【番外篇】IFとも

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26話『IFを生きる』に出てきた、もしも二人が同級生だったら、という設定のスピンオフ的なお話です。未読でしたらそちらを先に読まれることをふんわりお勧めします。

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 あ、と思った。

 制服が冬服に変わった頃あの子が鞄に付け出した、へんてこなキャラクターが下駄箱の陰から見えたから。

 下駄箱の角を曲がるとやっぱり彼女がいて、携帯を耳に当てながら革靴を取り出してた。

 訳もなく、心臓が一度ぴょこんと跳ねた。


 角から現れた私のほうを一瞬だけ見て、あの子はふっと視線を外した。私たちは“友だちじゃない”から別に普通の反応だけど、なんとなく残念な気持ちになる。

 期末テスト返却の期間中で、今はほとんどの生徒はもう下校してるか、それぞれが部活動に励んでる時間帯。時々届く運動部のホイッスルの高い音や掛け声と、吹奏楽部が奏でる基礎練習の音が届く以外は、校舎に人の気配はない。

 クラスが違うので、私の靴箱は反対側。背中側で、彼女が携帯に向かってしゃべる声が聞こえてくる。


「電話何だったー? ……えーもう帰るよ、今日家で焼肉やるらしいからお腹空かせて帰りたいもん」


 焼肉なんだ。いいな。


「うん、いいでしょー。……はは、うん、じゃね、ばいばい」


 決して聞き耳を立ててるわけじゃない、けどなんとなくのろのろと靴を履き替えて、でもこのタイミングを逃すにはちょっと惜しすぎる、から自分の携帯なんかもチェックする振りをして。こんな時に限って誰からもメールは来てなくて。

 ばたん、と靴箱を閉じる音が後ろから聞こえる。

 声をかけたいけど、何て。

 ちらりと振り返ると、外でさあさあと降る雨を見ながら、少しうんざりした彼女の横顔。ほふ、と白い息が宙に浮かんだ。


「それ、可愛いね」


 咄嗟に声をかけてた。


「え?」


 突然話しかけられた彼女はこちらを振り向いて目を丸くしてた。あの子と初めてまともに目を合わせてみたらそれが予想外に衝撃的だったし、自分の口から出たでまかせに一瞬言葉をなくした。


「その……キーホルダー」


 仕方なく、彼女の学生鞄にぶら下がってる、毛むくじゃらの体につぶらな目がふたつ歪んで付いてるへんてこなキャラクターを指差した。あの子は「え、これ?」とますます目を大きくして、それから快活に笑った。


