『それでも恋するはまやらわ』(『トーク・トゥ・ヒム_Ⅱ』)


「自信たっぷりに、大きく歩いて……はい、そこでターン! ――いいね!」


「裾をはためかせて。衣装の軽やかさをもっと出してみて……そうそう!」


「目をつぶって、太陽を探してみて。光の暖かさを感じるように。――うん、すごくいい表情!」



 人通りもまばらな早朝から、街の一角で撮影は始まっていた。朝の早い時間とはいえ、すでに気温もそれなりに高く、蒸し暑さを感じるような気候だ。

 スペインの写真家アンドレは、線の細い、柔らかな雰囲気をまとった男性で、惜しみない賞賛の言葉を玲へ送りながら、軽やかにシャッターを切っていく。



「腕を膝の上にリラックスさせて置いて。顔の角度はこれくらいで、少し、挑戦的な表情で」


「この壁のグラフィティがイケてるから、そうだな、そこから歩き始めて、視線を少し落としてみようか。……うーん、やばいね!」


「あっ、じゃあ、あの街灯の後ろに立って、横顔を見せてくれる? どっちサイドの顔がお気に入りとかある? どこから見てもレイはとても綺麗だけどね! ――そう、それで、目をちょっとだけ、こんな具合に……」


 小規模の撮影隊を伴いながら街を歩き、撮影ポイントを見つけては次々とアイディアを試している。時折ユーモアを織り交ぜては進行する和やかな撮影に、玲も伸び伸びとやれているようだ。

 スペイン語でのやりとりを想定してマルセラに通訳を依頼していたものの、初めの挨拶からアンドレは英語で話してくれているので、玲もダイレクトに指示を理解している。そんな様子から通訳の必要性はないと早々に見て取ったマルセラ女史は、撮影クルーの若い男子と談笑して交流を深めてばかりいる。ああ、マルセラよ。



 ふさふさと生えた黒髭とキャップの合間に見えるアンドレの目は柔和で、かける言葉も態度も優しいが、ひとつ、問題となる癖が彼にはあった。

 興が乗ってくると、英語がスパニッシュ訛りになっていき、いつの間にやら完全なスペイン語をしゃべっている、ということがあるのだ。


 興奮しているアンドレは自分の話す言葉が母語になっていることにも気付かないので、マルセラさん助けて!と姿を探せば、少し離れたところで件の男子と親しげに話している。おお、マルセラよ。ていうかそこのひょろりとした若い君も、アンドレのアシスタントとして紹介されたはずだったのに、師匠の仕事そっちのけでだいぶ年上のお姉さんと話し込んでてええのんかい。


 スペイン語でまくしたてるアンドレの意図を汲み取ろうとしていた玲も仕方なく、


「あの、アンドレ。申し訳ないけど、英語で話してくれると助かる」


なんて苦笑いで申し出ることになる。


 「あーっ、ごめん、ごめん!」と、彼は快活に笑ってまた英語モードに戻るものの、


「無造作に髪をかきあげてみて。ほんの少し髪を触るよ、大丈夫? 視線をここに……そう、顎を少し上げよう。うんうん、素敵だね!」


「あそこのタイルと服の色がマッチしてるからそこによりかかってみようか。片足はこんな風に立てて」


「今そこに差してる光がすごくいいからそこへ立ってみてくれる? あーっとてもいいね! 綺麗だよ! まじでいい!」


などとやっているうちに、また英語がスペイン語寄りになっていく。

 アンドレがまだ英語圏にいるうちに、とマルセラ女史とアシスタント君へ近付いて、こちらがおずおずと「マルセラさん、通訳のほう……」としゃべりかけると、なんと彼女は露骨に嫌な顔をしてくる。おい、マルセラよ。――マルセラ仕事しろ!




