第3話 自殺はよくない

「えっと……詮索してほしいの?」


「えっ、ち、ちがっ……」慌てたように両手をぶんぶん振るいろりさん。「……そんな目で見てた?」


「…………僕はそう思ったけど」


「……ごめん」


「いや、いいけど……」


「そうじゃなくて。詮索してほしい訳じゃなくて……」いろりさんは自分の下唇の端を指で弄りながら、考えるそぶりを見せる。「…………ちょっとだけ相談いいですか、二幹くん?」


「……相談? 僕に?」


「僕にです」


「ほぼ初対面なのに?」


「初対面なのにです。その方が都合がいいのです」


「……?」


「ちょっと変な質問をしますけど、もちろん変な詮索はナシでございますし変な意図はございません。ただちょっとした、本当にちょっとしたクエスチョンです。……おーけー?」


「……おーけー」


 長ったらしい前置きの割に、いろりさんの質問は非常にシンプルだった。

 シンプルで、これ以上ないほどに複雑な質問だった。


「二幹くんは、自殺についてどう思う?」


*


 ……その質問をいろりさんがすることによっていろいろ思うところ――邪推が出来てしまうけれど、それはやっぱり余計な推測だ。

 そういうのを抜きにして、いろりさんの質問にきちんと答えるようにしよう。


「自殺……ね」


「うん、自殺」


「どう思うって、つまり、肯定的か否定的か、とかそういうの?」


「そう、そうです。二幹くんは自殺には否定派?」


「否定派……。うん、まあ、自殺はよくないことだとは思うよ」


「……そっか」


「そりゃあできればしない方が良い。悲しむ人も大勢いるし、生産人口が減れば国への影響もあるからね」


「……ほおー」


「……嘘。そんなこと実際これっぽっちも思ってないよ」


「急に凄いマジメーなこと言うからなんて返そうか困りましたよあたしゃ」


「事実ではあるけどね。でも僕はそんなに世界を俯瞰してみてる訳じゃないから」


「自殺はよくないってのも嘘?」


「いや、それは本当」


「そっかあ……」


「……いろりさんは殺人はよくないと思う?」


「そりゃあよくないよ。凶悪犯」


「それが自分になっただけだから。誰がどうあがこうと自殺はよくないこと。僕はそう思うよ」


「そうだよねー…………」


「うん」


「……」


「……」


「……」


「……でもね」


「な、なにっ?」


「自殺って行為はよくない。それは前提として、」


「う、うん」


「もし僕の前に自殺を考えている人がいるとして」


「…………うん」


「僕は多分止めないな。別にいいんじゃないかなって思うよ」


「それは、どうして…………? 人に迷惑を掛けないから?」


「いや、かけるよ。かけまくり。家族もそうだし、その人が死ぬ前に僕と関わってるから、僕も関係者になっちゃうし」


「あ、ああ、そっか……。じゃあどうして?」


「一応言っておくと、『死にたきゃ死ねば?』みたいな突き放すニュアンスじゃないよ。そうじゃなくて、『死にたいならそうすればいいんじゃないかなあ』みたいな、緩い肯定みたいな、そんな感じ」


「……進めるでも止めるでもないってこと?」


「……うん、そうだね。死にたいなら死ねばいいし、思いとどまったのならそうすればいい。僕は……そう思うよ」


「何回も聞くけど、それはどうして……?」


「だって死にたい人って、死にたいんだから。例えばそうだな……『まだ若い』――『生きてればいいことある』――『たまたま今辛いだけ』――『死ぬのは逃げだ』――みたいな安っぽい言葉しか僕には思いつかないんだけど、自殺したい人ってこんなこともうすでに考えてるでしょ」


「うん。…………あ、そ、そうかもしれない……ですっ」


「だよね、うん。そんなの全部考えたうえで、そしてずっとずっと悩んだうえで――僕には想像もつかないぐらい苦しんで悩んだうえで、それで自殺って選択を取ろうとしてるんだもん」


「…………そう、ですね」


「だったら、僕なんかに掛ける言葉はないよ。その苦しみの一端も分からないし、その相手のこともよく知らないし……。そんな僕が、目の前に自殺を考えている人がいるからってだけで義務感的に止めるのは、なんか違う気がする」


