第23話 友達
「そんな、せっかくあたし達頑張ったのに……」
つーっと彼女の頬を伝い、ぽろぽろと涙が落ちる。
「マミ……」
マミの様子に気が付いたナオが彼女を抱きしめる。
「悲しいよ、あたし悲しいよ……うええん」
ナオの胸に顔をうずめて、彼女は泣いた。
こればっかりは仕方ない。彼女は魔王の手先ライオンに取り憑かれて、おそらく生命を吸い尽くされたのだ。
「カモミール……約束して」
「ローズヒップ? 何をだい?」
「私みたいな子が……もう二度と悲しまないように、苦しまないように……この国を、世界を変えて……」
「ローズヒップ? ローズヒップ!!」
そこまで言うのが限界だったのだろう。力の抜けた首がころんとカモミールの腕の中でころがった。
チクショウ何か視界がぼやけて見えないぞ。なんだこの霧はよ。
いきなり街の中で湧くなんて、不具合じゃないのか、不具合。
俺がログイン以来涙の扱いに最高に困っていたこの時――
「むむっ、何やらわからぬが、獣人どもが全員寝ておる上に、ローズヒップは死んだのか? よし、お前達、全員ひっとらえろ」
この一言で、衛兵たちが俺達の周りを一斉に取り囲んできた。
ガチャ、という音と共に、槍の穂先を並べてくる。
あの武器、ロッドかとおもったら先から刃が出て槍にもなるのか、便利だな。
いや、いつもながらそれどころじゃない。
十、二十、三十? 意外に多いな……どうするか。
こいつら魔法も使ってくるよな。
「カモミール、首謀者ローズヒップの死骸を渡せ、見せしめに張り付けにせねばならぬからな。お前も犯罪者だ。無事で済むと思うなよ」
衛兵の長は、剣を抜き、カモミールに向ける。
おや、その間に立ちはだかる影?
「やめよ、これ以上、彼女達に手を出すのは許さぬ。剣をひけ」
「貴様は、マジカルシルクハット仮面! お前ごときに言われる筋合いはない」
「ほう……これでもか?」
マジカルシルクハット仮面はいきなり、被っている帽子と、マントを脱ぎ棄てた。
彼の体から虹色の輝きが発せられる。
そして、その輝きが収まった時、そこには、落ち着いた濃い黄色のローブに身を包んだ小人の姿があった。
「そのローブに紋章、あ、あなた様は……」
「私こそは魔法王国カスパーの国王ルイボスなるぞ。頭が高い、控えおろう」
「へへーっ」
小人の衛兵が、あの衛兵長も含め、全員平伏している。
「何? 何?」
「何なの? 何なの?」
ナオとマミは展開についていけてないらしい。
しかたないので、マジカルシルクハット仮面がこの国の王様だったんだと耳打ちしてやったら、三回目くらいでようやく納得していた。
エナ、こっそりグーして心の中でガッツポーズしてる場合じゃない。
自己満足はいかん、視聴者の方を見るんだ!
「ダンデリオン……あなたが、まさか国王陛下だったなんて」
「隠していてすまない、カモミール。私は、国王であることで君に嫌われるのが怖かったんだ。獣人を蔑む、こんな国のままにしてしまってる王だから」
「ダンデリオン、ううん、ルイボス陛下。ボクはそんなことであなたを嫌ったりしません。あなたはこうしてボクを助けてくれたし、悪い人なわけないもの」
「では、君に、私の妃になってほしい。この指輪を受け取ってくれないか?」
おいおいおいおい、それはちょっと早すぎねーか王様。
ピンチを何回か救ってはいるみたいだけど、デートとかまだなんだろ?
