失われた物 後編

 街は日も落ちきり、月は淡い光で街の屋根らを照らしていた。


「アイツの館は裏手が隙だらけだったな……げへへ……馬鹿どもめ……今にも吠え面かかせてやる……」


 その中を盗賊の男が気配を殺しながら歩く。

 目的地は自分を辱め、金の無心を断った男の館である。





 盗賊の男は塀を乗り越え、館の裏口の前に立った。

 裏口から少し離れた館の角から入り口を覗くと、門の入り口に守衛が二人、寝ぼけ眼をこすりながら立っていた。


「よし、早速はじめるか……」


 盗賊の男は裏口に戻り、鍵の穴に細長い金具を数本差し込み動かすと、瞬く間に鍵が開いた。


「よし。ではではお邪魔しますよーっと」


 盗賊の男は再び気配を殺しながら館の中へ入っていった。




 盗賊の男は昼間に案内された時に、さりげなくこの館の間取りや、宝が隠されていそうな場所に目星をつけていた。


「多分地下じゃなくてこの部屋だな……やっぱり鍵がかかっててる」


 故に鍵のかかった宝物室らしき場所に、まっすぐたどり着くことができた。

 盗賊は再び鍵穴に道具を差し込み鍵を開けた。


「さてさてお宝は……おおっ!」


 そこには金銀財宝……とまではいかなかったが、見るものが見れば価値がわかる貴金属や骨董品が置いてあった。


「よし、早速いただいていこう」


 盗賊の男は持ってきた袋に、なるべくかさばらず、音のしない貴金属類をメインに袋一杯、これから借金を返しても遊んで暮らせるほどに詰め込んだ。


「げへへ……笑いが止まんねぇよ……早速帰りますか。夜明けも近いし」


 盗賊の男は宝物室の扉をゆっくりと閉め、部屋を後にした。





「!?」


 裏口まで戻った盗賊は扉を開いて驚愕した。

 館の入り口に二人しかいなかった守衛が何故か館裏手を巡回しており、裏の塀から逃げ出すことが出来なくなっていた。


「あとはここから逃げるだけだってのに……ん?」


 盗賊の男は裏手から逃げるのを諦め、他の出口を探していると、正面玄関に守衛が一人もいないことに気づいた。


「げひゃひゃ!あいつら本当に間抜けだなぁ!」


 盗賊の男は守衛に見つかることもはばからず全速力で駆け出した。


「なっ!誰だ!待てっ!」

「待つのはお前だ!今日から変更があっただろ」

「ああ確か……」


 盗賊の男をみて守衛は慌てて追いかけようとしたがもう一人がそれを止め、守衛もそれに納得したようだった。


「げひゃひゃ!あいつら追ってこねぇぞ?何だかしらねぇがありがてぇっひゃひゃひゃひぎゃっ!!」


 盗賊の男の片足が急に止まり、盛大に転んだ。

 そこら中に袋に入れていた貴金属が散らばった。


「何が起こって……」


 盗賊の男が足元を見ると認識阻害の魔法がかけられたトラバサミに自分の足が挟まれていた。


「あぎっぎゃあああああああ!!」


 盗賊の男は絶叫を上げた。





 自分の館で酒を飲み、タバコを吸いながら夜を明かそうとしていた男は、その絶叫を聞いた瞬間、口元がニヤつくのを止められなかった。


「さて、あんまり待たせても悪いしな」


 男は対認識阻害用の眼鏡をかけて外に向かって歩き出した。

 その片手にボロボロ剣を携えて。





 盗賊の男は痛みに悶えながら思考を巡らせていた。


「ふーっ!ふーっ!だ、大丈夫だ!俺の能力ならこんなトラバサミすぐに外せるはずだ……」


 彼は顔中に脂汗を流しながら自分の足元のトラバサミに器具を挟んでいく。


「おや?大変そうだな」

「あ?……お、お前ぇええ!!」


 そこには随分と軽やかに話しかける男が居た。


「そのトラバサミは特注品でな、認識阻害の魔法だけでなく対盗賊用の細工がされてある。この敷地中に敷き詰めるのに随分と財を使ってしまった……それより」


 男は盗賊の目の前にボロボロの剣を差し出した。


「こ、これは!?」

「昔ある盗賊が逃げ出したせいで俺はこの剣でここを切り落とすことになってしまってな」


 そう言いながら男は失った左手を差し出す。


「だから似たような状況の君をぜひ助けてあげようと思ってこの剣を渡しにきたんだ」

「まさか俺にも片足切れってのか?ふざけんな!俺は……」

「お前が最初仲間のことまで謝りに来たのなら俺は許そうと思っていた。だがお前は俺に対してのみ謝った!ここから反省している様子もなくだ!」

「ひ、ヒィ!」


 それまで軽やかに微笑んでいた男が急に怒りをあらわにしたので盗賊の男は思わず悲鳴を上げた。


「というわけだ。さらば。機会があればお互い『失われた物』について語り合おうじゃないか……お前たち。後は任せた」

「「「承知いたしました」」」


 男が招集をかけると対認識阻害眼鏡をかけた召使い達が一斉に罠の撤去を始めた。


「お、おい!このアクセサリーやるからよ!俺のこれはずしてくれねぇか!?」

「……」


 盗賊の男は近くの罠を撤去している召使いに話しかけたが、一切の返事はなかった。


「誰かっ……誰かぁ!!」






 数時間後。

 何度やっても開かないトラバサミに疲れ果て、盗賊の男が意識を手放しかけた頃。


「……ん?あれは」


 空から高速で何かが落ちてくるのが見えた。


「どうも。約束の時間ですよ」


 そう思った瞬間、目の前にツカサが立っていた。


「あ……ああああああ!!ありがてぇ!」


 盗賊の男にとって天の助けに見えた。


「あんたならこれ外せるだろ?」

「ん?まあ俺の力なら出来ないことはないですけど……」

「じゃあ頼む!助けてくれた分は新しく借金してもいい!今はこれで前の借金は返すからよぉ!頼むよ!」


 盗賊の男は散らばった貴金属をかき集めてツカサに突き出した。


「お断りします」

「へぁ?」


 盗賊の男は一瞬ツカサの言ってることが理解出来なかった。


「これ、ここの方の持ち物でしょ?盗品は受け取れませんよ。せめて換金してくれないと……」

「あ、ああああ……あぁあああ!!」


 盗賊の男は視界が歪むのを感じた。


「じゃあ貰っていきますね。貴方の盗賊としての手腕」

「ま、待ってくれ!せめてこれを外すまで……」


 ツカサが盗賊の男の目の前で書類を書き上げると手帳を閉じた。


「もう遅いです。それでは頑張ってください」


 次の瞬間、ツカサは男の視界から消えていた。


「あ、ああ……あぁああああ……」


 男は必死に道具が刺さりまくった鍵穴を見たがもう何がどうなっているのかすらわからなくなっていた。

 その時、視界にボロボロの剣が見えた。

 男はそれを握りしめ振り上げた。


「あぁあああああああ!!!」


 それから男はどうなったのか。

 それは誰にもわかりません。

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