「はは、百瀬さん意外と変わってるね」

「……でも、可愛いから付けてるんじゃないの?」


 彼女の持ち物を褒めたのに変わり者扱いされてしまい、思わず訝しげな声で返した。彼女はくしゃりと破顔した。


「まさかー。これ、こないだ姪っ子がくれたんだけど、鞄に付けろってうるさかったから仕方なく付けてるだけ。いつ外そうか、虎視眈々とタイミングを待ってる」


 あ、そうなんだ、と軽く笑いながらも、妙な嗜好を持ってると思われてしまって、少し恥ずかしくなる。

 しゃべり終わり、不格好な沈黙が流れかけて、たぶん別れの挨拶をしようと口を開きかけた彼女より早く、


「今から帰り?」


また口が勝手に動いてた。


「あ、うん」


 下駄箱にいて、上靴からローファーへ履き替え終えてて、まあ誰が見てもそうだよね。

 今回は自分の意思で、ちゃんと勇気を出して言葉にしてみる。


「一緒に帰らない?」

「えっ」


 絶句した様子の彼女に、心臓がぎゅ、と縮む。でもすぐ彼女は小さく微笑んでくれた。


「うん、もちろん。いいの?」

「え、うん、帰ろ?」

「帰ろ帰ろ。わーお、まさか百瀬さんと帰る日が来るなんて」


 折り畳み傘を出しつつ言う彼女の横で、私も内心、ことの次第にびっくりしてる。

 なぜだかなんとなく気になってて、友だちになれないかな、ってずっと思ってたから。



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 お互い傘を広げながら、玄関を出る。


「雨やだね」

「ね」


 校門も過ぎてバス停までの長い欅並木を、傘を差してふたり、あの子と歩く。

 芯から冷えるような寒さにマフラーを巻き直していると、隣の彼女が思い出したように言った。


「あ、ていうか私、瀬戸って言います」

「え、知ってるよ」

「えっ本当に? それは光栄だー」


 私も自己紹介すべきかと思って、でもさっき百瀬さんって言ってくれてた、でも下の名前は知らないかもだし、と考えて、一応フルネームを名乗る。


「私は百瀬ももせけいです」


 すると彼女は明るく笑って、


「知ってるよー天下の百瀬慧ちゃんを知らないわけないじゃーん」

「天下って……何それ?」

「ウチの高校のアイドル的な。入学当初から知ってるっていうか、なんなら入学前から知ってる。お前の入る学校、百瀬慧っていう美少女オブ美少女いるらしいぞって聞いてたから」


 ……美少女オブ美少女。なんだか雑な呼び名だけど、喜ぶべきなのかな。

 それよりも、ひとつ大事な事実に気付く。

 ――私、この子の下の名前を知らない。どうしよう、正直に聞こうかな……。彼女は私のフルネームを知っててくれたのに、私は知らない。この流れはちょっと気まずい。

 なんて逡巡してたら、


「あ、私の名前はほたかって言います」


察しよく、彼女自身が助け舟を出してくれた。ほっとして、その音を繰り返す。


「ほたかちゃん」

「……うわあ、百瀬さんに名前で呼ばれる日が来るなんて、感慨深い」


 頬を押さえてしみじみしてる彼女にどう反応すべきかわからない。だからもう少し詳しく聞いてみる。


「ほたかって、どういう字?」

「稲穂の穂に、高い低いの高で、穂高」

「へえ。……綺麗な名前だね」


 視界いっぱいにどこまでも広がる黄金の稲たちが高々と豊かに実って、さわさわと風に揺れてる風景が頭に浮かんだ。

 あの子は一瞬はにかむようにして、それから神妙な顔つきになり、


「家族に、今日美少女オブ美少女に綺麗だねって褒められた、ただし名前が、って自慢しよ」

「あはは」


 別に名前だけじゃないよ、と傘の下の横顔に視線を向けながら考えて、でもそれを口にするのはなんだか恥ずかしいし、気持ち悪いかもしれないから、笑うだけで黙ってた。



 枝だけになった寒そうな欅が連なる道で、いろんなことを話した。なぜ中途半端な時間帯にお互い学校に残ってたのか、期末テストはどうだったか、どこのクラスか、担任教師や選択授業の評価や、共通の友だちの話、どの辺りに住んでるのか、とか。


 気まずくならずちゃんとしゃべれるかなという不安と共に、足元へ敷き詰められた赤茶のレンガに目を落として歩き始めたけど、しばらくして、自然と隣の彼女に視線を向けて話せるようになった。

 ぱっちりした目に、薄い唇。アッシュベージュの柔らかそうな髪の毛が肩のあたりでゆるくウェーブを描いて、長身の細身と調和してる。話し振りはひょうきんで、表情は基本的にシニカルな感じ。でも、時折にっこり微笑むとすごく優しげになる。


 遠くから見かけるだけで直接しゃべったことはなかったけど、こうして会話してみると、彼女は気さくでとても話しやすかった。


 長い並木道の終点、駅までのバスを待つ停留所に着いた頃には、あらかたのことをしゃべり終えてしまってた。

 めぼしい話題はないけど、ふたりきりの沈黙が気まずくもあるけど、でも、誰か知り合いが来ませんように、となぜだか願ってしまう。


「……」

「……」


 年の暮れも迫った今の時期は、そんなに遅くないこの時間でもすでに日が落ちかけてて薄暗い。空から静かに降る雨は、真冬の寒さでみぞれになりかけてる。天気のせいか、バスは遅れてるみたい。

