見せかけの善意 ③
ここは竜の鱗の社長室。
そこでは机を叩いたりしながら意見をぶつけ合う二人の姿があった。
「だからそんな手段ないっつってんだろ!慈善家野郎の会社は真っ当な貿易会社だからアイツの会社を訴えるのは不可能なんだよ!」
スケイルはここ二日寝ないで資料と睨み合っていたためストレスで気性が荒くなっていた。
「だったらせめてこれ以上アイツ等のせいで被害が出ない方法をですね!」
ツカサも慈善家達に対する怒りで語気が強まっている。
「法がアイツに味方してんだよ!返済方法は契約書類通りだし、よく読みもしないでサインした方が悪いように出来てやがる……貧民街に字が読める奴が何人いると思ってんだ!」
スケイルが慈善家への怒りやストレスから机に当たり散らすと衝撃で机が揺れた。
「畜生ッ!アイツが悪いってことはもう明白なのに何も出来ないなんて……」
ツカサも机を叩き、そして力なくうなだれた。
「二人して何を悩んでいるのかな?」
二人の間を分かつ机の上に突如スルートが現れた。
「「うわぁ!」」
「はははっ。随分な驚きようだ」
会議が煮詰まっていたツカサとスケイル、突然の出来事が起きたため、二人は大声をあげた。
二人の珍しい反応に満足するスルート。
「で?何をそんなに悩んでいる?」
「それが……」
ツカサは一から今回の問題、そして見つからない解決策に苦しんでることを打ち明けた。
「……成る程。簡単な話ではないか」
「「ええっ!?」」
笑みをたたえて話すスルートに、机に身を乗り出して驚く二人。
「つまりは大元である彼奴の首を取ればいいのだよ」
「え……」
「いくらなんでも殺しはちょっと……」
スルートの発言に引き気味で座席に戻るスケイルとツカサ。
「なにも直接的な意味ではないわ!よいか?まずは彼奴の会社の……」
ここは慈善家の貿易会社。
その社長室には勿論慈善家が座っていた。
「社長室!最近すごいですよ!うちの株式が飛ぶように売れています!」
「そうか……どこかが我が社を独占しようとしてるのではあるまいな?」
社長室に飛び込んできた社員は嬉しそうに報告したが慈善家は極めて冷静に返した。
「あ……いえ、どこも小規模な会社や貴族などであり大規模な購入は見受けられません」
「そうか……もういい……行け」
「はいっ!失礼いたしました!」
焦った社員は報告のみを冷静に行い、慈善家もそれに答えた。
「……くふっ……くひっ……ふはははははは!!やった!やったぞ!」
社員の足音が遠のいたのを確認すると慈善家は先ほどの冷静な表情から顔中から喜びを発していた。
「貿易会社も金融会社も上手くいっている!この調子なら俺はこの国を表と裏から支配することができる!!ハァーーッハッハッハッ!!」
「残念ながらそれは無理じゃないですかねぇ?」
「ハアッ!?誰だ!?」
高笑いをかましているところに突如他人の声がしたので慈善家は慌てて振り向いた。
「どーもー竜の鱗のツカサでーす」
「スケイルだ、一応社長をやらしてもらっている」
そこにはツカサとスケイルがいた。
「社長!すみませんこちらの方々が許可もなく入ってきて……」
受付嬢らしき女が二人の後方から申し訳なさそうに出てきた。
「構わん、持ち場に戻れ。何用でしょうか?うちには下賎な金貸しに頼む用事なんて無いはずですがねぇ……」
慈善家が黒革の高級椅子にゆったりと座る。
「ところがこっちには有るんだよなぁ……ツカサ」
「はい。我々竜の鱗がこの貿易会社の筆頭株主になったのでそのご挨拶に……」
スケイルがツカサの方へ視線を送ると、ツカサが何枚もの分厚い書類を背負っていたバッグから取り出した。
「こっ……これはうちの株券っ!?……で……でも今朝の報告では小規模な買取の集まりと聞いていた!!」
慈善家は椅子から飛び起き、机に並べられた株券を確認すると、確かに全ての名義が竜の鱗になっていた。
