見せかけの善意 ①

 善意というものは素晴らしいものであるがそれが行使する者の利益のためならもはやそれは善意と呼べるのだろうか?

 ましてやそれが欺瞞のための見せかけならば。






「ここかぁ……しかし凄い家だな……」


 そこは王都の中でも貧民街に当たる場所だった。

 その粗末な作りの家々の中でも素人が自分で作りましたと言わんばかりの家が、今回ツカサの負債者が住む家だった。




 事の始まりは数時間前。

 社長室ことスケイルの部屋で彼に呼び出されたことから始まる。


「ツカサ。今日の返済先はちょっと面倒でな」


 部屋の椅子に座りながら、赤い短髪を掻くスケイル。


「俺に来る依頼で面倒じゃないのってありました?」


 対面の椅子に座りながら、ツカサは表情を曇らせた。


「まあそう言うな。今回の返済相手は貧民街の男、借りてる額も大した量じゃないし、返済工程通りにきっちり納めてくれてた奴だった」

「だったら普通じゃないですか」

「ところが最近その男が仕事中に怪我をしちまってな。幸い怪我も大した事もねぇし、そいつは所帯持ちだから返済期限を今回は伸ばしてやろうと思ってたんだ」

「ずいぶん良心的ですね。即金山行きかと思ってました」

「茶化すな。ところがその男『残り全部を今日中に返す』と手紙を送ってきやがった」


 ツカサは半笑いで聞いていた話を真剣な面持ちで聴き始めた。


「ツカサ。お前にはその返済方法について男を竜の目で調べて欲しい。怪しい店がなければそのまま返済完了。最悪は……」

「才能か身体能力を奪え……貧民街の負債者への見せしめに……というわけですか?」

「そうだ。残念なことに貧民街の顧客が、ウチから何処かの金貸しに流れているみたいだから、それを止める楔を打ち込んどく為でもある」


 スケイルは両手を組みツカサに鋭い視線を送る。


「やれるか?お前には辛い仕事かもしれんが」

「……」


 ツカサは前世の無理心中させられた原因である金融会社を思い出し、少し複雑な気持ちになった。


「いえ、誰かにやらせるくらいなら俺がやりますよ」


 しかしそれ以上に自分以外にこんな気持ちを味わって欲しくないという気持ちが上回った。

 ツカサは勢いよく立ち上がるとスケイルの部屋から出て行った。





 そして現在。

 ツカサは呼び鈴もないその家の扉をノックする。

 ドラの向こうでは複数人が談笑しているのが聞こえたのでツカサは声をかけた。


「あのー竜の鱗です。返済の件でお伺いに……」


 あれほど楽しそうに話していた空気が一瞬で冷めていくのをドア越しでもツカサは感じた。


「……入りたまえ。さっさと済ませたい」


 貧民街の出身とは思えないハキハキとした声で呼ばれたことにツカサは驚いた。


「お邪魔します……」


 ツカサがドアを開くと隙間の空いた壁や床に天井が目に移った。

 続いて壮年の男性がベットに座りながらこちらを見ており、その息子と娘であろう子供が怪訝そうにこちらを見ていた。

 その奥で母親と思われる少し翳りが見えるが、女の盛りを過ぎてはいなさそうな女性がツカサを心配そうに覗いていた。


「初めましてだな竜の鱗の金貸しさん。私は名乗るほどのものではないが、善意の第三者とでも覚えておいてほしい」

「慈善家って訳ですか。まあそんな高尚な方がこんな貧民街になんの御用ですか?」


 もう一人、白い商人礼服に身を包んだ金髪の青年が青い目をこちらに向けながら、ボロ椅子から立ち上がると握手を求めてきた。

 それに応えながら若干の嫌悪感をこめてツカサが問いかけた。


「単刀直入に言う。ここの返済は私に任せてもらえないだろうか?」

「!」


 ツカサは慈善家の発言に驚かされた。

 借金を肩代わりするのは理解できたが、そんなことをしても慈善家には何の得もないからだ。

 ツカサは慌てて竜の目で壮年の父親と慈善家の精神を覗いた。


「……」


 父親の方は心から慈善家を信じており疑わしき点は無かった。


「!?」


 しかし慈善家の精神を覗こうのしても何か深い靄のようなものがかかっていて覗くことができなかった。


「どうした?急に黙って……異論がないならこの金を受け取って早々に立ち去りたまえ」

「あ、はい……」


 ツカサは竜の目で覗けないものがあることを始めて知ったので困惑していた。

 その隙を突かれ慈善家の発言に乗ってしまった。

 ツカサは慈善家から金を受け取ると早々に家から立ち去った。






 ここはツカサの自室。

 これといって散らかりもせず綺麗でもないその部屋には特徴的なものは何も無かった。

 生活に最低限必要なベッドや机などがあるだけの部屋で、ツカサは椅子に座っていた。


「スルートさん」


 ツカサは誰もいない部屋でスルートの名を呼んだ。


「なんだツカサ。ずいぶん悩んでるじゃないか」


 どこから現れたのか一瞬で金のロングヘアーに右目に白い金糸で装飾された眼帯を付け、左目が金色の白い礼服を着た紳士、スルートが人の姿で現れた。


「この目にも見えないものってあるんですね」


 ツカサはスルートに驚くこともなく問いかける。


「完全な竜の目に見えぬ真理などない。ただそれはツカサの感じている限界なのかもしれぬな」


 スルートはニヤリと笑いながらツカサの右頬に白い鱗が生えそろった手を添えた。


「つまりもっとあの靄の中を見ようとしていれば……」

「その靄の正体は人の嘘だ。嘘で塗り固められた人間というのは見破りにくいものよ。目などなくても分かるだろうに」

「確かにそうでした」


 ツカサは頬に添えられた手にも動じることなく過去を反省していた。


「つまりそんな奴のまやかしにあの家族が踊らされてるのだとしたら……」


 ツカサはゆっくり椅子から立ち上がる。


「あの家族が大変だ!」


 ツカサはスルートを置いて走り出した。


「呼ぶだけ呼んで忙しない男だな」


 スルートはその微笑みを絶やさなかった。





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