に飲まれたと勘違いしたままなので、すぐに誤解を解きに行く。


『鞠華さん、みなさん。ご無事ですか?』


《バーグさん……! 紫苑が、爆発に……》


《まりか。ぼくは何ともないよ》


《えっ!? なんっ……えぇ!?》


 遠くからやってくるゼスシオンを目にした鞠華、状況を飲み込めずにしどろもどろになる。

 何せ爆破されたかと思われたゼスシオンが何事もなく、それもノベライザー同伴で帰還したという事実。驚かない方がおかしいだろう。


 ともかくゼスシオンの大破という結末を未然に防げたことはすぐに理解してくれた。ほっと安心した様子で今一度戦闘に意識を戻す。


 空の黒いもやは次第に塊となっていき、再度エターナルの姿となって再構築されていく。

 まだ戦いは続きそうだ。


《ノベライザーがいるってことは、大河の治療は……》


『残念ですがそちらはまだ完了していません。なのでもうしばらくエターナルの相手をしていただければと』


《仕方ねぇ。鞠華、星奈林、それとゼスシオンのアクター! もう一踏ん張り行くぞッ!》

《合点承知ィー☆》

《うん》


 嵐馬の音頭により、敵味方入り交じったチームは団結する。

 世界の敵との戦いはここからが正念場。第三ラウンドの開幕──かと思われた。



 ──キャアアアアアアアァァァ……!



 するとエターナルの挙動はさらなる変化を遂げる。それはこれまでの行動パターンの変化などではなく、突如として苦しみ出すかのように呻くという異様な挙動だった。


 ここにいる全員がこれから来るであろう出来事に備えて構えを取る。いつ何が起きてもいいよう、意識の全てを空の強敵へ向ける。

 そして──エターナル。上空へ向かって一直線に飛び上がり、そのまま超高度まで上昇していく。


 予想だにもしない奇行。その行く末を見守っていくと、青空には赤と黒の歪みが出現し、その中へエターナルは吸い込まれていった。

 たったそれだけ。そこからいくら待てども何もアクションは起こることはなく、沈黙が続く。


『……エターナルの反応、完全消失しました。どうやら逃走したようです』






 エターナルの逃走から数分。ゼスタイガの回復を終えたカタリたちは、そのまま“ネガ・ギアーズ”の撤退を見送った。

 本来なら敵である紫苑たちだが、鞠華の意見もあって今は見逃すことにしたのだ。


《いいのか? 協力したとはいえ敵だぞ。あのまま全員捕まえてりゃ今後が楽になるのは分かってただろ?》

《それは……そうだけど。でもまだエターナルは生きてるわけだし、また協力してくれるかもしれないからさ》


『それについては私も同意見です。世界の危機が迫っている以上、敵味方の区別はつけるべきではありません。今は協力を仰ぐべきかと』

「僕も同じかな。味方は一人でも多い方がいいし」


《でもまぁ、相手はこの件にどう反応するかだよねぇ。次は邪魔しにくるかもだよ? エターナルだけじゃなく、ドレスも取り逃がしちゃってるしね》


 機体の回収班を待つ間、アクターの間で今回の戦いについての話し合いをする。

 敵組織を見逃したことについては賛成意見が多数を占めた。それでも見逃したからとはいえ次の遭遇時による不安は拭えないものの、それでも信じるべきだとした。


 特に鞠華は紫苑と並々ならぬ因縁がある。敵として出会ったことと、元より知り合いであったことなど、どうしても納得しきれていないのであろう。

 心のどこかでは信じたいと願っているはず。それを汲んでのこの決断である。



 ともかく帰還後は支社長やレベッカに報告しなければならない。騒動の一部始終こそモニタリングしているとはいえ、管轄に入っている以上は事後報告はしっかりとしなければならない。


《そういえばLSBはどうなったんだ?》

《……あ! もしかして、また没ぅ~……?》


 本来の仕事についての確認もしなければならないのが、鞠華にとってつらい所だ。











 どこかの場所、どこかの部屋。そこで紫苑はある人物の入室を待っていた。

 今回相手にした異常な敵は、その人物からの指示を受けなければならないほどに強大な存在である。


 危うく“ネガ・ギアーズ”の機体が壊滅しかけたほどの強敵、エターナル。これを相手にするにはどうすればいいかを訊ねるのだ。


「……! タクミ」

「待たせた。飴噛もしばらく安静にしていれば問題無いそうだ。何であれあの機体には感謝をしなくてはな」


 扉を開けて入ってくる人物の登場に紫苑の表情はわずかに和らぐ。

 スーツに身を包んだ『タクミ』と呼ばれた美丈夫は、椅子に腰掛ける紫苑の下へ近付くと、同じように近場の椅子を引いて座る。


 この人物こそが紫苑と大河の上司、紅匠くれないたくみ。その人物との話を紫苑は待ちわびていた。


「タクミ。ぼくらはどうすればいいの? エターナルは聞いていたよりずっと強かった。タイガもすぐにやられちゃったし、ぼくの攻撃もあんまり効いてなかった」

「ああ。だが元より我々のボスが集めた情報は少ない。しかし、わずかな情報であそこまで渡り合えたのはむしろ幸運と言っても良いくらいだ」


 不安を口にする紫苑だが、返答として匠が口に出したのは賞賛の言葉。

 未知を相手にゼスシオンはほぼ無傷での生還。ゼスタイガは軽い損傷程度で済み、いくらオズワールド側の助けがあったとはいえ、それでも匠にとってはそう悪くない結果だった。


 とはいえ、ゼスタイガが一度大破──否、全壊といっても過言ではないほどの被害を受けた事実は変わりない。

 全てのおかげで今がある。もしいなければ今頃“ネガ・ギアーズ”の機体は残り一機となるところだった。


「ゼスバーグ……もといノベライザー。異世界からの来訪者、か」


 機体の真名を口にする匠。世間には“ゼスバーグ”の名で通ったそれの名を知るのはオズワールドでもほんの僅かだ。

 おまけに必要以上の情報が開示されてないため、未だ未知の部分も多い。


 エターナルと呼ばれる敵を倒すために来たというの力は計り知れない。

 かの機体が持つ能力はまさに異次元。全技術を以てしても再現は不可能。


 そんな機体の力を渇望してしまうのは、復讐のためか否か。それは匠自身にも分からなかった。


「…………ふっ、もう二度は無いとは思っていたが──もはや猶予はない。世界の危機に立ち向かわねばならない今、この決断は致し方あるまい」

「タクミ?」


 変なほくそ笑いをする匠を心配の目で見る紫苑。

 何でもないと似合わない笑みを払拭し、匠はある決意を固めた。


「紫苑。近い内に挨拶へ行こう。この世界にやってきた旅人らにな」

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