 みぞれが傘に当たる、はたはたという音で、沈黙の気詰まりが紛れていた。


 ローファーの中の靴下が少し濡れて冷たい。鼻の先が冷えてる。


 ――つまんない子だと思われてるかな。

 でも、なんとなく、どうでもいいことをしゃべるより、このまま黙って並んでいたい気もする。不思議だ。


 だけどやっぱり、彼女は退屈してるかも。心配になって隣を少し伺ってみたら、意外にも彼女は機嫌がよさそうだった。

 きゅ、と上がった口角を見て、私の心臓もきゅ、となった。


「瀬戸さん、なんか楽しそうだね」

「んー? ……やー、私、朝のテレビの星座占い見ないようにしてるんだけどさ」

「なんで? 私いっつもチェックしてるよ」

「なんかそれで運勢悪いと朝から一日中やる気なくすじゃん」

「それはたしかに」

「それで今朝さー、あ、今うちのお兄ちゃんが実家に来てるんだけどね、今朝あいつがにやにやしながら、お前の星座、最下位だったぞ、ってわざわざ教えてきたわけ」

「わー……結構意地悪だね」

「でしょ、根性ひんまがってるの。やつの娘ちゃんがべらぼうに可愛いってところだけがもはやうちの兄の美点」

「でもなんでそれなのに楽しそうだったの」

「あ、そうそう、最下位だし、数学のテスト結果は悲惨だったし、帰りがけにめんどくさい用事押し付けられて帰る頃には雨降ってるし、でやっぱ最悪な一日だったなーと思ってたんだけど」

「うん」

「百瀬さんと帰れて、なんだよかった、全然最悪じゃないじゃん、と思って」

「……」


 どうしよう、にこにこしてる彼女が……可愛い。

 彼女は歌うように言う。


「夕飯焼肉だし、最高じゃんね」

「――それは最高だね」


 私の運勢は、どうだったっけ。

 でも、彼女と友だちになれた。すごくいい日だ。

 友だち……になれたと思っていい、かな?



 やってきたバスに乗り込むと、暖かさにため息が出た。車内はわりと混んでたから、つり革につかまって彼女と並んで立った。もう傘は閉じてるので、今までより間近だ。なんだかそわそわする。ちょっと暑いくらいにヒーターが効いてる。

 ふうと息をついて、流れる景色に意識を集中し、かけて、窓ガラスに映るあの子が、ガラス越しに微かに笑いかけてくる。


「私もそこそこ背高いほうだけど、百瀬さんも高いよね」


 そう言って、同じくらいの身長で並ぶ私たちの頭のてっぺんを手で比べてる。


「うん、私はもうこれ以上身長いらないんだけど、まだまだ伸びてる」

「……いいなー」


 本当は、何度か彼女のユニフォーム姿を見かけてるから知ってるけれど、素知らぬ顔をして訊いてみる。


「瀬戸さん何部?」

「バスケ部。だから、身長欲しいんだよー」


 向かい合って普通にしゃべるより、ガラス越しに視線を交わして話すほうがなんとなく親密な気がして、こそばゆい。


「百瀬さんは何部?」


 あらゆる部活の入部勧誘の凄まじさに圧倒されて入るタイミングを失ってしまった。何か打ち込むものを持ってる他の子たちに対しては引け目を感じてるから、返答も小さくなった。

「――帰宅部」と答えた瞬間、バスが急ブレーキをかけて大きく揺れた。私はよろけて、彼女の胸の中へ飛び込んでしまう。


「ご、めん」


 支えてくれた彼女の腕から慌てて離れたけど、その慌て具合が変じゃなかったか、とかいろんな混乱が押し寄せて、心音が一気にうるさくなった。一方の彼女は落ち着いた様子で、