ウチの女子陣はこの展開にガン見。
皆食いついてる、食いついてるけどさ……ああもう好きにしてくれ。
「……お友達からでお願いします」
頭を下げるカモミールに一瞬がくりとする、王様。
しかし次の瞬間には立ち直っていた。
「わかった。性急すぎたようだな。では、友達から始めよう。皆の者、今の言葉を聞いたか? これから小人族と獣人族は友達同士。差別など絶対に許さん」
言いながらカモミールを抱き寄せる。彼女も抵抗しないのは、そういうことだよな。パフォーマンスの意味もあるんだろうが、やるな王様。こうでなくっちゃ。
「へへーっ」
気が付くと、獣人も平伏に加わっている。
友達と言いつつも、王様とカモミールの距離は近い。
二人の間に子供ができても、ローズヒップのようにはならないだろう。
その頃にはきっと、この国から差別なんて無くなってる。
晴れ渡る空の下、俺達パーティは、この国の幸せな未来を確信していた。
「なるほどね、獣人族の勇者カモミールルートに入ってたのか」
エナが納得したように頷く。
「いきなり虎さんがたくさん出てくるから怖かったんだよー」
マミはナオによしよしされている。
俺達は、あの後王様にお城で開催される小人族と獣人族の仲良し記念パーティに招かれた。テーブルの一つを俺達四人で占拠して、今はこれまでのいきさつを交換しているところだ。
一応、俺はタキシード、女子はドレスとそれっぽい格好になっている。
周りの小人や獣人と同じ格好なのは浮かないからありがたい。
たとえ、ゲームとわかってても、何か気になるんだよ。
マミはさすがにもうあれだけ色々あった後だからか、獣人にも、小人にもキャアキャア言ってお持ち帰りしそうになったりはしていない。よしよし、良く学習したな。
さて、ナオとエナが語った話はこうだった。
俺がマミを追いかけて姿を消した後、見当をつけて追ってはみたものの、見つからない。いくら気を付けていても、やはり敵には遭遇してしまうもので、寝かせては逃げ、寝かせては逃げを繰り返すうちに、大リンクになってしまったらしい。
そして、運悪く範囲睡眠魔法の範囲から逃れた敵に、ウィザード・エナがやられ、向かってきたその敵に敢然と立ち向かった格闘家・ナオは、回避の高さゆえか意外にしばらくもったものの、魔法の効果が切れて起きてしまった恐ろしい数のモンスターの前に、あっという間に押しつぶされたという。
押し寄せるモンスターの大群はこのゲーム初めて以来の恐怖だった、とはナオの弁。
こうして仲良く戦闘不能になってしまった二人は、俺達が救出に来るのを待つしかなくなってしまったわけで、しばらくは友達同士ということもあり他愛の無い会話を続けられていたが、やがてネタが無くなり沈黙。
正直、もう無理かもって思った、自分で作ったゲームで初めてだったあんな感情、とはエナの弁。
丁度その時、どこからか、小人が出てきて生き返りの魔法を二人にかけてくれた。
このゲーム、各バトルフィールドを巡回しているこういったヘルプキャラがいるらしい。運が良いとこのように助けてもらえるとか。
あまりプレイヤーを甘やかすのは良くないが、このくらいならまあゲーム性を損なうわけじゃないからいいかもしれん。
ともかく二人は生き返ることができ、さらに運が良いことにその小人のおかげでこの魔法王国に飛ぶことができたのだ。
魔法王国についてからは、その小人に街を案内される感じで話がすすんだ。
なるほど、獣人街の俺達とは逆側だったから、しばらく巡り合えなかったらしい。
二人はその小人の家に泊めてもらって一晩明けた後、釣りに行ってくるという小人を待っていたが全然戻ってこないので、しびれをきらして街に聞き込みに出たところ、マジカルシルクハット仮面ルートのシナリオに入ったのだという。
あれ?
「なあ、その小人ってどんな感じだ」
「えーっとね……」
エナが語る小人の外見に、俺とマミは目配せする。
もう過ぎたこと、やったしまったことは仕方ない。完全犯罪なんだ。
またひとつ大事なものを失ってしまった気がした俺だった。
「ところでハル、あんたまさかアタシ達がいないからって、マミに変なこととかしてないよね?」
「それは、私も興味があるわ」
いきなり矛先俺かよ……勘弁してください。
「何もない、お前たちが期待してそうなことは何も無い!」
「虎の洞窟では肩をがっちりつかまれちゃったし。この国来てからは、あたしに良く抱き着いてくるんだよ、ハル君」
「どういうことなの? ハル」
「詳しく聞かせてもらおうかしら?」
誤解だって言ってもきっと俺の声はこいつらには届かない。
俺は死を……覚悟した。
その時――
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