 少し長めの休憩を挟むこととなり、念入りに玲の化粧直しにかかっていると、マルセラと話し込んでいたアシスタント君をアンドレが呼び寄せているのを見た。作業しつつ横目で観察していると、どうやら注意を受けているらしく、アシスタント君はしゅんとうなだれていた。叱責するでもなく、おそらく言葉を選んで、ぽんぽんと気軽に肩を叩いて別れたアンドレは、きっといい上司なんだろうな、と思う。



「アシスタント君、アンドレに怒られてやんの」

「え?」

「たぶん、マルセラさんと話しすぎって」

「ああ」


 アイシャドウを塗られている玲が、目をつむったまま肩を揺らして笑う。


「すごく仲良さそうだよね、あのふたり」

「マルセラさんのぐいぐいっぷりよ。これでマルセラさんも通訳業に集中してくれればいいんだけど」

「アンドレ、我を忘れてスペイン語になるのかわいいよね」

「玲もスペイン語の指示をあんなに長いことよく聞いてたわ」

「情熱がすごくてなんとなくなら伝わった」


 そう話していると、


「レイ、ホッター」


と紙コップを両手に持ったアンドレが声をかけてきた。ホッターとは私のことである。


 はい、お水、と手渡してくれたカップにはきちんとストローが刺さっている。


「これまでのところ、どう? 楽しんでる?」


 近くの手頃な段差に腰掛け、気軽な雰囲気で彼は聞いてくる。


「アンドレのおかげで楽しめてるよ。街のいろんな場所を見られてるし」


 そう答えた玲へ彼は満足そうに微笑んで、私にも確認するように目を合わせてくるので、うんうん、と頷いてみせる。


「昨日は街を観光したんだよね。どこへ行ったの?」

「主にガウディの建築と、マーケットもちょっと見たよ」

「うーん、そうかあ。明日の撮影が終われば、君たちはすぐ日本へ帰っちゃうんでしょ?」

「うん」

「もっといろんな所を見てほしいな。街の空気や人を見て、それでレイの感じたスペインを表現してほしい。……今日はもう撮影を終わらせて、君たちにスペインを楽しんでもらうっていうのはどうだろう? 今日はすでにいい写真がたくさん撮れたから」


 彼の唐突な申し出に、玲も私もきょとんとしてしまう。


「構わない……けど」

「よし! じゃあ、そうしよう」


 言うが早いが、彼は撮影クルーを集めて何か伝え、見る間に撮影隊は帰り支度を整えていく。スタイリストさんは、「その衣装、明日返してくれればいいから☆」と見事なウィンクをきめて颯爽と帰ってしまった。


 スペインを楽しむにあたって、何かいい場所を教えてもらえないか、と頼りにしかけたマルセラは、すでにうら若きアシスタント君とどこかへいそいそと消えようとしていた。その軽い身のこなしへ呆気にとられつつ、仕事にどっぷりと浸からない感じ、仕事よりも自分の人生を中心に据えている感じはいいな、とも素直に思う。


 アンドレも、「じゃっ、また明日。いい一日を!」と言って晴れやかに去っていった。



 ――急遽ぽっかりと空いた午後に、玲とふたり。


「玲の感じたスペインだって。地味に難題ふっかけてきたよね。どうしよっか……建築系は回っちゃったし」

「……んーーっ」


 両腕を宙へ向けて思い切り伸びをする服の裾が上がって、玲の白いお腹がちらりと覗いた。ぺち、とその薄く筋肉の付いた腹を軽く叩くと、彼女はへへ、と茶目っ気を混ぜて笑い、言う。


「ちょっと足伸ばして、他の街ぶらっと散策しない?」

「そうだね。せっかくだから、予定詰め詰めにするより、ゆっくり回ろっか」




===============



 メトロを使って少し先の都市へ出て、目的もなくぶらぶらと町歩きをした。

 全身をくまなく銅色に塗って彫像のように固まる人や、マジックを披露する人、バイオリンの独奏、小さなバンドで演奏する人たちなど、道のあちこちで繰り広げられる大道芸も楽しんだ。



 そうして歩き疲れた頃合いで、広場に面したカフェのテラス席で休憩をとった。

 急ぐ様子もなく歩いている人、広場のあちこちで思い思いに過ごしている人が見られる。

 パラソルの日陰の下、時々思いついたように玲と会話する以外は黙って、コーヒーと街の空気を楽しんでいた。


 太陽に愛されたような小麦色、まろみのある乳白色、まさしく透き通るような白、チョコレートよりも深く、漆黒に濡れて輝く肌。

 錦糸のように細い金、くるくると渦巻く黒、くすんだ灰色、柔らかくカールする薄茶、複雑に編み込まれたドレッドヘア、はっとするような橙色、の髪たち、まつげ。

 薄い緑色、空色、ねずみ色、褐色の瞳。自分とは全く異なった色のあの瞳には、どんな世界が見えているんだろう。毎日鏡の中で覗き込むその目の色は、やっぱりその人のモノの考え方や見方に影響を与えるのではないか。

 あの肌、髪、目の色で、あの体つきなら、と街の人々の様々な身体のありようから、あらゆるヘアメイクのバリエーションを空想する。


 っていうかなんだあの腰の高さ。腰だ、腰が歩いてる。

 えっ!? ちょ待ってお姉さん、それパンツ丈が短いとか露出度とかの問題じゃなくて、そこもうお尻始まってますやん、お尻、ケツが常に見えてるスタイルですやん。えーしかもものごっつ美人さんですやーん、なんそれー。



 などと考えていたところ、腕をぽんぽんと叩かれた。正面を見上げると、


「ちょっと、サングラス外してまでよそ見ってどうなの」


眉根をほんの少し寄せた玲がいた。


「やっぱお国が違うと肌とか体毛の色って色々だからさあ。どんなメイクが映えるだろーって考えるの楽しくて」

「研究熱心なのはいいけど。時々普通に見惚れてませんか?」

「……やー。やっぱスペイン眩しいなーもうちょっと濃ゆいグラサン買おっかなー」


 そう言いながら、ふと、自分の腕にかけられたままの彼女の手に気付く。

 その視線を受けて彼女が気まずげに引きかけた手を、とっさに私の手が追いすがりかける。


「え?」


 ぽかんとした声が彼女の口から漏れ出て、我に返った私は手を引っ込めた。


「ごめん」

「……」


 サングラスに遮られて彼女の瞳は伺えないが、じっと見つめ返されている気配を感じる。


「……そろそろお店出よっか」


 苦笑いを浮かべて提案すると、彼女も素直に同意した。




===============



 天気もよいので、途中で見かけた大きな公園で軽食でも摂ろうか、と話して、スーパーマーケットでお惣菜やパン、飲み物とレジャーシートを買った。日本ならばご機嫌でビールを買っていたところだけれど、屋外飲酒は禁止されているので、ビールの代わりに涙を飲んで我慢だ。



 こうしてゆっくりと観光していると、気付くことがある。

 ときどき、仲睦まじそうな女性同士、男性同士もここでは普通に歩いている。

 男性カップルのほうが多い気がするのは、女性同士が仲良くしているよりも、男性二人が体を寄せ合っているほうが珍しい光景で目につくからだろうか。

 スーパーマーケットでレジ待ちをしている間も、前に並んでいた二人の男性がごく近い距離で話していて、"そう"なのかな、と考えていると、目の前の二人はとても自然にキスを交わした。内心はっとしたが、大げさに反応するのも、隣にいる玲を伺い見るのもなんだか違う気がして、黙っていたけれど。


 じわじわと、心のどこかが和らいでいく。ここでは、特別なことではないんだ、と。


 その、日本とは異なる、"当たり前"の気配に昨日からあてられて、公共空間でも、彼女に触れていたいと無意識に思ってしまった。

 それで、さきほどのカフェでは、離れようとする彼女の手を追いかけてしまったのだ。




 買い物袋をぶらさげて到着した公園は、広々として緑が多く、時折吹く風は心地よい。遠くには噴水も上がっていて、陽光を反射してきらきらと輝いている。たくさんの人が各々、自然の恵みをゆったりと享受していた。



 外国にいるからって、気が緩みすぎかもしれない。


 ――でも。でも、やっぱり、多少距離が近くてもいいのでは、なんて思ってしまう。

 だから、大きく息を吸って、彼女に提案してみる。


「ね、あの大きな木までの道、腕を組みませんか?」

「えっ」


 少し先の広い木陰を指差す私を見て、彼女は言葉を詰まらせた。

 それから、にっこりと花が開くように微笑み、頷いた。


 二人同時に腕を差し出しかけて、一緒に吹き出し、私から先に玲へ腕を絡めた。


 こうして堂々と体を寄せて玲と屋外を歩いているのが、信じられないような気持ちだった。

 強い陽射しのもと、くっきりとした二人の影がひとつに重なって無言で歩いている。黒々と落ちる影を見つめて、玲の柔らかさを感じていると、夢のようで、くらくらする。



 この道を渡りきってしまえば、すぐに目標の木だ。

 この時間も、もう少しで終わる……終わってしまう――。


 すると、後ろから追い抜いていった自転車の男性が少し先で止まり、振り返った。


「レイ?」


 ぎょっとして、腕をほどく。


「……アンドレ」


 ヘルメットを被ったアンドレが私たちを見ていた。

 ひと足早く、玲が彼に歩み寄った。遅れて私も挨拶をする。心臓がばくばくと脈打って、冷や汗が吹き出すのを感じた。

 そんな私の動揺も気にせず、アンドレはにこやかに話し始める。


「偶然だね」

「ほんとに。この公園へよく来るの?」

「うん。天気のいい日はこの辺をサイクリングするんだ。とてもいい雰囲気の公園でしょ?」

「ええ、緑が豊かで風も気持ちいいね」


 さすが切り替えが早いというか、私の心臓が跳ねまくっている間にも、玲は何事もないかのように落ち着いた様子で話に興じている。


 私の持つ買い物袋へ目を止めた彼が爽やかな笑みを浮かべて、


「ピクニックするの?」


と訊いてくる。


 まともに英語をしゃべれない私は精一杯の親しみを込めて、「いえーす」と買い物袋を高く掲げて馬鹿っぽく返答するしかできない。


「いいね、楽しんで。じゃあ、そろそろ僕も行くね、バイ」


 高そうな自転車を軽やかに操り去っていく彼を見送る。


「……」


 彼の姿が米粒ほどになってようやく、脱力した口を動かして隣の彼女へ問いかけてみる。


「……あー……。どう思うよ」

「……んー……。わかんない」


 さきほどまでアンドレと普通におしゃべりしてみせていた玲も、どうやらそれなりの衝撃を受けていたらしく、力ない声が返ってきた。


「……外国の人って、こういうとき露骨に態度に出さない習慣が身についてる感じだよね……心の中でどう思ってるかは別として……」

「……そうだね……」

「とりあえず……あの木を目指そう……初志貫徹……」



 大樹の下へのろのろと辿り着くと、どっと疲れが押し寄せた。


「日本だと仲良しの女の子同士で腕組んだりするけど、外国の女性も、親愛の印としてそうするかな……?」

「バングラデシュでは仲良しの男性同士だと手をつなぐって聞いたことがあるよ……」

「なにそれ、めっちゃかわいい……」

「よね……」


 二人でレジャーシートを広げながら覇気なく会話をしていたが、やはり後悔の念が胸を曇らせていく。


「ごめん……私が甘えたせいで……」

「やめてよ! すごく嬉しかったっつーの!」



 日焼けを避けた広い木陰の下、レジャーシートの上で二人座って軽食をつまむ。

 アンドレ邂逅の衝撃からぎこちなかった空気も、眩しい太陽とのどかな時間に自ずとほどけていく。


 背もたれがないので、そのうち自然と背中合わせになって、お互いの体を支えに、子どもがはしゃぐ声や、サングラスを通しても明るい陽光をぼんやりと眺めながら、なんてことのない話をぽつりぽつりとした。