「ううん、私バスケ部なんで。一応足腰鍛えてますんで」


どっしりと腰を低くし脚を肩幅に広げて、問題なし、というように片手を押し出してる。短いスカートでそんな体勢をとると危なげで、また慌てさせられる。


「パンツ見えちゃうよ」

「失敬」


 鷹揚に手刀を上下させながら彼女は普通の姿勢に戻った。おじさんみたい。改めてお礼を言う。


「帰宅部の軟弱者が、すみません。助かりました」


 頭を軽く下げれば、彼女はちょっと困ったように、


「――軟弱っていうか……すみません、支えたときの百瀬さんの感触、なんかめっちゃ女の子で……正直ドキッてしました……」


 ドキッてしたの、私だけじゃなかったんだ、よかった。


「一応女の子なので……」


としどろもどろに返すと、彼女は真面目な顔つきでうんうんと頷きながら、


「彼氏さん、ほんと幸せ者だね」


と言うので、驚いて、


「えっ、彼氏?」


と聞き返せば、彼女はきょとんとして、


「百瀬さんの彼氏」

「いないよ」

「えっそうなの」


今度はあちらが目を大きくしてる。


「――瀬戸さんはいる?」


 今度は私が尋ねると、あの子は頬を緩めて片手を振った。


「いないいない」

「あっそうなんだ。あのよく一緒にいる子、彼氏だと思ってた」

「えっ何それ誰!」

「んー名前はわかんないけど、背は高くなくて、細くて、顔の綺麗な」


 渡り廊下などで、彼女がその男の子と屈託なく笑ってるのを時々見かけてた。彼女ははっとして、それから顔を歪めた。


「……タカシか! やめてよ、気持ち悪い!」


 ムンクの叫びみたいになった彼女に思わず笑いながら、


「でも仲良そうだなって思ってた」

「あいつただ中学が同じだっただけだから。やば、ウケる、タカシに言お。てかやだな、他にもそう思ってる人いたりすんのかな、まじかうわ縁切ろうかなあいつと」


 まくし立てるように言って再び彼女が顔をしかめたので、


「ごめんごめん、勝手になんとなく私がそう思ってただけ」

「はーいやあ、全然そんなんじゃないです。クリスマスイブも部活だけど、練習あってよかったーって思ってるクチだよ」


 わかるわかる、と返事をしてると、小首を傾げて彼女は、


「好きな人はいる?」


と尋ねてきた。

 咄嗟に返答しかねてほんの一瞬間が空いてしまった。すると彼女はわずかに慌てた様子で、


「うわ、ごめん、天下の百瀬さんにぐいぐい聞き過ぎたよね。好奇心放し飼いにしてた。もっと仲良くなったら聞くね」


 ――“もっと仲良くなったら”。今日だけが偶然の時間じゃなくて。その未来がある、という前提の言葉に、心がじんわりとあったかくなる。だから、微笑んで答える。


「ううん、いないよ」

「――そっか」


 こう答えたときに同年代の子たちがするみたいに、えーなんで、とか、うそー、とか驚いたりせずに、ほんの少し表情を緩めてひと言で終わらせた、その大人びた横顔、深入りしない態度がちょっと意外だった。

 もしかしたら、私が警戒して、いないととりあえず答えたように思われてるのかも。そんなんじゃないよ、本当にいないの、と言い募ろうかと思ったけど、それもおかしいかな、と考えて、「瀬戸さんは好きな人、いる?」って聞こうか迷って、でもなんとなく聞きたくなくて、とぐるぐるしてる間に、


「あ、雪になってる」


あの子は窓の外を見てつぶやいた。


「ほんとだ」


 バスはそろそろ駅前に着くみたい。ロータリーにでんと設置された大きなクリスマスツリーが見えた。



 停留所から駅の中へは少し距離があるけど、傘を差すような遠さでもないのでそのまま歩いた。

 「何線?」「一緒だ」「どこ行き?」「じゃあ違うホームだね」なんて言いながら駅ビルの昇りエスカレーターに乗ってると、ひとつ段をあけて上段に立ってた彼女が、「あ」と声を上げて、一段降りてこちらへ近づき、私の前髪へ腕を伸ばした。彼女の袖口からは、うちの柔軟剤とは違う香りがした。


