第19話 魔法王国
「パラリシス・アロー」
どこからか飛んできた矢が命中。
俺を狙ってきていた虎の動きが止まる。
ぴくぴくしてる。動こうとしてるが動けないんだ、これは、麻痺か?
「スリープ・アロー、もうっちょスリープアロー」
矢が次々と飛んで来て、いずれも過たず、それぞれの虎の頭に命中する。
命中した虎は、睡眠のモーション。
名前そのままに眠らせる矢らしいな。
「よそ見してちゃダメだよ」
影が俺の横に。そしてシュッシュッと連続攻撃。
俺の前にいた虎が倒れる。
「お前は……?」
俺はまず、その猫のような耳、そして後頭部のたてがみに心を奪われた。
モフモフしている……触ったら……やばいぞ、これやばい
声の主がしゃべる度にぴくぴくしてるもん。
だが俺よりも我慢できないやつが後ろにいたのを俺は忘れていたー。
「か、可愛いいいいいいいいいいいいいいいいいいい」
飛びついている。
すりすりしている。
ぎゅうぎゅうしている。首しまってる、しまってるぞ、それ。
「よそ見してちゃダメだよーーー」
悲痛な叫び。NPCだから同じセリフしか言えないのか?
一生懸命に逃れようとバタバタしている。あー確かに可愛いな。
……いかん、俺までこうなってはいかんぞ。
「今は離れろ、マミ。虎との戦闘終わってないから」
しぶしぶ離れてまた入り口脇に戻るマミ。
うわ、ふてくされて体育座りしやがった。あからさまなボイコットかよ。
いろいろ諦め、改めて隣にいるやつの姿をじっくり見る。
猫耳、モフモフ、猫みたいな鼻にひげの可愛い顔。
マミよりも小柄で、皮でできてるっぽい鎧を着ている。
ハンターか、盗賊、多分職業はそんな感じ。
背中のボウガンでさっきの矢撃ってたんだな。
鎧の胸のふくらみから、性別が女子なのは間違いない。
「さっさと倒すよー」
二刀流の短刀を構えている。
おっとそうだったな。可愛いのに負けてちゃ戦士がすたるってもんだ。
俺は剣と盾を構えなおし、虎に向かう。
俺の攻撃対象でない起きた虎を彼女が的確に寝かせてくれるおかげで、その後はマミの回復魔法のお世話になることも無く、あっさりと勝負がついた。
なんという高性能NPCだ。これはお持ち替えりしたい。
ウチのパーティ丁度遠隔武器がいないからな。
「マミさーん、終わりましたよー終わってますよー」
「そんな人はいません」
面倒くさいなこいつ、ローブで顔を隠してぐずってやがる。
お前は駄々っ子か。
全くこれだから可愛いからって、周りに甘やかされて育てられたやつはダメなんだよ。
まあ、そんなこと言ってても始まらん。
こういうときは……
「モフモフいるのになー、あーもうこの耳とか最ッ高! たまんねー」
「モフモフー」
俺普通に突き飛ばされて倒されたよ。
そして踏まれたよ。
威力ありすぎた。無念。
天地がひっくり返った俺の視線の向こうで、思う存分マミが猫耳少女にナデナデすりすり、ギュウギュウしていたのは言うまでもない。
その後、話をすすめるのにマミを引き離さなければならず、本当大変だった。
「ボクの名前は、カモミール。こう見えても獣人族一の戦士なんだよ。よろしくね」
「よ、よろしくお願いします」
また飛び掛かるといけないから俺はマミの両肩をがっしりつかんでやってる。
そのせいか彼女は従順になってる。
……やわらかいな。
いかん、そういうことが目的じゃない。今は目の前の猫耳獣人族の話を聞かねば。
「ここで出会ったのも縁。ボクが魔法王国カスパーの都、エルダーフラウに案内します。」
マジかよ。こいつ俺達の目的地に連れてってくれるのかよ。
願ってもない。
しかし、ここで俺は思いだす。ナオとエナのことを。
別れ別れになったまま、ここで俺達だけ先に行ってしまっていいものか?
