第8話 やるしかないんです
「ウサギ発見。よっし、釣るぞ」
「ばっちこーい」
右拳を左手のひらで何度か弾ませながら、チャイナドレス姿のナオが応える。
あの装備は、見かけよりも防御力は強く、さらに素早さを上昇させ単位時間当たりの攻撃回数を増やしてくれるらしい。
俺が目のやり場に困るほどに、ナオのふくらみが無かったのは良かった。本当によかった。おかげで冷静でいられる。
今回も姉小路は、大人しく距離をとっている。
自己蘇生魔法は既にかけてたはず。
おニューの杖はMP消費減少・詠唱時間短縮、白いロープは時間経過によるMP回復・回復魔法の効果アップと至れり尽くせりといった感じなのだが、本人はそんなことはどうでもいいのだろう。服をひらひらさせて、見栄えを楽しんでいるようだ。
まあ、少しでもこの世界に楽しみを見つけられたということでいいかもしれない。
京極は、ナオの少し後ろで杖を構え、いつでも詠唱に入れるようにしているな。
あの杖は、姉小路のと同じような効果。漆黒のローブは確か時間経過によるMP回復に加え、魔法攻撃力アップだったと思う。
MMOのアン姉さんとのパーティを思い出すと、本人自体の瞬間瞬間での判断力にも期待できるのが心強い。攻撃魔法だけでなく、敵の動きを止めたりするテクニカルな魔法も使って柔軟に戦局を優位に導いてくれるだろう。
これでようやくスタートラインに立てたというものだ。
しかし、敵のレベルが変わるわけじゃない。
実際にどうなのか確認するためのこの狩だった。
そろそろいいだろう。俺は弓を引き絞る。
そして放った――命中。
戦士の遠隔スキルは専門職の狩人に比べ大したことは無いはずなのだが、さすが遠隔命中補正付の弓だな。
さて、ウサギはあの時と同様に俺に向かってくる。
俺は剣を抜き、盾を構える。
ウサギの一撃……ダメージゼロ!
盾で受け止めることに成功。盾スキル最高は伊達じゃないな。
「くらえっ」
続けて剣で殴る。
お、ひるんだな。ダメージを与えたらしい。
この剣はあの鈍く輝く胴の剣ではない。龍の鱗をも切り裂く、魔剣だ。なめてもらっては困るぞ、ウサギさん。
「おらおら、こっちだ」
そのまま挑発して、ウサギのヘイトを高める。よし、ターゲット固定完了。
「ナオ、殴れッ!」
「おおーっし」
ナオが待ってましたとばかりに、右パンチ、左パンチ、右回し蹴りの連続攻撃。
「炎の精霊よっ、焼き尽くせ」
詠唱が終わるか終わらないかのうちに、目の前のウサギが獄炎に包まれる。
そして、黒焦げになって倒れ、シュッと消えた。
「やったやったー」
振り向くと姉小路がぴょんぴょん飛び跳ねて喜んでいる。
うん、そうだよな、回復役が何もしてないってのは、余裕だったってこと、いいことだ。
「これじゃ、ものたりないんだけど……」
ナオは不満そうだった。
「大丈夫だ、きっとこの後嫌っていうほど殴らんといけなくなるだろうからな」
俺は街の方を指さす。
いや、違うな、街があった方を指さす。
そこは、今や廃墟と化していた……
「お、おい、本当にやるのかよ?」
やるしかないのがわかっていても、確認したいときだってある。
たとえ確認すること自体無駄なことだとわかっていても。
「今更何言ってるの、早乙女ハル? これしか方法は無いでしょ」
「いや、京極、それはそうなんだが……」
「つべこべ言わず、持ち場につきなさい。まごまごしてるならあなたに向けて撃つわよ、魔法」
拳が魔法に変わっただけ、こいつが危険人物なのには変わりなかった。
もう、やるしかないんだな。
俺は姉小路の後ろに回る。
「ハル君、ちゃんと私の後ろにいてね」
「あ、ああ」
彼女は既に防御魔法、光の壁を展開していた。
これは一定時間、全ての攻撃を遮断する。
今から京極が撃つ魔法も防いでくれるはずだ、多分。
ちなみに、このゲームの攻撃魔法は、単体魔法と範囲魔法があって、範囲魔法の方は範囲内にいる味方にもダメージを与えるのだという。
……それ上級者向きすぎじゃね?
