第16話 勝利、そして……
「ぬう、破れたか。しかし、ワシを倒したところで、第二、第三のワシがこの国を襲う。我が魔王軍の戦力尽きることなし。束の間の平和を味わうが良いわ、ぐふっ」
紫ローブのおっさんは最後までお約束なおっさんだった。
最早わかり易すぎて、意味深でもないセリフ。
魔王軍の幹部なんだろ、お前。
それでもって、王子達の派閥争いに乗じて、この国を裏から操ろうとしてたんだろ。欲の皮の突っ張ったあの貴族のおっさんとか簡単に騙せそうだしな。
「むー、あのオジサンまた復活してくるのかな」
「油断できないね、マミ。魔王がどうのとか言ってたし」
すまんかった。俺の心は穢れていたよ。
気づかせてくれてありがとう、姉小路、ナオ……
このゲームを一番楽しんでいるのは初心者のお前達なのは疑いない。
そして俺と同じく玄人の京極は……シナリオチェックもしてるみたいだから、他の二人と違って物語に対し冷静なのはやむを得ない。やむを得ないが、二人を見る視線は嬉しそうだ。
そうか、自分で作ったゲームの反応がよければ嬉しいよな。
俺はギルドのたまり場でのアン姉さんとのやり取りを思い出す。
アン姉さんは何でもうんうん頷いて聞いてくれる。
だから俺はそれに甘えて、その日のパーティのメンバーへの不満から、シナリオの展開についてのツッコミ、ゲームシステム自体への文句など、気にせず何でも話していた。
製作者である彼女はどういう思いであれを聞いていたのだろう。
いつも笑みを絶やすことなく、
それは辛かったね、
そうか、あの流れだとそう思っちゃうのも無理ないね、
もうちょっと融通きいてもいいよね、
こんな感じで応対してくれていた。
まさに天使、いや女神。
だからか、ギルドでもパーティでも人気。
けして外見がおっぱいエルフだからというだけではないのだ。
俺は、そんな彼女の性格を羨ましく思ってたな。
実際当人に会ってみると、傍若無人なお嬢様だったからいつも忘れてしまうが、あの彼女も彼女であるのは間違いない。普段の俺への反応は、もしかして照れ隠しなのか?
こいつの素顔見てみたいが、その前に乗り越えるべき壁が多すぎる予感。
まあ、まずはこのゲームをクリアしないとだな。それからだ。
「何よ?」
おっと、横顔じっと見てたのが気づかれたか。
これがよく見ると、良い顔なんだよな。
ツインテールという若干幼さ補正のかかる髪型のせいかもしれんが、微笑みを浮かべてる姿は、まさに無垢な少女。
おっぱいエルフがストライクな俺には守備範囲外ではあるが、何なのだろう父性というやつなのだろうか、頭を撫でたい衝動にはかられる。
だが、ここはロリコンという不名誉な烙印を押される前に否定しておくべきだろう。ついでに何かネタはないかな……そうだ!
「何でもないさ。いや、そういえば、パーティメンバーに空きがあるのって、もしかしてNPCをパーティに入れるためもあるのか?」
ダージリン姫は、ノーライフキングとの戦闘中はパーティメンバー扱いになっていたのだ。姉小路がターゲットを間違えて、彼女に状態回復魔法をかけていたが、効果はなかったにしろ、かけられてた。
「今回に限って言えば不可抗力だけど、少ない人数でも楽しめるようには作ってるつもりよ、このゲーム。MMORPGってパーティ戦闘が基本ではあるけれど、どうしても人数が集まらないとき、集められないときはあるし、その時に遊べないと悲しいわよね」
ここで俺は思い出す。
「まさかお前、俺がフリュンの時に愚痴ってたこと、反映させて……」
「『報酬微妙でシビアな条件のクエスト、今日もパーティ集まらなかった~クリアしたいのに!』って良く言ってたわね。もちろん覚えてる」
何なのだろう、この感情の名前は。感動、でいいのだろうか?
よくわからない、よくわからないけれど、俺には彼女の、京極の顔がそれまでと違って見えたんだ。
「AI魔王に乗っ取られてるからどうなのかなっていう心配はあったけど、そこはいじってないみたいで、本当に安心したわ。この分なら他のシナリオでも同じパターンでいけるかもね」
彼女の満面の笑みが、俺の心を奪っていく……
「イチャイチャなの? なの?」
あ、姉小路っ!
ぴょこんという感じに俺と京極の間に突然彼女は割り込んできた。
「イチャイチャ違うし! 今後の戦略の相談だ、相談」
反撃しておく。あながち間違ってないからいいだろう。
こう言っておけば、あんまりゲームに詳しくない姉小路は反論できないというのはもちろん考えてる……なんか、ごめんな姉小路。
でも俺の心はそういう邪なものではない、断じてない、強いて言うならアン姉さんへのリスペクトだ、多分。
姉小路はなおも怪しいという思いを隠し切れないようだったが、彼女が俺に言いたいのはそれがメインではなかったらしく、別のことを言ってきた。
「なら、もうちょっとナオちゃん褒めたげてよ~。お姫様と一緒に頑張ったんだよ、骨退治」
「マミ、あ、アタシべつに、ハルに、ほ、褒めてほしいわけじゃないから」
なぜかしどろもどろ。
こういうときは、言ってることと、思ってること逆なんだよなお前は。
仕方ない。
「よく頑張ったぞ、ナオ。雑魚を殲滅させないと、あっちの姫さんのターゲットが完全にノーライフキングには向かなかったから、お前が雑魚を片してくれなけりゃ永遠に勝てないとこだ。あいつらアンデッド時々こっちの体力吸って回復するし」
「そ、そうだったんだ。アタシ骨をバキバキにするのが楽しいから無我夢中で殴ってたよ~」
無邪気に笑うナオの顔は、小学校の時の、まだ一緒に遊んでいた頃と変わらなかった。多分お互い変わっていない。なのにどうしてこう、一緒に楽しめなくなっちまったんだろうな、俺達。
そういう意味では、今回のこのゲームテスト、無理やりだったけど誘ってもらって良かったのかもしれない。ここに来て一緒にゲームをプレイしていなければ、気づけなかった。
「ハル?」
おっと、ぼーっと見つめちゃってたよ。しかし、女子っていうのは鋭いな。
考えてること、こいつにも見抜かれてる気がする。ここは素直に言っておくか。
「ちょっと昔のこと、思い出してただけだ、気にすんな」
「ハル……」
「そんなの気にするよ、気になっちゃうよ、ハル君!」
またまた、姉小路の割り込み。
「何だかあたしだけ仲間外れっぽいから、あたしともちょっとイチャイチャしてみてください。褒めて伸ばす感じで!」
おいおい、何か性格変わってないか?
大人しくて小さい声でささやく感じのおっとりしたお前はどこにいったんだよ!?
それとも、こっちが本当のお前なのか?
俺の中の疑問は尽きない。尽きないが、ここで構わないというのも無さそうだ。
なぜか他の二人の痛い視線を感じるし。
「イチャイチャじゃないって言ってるのに、全く……初めての割には状態異常回復、俺が思ったよりできてた。ナオが骨に体力吸われた時の回復魔法は言われなくてもできてたし。後は慣れだな、慣れ」
「わーい。ナオちゃんナオちゃん、ハル君に褒められたよーあたし」
ナオに抱き着いて喜んでいる。
ふふ、分かってたんだがこっちには来ないんだな、お前は。
ちょっとだけその二つの膨らみとの接触を期待してた俺の心はどうすればいいんだよ!
「あ、そうだ、ハル君」
ナオにくっついた顔を離し、何かを思いついたような顔でこっちを見る。
「何だよ、姉小路」
「その姉小路っていうの何か友達っぽくないから、マミにして。ナオちゃんだけなんだかずるいずるい。ねーエナちゃん」
「えっと、まさかそれって私も……?」
「いいよね?」
「まあ、ここまで頑張ってくれているし、仕方ないか、好きに呼ぶが良いわ、早乙女ハル」
こんなところで名前呼びを許されるだと!?
俺全く活躍してないが……まあいいか。
男としては素直に喜ぶところかもしれん。
でも、これだけは、こいつに言っとかないとな。
「京極、違った、エナ。お前も俺のこと、ハルって呼んでくれ」
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