馬酔木と空音
折井昇人
第0話「この道は正道?」
「ふぅ……」
長くて眠くなる
そんなわけでボクたち1年9組特別進学科コースは、体育館から最も離れた教室に向かっていた。その道中、ボクたちの後ろを歩いていた普通科コースの高校生たちは中々にうるさかった。どこ中なのか、この間のドラマ最終回よかったよね、LINEやってるか、この部活絶対入るぞ、華の高校生活送る、とか。
とにかく、うるさい……。高校生の本分は勉強して大学に入るか、就職するかだろうに。少しはボクたちを見習ったらどうだ。誰も喋ってないぞ。
と言っても、喋らないのではなく、全員が何故かピリピリしているだけだ。何でこんなにピリピリしているのだろうか……。もう既に将来のことを考えているのか。だとすると、それは普通に偉いと思う。ボクなんて全く考えてないから。中学の頃はあまり真面目に勉強なんてしてこなかったから、この空気感は苦手だ。
教室が見えた途端、トイレに行きたくなったボクは、先導してくれている3年の先輩の人にトイレに行くと伝えた。用を澄まして9組の教室へ向かおうとしたら、
「よう、久々じゃねえか、
背後から知っている声。微妙に野太く、微妙に甲高い。まだ声変わりが終わってないのではないだろうかという声。振り返る。中肉中背より少しだけヒョロヒョロとした体型の男子。調子に乗りやすそうな、まぁ要は馬鹿そうに見える顔。ボッサボサですぐにでも頭髪指導に引っかかりそうな長い髪の毛。制服はブレザーの一番上のボタンを外して、下のカッターシャツもズボンから出している。ちょっとした不良みたいに見えるけど、怖がることなんてない。ボクは彼を知っているからだ。
「何か用?
「何か用? は無いだろ流石に。まさか沙耶も松野高校に来るとはなぁ。もしかして、俺を追いかけに来た、とか?」
「んなわけないでしょ。変なこと言わないで。クラスメイトに見られてたらどうす……」
視線を教室から感じる。既に見られている。見事に見られている。興味津々という視線、鋭い視線、獣のような視線。
「教室戻る。和哉、今日入学式の準備の仕事だったんでしょ?」
「そうだけど」
「だったら、早く皆のところに戻ってやりなよ。ボク教室行かなきゃいけないし」
和哉の返事を待たずに、教室へ向かった。背後から和哉の声が聞こえたけど、気にしない。いや、気にしないようにする。
■
教室に戻ったのはいいけど、よくもなかった。戻らなきゃならなかったけど、ちょっと、いや、かなり後悔した。
席に座った途端、視線がボクに集中した。どう考えても、さっき和哉と話していたからだろう。あいつめ、余計な時にやってくれたものだ……。今度買わせてやる。コンビニでハッシュドポテトでも買わせてやる。
……いや、それだと規模が小さい。今回の罪は大きい。コンビニだとスッキリしない。そうだ、地元に帰れば大型ショッピングモールがある。適当に服でも奢らせてやる。そうだ、何でこれを思いつかないんだろう。頭の回転率悪いなぁ、ボク……。
しかし、視線がキツい。入ってきた瞬間よりかはマシになったけど、それでもまだキツい。多分、というか間違いなく女子の視線だ、これは。後が怖いなぁ。平凡に、静かに高校生活送れるかなぁ。特進クラスだからクラス替えとかないんだよなぁ。こんなことなら普通科にしておけばよかった。
……でもそれはそれで嫌なのだろう。ただでさえ偏差値がそこまで高くない高校に入ったんだ、少しでも上を目指さないと、大学には進学できない。それに普通科には馬鹿しかいないイメージが、さっき教室に来る段階で湧いてしまっている。だったら、陰口は言われるかもしれないけど、この特進クラスに進んで間違ってはいないのだろう。そう信じよう。信じないと、しんどい。
しばらくして、体育館で我が子の晴れ姿を見ていた生徒の親、保護者が教室の後ろのドアから入ってくる。その中に、ボクの親の姿はない。親がいないわけじゃない。単に仕事が忙しい。それだけだ。仕方のないことだ。
担任はまだ入って来ない。感じる視線と当たらないよう、チラチラと教室を見渡してみる。飾り気のない、普通の教室。ただ、雰囲気は違う。既に勉強する気満々という生徒から発せられているオーラが見える。ピリピリしている。
そんな中で一人、他の生徒とは違う雰囲気を出している女子がいた。髪が長く、少しだけ染めているのだろうか、明るく茶色がかっている。太陽の光が当たっているから、綺麗なシャンパンゴールドに見える。顔は見えないけど、雰囲気から美人系ではない。眉目秀麗というわけでもない。多分、可愛い系だ。
(いいなぁ……)
同じ女子だけど、ボクは普通の黒髪で、そこまで長くはない。肩に髪がギリギリかからない長さ、つまり、ショートヘアとセミロングの中間といったところだ。面白味も何もない。普通、普遍。つまらない髪の毛だ。ボク自身もこの髪形はそこまで好きではない。
スーツを着た担任らしき中年男性が入って来た。黒板側のドアから入ってきたけど、そのドアが完全に閉まっていない。小さく息を吐いて、面倒くさそうに閉める。こんなのが担任なら、ある程度は楽が出来るかも。
「えー、この1年9組を担当することになった、
そうして、自己紹介が始まっていった。前の生徒が、さっさと自己紹介を簡潔に済ませていく。すぐにボクの出番が回ってきた。
「えー4番。い……ん? 何て読むんだこれ?」
「
それぐらい読んでくれ。
「あ、石動か。すまんすまん、俺もまだまだだなぁ」
中年なのにまだまだって、それヤバいと思うよ。
「
早口で終わらせた。視線を感じたからだ。教師がいる中であの何とも言えない視線を浴びるのは中々につらい。
終わってからはずっと、あの可愛い雰囲気を出している女の子を見ていた。何でこんなに見てるんだろう、同じ女子なのに……。
その子が当てられるのは、結構早かった。早く感じた。ずっと見ていたからかもしれない。
立ち上がって、女の子の自己紹介が始まる。顔はやっぱり可愛い系だ。フワフワしている感じ。
「
一瞬、静まり返った。けど、すぐにクスクスと笑い声が聞こえてきた。どう考えても、名前が変だからだろう。
……でも、ボクは笑わなかった。笑えなかった。何故だろう。分からない。ただ、笑うことは失礼な気がしてならなかった。
篠原先生が静かにしてからも、ボクはずっと本島さんを眺めていた。ドキドキもしていた。ボクの奥底で長い間眠っていた青が目覚める。海のように揺らぎながら波立つ。静かに、だけど激しく。
こんな気持ち、初めてだった。
けど、この時ボクは気づいていた。
加那の自己紹介の時、後ろの親が立っているところから、凄く怖い視線が飛んでいたことを。
どうしてそれが親から発せられているのか。どんな理由で発しているのか。
この時に、いや、あの日よりももう少し早くに、その理由に気づけていれば、加那と一緒にいられたかもしれない。
加那は、死なずに済んだのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます