第20話 怪盗

「ハル君、全然釣れないね」


「……」


「ハル君、聞いてるの?」


「……」


「ハル君、ねーねー」


「あーもう、うっさいわ!」


「だってハル君があたしの話聞いてくれないんだもん」


「釣りっていうのは静かに魚と向き合うもんなんです。魚が来るのを待つのを楽しむもんなんです。何でそうすぐ釣れんとかぬかすんだよお前は。全然釣りのことわかってねーよ」


「だってつまんないんだもん」


「つまるもつまらんも仕方ないだろう。これ多分シナリオに必要なクエストなんだから」


 そう俺とマミは、魔法王国近くの川で釣りのクエストにいそしんでいた。

 どうしてこうなっているのかを説明するには、あの時のカモミールとの話を振り返らざるを得ない。



「最近獣人族の間で、小人族に対する積もりに積もった不満が爆発しそうになっています。この間も過激派の一派が、小人族のエリアでテロを行う計画があり、それは何とか未然に防ぐことはできたのですが、もし実行されたらその時は、小人族と獣人族の間での戦争になりかねません」


 何という現実味のある話だよ。だから差別とかしちゃいかんのだ。

 どいつもこいつも一度想像してみればいい。

 学校に行っても話しかけてくるやつはいない、皆俺から顔を背ける。

 そして、その上ゲーム中ペットボトルで用を足してるとか陰でコソコソ言われてるっていう状況を。

 耐えられないだろう、テロしちゃうよな?

 俺は紳士なんだぞ、まったく。


「幸い、小人族の王であるルイボス様は獣人への理解ある方。小人族の万民に慕われるというかのお方であれば、この差別も何とかできる可能性があります。今一度王に陳情をしたいのですが、そのためには王に差し上げる手土産が必要なのです」


 というわけで、王都の近くを流れるこの川で手土産にするための魚を指定数釣らないとなのだが……思ったよりもそれは厳しいクエストだったのだ、俺達には。


 俺達は最初にこのゲームにログインするときに、職業レベル、およびステータス、武器スキル、生産系スキルをチートしている。

 釣りのスキルは生産系に含まれるから、当然最高レベルになっている。


 しかし、釣りスキルというのは実は上げればいいものではなかったらしい。

 レベルが上がるほど、伝説クラスの魚が釣りやすくなるのだが、逆に普通の魚が釣りづらくなる。そう、俺とマミの竿には普通の魚がかかってくれないのだ。


「これならさっきみたいにモンスター釣れちゃったほうが楽しいのになー」


「やめてくれ面倒だから。どうせ倒すのは俺なんだぞ」


「ふふっ、ハル君守ってくれてありがと」


 だから純情な俺の心を弄ぶんじゃありません、学年人気一位よ!


「今頃、ナオちゃんとエナちゃんどうしてるかな……」


「あの二人のことだから、密林でくたばるタマじゃないとは思うが」


 あれだけ自信をもって大丈夫だと言っていたマミも、不安になってきたようだな。

 俺もそうだ。


 ゲーム世界の日付で一日経過しているが、二人は姿を現していない。

 それなりに広い国だし、たどり着いていて会えていない可能性もあるとは思うけれど悩ましい。本当はクエストなんか進めていないで密林に助けにいくべきか。

 しかし、この国に来ていたらそれこそすれ違いで時間のロスだ。

 そう考えるとやはり、クエストが正解なのかもしれない。


 釣りというのは本当に、他にすることがないから、色々考え事をしてしまう。

 早くクリアしなければ人間がダメになりそうだ。


「ねーねーハル君」


「何だよ?」


 マミが意味ありげな顔をして指さす先には別の釣り人。


「お前、まさか……それはいかんだろう」


「ゲームは遊びじゃないんでしょ」


 女って怖い。また一つ大人になった気がした俺だった。


 さて、入手方法はともかくとしてこうして無事に目的の魚を手に入れた俺達は、カモミールの家に戻った、のだが……


 カモミールの家の様子が変わっている。

 出る前とグラフィックが違うんだ、ゲーマーの記憶力を甘く見ないでほしい。


「姉さんが、連れていかれちゃった」


 猫娘が鳴いている。思わず抱きしめてなでるマミ。


「何があったの?」


「ひっく……小人さんの方で、ひっく、爆発があったとかで、ひっくお姉ちゃんがなぜか連れてかれちゃったの」


 恐れていたことが起きたということか。

 そしてどうやらカモミールが犯人扱いされてしまったと。


 何でだよ!? あいつは仲間が過ちを犯そうとしたのを止めたんだろ?