「あーそれね。ツカサ」
「はいはい。実はあなたのとこの株を買ったのは我々が作った子会社でしてねぇ。うちに借金してる貴族にも買わせましたよぉ……大変だったなぁ。あ、それからあなたの会社の方からも大枚叩いて買い占めました。今朝」
ツカサはスケイルに言われ満面の笑みで説明した。
「な……馬鹿な……そんな事をして何の得がある!?お前らが損してばかりじゃないかっ!!」
慈善家は震える指で二人を指しながら叫んだ。
「それは安心してくれ。さーて……これからどうするんだっけなぁツカサァ?」
スケイルがニヤリと笑う。
「はいよっ!なんとぉおお!この株式!全部売っちゃいまぁああすっ!!」
ツカサはそれに応えるように株式を両手いっぱいに掴み、それを宙に放り投げた。
部屋中に舞う株券。
「な……なんだとぉおおおお!?」
「しゃ!社長!大変です!」
「なんだ!!こんな時に!?」
「ひっ!わ、我が社の株が大暴落しましたぁああああ!!」
慈善家がツカサの発言に驚愕していると、社員が慌てて入ってきてそれを報告した。
「な?この売り代で少しは補填できると思うんだ」
スケイルはポケットに手を突っ込みながら話す。
「馬鹿言うな!うちの私財で急にそんな大金払えるか!金融会社の資金を出してもまだ足りんぞ!」
今はボサボサになった金髪を掻きむしりながら慈善家が叫ぶ。
「だったら足りない分はあなたの才能で補填させてもらいますよ」
ツカサが右目を金色に輝かせながら慈善家に告げた。
「ひぃいいい!!な、何を言って……」
「……」
ツカサは慈善家の精神を覗いた。
再び黒い靄がそれを邪魔していた。
ツカサは手帳の書類を書きながら慈善家の精神のさらに奥へ潜り込んで行った。
「や、やめろその目で俺を見るな!」
黒い靄が薄らいでいった。
「見るなぁああああ!!」
そこにあったのは今まで覗いてきたどの人よりもちっぽけな虚栄心だった。
「こんな……これっぽっちの気持ちで……あんたはぁああ!!」
「ひぃいいい!はなっ!離せっ!」
慈善家の胸ぐらを掴んで吊るしあげたツカサの脳裏には、母親を攫われ嘆く家族達、自分の家族が泣きながら自分の首を絞めている記憶が思い出されていた。
「ツカサ」
その時ツカサの肩にスケイルの手が被せられた。
「スケイルさん……」
「もういい。もう十分だ」
ツカサはその肩越しに自分のやり場のない怒りが溶けていくのを感じ、慈善家を下ろした。
数日後。
人通りの少ない貧民街の門で四つの人影が見えた。
「この度はわざわざ見送りに来てくださってありがとうございます」
「「ありがとーお兄ちゃん」」
「いやいや。気にしないでください」
そこには母を攫われた家族とツカサがいた。
家族達はツカサに感謝の気持ちを込めてお辞儀をした。
それに苦笑いで返すツカサ。
「それに俺も用事があって来たんです」
「はぁ。なんの用事で?」
父親は不思議そうにツカサを見た。
するとツカサが沢山の金貨が入った袋を差し出した。
「な、何ですかこれは!?」
「俺からの餞別です。必ず奥さん見つけて帰って来てください!」
「そんな!こんな大金受け取れませんよ!」
父親はそれを押し返そうとした。
しかしツカサはその手をさらに握りしめた。
「これは俺の願いでもあるんです。借金苦の中で両親を守れなかった俺の……」
ツカサの脳裏に両親の笑顔が浮かんだ。
「……分かりました。ですが必ずこれは返させていただきます」
「もう借金は懲りたんじゃないですか?」
「はははっ!確かに!」
父親は金貨を受けとり、息子達と当ての無い旅へと出発した。
数年後にツカサの元へその金が帰って来たのかは、彼は誰にも話さなかったと言う。
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