休暇の思い出 ③
「あぁあああああぁあああ!!!」
ツカサは右手で竜の目を押さえ、左手で頭を抱えた。
現実の時間にすればわずか一瞬だったが、ツカサが竜の目を通して感じた恐怖、苦痛、憎しみはポッピが感じたそれと同じだった。
そのため視界と脳に溢れた情報がツカサを絶叫させるに至るのは仕方のないことだった。
「な、なんでぇ!こいつ急に叫んだぞ!?」
「あんた!大丈夫かい!?」
周りの人集りがツカサに驚いたり心配していたが、ツカサの耳には届かなかった。
「っあぁあ!」
ツカサは身体中に溢れる衝動を発散するため身体強化を行い、地面をありったけの力で蹴りつけた。
すると凄まじい轟音を上げながら、地面の石畳がツカサを中心に大きな亀裂を作り出し、人混みに届く直前まで巨大なクレーターを発生させた。
「ひぃいいい!化け物!」
「逃げろぉ!!」
「きゃあぁあああ!」
それを見た人混みは一瞬驚いたが、状況とツカサの危険性を察すると蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「……っ!殺すっ!あの男を!」
ツカサは己の内側に発生した自分のものではない、恐らくポッピの物であろう怨嗟の感情に引きずられながら、記憶の中で男が消えた方向に歩き始めた。
「男を探してる……最近随分と羽振りが良くなった、体格のいい男なんだが」
ツカサは進行方向に有った酒場で情報を得ようとマスターに話しかける。
「悪いな。ウチは客の情報は売らない事に……」
するとツカサはマスターが話し終えるのを聞かずに、バーの机を叩きつけた。
「なにす……!!」
「これじゃ足りないか?」
マスターが机を叩きつけたツカサの手を見る。
そこには王都金貨が掴めるだけ握られており、それはバーで人探しをする相場の数十倍の値段だった。
「しかし……」
「なんだぁ?にいちゃん野郎なんか探してんのかぁ?」
マスターは明らかに動揺していたが自分の主義を曲げる事に、目先の大金か、培ってきた信頼かで迷ったのだ。
そうしているとツカサの後ろから酔いつぶれたこれまた屈強そうな男がツカサを茶化しにきた。
「男に困ってんなら俺が抱いてやってもいいぜぇ!?その金でよぉ!ひゃははははは!!」
「……」
男がツカサの金に手を伸ばそうとした。
「……シッ!」
「ひゃはははぶぇぁああっ!!」
その時、身体強化したツカサの脚が男を店の壁まで蹴り飛ばした。
それを見て凍りつく酒場の人々。
「誰か知らないか?最近羽振りが良くなった体格のいい男なんだが……」
「あんだぁ?そいつぁ俺のことかぁ?」
すると店の奥からポッピの記憶通りの男が出てきた。
「俺になんか用か?」
ところが男の首元に見覚えのない何かが有った。
それはネックレスのようなものだった。
「あ?これか?この前俺にとんでもねぇことしやがった小娘がいてな」
すると男はそのネックレスのような物を自慢げに見せつけた。
「そいつのハンティングトロフィーって訳よ!がっははは!」
紐のようなそれには五本の指が通されていた。
「っ!!」
ツカサは内側からポッピの怨嗟が吹き出しそうになるのを辛うじて押さえ込んだ。
「あ?なんだその目は!?ケンカ売ってんのか!?」
しかし男を見つめる視線までは殺意を隠しきれなかったようで、彼はツカサの胸ぐらを片手で掴み、軽々と持ち上げた。
「や、やめろ!このままじゃ!」
「何をやめろってんだ!?俺様に命令すんじゃねぇ!!」
ツカサは男の手を掴み引き剥がそうとしながら説得を試みたが、男は全く応えなかった。
ツカサの内側ではポッピの殺意が膨らみ続け男の腕を掴む手のひらに身体強化をかけそうになる程だった。
「気にいらねぇな……1発殴って分からせてやらぁ!!」
男がもう片手を振りかぶりツカサの顔面に殴りかかろうとした瞬間、男の掴んだ腕が握りつぶされ、骨が粉々に砕ける音がした。
「あ?」
「っ……!!」
ツカサはポッピの殺意を抑え込もうとしたが、自分の体を乗っ取ったそれを止めることはできず、彼は男の脚に身体強化した身体で回し蹴りを当てた。
「っがぁああぁあああ!!」
「やめ!っ!!」
身体強化されたツカサの身体は男を死んだりしない程度に脚を砕き、腕をへし折り、無様にもがく背中に何度も蹴りを続けた。
「あ……あが……ぎぎ……」
「はぁ……はぁ」
続いてツカサの身体が男の右手に手をかけた。
「まさか……おい、お前あのガキの知り合いか!?金なら払う!どうか指は!指だけは!」
「っ!……あ……」
ツカサの身体は男の指を掴みゆっくりと曲げてはいけない方向に曲げ始めた。
「あぎぃいいいいぃい!!」
「……あと四本……」