「…………」


「いろりさんも、そう思わない?」


「…………えっと、私は………………」


「……冷たいと思った?」


「いっ、いや、そんなこと……」


「いいんだよ。昔っからこんななんだ。僕の考えはどうにも受けが悪いんだよ」


「…………」


「僕は変わってるらしくて。……女の人も苦手で。だから昔っから仲良い人がああんまりできなくて…………ごめん、なんか愚痴っぽくなっちゃって」


「いやっ! それは、全然、いいんだけど……」


「……ごめんね」


「……いえいえ」


「……」


「……」


「…………質問の答えは以上だけど、どう? 十分かな?」


「あっ、うん、十分……だよ。本当に十分すぎるくらい……」


「そっか。ならよかった」


「……ありがとう」


「……どうしたしまして。じゃあ、僕は帰るけど」


「えっ」


「うん。今度こそ」


「……うん」


「また明日」


「また……明日…………」


「うん、また明日」


「――ま、待ってっ!」


「うおっ! ……ごめん、急に大声出すからびっくりしちゃった」


「あ、ごめん…………」


「いいよ、大丈夫。…………それで、どうしたの?」


「お礼……」


「お礼?」


「……そう。お礼を言いたくて」


「……それはさっき言われなかったっけ?」


「そっちは質問に答えてくれたお礼なのです」


「そっち……? じゃあ、今度はどっちのお礼なの?」


「…………」


「いろりさん?」


「……さっきの二幹くんの答え」


「えっ?」


「自殺に関する二幹くんの考え」


「あ、ああ……」


「あれ、凄い優しかった……」


「…………優しかった?」


「うん。否定するでもなく肯定するでもなく、ただ私の考えを『受け入れて』くれる。それがすっごい優しい答えだった」


「……本当に優しい人は止めると思うけど」


「そんなことない。止められるのは……辛い。だって、自分が『間違ってる』ってことを思い知らされるから。自殺がよっぽど異常な行動で、その選択しかないって考えちゃう自分が欠陥品だってことを突きつけられるから」


「それは…………考えすぎだよ」


「考え過ぎでも考えちゃうのですよ」


「……そうだけど」


「自殺を考える人――私は、心が弱いのですよ」


「…………へえ」


「先天的に心が弱い人。様々な要因で追いつめられて心が弱ってる人。……どっちもいるけど、自殺する人ってその両方を持ってる人が多い。でもそれは関係なくて、とにかく死を考える人は心が滅茶苦茶弱ってしまっているのですな」


「……なるほど」


「そんな人に一番ダメなのは正論。正論って、暴力だから」


「初めて聞いたよ、それ」


「私が考えたのです。エッヘン」


「……」


「……話を戻すね。間違っている人に正論を突きつけるってのは、まあ、悪い事じゃないよ。でも相手の心が弱ければ弱いほど、そして間違っているってことに自覚があればあるほど、それは相手を追いつめてしまうの」


「ふむ」


「ほら、お前は世の中の常識からこんなにずれてるんだ! そう言ってるのと同じだからね」


「…………」


「じゃあそういう人に何が一番いい事かって言うと――少なくとも私はね、私はだよ? 絶対じゃないからね? ……私は、さっきの二幹くんみたいに、大雑把に受け入れるのが最適解だと思う。一番やさしい答えだと思う」


「……そうなんだ」


「そうなのだ」


「それで、お礼」


「それで、お礼なのです」


「……」


「ありがとう、二幹くん」


「……話を聞いて思ったけど」


「うん」


「やっぱり僕がお礼を言われることじゃないよ。たまたま僕がいろりさんに歓迎されるような考えを持ってたってだけで」


「細かいことはいいのー! とにかく私はありがとうって思ったんだから、大人しく受け取ってくださいな」


「……」


「…………それもダメ? 迷惑、かな………………?」


「……いや、そうじゃなくて。……あー、いや………うん。どういたしまして」


「……!」


「なんか力になれたみたいで、よかった」


「うん! ありがとう!」


「どういたしまして」


「ありがとう」


「……どういたしまして」


*

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