 何をするでもなく、玲といられる時間。永遠に微笑んでいられるような、泣き出したいような、このまま眠ってしまいたいような、そんな時間を過ごす。



 柔らかそうなボールがてんてんと転がってきて、やっと二足歩行ができるようになったばかりといった幼児がよちよちとやってきた。さっと立ち上がった玲はボールを拾い、顔を綻ばせてその天使のような子どもへ手渡してやっている。

 玲は、子どもが好きだと思う。そう感じる場面は今までにも何度かあった。

 しゃがみ、目線の高さを同じにして何か話しかけている彼女の横顔を見ながら、胸の奥がちりりと痛む。

 遅れてやってきた母親らしき女性とも一言二言交わして、彼女はにこやかに私の隣へ戻ってきた。


 ――でも、今だけは。


 少し向こうに、女性同士がぴったりと寄り添って、ときどき軽く口付けしたりしているのが見える。

 隣り合う玲の肩の温もりと重みを、慎重に感じ取る。


 今だけは。ここでなら。もう少し。



「なんかさあ」

「うん」

「なんか……」

「何?」


 私の曖昧な言葉に、彼女が少しこちらへ振り向く。

 垂直に立てていた体をふっと横倒しにして、ごろんと寝転がった。私の頭の下には彼女の太ももがある。


「こうしたくなった」

「膝っ枕っ、ですか…っ」


 ちょっと面食らった様子の玲が頭上から問いかけてきた。


「いいですか」

「いいっていうか、もう寝転がっておられますし」

「やばいかなー、外でこれ」

「……さっきからやけに甘えてきますね。めちゃくちゃ嬉しいけど」


 濃いサングラスで彼女の目元の表情はわからないけれど、それでも頬や口はにやにやと緩んでいる。


「なんか……今だけ、できるかなって」

「わかる。なんか……普通だもんね」

「うん……」


 私の前髪を彼女の手が優しく梳く。そよ風が吹いて、彼女の黒髪も揺れた。目は暗いガラスに隠れて見えないが、こちらを見下ろす彼女は柔らかに笑んでいる。彼女への愛しさが胸に溢れて、息苦しくなった。


「……慧ちゃんさあ」

「うん」

「好きだよ、愛してる」

「っ……」


 つい口をついて出た私の言葉に、玲は唇をぎゅっと結んで息を吞んだ。


「……ちょっと今日のほたか、素直すぎてだめ、私しんじゃう」

「言いたくなったんだもん。誰も日本語わかんないし」

「そう、だね」

「はは、耳まで赤くなってやんのー」

「ずるいじゃん、不意打ち……」

「だって好きなんだもん」

「も、やめてってば。暑い」

「……」


 家族連れや、友人、恋人たちが笑い、話す声が、遠くから聞こえてくる。

 そうっと、玲が静かに言う。


「――外でこうできること、ないもんね」

「ねー。……ほんと、幸せだなー」


 彼女のサングラスを外して、直接その目を見たいな、と思う。サングラスのつるに指を伸ばしかけて、でもやめる。

 いくら外国とはいえ、この状態で彼女の素顔を公衆にさらすのはやはり危険だろう。


「私も……」


 ぽつりと玲がつぶやく。


「私も、好きだよ。大好き」


 小さな声が、私の胸をあたたかく満たす。だから、何度だって私のこの気持ちを伝えたいと思う。


「テ・アモ」

「……日本語じゃないじゃん」


 英語圏ではない国へ行く場合、ありがとう、ごめんなさい、や簡単な挨拶ぐらいは事前に調べてから向かうことにしている。"I love you" は、スペイン語だと"テ・アモ" と言うことは、玲と一緒に予習済みである。


「周りに誰もいないから、言っておこうかなって、テ・アモ」

「軽々しいなあ、テ・アモ」

「軽々しくとも、テ・アモ」

「テ・アモ」

「テ・アモ」


 目を閉じて、二人して「テ・アモ、テ・アモ」と笑い混じりで言い合う声へ耳を澄ませる。

 穏やかな微風が吹いている。

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