「!!?勘弁してくれ!俺が悪かっ……ぎぃいいいいああああ!!」
男の指を一本折りきったツカサの身体は次の指へ手をつけた。
男は無様に媚びたがツカサを止めることは叶わず指はもう一本折られた。
その頃には酒場はマスター以外全員が店から逃げ出していた。
「ひゅー……ひゅー……ひゅぎっいいいぃいい!!」
「三本目」
意識が飛びそうになった男が再び激痛に叫ぶがツカサの内側にある殺意には届かないようだった。
「許し……許してぇええぇえげぇええ!!」
「うるさい、もう一本……」
ツカサも殺意に飲まれつつあるのか止めようという気持ち以上に、「あと一本で終わる」という喜びに近いものが胸を包んでいた。
「あがっ!あががっ!ぎぃいいいい!!」
「これ、で、最後っ!」
最後の親指は丁寧に一関節ずつへし折った。
この時、ツカサの意識は完全にポッピの殺意と一つになっていた。
「ひっ……ひぃ!命!命だけは!頼む!」
「……あはっ……」
ツカサの脳裏に聞いたこともないポッピのせせら笑いが聞こえ始めた。
それにつられてツカサも少しだけ笑った。
「あっ……ぎ……ぐぐ……」
「これでお終い……」
男に馬乗りになり首を絞めるツカサの身体。
ポッピの声と自身の発言が重なり、自分の意思から遠くの事の様に目の前の景色を観ていた。
「そこの少年!何をしている!」
すると酒場の誰かが呼んだのか鎧を着込んだ衛兵たちが酒場の入り口から入ってきた。
ツカサの行為を見て、その異常性に手を出しかねる衛兵。
なにせ自身の倍はあろう屈強な筈だった男をツカサが袋叩きにし、首を絞めているのだから。
「と、とにかく止めろ!事情は後で聞く!」
衛兵はツカサを掴み、男から引き剥がそうとしたが、凄まじい力で首を絞めている様で引き剥がすことができなかった。
「仕方ない!」
「!!」
衛兵はツカサの後頭部に槍の柄で殴りつけた。
ツカサは力なく倒れた。
「っはぁ!!……ぜぇ、ぜぇ!頼む!助けて!話す!全部話すから命だけは!命だけはぁああ!!」
男は泣きながら助け起こそうとする衛兵に縋り付いた。
「迎えが来たぞ。全く、竜の鱗の者なら初めからそう言えばよかったものを……」
「……」
ここは衛兵舎の監禁室。
迎えが来たので鍵を開ける衛兵。
しかしツカサは牢の向こうから話しかける衛兵にも無言を貫いていた。
「あーウチのツカサが申し訳ない。迎えに来た竜の鱗の社長、スケイルだ」
「スケイルさんですか。彼はこちらに……」
衛兵はスケイルの声がする方へ歩いて行った。
牢の彼方から聞こえた声に肩を震わすツカサ。
衛兵とスケイルの足音がツカサに近づいていった。
「ツカサ……昨日は随分大暴れしてくれたじゃねぇか」
「……」
スケイルが話しかけてもツカサは無言だった。
「安心しろ。男は罪状を告白して無期限の労働刑だそうだ。お前が女の敵討ちをしてた事も衛兵達は把握済みだ」
「……」
「……」
「……あの」
「なんだ?」
「彼女の指は……」
「あぁ……預かってもらってるが……欲しいのか?」
「……必要な用事が有るんです。ここを出たらそこへ行っても?」
「……いいぞ。行ってこい」
ツカサが重い腰を上げ、牢屋から出て行った。
ここはポッピの記憶をたどってたどり着いた彼女の家。
「……すいません」
「はーい」
ツカサがノックをして声を掛けると、しばらくしてドアが開いた。
そこには数人の幼い子供がいた。
「ポッピさんの事で伝えなければならない事が有ります」
「へ?」
「お姉さんは……ポッピさんは亡くなりました」
「「「……」」」
子供達は驚きながらも彼女の仕事ならいつかこうなると思っていたのか、泣き叫ぶ者はいなかった。
その代わりにツカサを見る彼らの目がみるみる輝きを失っていった。
まるでポッピのように。
「そこで彼女にも頼んでいたのですが……」
「なにこれ?」
「俺の仕事場の名刺です。見せれば仕事をくれるでしょう」
「「「……」」」
子供達はどこか疑いの眼差しでツカサを見ていた。
「これから毎日食料を届けに伺います。その時に働く気になればお返事ください」
「まって」
ツカサが立ち去ろうとすると子供の一人が彼の服の裾を掴んだ。
「どうかしましたか?」
「なんで僕らに優しくするの?」
ツカサは子供達に見つめられながら少し考えた。
そしてこう告げることにした。
「彼女への罪滅ぼしです」
彼等は後々ある件でツカサを支える事になるのだが、それはまた別のお話。
異世界でも!借りたお金は返しましょう! 〜担保はスキルにステータス〜 ひろ。 @964319
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