「手出して」


 言われるがまま手袋を付けた手を差し出すと、


「はい、ちょっと早いクリスマスプレゼント」


私の手袋の人差し指の上に、雪の結晶が一粒乗ってた。透明な樹の枝が広がったようなそれは、すごく端正で可愛い。けれど。


「……瀬戸さん、気障きざだね」

いきと言ってよ」

「粋だね。でも粋すぎて、持ち帰れる自信ないなあ……」


 エスカレーターを降りて、手の中のあまりに脆いプレゼント見つめていれば、


「えい」

「あ」


手袋を外した彼女の指が結晶に触れて、それを溶かした。


「5秒で消えるプレゼント」

「あーあ」


 私もあげたいな、と思って、自分のコートや彼女の全身に視線を向けてをきょろきょろしてると、


「もしかして、私にもくれようとしてる?」


と聞かれたので、「うん」と答えたら、彼女は短く切り揃えた前髪の下の眉毛をちょっと困ったように下げて、


「いいっていいって。今日百瀬さんと一緒に帰れただけでも、神様からクリスマスプレゼントもらったようなもんだし」


なんて言うから、


「……やっぱり気障じゃん」

「いや粋って言って」


とふたりで笑い合う。

 それから、あっと思いついた。


「じゃあ、連絡先、交換しよう?」


 私がそう提案すると、彼女は目を細めて口元を皮肉っぽく歪めた。


「なるほど、百瀬さんの連絡先は、クリスマスプレゼントにも値するようなたいそうな価値がある、ということですか……さすが美少女は違うね」

「ち、違う、そんなつもりじゃないけど」

「ふふ、冗談だよ、交換しよしよ」



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 彼女と別れて、駅のプラットフォームで一人電車を待つ。吹いてくる風は冷たいけど、心はほくほくしてた。携帯の画面を見つめながら、唇が緩む。新しい連絡先として、彼女の名前が液晶画面でぴかぴかと光ってる。


 なんてメッセージを送ろう、あんまりすぐ送るのもうっとうしいかな、んーでも時間が経ってから送るのも不自然かもだし、なんて考えてると、まさに彼女からメッセージが届いた。


『瀬戸だよ〜。わーなんかあっちにモデルみたいな綺麗っぽい女子高生がいる、と思ったら百瀬さんでした。今日はありがと〜楽しかったです。気をつけて帰ってね』という文章と共に、マフラーに顔を埋めた制服の女の子が携帯を持って俯いてる姿――私、が遠くから写された写真が添付されてた。

 私の後ろには赤と緑の大きな電飾で“Merry Christmas”という文字が鮮やかに走り、曇天の空からは粉雪が舞っていて、その写真はちょっとしたポスターか何かのようだった。


 携帯からぱっと顔を見上げると、三つ線路を挟んだ向こう側にあの子が立ってて、ぶんぶんと手を振ってきた。

 ――ほんの30分前には、視線が合っても一瞬で逸らされてたのに、今はこうして遠くからでも大きく手を振ってくれる。胸がいっぱいになって、手を振り返すのも忘れて、ただ笑顔を浮かべてしまった。

 手を振り返さなきゃ、と遅れて気付いたときには私たちの間にちょうど二本電車が滑り込んできて、そして彼女を連れ去ってしまった。



 空っぽになった向こうのプラットフォームから目を離して、携帯を再び見つめる。

 なんて返信しよう。

 心臓の鼓動が、文字入力を待つカーソルの点滅と同期していく。


 親指が文字の間で迷う。そのためらいも、なんだか甘やかで。

 だって、明日からは、学校で会えば挨拶できる。会えなくたって、文字を送れる。


 私たちは、友だちになった。



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(一方その頃)


『やばやばやば、聞いてタカシ。あの百瀬慧ちゃんと友だちになったんだけど。そしてタカシと付き合ってると思われてたウケる。めっちゃ可愛かった百瀬さん。いい匂いして柔らかかった』

――『は? 夢?』

『夢じゃねーよ。いや待って、夢……ありえる? 夢だった? 夢かも。夢かな?』

――『キモ』

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