「大丈夫だよ、ハル君」
「えっ?」
「今ナオちゃんとエナちゃんのこと、考えてたでしょ」
「お前、エスパーか!?」
「えへへ。でもね、気休めなんかじゃないんだ。二人とも、私の百倍はしっかりしてるもん。それに、エナちゃんこのゲームを作ったんでしょ。何となくだけど、あたし達がどうするかとか、分かってくれてると思う」
なるほど、MMO経験者のエナなら、探して見つからなければ、目的地というセオリーで動いてくれるかもしれない。決まりだな。
「よっし、じゃあ行くか」
「うん!」
マミの声は弾んでいた。
それから俺達は、カモミールの案内で、洞窟の奥にあった『時渡りの鏡』から魔法王国カスパーに飛んだ。
転送の眩さに、今回も目を閉じていた俺達が、恐る恐る目を開けるとそこは、魔法都市の名に恥じない、ファンシーな空間が広がっていた。
丸みを帯びたレンガ作りの建物がそこらここらに並んでいる。
道のところどころに街灯がある。あれは魔法の灯りってことなのだろうか。
何よりも、そのサイズ。おそらく住人に合わせて作られているのだろう。
家の高さは、現実世界の半分くらいなのではないかと思える。
道を行き交うのは小人さん。どこからどう見ても小人さん。
そうか、この国は小人と獣人の国っぽいな……。
もう、ここまでで俺が危険を感じたのはわかるよな?
「か、可愛いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」
「まてまてまてまて、落ち着けマミ。だからダメだと言ってるだろう」
「えーだって可愛いもん」
「だっても何もありません。可愛いで小人誘拐しても犯罪は犯罪だからな覚えとけ! ここでお前と一緒にまた牢屋にぶちこまれるのだけは勘弁だっての」
「シューン」
「口だけで反省するんじゃありません。ていうか、こうしてる間にも、カモミールのやつ動いてるし、追いかけるぞ」
「はぁーい」
不満そうだが、それどころではない。
俺は、グズグズ言うマミの手を引っ張り、カモミールを追った。
NPC特有のノンビリ歩きだからか、追いつくのはたやすかったのだが……
「うわっ獣人が歩いてましてよ、奥様」
「あら、ワタクシも獣人見てしまいました。目を洗ってきていいかしら」
何だか嫌な声が聞こえる。
しかも、通りすがりの小人は皆こんなことを言っているのだ。
明らかな獣人差別。外見が獣人なだけで差別。
彼女が何をしたというのだろう。俺は怒りに震えてきた。
「ダメでしょ。ハル君」
「マミ?」
「最初は可愛いと思ってたけど、カモミールちゃんの悪口言ってるの聞いて、あたしも頭に来てるの。こんな小人さん小人じゃないよっ」
可愛いものを素直に可愛いと言える彼女だ。
全てに敏感なのだろう。
その彼女がさっきから俺の手を強く握っていたのは、我慢していたということか。
「ごめん、マミ。俺だけじゃなかったんだな」
「ううん、あたし、やっぱりハル君と一緒で良かったなって思ったよ」
学年人気一位よ、その綺麗な心で、俺のハートを撃ち抜かないでくれ。
おっぱいなエルフ姉さんの姿を思い浮かべて必死に耐える俺だった。
「何だか、ちょっと妙な空気の区画になってるな」
気が付くと、周りの街の光景が変わっていた。
見すぼらしいカヤぶきの屋根が並んでいる。壁も土壁でボロボロ。
あきらかに先ほどまでの区画と文明度が違う。
「ここがボクの家だよ」
その一角にある家に招かれて入る。
中には土間というべきか、それなりに広い空間があった。
「お姉ちゃん? ゴホン、ゴホン」
声とともに、一回り小さな猫耳娘が奥からあらわれる。
いかにも栄養が足りなそうなほっそりした顔。
その痛々しさにマミは飛びつく代わりにため息をついていた。
「寝てないとダメでしょ、ラベンダ。ほら、薬草を取ってきたからお飲み」
なるほど、俺達と出会ったのは、密林に薬草を取りに来てたからなんだな。
俺は不覚にも涙していた。
隣のマミに至っては、既に鼻チーンを何度もしている。
このシナリオ、水分をかなり必要とするぞ、エナ。
さて、妹に薬を飲ませて一息ついた俺達は、カモミールの家のテーブルに座り、彼女の話を聞くことにした。
「妹の病気を治すには、魔法薬が必要なのですが、手に入れることができなくて」
「どうして手にいれられないの?」
「ここ魔法王国カスパーでは獣人の地位が低いのです」
「どうして獣人の地位が低いの?」
お前は本当に、AIの認識しやすそうな質問をするなー、マミ。
「魔力が無いからです。だから薬なんてどんなにお願いしても売ってもらえません」
「ハル君、あたし薬屋さんにちょっと行ってきていいかな?」
「まて、まつんだ、マミ。相手はNPCだし、何より一般市民だ。こういう差別問題っていうのは、薬屋をその手にしたメイスで血祭りにしたところで変わらないぞ」
「じゃあ、どうすればいいの?」
「ええっと、何ていったらいいのかな。お前、エナがこんな悲しいだけの話を作ると思うか?」
「思わない」
「だろ、この後何かある、絶対にあるから、信じて今はカモミールの話を聞こう」
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