「ハル、どさくさに紛れてマミの変なとこ触ったら許さないからね」
「触んねーよ」
隣にはナオ。俺達前衛組は今のところ何もできないからこうしているしかない。
ただ、この後のことを考えて心の準備をしてはおくのだ。
段取り通りに、事が運べるように。
「我は万物の理に通ぜし者、諸行無常、盛者必衰……」
俺とナオの後ろでウィザード京極が詠唱を開始する。
すると天に渦巻く黒い雲が現れた。
そこから一部が垣間見え、そして段々と大きくなる。
うん、隕石、どうみても隕石。
あれが落ちてくるのかここに? マジかよ。
「……我の前に全ては形を留めぬ……究極魔法、メテオ・フォール!」
隕石はもうその全体が見えていた。
詠唱完了とともに、徐々にスピードをあげているようで、大きさが拡大するのが早くなってる。
何かの映画であったなーこんな光景。でもあれはSFで、隕石を止めようとしていた。今この世界には、隕石を止めようとする者はいない。
もう隕石は、街の上にあった。
直径何メートルあるんだろう……うん、考えるのやめた。
そして、
その一瞬が
やってきた。
とてつもない衝撃、震度いくつかわからんほどに揺れる地面、結構離れているはずなのに凄まじい疾風が俺達を襲う。
しかし、さすがは光の壁。押し寄せるものは全て俺たちの周囲は外れ、後ろに流れてゆく。
しばらくして、揺れと疾風がおさまると、目の前には瓦礫の山と化した街があった。最初の街、開発中なのもあるだろうが、競売と申し訳程度の武器屋、防具屋があるくらいの小さな街は、今や完全なる廃墟と化していた。
「壁の物理防御と魔法防御ゼロのままにしといて良かったー。でもさすが究極魔法ね、MPの大部分をもってかれたわ」
「この魔法で普通に魔王倒せるんじゃねえの?」
「何言ってるのよ、相手もこの魔法を普通に使ってくるのよ」
考えたくない、考えたくないです。
「はいはい、さっさと採集して」
「あいよ。ナオ~やるぞ~」
「もうやってるー」
意外に真面目なやつだな。
ふと見ると、既にビギナー二人組は、山のように脇に装備品・アイテムを積んでいた。それだけじゃなく、着てるものも変わっている。
ナオはチャイナドレスで、姉小路は清楚なシスターっぽい白いローブか。
……見とれてなんかないからな。
そうだ。こうしちゃおられん。俺も採集せねば。
採集……魔剣グラム
採集……楯無の鎧
採集……アイギス
採集……頼光の兜
採集……為朝の弓
こんなもんか。さすが採集スキルマックスだ。はずれが無い。
武器と盾が洋風で、防具と遠隔武器が和風というのが微妙だが、混ざるよりはマシかもしれない。
もうわかっただろう。俺たちの作戦が。
お金が無いから買えない。
だったら奪えばいい。
テスト中ということもあり、街の中で魔法を使うことも剣を振ることも可能。
お店を壊せばお店のアイテムはその場にドロップするはず。
しかし、街の人が反撃してくる可能性はある。
もしかしたら外のモンスター並に強化されているかもしれない。
そこで、究極魔法だ。
終盤、魔王の砦を粉砕する想定で作られているから、威力は抜群。
まだ未調整だから、最高レベルの敵でも、おそらく雑魚なら薙ぎ払える。
範囲も広いからこの小さな街などものの数ではない。
街を焦土と化すことで苦も無くアイテムを手にいれることができるだろう。
もし失敗しても、俺たちに失うものは無く、成功すれば得るものは大きい。
ここまで聞いたときに俺は思わず言ってしまった。
「京極、お前、正気か?」
「もちろん正気よ。他に建設的な意見が提示できるなら言ってみて」
建設的ではなく、破壊的な意見では、と思ったりはしたが、その後は続けられない俺だった。
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