休暇の思い出 ①

 ここは竜の鱗の食堂。

 多くの職員が様々な食品をトレーに乗せ、席に座って食べていた。


「ツカサっていつも休暇何してるんすか?」

「ん?休暇か……」


 栗色の少し癖のあるショートヘアに同じく栗色の瞳、少し垂れ目だが眉はいつも上向きな少女、トリスは隣にいた黒の短髪に茶色の瞳、皆に比べて堀が浅く鼻が少し低いのが特徴の少年、ツカサに話しかけた。

 するとツカサは表情を少し曇らせた。


「へ?何か休暇にトラウマでも?聞いちゃまずかったっすか!?」


 トリスは手を振り乱して動揺した。


「まぁ。ちょっとある子を思い出してな」

「ある子?誰なんですか?もしかして元カノっすかー!?」


 ツカサが少し影のある笑みを返すと、トリスはそれを払拭するようにツカサを肘でつついて明るく振る舞った。


「いや。俺と彼女は一回しか会ったことがない……」

「……どんな人だったんすか?」


 ツカサが少し寂しげに遠くを見つめるので、トリスも茶化すのをやめて真面目に話を聞こうと姿勢を正した。


「あれはいつだったか……」





 それはツカサが初めての休暇をスケイルに言い渡された日。


「休暇か……」


 ツカサは自室のベッドに背中から飛び込んだ。

 あまりいいクッションではなかったが、それはツカサに痛い思いをさせない程度に衝撃を受け止めてくれた。


「何しよっかな……」


 ツカサの部屋にはこれといって本も、趣味の物も無かった。


「前世ならゲームでもしてるんだけどなぁ……」


 ツカサの脳裏に様々な元いた世界の記憶が巡った。

 そして最後は泣きながら自分の首を絞める両親の姿が浮かんだ。


「あーっ!考えるのはやめだっ!外行こう!」


 ツカサは最後の記憶を吹き飛ばすようにベッドから飛び起き、大声を出しながら立ち上がって自室の扉を開け、外に向かって歩き出していった。





 ここは竜の鱗から少し離れた大通り。

 多くの人々がツカサの周りを行き交っていた。

 通りの所々にはいい匂いを発する食品を焼いたり、煮たりしている屋台や、貴金属や精巧な装飾のされた布、雑貨を売るバザーなどが有った。


「じっと見てみると色々あるもんだなぁ」


 ツカサはそれらをゆっくり歩きながらそれらを眺めていた。

 すると人ごみの中からあまり綺麗では無い身なりをした少女がツカサに強くぶつかってきた。


「おっと!?」

「……ごめんなさい」


 ぶつかられ、ふらついたツカサ。

 少女はツカサを一瞥すると素早く立ち去ろうとした。


「謝るべきなのはその右手についてじゃないか?」


 ツカサは素早く体勢を立て直し、少女の右手を掴んだ。

 少女の手にはツカサの財布が有った。


「っ!!」


 少女はツカサの手を引き剥がそうとしたが、身体強化したツカサの手は万力の様に動かすことができなかった。


「な、なんで!?どこにこんな力が?」

「まあちょっと事情があってな」


 ツカサは少女の方へ振り向いた。

 少女は褐色の肌にボサボサの銀髪、黄色の瞳はどこか霞んで見えた。


「……行くぞ」

「え?行くってどこに……は!離せっ!離して……」


 ツカサは少女を掴んだまま騒つく大通りを外れて裏路地に入っていった。




 ツカサは裏路地の人通りがない所で立ち止まった。


「やっと止まった……なんなのよあんた!私をどうするつもり!?」

「ま、待て……俺はあんたを衛兵につき出そうとする奴らから守ろうと……」

「え?」


 少女がツカサに怯えながら問い詰めると、ツカサは手を離し、自分の意図を説明した。

 あのまま少女が大通りでツカサに抵抗していたら、今頃彼女は牢屋の中だっただろう。


「それにあんたみたいな目をした奴を放っては置けなかった。スリに手を染めようだなんてよっぽどの事情があるに違いないと思ったんだよ」


 ツカサはこの世界に来たばかりの頃、自分がしてた目をしたこの少女を助けたかった。


「……父さんが借金で頭が回らなくなって蒸発したんだ。次は母さんが流行り病で亡くなって……」


 少女はツカサの真摯な眼差しに少しだけ目の輝きを取り戻しながら話し始めた。


「それでも借金の催促は止まんないし、まだ生きてる弟達や私が食べてくためにはスリを続けるしか無いんだよ……」


 少女は歯がゆそうに顔を伏せた。

 その瞳は今にも泣き出しそうだった。


「なぁ。竜の鱗って知ってるか?」

「知ってる。この国一の金貸し。どんな手を尽くしても必ず返済させる事で有名じゃない」

「俺はあそこで働いてるんだ」


 少女の目が大きく開く。


「俺ならあんた一人くらいどっかの職に就かせる事も出来るし、借金だってウチが預かればもっと安定した返済方法が……」

「結局あんたも金の犬かよっ!」


 ツカサが少女を助けようと説得するが少女は今までにない鋭い目つきでツカサをにらみながら叫んだ。


「父さんが苦しんで居なくなったのは借金取りのせいだ!払えもしない返済計画を無理やり押し付けて父さんはそのせいで居なくなった!母さんだってあいつらが薬代にさえ手をつけなければもっと生きられたはずなのにっ!」


 少女は目に涙を浮かべながらツカサに向かって借金取りへの嫌悪を叫ぶ。


「待ってくれ。ウチはそんな無理な返済計画もしないしましてや薬代なんて……」


 ツカサは額に汗を浮かべて説得を続けた。


「ともかく!私は借金取りに組するくらいならスリとして生きていくほうがマシなんだよ!もう構わないで!」


 少女はそう言い放つとツカサに背を向けて歩き始めた。


「待ってくれ!」

「何?」


 ツカサが少女に向かって叫ぶ。


「助けた恩返しだと思って教えて欲しい!君の名前は!?」

「……ポッピよ」


 少女ことポッピはなを名乗り、大通りの方へ歩いて行った。

 ツカサはその背中が消えるまで見つめていた。



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