 どうしてあいつが捕まることになるんだよ?


「お姉ちゃんと仲の悪いローズヒップが兵隊さんと一緒に来たんだけど、どうしてなんだろ、ひっく」


「ローズヒップって誰なの?」


「この前、爆破事件起こそうとしてた人」


 ……わかりやすすぎるぞ、エナさんよ。


 ということは、そのローズヒップが自分で爆破しておいて密告したんだろう。

 カモミールは、二種族間の戦争にするわけにはいかないから、真実は告げずに自分からお縄になったんじゃないか?

 

 ……救われないな。


「ハル君、あたし、何とかしてあげたい」


 そんな目で見ないでくれ、マミ。俺だって気持ちは一緒だ。


「とにかく、カモミールを助けにいこう」


「でも、兵隊さんたくさんいるんじゃないかな。また、あたし達も捕まっちゃうかも」


「確かにそうだ。だから、こっそり忍びこむ! つまりエルフの王国の時のナオみたいな感じだ。お前の魔法使えば、衛兵の目だってすり抜けられるだろ」


「そっか、私一応姿消しの魔法使えたね」


「わかってるじゃないか。その意気で頼むぞ」


 そして俺達は善は急げと、カモミールの家を後にしたのだが、丁度扉を出たところで一人の小人に道をふさがれた。


 体を包むかのような大きさのマントにシルクハット。

 そして舞踏会でつけるみたいなマスクで顔の上半分を覆っている。

 年は若者って感じだが、正確なところは俺にはわからない。

 マントの中身は黒いスーツっぽい。

 明らかに普通じゃない、それだけはわかる。

 お前盗賊っぽいぞ、ファンタジーじゃない方の、怪しいって字がつくやつ。


「ワタクシも連れていってはいただけないですか?」


「あんたは……何者だ?」


「ワタクシはダンデリオンと申すもの、この国を憂うものです。カモミールとは親交があります。何の罪もない彼女が衛兵に捕まってしまったとは悲しいことです」


 全部知ってるってことか、怪しい、怪しすぎるが、シナリオの途中で情報をぶちまけて言うやつは大抵味方だ。

 そして、この流れ、多分カモミールのいるところに行くにはこいつの力が必要だ。

 俺の勘がそう言っている。


「一緒に行こう」


「かたじけない。さすれば、ワタクシが彼女のいる場所に案内いたしましょう」


 ベタだ。ベタベタすぎるぞ、エナ。

 でもまあ悪くない。助けられそうな気がしてきたのは確かだ。



 そして俺とマミは、怪盗に導かれるまま、軍隊の屯所にやってきた。

 この国の屯所は、城の外にあるんだな。

 獣人が暴れてもすぐに対応できるようにとか、変なこと考えてないか心配になる。


 それはともかく、怪盗が先行してくれたおかげか、全く小人の兵隊に発見されることなく彼女の元にたどり着くことができた。


 発見されることなくというのには語弊があるか。

 兵隊はそこらここらで居眠りしてたんだ。

 このシルクハットに薬を盛られたのか、それとも魔法なのか、それは俺にもわからないが、今はそんなことどうでもいい。


 彼女は格子の中にいた。そう、格子。これはどう見ても獣を囲う、ケージ。

 「酷い……」と声を漏らすマミ。

 種族差別もここまでくると完全に虐待だ。


「カモミール、あなたを助けに参上いたしました」


「あなたは……もしかしてマジカルシルクハット仮面さん?」


「ほう、ワタクシの名前をご存じでしたか」


 おい、お前の名前ダンデリオンじゃなかったんかい!

 俺のむなしいツッコミは彼と彼女の会話に流されてゆく。

 まあ、NPCだから許す、許すけどなっ。


「はい、小人族の子にいじめられている獣人族の子がいれば、いじめっこを折檻し、獣人族からお金を巻き上げる悪徳小人族商人がいれば、その商人の蔵を空っぽにし、獣人族の家々の屋根から金貨巻いてくださる。小人族なのに、獣人族の味方だと伺っています」


 ああ、つっこみたい。とってもつっこみたい。

 まず名前な。この世界観で無いだろうそれは!

 次に……その怪盗のネタ、もうちょっとどうにかならんかったんかい!

 エナ、エナはおらんのか~。


「うわ、衛兵さんが皆寝てる……」


「おそらく、マジカルシルクハット仮面の仕業ね……」


 あれ、どこかで聞いたような声が部屋の外から聞こえるんですけど?


「これはいけませんな。誰かが来たようです。ワタクシが囮になりますので、皆さんはお逃げください」

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